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三倍返し

 

 ***


 僕は川田昌悟。文芸部員の一年生だ。実は僕は文芸部部長の山村先輩に恋をしている。

 その山村先輩が今日の放課後、バスケ部の部長に告白するらしい。

 僕がそれを知ったのは本当に偶然だった。登校してきたときに、先輩がバスケ部部長に手紙を渡しているところを見てしまったのだ。

 それで今、僕は校舎の陰から先輩のことを観察している。ちょっとストーカーみたいだなと思ったけれど、こうするより他にはなかったのだ。

 そうこうするうちに部長が来て、先輩と何か話していた。

 そして、部長は先輩に頭を下げるとそのままどこかへ行ってしまった。……多分先輩はフラれたのだろう。にやけてしまった顔をぱっと両手で覆い隠す。

 先輩が泣いているのに嬉しいなんて、僕はどうかしている。でも、嬉しい。先輩はまだ誰のものでもない。

 もしかすると今がチャンスじゃないか。僕の中でずるい気持ちが生まれた。

 僕はその思いが突き動かすままに、先輩の元へ走り出した。


 ***


「さあ、続きだよ。文句は受け付けないからね」


 話の展開上「山村香澄」が「長瀬先輩」にフラれてしまったけれど、まあそれはよしとしよう。「川田くん」にチャンスを与えないと彼の出番がなくなってしまう。


 川田くんの方へノートを滑らせる。川田くんは私の強気な態度に圧倒されたのか、恐る恐るノートを覗きこんだ。

 彼は無言で目を左右に走らせる。一行目で何か言われると思っていたのに、意外にも最後まで読んでくれるらしい。


 しばらく待っていると彼の目の動きが止まった。と、勢いよく私の方へ顔を上げる。


 あまりの勢いに少し驚いてしまった。川田くんの耳が赤くなっているのを見つけて、やっぱりやりすぎたかな、と居たたまれなくなる。さすがに「川田くん」が「山村さん」を好きだという設定は物語とはいえ彼の気に障ったのだろうか。

 しかし今更後にも引けなくて、私は文句を言われる前に川田くんに釘をさした。


「な、何よ。先にやったのはそっちなんだから」

「先輩」


 私の言葉を聞いているのかいないのか、川田くんは少し躊躇ってから言った。


「これも表現の自由、ですか」


 何を言っているんだろう。先に私の名前を使ったのは川田くんなのに、どうしてそんな風に泣きそうな顔をするんだろう。


「表現の自由だよ。いいじゃん別に、ただの創作なんだから」


 だんだん声が小さくなってしまったのは、あんまりにも川田くんが私のことを見るからだ。書いたこちらが恥ずかしくなってしまう。

 はらはらしながら彼の次の言葉を待っていると、川田くんはほっと息を吐いて目を逸らした。表情に笑顔が戻ったのを見て、私の罪悪感も軽くなる。


「そうですよね、創作、ですよね。じゃあ続き書きます」


 川田くんが書き出したのを合図にして、私は再びソファに身体を沈めた。よかった、怒られなくて。

 怒らせようと思って書いたはずなのに、そうならなくてほっとしていた。あんな川田くんの顔は見たことがなかった。優しい川田くんしか知らなかった。


 ちらりと川田くんを見る。相変わらず姿勢が悪い。その横顔がさっきより集中を欠いている気がしてまたちくっと胸が痛んだ。その痛みを、私だって長瀬先輩が好きな設定にされたんだから、と思うことでやり過ごす。


 でも、どうして長瀬先輩が出てきたんだろう。確かに長瀬先輩は学校の有名人でカッコいいと評判だけど。……もしかして川田くんは知っているのだろうか。

 そんなはずない、と私はすぐにその考えを追いやった。


 ***


 長瀬先輩にフラれてしまった。先輩には他に好きな人がいるらしい。

 ごめんね、と言って頭まで下げてくれた先輩は思った通り優しい人だった。だから告白したことに後悔はないんだ。

 そう頭では思っていても、心は納得してくれなかったみたい。

 勝手に目頭が熱くなって、あたしの行き場のない気持ちが涙になってこぼれていく。

 そんなときに文芸部の後輩の川田くんがやってきた。

「先輩、これ、使ってください」

「どうしてここに川田くんがいるの?」

「そんなことはどうでもいいんです。先輩、泣かないでください」

 川田くんはあたしにハンカチを差し出した。遠慮なく受け取って目元を押さえる。

 もしかしたら全部、見られていたのかな。カッコ悪いとこ見せちゃったな。

 そう思ったけれど川田くんはあたしに何も聞かず、何も言わなかった。あたしが泣きやむのを黙って待っていてくれた。


 ***


「卑怯だ。これは卑怯だ。あたしの書いたとこからすると、次はフラれた気持ちにつけこんで告白する流れじゃん。なんでちょっといい人みたいになってるわけ」

「十分つけこんでますよ。何も言わないことによって自分の優しさをアピールする作戦です」

「やだやだ! 川田くんはもっと性格が悪くて歪んだキャラだもん。これじゃあカッコいいって思うじゃん」


 足をばたばた上下させて不満をアピールしていると、川田くんは何か考え込むように視線を天井に向けた。

 もしかしてあまりに子どもっぽいことをしたせいで引かれたんだろうか。徐々に両足の動きを小さくして、私はきちんと揃えて膝に手を置いた。


「先輩は」

「え?」

「先輩はこんなふうに優しくされるのが好きなんですか?」


 こんなふうに、と言いながら川田くんは自分の書いた文章を指差す。

 泣いているところを黙って待つ、というシーンのことだろうか。


「そうだよ? 女の子はみんな傷付いているときにこういうことされたら嬉しいと思うけど」

「先輩は泣くなよ、って言われながら強引に連れて行かれるのが好きなのかなと思っていました」

「何それ。何で?」

「イメージですけど」


 イメージって。「山村香澄」のキャラといい、川田くんは私をどういうふうに思っているんだろうか。

 川田くんが再び考え込むモードに入ってしまったので、私はとりあえず鉛筆を取った。


「川田くん」にはやっぱり悪い人になってもらおう。


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