いい湯だな
ちけいだちゅ幼稚園の園舎には入浴施設がある。この土地に湧いた温泉をオーナーである園長先生が園児のために開放してくれているのだ。
とはいえ、子供だけでの入浴はできない。保護者、または先生の付き添いのもとでなら自由に入ることができる。
「くそー、ちゅるののやつめ!」
露天風呂に体を沈めてアキが悔しそうに叫ぶ。
「今日は完全にお前の負けだな」
体を洗い終えたカズトが笑いながらそれに答える。
「卑怯な技ばっかりつかいやがって。何が最強召還魔法だ!あんなんだったら俺にだって」
「できるのか?」
「でっ、できるさ!たぶん」
「頼りないなぁ」
「なんだよ、お前だってオシッコ引っ掛けられて半べそだったじゃないか」
「あれはしょうがないだろ」
「蝉なんだからオシッコぐらい出すだろ。油断してたんじゃないのか?」
「なっ!元はと言えばお前があの娘をさらってくるから悪いんだろ!」
カズトがお湯を手に取りアキの顔にかける。
「やったな!」
当然のごとく反撃に出るアキ。
「なんだよー」「そっちこそー」
所詮は五歳児。戦いのことなどすっかり忘れてバシャバシャと夢中でお湯を掛け合う。
――こらー、なにやっとるかー
脱衣所のほうから付き添いのジャイ先生の声が聞こえてきた。
「いっけねー」
「せんせーごめんなさーい」
――おとなしくしてろよー
「はーい」
先生には頭が上がらない二人。動きを止めて露天風呂の岩によりかかる。
「ふー。こうやって夕日を見つめていると、嫌なことも忘れちまうよ」
「オッサンみたいだな」
「そっかな?でも俺、お風呂好きなんだよなー」
アキのお風呂好きは幼稚園でも有名だ。お泊り会で先生の目を盗んでお風呂に入り、大騒ぎになったこともある。
「この間、お風呂の映画やってただろ?」
「ああ、外国の人がタイムスリップするやつ」
「うん…俺もさ、大人になったらお風呂屋さんになりたいな」
「銭湯か?」
「いや、作る方」
「へー」
アキがゆったりとした表情で語りだす。
「みんながびっくりするようなすごいお風呂を作りたいな。家族も友達もいっぺんに入れるお風呂とか、入った瞬間に気持ちよくなる魔法のお風呂とか」
「バンドはどうするんだ?」
「あれは趣味でいいよ。俺、プロのお風呂屋さんになりたいんだ」
「プロか…」
「もちろん世界進出も考えている。お風呂のプロだから『バスプロ』だな」
「…なぜだか知らないけど、お前のその夢、ちょっと違う形で叶う気がする」
カラカラカラ。
小気味よい音を立てて脱衣所の扉が開いた。
「あ、ジャイ先生」
「おー、楽しんどるかー」
「はーい…って、せんせー?」
「ん?なんか変か?」
「いや、別に変じゃないですけど…」
ジャイ先生の腰には大きめのタオルがきっちりと巻かれていた。
カズトが小声でアキに話しかける。
「…なんで、お風呂の時の方が露出が少ないんだよ」
「知らねーよ。お前聞いてみろよ」
「うーん、それはちょっと…」
「へへへ、じゃあ俺が聞いてみるよ!」
アキが湯船から出てトコトコとジャイ先生に近づいていった。
「ねぇせんせー」
「おーなんだー」
「せんせーのチンチン、どうなってるのぉっ!」
ガシッとタオルをつかんで思いっきり引っ張る。
「こ、こらやめんか!」
タオルはびくともしない。力いっぱい振り回してもジャイ先生のタオルは体の一部のように腰にくっついたままだ。
ジャイ先生がアキの体を大きな手でつかんで持ち上げた。
「うわっ!」
「あっ、アキ!」
「ほんとにお前はイタズラばっかりしてからにー」
「いいじゃねーかよ、ちょっとぐらい!」
「あのな、大人は人前でチンチンを出したりしないんだ。お風呂に入る時もちゃあんと隠しておくものなんだ」
湯船の中のカズトが恐る恐るジャイ先生を見上げる。仁王立ちになった先生と、その先生に体を持ち上げられたアキのツルツルのお尻が目に入ってくる。
「き、聞かなくてよかった」
「いいか、チンチンを出すのは恥ずかしいことなんだ。お前はもう少し恥じらいというものを覚えろ、わかったか」
「うわー、わかった!わかったから降ろしてー!!」
「…うーん、正しいんだけど、せんせーが言うと説得力ない気がする」
西の山に夕日が沈んでいく。男同士の裸の付き合いはアキとカズトをまたひとつ、大人にしてくれたようだ。