三食昼寝付き、月三十のお仕事
長々と吐き出した息は重く。辺りが黒く濁ったような気さえする。
ああ、俺の心情をそのままに現したような雨空。
傘を投げ出してざあざあと降る雨をそのまま全身に受けたい気分だ。
また、落ちた。間違いない。
さすがに面接十社目ともなると、面接官の反応で手応えくらいは
分かる。
大学卒業まで半年。今日受けた会社が調度二十社目で、面接にこぎ着けたのはそのうち半分。二次まで残れたのが二社。
就職難だと分かってはいたものの、自分の身に降り注ぐまでこんなにも世知辛いとは思ってもみなかった。
別に大手企業だとか人気職種を希望している訳でもないのだから、そこまで苦労することもないだろうと思っていたのに。
絶対、この見た目だ。この見た目で落とされているに違いないのだ。
俺の外見を一言で言えば派手だ。染めてもいないのに色素の薄い髪は日に当たれば金に近くなるし、高校までバスケをやっていたこともあり、がっちり筋肉質で身長も百九十越えている。
出入り口でちょっと首を曲げないとぶつける事も多々あるし、あの人大きいね、なんてこそこそと言われるのが常だ。
見た目のインパクトが強く威圧感も凄いとよく言われる。
中身はこんなにも地味なのになぁ。
彼女が出来てもすぐにフラれる原因はこのギャップだろう。見た目の派手さに反して、中身は普通どころか我ながら地味で堅実な性格だと思う。
「横に並べて見映えがいいから付き合ってみたけど、ケンゴってつま
んない」
そうフラれるのがほとんど。俺の外見を好きになった女の子たちは俺の中身は好きになってくれなかった。
最近別れた彼女もそうだった。
あー!ダメだダメだ!
どんどん後ろ向きになっていく思考を何とか前に向かせようと、体ごとずいっと前にやる。
就職面接の後に何だが、これから短期のバイト面接が入っているのだ。せっかく黒髪にしたのだし、割りの良いバイトで稼いでおかなくては。
「ねえ、君!バイトしない!?」
「え?」
ぐい、と腕を取られ振り替えると、おっかない美人がそこにいた。
女性にしては長身で高価そうな細身のパンツスーツ姿はモデルのようだ。きっちりしたメイクで「出来る女」のお手本の様な美人。
不躾に上から下まで観察するが怯んだ様子はない。同じように、いや、俺よりも熱心に品定めをするように眺め、彼女はじっと見上げてきた。
「社会人?」
「いえ、大学生ですけど…」
「結婚してる?」
「してません。けど、一体」
「よし!採用!」
「や、あの」
いやいやいやちょっと待ってお姉さん!怪しすぎるでしょ!
「とりあえずこれから3時間で一万」
「え、いやちょ」
「きちんと契約してくれたら、三食昼寝着き社宅有りで月三十でどうだ!」
益々怪しいぃいい!!
「いや、自分これから面接が」
「わーそりゃ調度いい!こんな好条件見たことないでしょ!さ、いらっしゃいいらっしゃい!」
「絶対怪しいですよ!」
「怪しくなんかないわよぉ。怖くないよーはいはいこっちねー」
いやだぁ!内臓とか売られるぅううう!戸籍も売られてしまう!
……いや、こんな白昼堂々拉致のようなことをするわけないか。
抵抗しようとするが細身の割に力強い。女性に荒っぽい真似をする訳にもいかず、ぐいぐいと引っ張られるままに着いていく。
行く先は目の前の有名ホテルだった。俺には縁遠い場所だ。
艶々に磨かれたホールを彼女のヒールが小気味良い音を立てて進む。すれ違うドアマンやコンシェルジュに無言で会釈されるということは、このホテルの関係者だろう。
「いやー急に逃げられてどうしようかと思ってたのよ」
俺が捕まったことに安堵したのか随分機嫌よさそうだ。こんな高級ホテルの関係者が怪しい仕事を頼んでくるとは思えないし、逃げられたということは、まあ、キツイ仕事なんだろ。
三時間で一万。
うん、大丈夫。俺なら我慢出来る。
「仕事内容聞いても良いですか」
「そうね、ただ、はいと頷いてくれていればいいわ」
「…不安なんですが」
「大丈夫大丈夫!」
全然大丈夫じゃなさそうです。
「あ!私、ここでオーナー代行してます。飯倉愛子。君は?」
「村上賢吾です」
まさかのオーナー!若くて美人の女性オーナー!!
持ってる人は何でも持ってるんだなぁ。
オーナー直属の仕事をするなんていうなら、ちょっとキツくても仕方ないか。一体どんな重労働をさせられるのだろうか。逃げられないようぎっちりと握られた彼女の細い指をぼんやりと眺めていた。
今の状況を簡素かつ理解し易く説明したまえ。はい、君。
何を言っているか分からない?それはそうだ、俺にも全く分からない。
豪奢な白で全身を包んだ美人が横でにっこりと笑んで俺を見上げてくる。その笑顔を崩さずに、さっさとしろ、と凄んでくるのだから恐ろしい。
「賢吾くん?」
俺はぐっ、と喉を詰まらせた後に観念した。
出会ったばかりの名前しか知らない奥さんに誓いのキスを送るため震える両手をその肩に置いた。