最強すぎる金髪美女は、恋だけが致命的に下手だった。 ――護衛任務で組まされた俺が、なぜか学園一の修羅場に巻き込まれています
第1章 金髪の最強、教室に降る
加藤楸邨は、朝の校門で制服の襟を直しながらため息をついた。
「護衛任務」だとか「特別枠」だとか、そんな言葉は、本来なら自分の人生に出てこないはずだった。
——なのに。
人混みの向こうで、妙に空気が割れた。
視線が集まる方向。
陽光みたいな金髪。背筋がすっと伸びた長身。瞳は薄い色で、笑っていないのに目だけが眩しい。
「……誰だ、あれ」
楸邨の呟きに、田中充が肩を揺らして笑った。
「新入生だろ。てか、やば。漫画の表紙かよ」
金髪の美女は、校門前の騒がしさを何でもない風に割って歩き、楸邨の前でぴたりと止まった。
近い。近すぎる。香水じゃない、石鹸みたいな匂い。
「あなたが、加藤楸邨」
断定。質問じゃない。
楸邨が反射で姿勢を正すより早く、彼女は楸邨の手首を掴んだ。
「ちょ、待っ——」
次の瞬間、楸邨の背後から伸びてきた手が空を掴んだ。
掴ませない。掴ませる前に終わっている。
金髪の美女は、楸邨の身体を半歩だけ引き、背後の手首をひねり、肘を折り、床に沈めた。
「うぐっ……!」
倒れたのは、制服の男子生徒。
……いや、制服は同じでも、目が違う。焦りと殺気が薄く混ざった目。
「校門での接触は早すぎる。段取りが悪いわ」
金髪の美女が淡々と呟く。
楸邨は、呆然としたまま彼女を見た。
「……お前、誰だよ」
彼女はようやく小さく首を傾げた。
「セシリア。今日から、あなたと組む」
田中が「組む!?」と素っ頓狂な声を上げ、倒れた男子は担任役の大人に引き渡されていった。
周囲はざわめく。「何今の」「映画?」「付き合ってんの?」
楸邨は耳まで熱くなるのを感じて、無理に冷たい声を作った。
「勝手に決めるな。俺は——」
セシリアは楸邨の言葉を遮らない。遮らず、ただ真っ直ぐ見た。
「あなた、守り方が甘い」
その一言が刺さる。
甘い? 自分が?
楸邨が反論の言葉を探している間に、セシリアは楸邨の襟元を、指先で整えた。
やめろ。近い。
なのに、身体が硬直して動けない。
「……入学式が終わったら、動線を確認する。逃げ道は二つ。死角は三つ。あなたはまだ、それを見ていない」
セシリアはそう言い残し、群衆を割って去った。
楸邨は、自分の鼓動が変な音を立てているのを自覚した。
田中がニヤニヤする。
「なあ楸邨。今日から青春、始まっちゃった?」
「始まってねぇよ!」
楸邨の叫びは、やけに晴れた朝に吸い込まれた。
第2章 護衛は訓練、恋は事故
昼休み。楸邨は校内の通路図を広げていた。
セシリアは隣で、迷いなく赤鉛筆を走らせる。
「ここ、ガラス。ここ、背後が抜ける。ここ、視線が切れる。あなたは立つ位置が毎回半歩遅い」
「半歩で人は死なねぇ……いや、死ぬか」
言ってから、楸邨は自分で自分にむかついた。
セシリアは「理解が早い」と短く言い、楸邨の腕を掴んで立たせた。
「実地」
「今!?」
セシリアは楸邨の肩に手を置き、背中を押した。
距離が……近い。
背中に手の温度があるだけで、頭の中が変な方向に熱くなる。
「集中。視線を動かす。耳を使う」
楸邨は必死に息を整えた。
その時、曲がり角から笑い声が飛んできた。
「加藤くーん。何してんの?」
乱切なゆかだった。
整った顔立ちに、軽い足取り。人懐っこい笑顔。
楸邨が「別に」と言いかけるより早く、ゆかはセシリアを見て目を丸くした。
「え、なに。金髪美女と秘密特訓? それ、もう——」
「違う!」
楸邨が即座に否定すると、セシリアが静かに瞬きをした。
一瞬だけ、表情が曇る。
……見間違いか。
ゆかは悪戯っぽく笑って、楸邨の腕に軽く触れた。
「加藤くん、守ってね」
その瞬間、セシリアの視線がゆかの手元へ落ちた。
冷える。空気が、少し冷える。
「触れないで。そこ、死角になる」
ゆかが「こわっ」と笑う。
楸邨は額を押さえた。
恋の事故は、護衛より怖い。
その直後。
廊下の窓が、乾いた音を立てた。
パリン。
楸邨が顔を上げるより先に、セシリアが楸邨を抱え込むように引いた。
ガラス片が舞う。
窓枠に刺さっていたのは、小さな鉄片——投擲されたもの。
「……今の」
楸邨が言葉を失う。
セシリアは淡々と窓の外を見た。
「試し打ち。あなたの反応を見るため」
ゆかが息を呑み、次の瞬間には強がって笑った。
「うわ、青春じゃなくて戦場じゃん」
田中充が走ってきて、状況を見て顔色を変えた。
