異世界に落とされた女の始まり(ただし女の前に尻軽と付ける事)。
それは今から丁度二年程前、
地球の日本では秋を迎えようとしていた季節まで遡る。
佐藤アリア。先日誕生日を迎えたばかりのまだまだピチピチの二十代だ。
大学在学中に真面目に就職活動をしていなかった為に現在はしがない派遣社員をやっている月収20万円程のなんの変哲もない女。
ただ、特筆すべき点があるとするならばそれはその容姿についてだろう。
幼児の頃から現在に至るまで、アリアは容姿を褒められなかった事はない。
アジア特有の黒髪は漆黒と讃えられるような色を纏っており、瞳もこれまたアジア人特有の黒。
だがその瞳はトロンと常に潤みながらも光り、色気を感じさせる。
黄金比率で構成された顔のパーツはうまい具合に配置され、
厚みのあるふっくらとした唇には誰でもしゃぶりつきたくなる、人間のどこか奥深くを刺激する魅力があった。
低くも高くもない鼻は、輝きを放つ派手派手しい他のパーツとの緩和材になり違和感をなくしている。
簡潔に言おう。
アリアは美人だ。
それも飛びきりの。
幼い頃から可愛いね、綺麗だね、美人だね、なんていうありきたりな美辞麗句は聞き飽きる程聞いてきた。
誰もかれもが、初めてアリアを目にした時、強烈に脳に焼き付くのが容姿なのだろう。
ただ、自慢ではないが性格、思想、能力などで誉められた例しはない。
天は人に二物を与えず。
皮肉な事に、この言葉がこれ以上ないという程当て嵌まるのが、アリアという女だった。
運動も勉強も、仕事だって人より秀でた事等何もない。
むしろそれは人よりも、
下回っているかもしれない。
性格だってよくはないだろうと自分でも自覚している。
ボランティアなんて事をやる人間の気持ちが分からない。
自己犠牲をしている自分に自己陶酔しているだけの頭の可笑しい連中のやる事だ。
とボランティア活動を自慢気に話す女に大学生時代意見を述べれば、周りからも女からも翌日から無視されるようになった。
そして、極めつけの欠点とも言える事。
それはアリアの貞操観念が異常な程に軽い、という事だ。
尻軽。
何度この言葉で罵られたことか。
アリアは美しい者が好きだった。どうしてか自分でも分からないが、美しいと形容される人がいるとついつい興味を抱いてしまう。
そしてアリアの興味、それすなわち『ベットでの反応』だ。
男、女、問わずそうした興味を持ってしまう。そして悪い事にアリアは自分の容姿の意味を知っていた。
そして活かし方も、だ。
アリアに落ちなかった男女がいなかったとは言わない。だが面白い程そんな者は極々稀であり、絶対的な少数だった。
そして、また面白いようにアリアに落ちた男女はアリアにハマりにハマって離れなくなる。
アリアがどんな仕打ちをしても、だ。
こんなに愉快な事はなかった。
浮気をしても泣き叫ぶ事はするが、
別れようとは誰も言わない。
面倒臭くなったアリアが結局いつも切り出す事になる。
それもまた面倒な程泣き叫び縋ってくるが、アリアはそんな相手は絶対縁を切る。
その事を悟った男に一緒に死のうと殺されかけた事もあった。
それでも、アリアは今まで苦労等した事がなかった。
何故なら、男女に事欠いた事はないし、男女関係で揉める事はあっても幸いまだ殺されてはいない。
親は自分でもわかる程アリアを溺愛し、甘やかしてくれたし、いじめにあったとしても、違う誰かがこの美しい姿に引き寄せられるようにやってきて、やがておさまる。
仕事で失敗したって、上司は許してくれる。
苦笑にほんの少しの優しさを浮かべて、ドジとして片付けてくれた。
勉強できなくっったって、運動できなくったって、
誰も責めやしなかった。
アリアは居てくれるだけでいいんだよ。
僕達はそれだけで幸せなんだと言って。
もう一度言う、
アリアは苦労なんてした事がなかった。
あの日、あの時、あの場所に行く迄は。
18時30分。
それがアリアが今派遣されている会社での、派遣社員の定時退社時間だ。
その時間きっかりに、アリアは会社を退社した筈だった。
はず、だった。
オフィスビルの自動のガラス扉が開けば、そこは暗い暗い、夜の街並み。
ただし
中世ヨーロッパのような。
(・・・えっ?な、にこれ・・・・)
この日、佐藤アリアの人生は一変した。