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二人の文芸部員

 

 ***


 今日から冬休みだ。クリスマスがあって、正月があって、春休みと夏休みに比べると休みの期間はずっと短いのに、こんなにいろんなことが待ち遠しい休みは冬休みだけだと思う。

 そして何より楽しみなのが、家族で行くスキー旅行だ。今年は北海道に連れていってくれるらしい。飛行機に乗っていくらしい。ああ、待ちきれない。休みが終わったらみんなに自慢しなくっちゃ。


 ***


「けれど結局少年は北海道旅行に行けませんでした。休みが明けて皆が少年に旅行中の様子を尋ねました。少年は冬休みが始まる前に散々自慢をしていたので、今更行っていないとは言えず、嘘の話をしました。やがてその嘘がバレました。そして少年は友だちをなくしてしまったのでした。ばっどえんど、まる」


「ちょっと先輩」


 川田くんに書いていたノートを取られてしまった。ノートの上に放った鉛筆が机に落ちてカラカラ音をたてながら転がる。

 私が読み上げながら書いていた話を目で追いながら、川田くんは渋面をつくる。


「せっかくリレー小説しているんだから、もっと続けましょうよ。あと、ネガティブ禁止です」

「表現の自由の侵害だよ、今の」

「そんなつもりじゃ」

「嘘だよ。そんな顔しなくてもいいじゃん」


 座っていたソファーに身体を沈めて私はくすくす笑った。

 私を怒らせたとでも思ったのか、どこか怯えた顔になっていた川田くんもつられて苦笑する。


 そんなふうに私の顔色ばかり伺わずに自然にしていればいいのに、川田くんは未だに私に対してよそよそしい。それが少し寂しくもあるし、かといってフレンドリーな川田くんというのも想像がつかない。


 私たちはたった二人の文芸部部員だ。去年までは私一人きりだったこの部室に、春になって彼がやって来た。出会った初めから、彼は繊細で控えめな男の子だった。私に対して何か意見するようになったのもつい最近になってから、彼が入部して三か月も経とうとしてからだ。


 最初はぎこちなかった会話も気楽にできるようになってきた。少しずつでも仲良くなれているのなら、それはとても嬉しいことだと思う。せっかくの部活動なんだから、仲が悪いより良い方がいいに決まっている。


 私が使っていた鉛筆が転がって川田くんの手元にたどり着いていた。彼はそれを取ると新しい話をノートに書き始める。


 文字を書くときの彼は机に被さるようにしていて非常に姿勢が悪い。


 それじゃあ目が悪くなるよ、と何度か注意しようと思ったのだけれど、真剣に手を動かすのを見ていると声をかけてはいけない気持ちになっていつも言えないまま終わる。姿勢のことで水を差してはいけない、そんなことで彼の集中を途切れさせたくないと思った。


 なんてあえて理由をあげてみたけれど、それは最初の頃だけだ。今はそうじゃない。

 川田くんが物を書いているときの横顔が美しいのだ。ただ私は川田くんの横顔を、息を殺して彼に気付かれないように見つめたかった。そうしている時間が好きだったのだ。


 少し長めの黒髪も、いつもは優しいのに書いているときだけは真剣になる切れ長の目も、きゅっと結ばれた唇も、私はじっくりと観察する。正面から目を合わせようとすると恥ずかしがりな川田くんはすぐに顔を俯けてしまうから、このときだけが私が彼の顔をちゃんと見ることのできる時間だった。


 川田くんが静かに鉛筆を机に置いた。一通り読み返して、何か笑いを堪えるような顔で私にノートを開いたままで差し出した。


「先輩、どうぞ」

「え? ああ、続きを書いたらいいのね」


 ノートを受け取る。そこに書かれた話の一行目を読み、私は虚を衝かれた。ぽかんとして川田くんを見上げる。


「どういうつもり?」

「そういう聞き方は表現の自由の侵害ですよ、先輩」


 彼は悪戯っぽくそう言った。滅多に見せない得意気な表情にだんだん悔しさが湧きあがる。やられた。


 ***


 あたしの名前は山村香澄。高校二年生、十七歳。部活動は文芸部で、部長をしている。

 あたしには最近気になっている人がいる。誰にも秘密なんだけど、実は今日、告白するつもりだ。

 相手はバスケ部の部長の長瀬先輩。三年生の先輩で、下の名前も知らないけれど、彼のカッコよさは誰よりもよく知っている。シュートを狙う瞬間の真剣な表情が一番カッコいいんだ。一目惚れだった。

 そして今、先輩を呼び出してあたしは体育館裏で一人待っている。

 早く来ないかな、先輩。


 ***


「山村香澄の運命やいかに。さあ、先輩続きをお願いします」

「人の名前を勝手に主人公にしないでくれない? 私、こんなキャラじゃないし。バスケ部の長瀬ってあの背ばっかり高くていつも怒った顔してる人のこと?」


 怒ったふうに見えるのは緊張しているせいなのだ、と長瀬先輩は言っていたっけ。長瀬先輩ファンクラブという怪しい組織に入っているクラスメイトは、そこがいいのだと熱く語っていたけど。


 そう、山村香澄は私の名前で、バスケ部の長瀬先輩も実在する。川田くんが笑いそうになっていたのはきっとそのせいだった。


 どうやら川田くんは私がさっきのリレー小説をそうそうに終わらせたことが面白くなかったらしい。私を主人公にしてしまえば私も続きを書くだろう、と考えたんだろう。その計算は奇しくもあたっている。


 たとえ紙の上のことだろうと、自分と同じ名前の人物が川田くんに弄ばれるのを見過ごせない。彼女の人生を川田くんの魔の手から救わなければ。


 でもこの「山村香澄」のキャラ付けはもう少しなんとかならなかっただろうか。私そっくりに書かれるのも嫌だけど、このいかにも恋してます、という感じはむず痒くてたまらない。


 文句を言おうとして口を開くと私を見ていた川田くんが顔の前で手を振った。


「全部ただの創作ですよ。名前を借りただけです。先輩はこれくらいで怒ったりしないでしょ」


 そう言われてここで怒ったら、私が短気みたいじゃない。

 開いた口を閉じると、川田くんが私に鉛筆を差し出した。それをしぶしぶ受け取りながら心の中で三倍返しだ、と呟いた。


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