「おい、マジかよ……」
楸邨の胸が、嫌な重さで沈む。
でも、セシリアの手は——楸邨の腕を、確かに掴んで離さなかった。
第3章 三船アスカ、優雅に火をつける
翌日。教室の空気が一段ざわついた。
入ってきたのは三船アスカ。噂通り、かなり美人だった。
笑い方が上品で、視線の配り方が上手い。
席につくなり、アスカは楸邨に声をかけた。
「加藤楸邨くん、だよね。昨日の件、無事だった?」
「……まあな」
セシリアが、ほんの少しだけ眉を寄せる。
アスカは気づかないふりをして、ふっと微笑んだ。
「よかった。あなた、意外と無茶するタイプ?」
「無茶してねぇ。……多分」
田中が横で「無茶だろ」と小声で突っ込み、ゆかが「無茶だね」と乗っかる。
セシリアは静かに机を叩いた。
「雑談より、警戒」
アスカが小さく笑った。
「セシリアさん、厳しいね。でも、正しい。守るなら冷静じゃないと」
“正しい”を真正面から言われて、セシリアの表情がわずかに揺れる。
揺れて、戻る。
——この二人、似てる。
楸邨は直感でそう思った。
その日の放課後、学内行事の準備が始まり、騒がしさが増した。
人が増える。死角が増える。
危険も増える。
案の定、体育館裏で小さな騒ぎが起きた。
誰かが押され、転び、群れが崩れかける。
アスカがすっと前に出た。
「止まって。右へ。急がない。押さない」
声が通る。人の流れが整う。
セシリアはさらに奥へ踏み込み、怪しい動きをしていた影を掴んだ。
楸邨は、咄嗟に盾になる位置に入った。
怖い。でも、足は止まらない。
セシリアが、ほんの一瞬だけ楸邨を見る。
“いい”と言っているみたいな目。
楸邨の胸が、また変な音を立てた。
ゆかが小声で囁く。
「ねえ、これ、修羅場始まってない?」
田中が「最初からだろ」と返す。
楸邨は叫びたかった。
第4章 中村将司は、恋も任務も許さない
中村将司は、最初から楸邨を嫌っていた。
理由は単純だ。「甘いから」。
将司はセシリアの動きを見て、眉ひとつ動かさず言った。
「一人で制圧できるなら、余計な盾はいらない」
楸邨は反射で睨む。
「盾じゃねぇ。——人を守るって、そういうことだろ」
将司は鼻で笑った。
「守る? 守り方が下手だ」
セシリアが、珍しく口を挟んだ。
「加藤楸邨の動きは遅い。だけど、迷いがない。——それは強い」
将司が一瞬だけ黙る。
楸邨も黙る。
セシリアに褒められた……のか? 今。
田中が後ろで「おお……」と感嘆し、ゆかが「今の聞いた?」とニヤつく。
アスカは静かに視線を逸らし、空気を乱さない。
その夜、再び脅迫が入った。
今度は“人の流れ”を狙ったもの。
行事準備のどさくさで、狙われる。
将司が情報を掴んでいた。
「内側だ。外からじゃない。学内の動線を知ってる」
——内通。
楸邨の胃が冷える。
セシリアは短く言った。
「私が前に出る」
楸邨は首を振った。
「一人で背負うな」
セシリアの瞳が揺れる。
「あなたは——」
「俺は、相棒だろ」
言ってしまった。
田中が「うわぁ」と顔を覆い、ゆかが「言った!」と小さく跳ねた。
セシリアは、強いはずなのに、言葉を失っていた。
第5章 偵察はデートではない(多分)
休日の“偵察”。
楸邨とセシリアは、学園の外で手がかりを追っていた。
セシリアは動きやすい服装を選んだ……はずなのに、金髪と造形が強すぎて目立つ。
楸邨が「それじゃ目立つ」と言うと、セシリアは真顔で返した。
「目立つ方が囮になる」
「囮になりたいのかよ」
「合理的」
合理的で片付けるな。
楸邨は頭を抱え、仕方なく上着を貸した。
セシリアが袖を通した瞬間、やけに“普通の女の子”に見えて、楸邨は目を逸らした。
セシリアは気づかない。
「暑い?」
「暑くねぇ!」
そこへ、偶然、田中充と乱切なゆかが通りかかった。
二人は同時に足を止め、同時に笑顔になった。
「デートじゃん」
「デートだね」
声が揃うな。
楸邨が否定する前に、ゆかがセシリアの腕に絡んだ。
「ねえセシリア、加藤くんって優しいよね。貸してくれたんだ?」
セシリアの視線が、ゆかの指先を見た。
そして、ゆっくりと言った。
「……その距離は危険」
「え?」
「敵が来たとき、あなたを守れない」
ゆかが「え、守るの?」と目を丸くする。
田中が腹を抱えて笑う。
楸邨は顔が熱い。熱すぎる。
その直後、背後から鋭い視線。
尾行。
本物だ。
セシリアが一歩前へ出るが、楸邨が肩を掴んで止めた。
「俺が行く。お前は……守れ」
セシリアの瞳が、驚きで揺れる。
楸邨は走り出した。
——守られるだけじゃ、嫌だった。
第6章 敵は、恋の形を知っている
尾行は消えた。
だが、次の日から嫌な出来事が増えた。
視線、噂、落とし物の中のメモ、偶然を装った接触。
全部が「楸邨の周辺」を狙っている。
セシリアは、楸邨から距離を取った。
取ることで守ろうとした。
楸邨は苛立つ。
「なんで避けるんだよ」
「避けていない。配置を変えているだけ」
「同じだろ!」
セシリアがほんの少しだけ唇を噛む。
「あなたが傷つくくらいなら、私は——」
その瞬間、アスカが静かに割って入った。
「二人とも、言葉が荒い。守るなら、まず自分たちが壊れないで」
楸邨は息を吐く。
セシリアは何も言わない。
ただ、アスカの“楸邨への距離”に、わずかに視線が刺さる。
ゆかが笑って誤魔化す。
「はいはい、修羅場! でも今、敵が先だから!」
田中が頷いた。
「敵が一番空気読まないからな」
将司が短く言う。
「内通の線、濃い。信じる相手を間違えるな」
——信じる。
楸邨はセシリアを見る。
セシリアは視線を逸らさない。
強すぎる女は、恋を諦めている目をしていた。
第7章 修羅場は、群衆の中で起きる
行事当日。人の波。笑い声。ざわめき。
危険は、平和の顔をして混ざる。
セシリアは楸邨から半歩離れた。
楸邨はその半歩が、いちばん苦しかった。
アスカが人の流れを整える。
田中が情報を回す。
ゆかが場を和ませながら、視線で不審を拾う。
将司が裏口の動きを潰す。
そして——爆ぜた。
人混みの奥で悲鳴。押し合い。転倒。
楸邨は迷わず飛び込んだ。
「落ち着け! 止まれ!」
肩がぶつかり、息が詰まる。
その瞬間、楸邨の背後から衝撃。
何かが引っ掛けられた。
セシリアの声が裂けた。
「加藤楸邨——!」
セシリアが楸邨を引き戻す。
楸邨は地面に膝をつき、痛みに歯を食いしばった。
「……大丈夫だ」
嘘。痛い。けど、怖いのは痛みじゃない。
セシリアの手が震えている。
最強のはずの手が。
楸邨はその手首を掴んだ。
「一人で背負うなって言っただろ」
セシリアの瞳が揺れ、崩れかけ、必死に戻る。
「私は……恋なんて——」
言いかけて、飲み込んだ。
遠くで将司が何かを掴えた叫び声がする。
アスカが冷静に指示を飛ばす。
ゆかが群衆を落ち着かせる声を出す。
田中が走る。
事件は収束へ向かう。
でも、楸邨とセシリアの間の“言いかけた言葉”だけは、残った。
第8章 最強の金髪美女は、恋に弱い
将司の掴んだ線で、内側の動きは止まった。
固有名は出ない。ただ、「内通者」が確かに存在していた。
目的は、学園を揺らし、守る側の信用を落とすこと。
セシリアは単独で片をつけようとした。
強いから。速いから。
誰も巻き込まないために。
楸邨は、止めた。
「それ、恋を諦めるのと同じだ」
セシリアが眉を寄せる。
「意味がわからない」
「わからないふりをするな。お前は、強すぎて……自分が誰かを好きになる資格がないって思ってる」
セシリアの瞳が、初めて露骨に揺れた。
「私は——」
楸邨は続ける。
「俺は、守る仕事をしてる。でも、守られるのが怖い。選ばれるのが怖い。……だから、逃げてた」
セシリアの喉が動く。
言葉が出ない。
「でもお前は、俺を“特別扱いしない”。それが、救いだった」
沈黙。
セシリアは一歩近づき、楸邨の胸元を掴んだ。
強い指先なのに、震えている。
「加藤楸邨。私は——恋をしてはいけないと思っていた」
「なんで」
「強い私は、誰かの隣に立つと、全部壊す。守るために、切り捨てる。……それが私の普通」
楸邨は短く息を吐いた。
「じゃあ、普通を変えよう」
セシリアが目を見開く。
「どうやって」
楸邨は笑った。
「相棒として。恋人として。……一緒に現場に立つ」
セシリアの瞳が、ゆっくりと柔らかくなる。
そして、すごく小さな声で言った。
「好き」
その瞬間、背後から「はい拍手ー!」と声が飛んだ。
田中充だ。
乱切なゆかが「やっと言った!」と跳ねる。
三船アスカは穏やかに微笑んで、少しだけ視線を逸らした。
中村将司は「任務中だ」と言いながら、ほんの少し口元を緩めた。
楸邨は顔が熱い。熱いけど、逃げなかった。
セシリアの手を取って、言った。
「俺も。……好きだ」
最強の金髪美女は、勝利のときより嬉しそうに笑った。
——護衛任務そっちのけで青春を満喫するはずだった。
でも結局、守ることはやめられなかった。
そして、守られた。
恋に弱い最強と、選ばれるのが怖い男の、青春はここから始まる。




