慣れてきた異世界生活②
「持ってきたぜ。依頼の品だ」
昼食を終えてから、俺は刃角鹿の角を持って街へ戻り、依頼主の所へと顔を出していた。
依頼を出していたのは、街で有名な鍛冶屋の男だ。
筋骨隆々の大男で、俺がカウンターに置いた刃角鹿の角を無言で見分している。
「充分だ」
やがて満足がいったのか、1つ頷いてからカウンターに金貨を5枚置く。
「2枚多いぞ? 契約じゃ金貨3枚だったろ」
懐に持っていた契約書を男の前でヒラヒラさせると、彼は刃角鹿の角をカウンターの中に片付けてから、再びこちらを見た。
「期日よりもだいぶ早く納品してくれた分、品質のいい角を納品してくれた分の上乗せだ。普通、刃角鹿を仕留めようとすると多かれ少なかれ角と武器を打ち合わせて傷めるものだが、傷は自然に付いたもの以外に無かった。アレなら少ない加工と研磨で武器にできるからな」
「そうか? なら貰えるモンは貰っとくぜ」
確かに、期日は1週間だったが、初日でさっくり狩れたもんな。
打ち合い云々はそもそも俺が武器の類を持ってないからだし。
まあ、一撃でサックリと仕留められたのは我ながらいい手際だったと思うが。
「何か武器を持つ気があるなら、お前さんになら1から打ってもいいが?」
「考えとくよ。今はまだそこまで懐具合に余裕が無いんでね」
報酬となる金貨5枚を受け取って、俺は鍛冶屋を後にする。
金貨5枚あれば、今いる宿代と朝晩の飯代込みでおよそ1ヶ月弱暮らせるが、さすがに散財できるほどの余裕は無い。
定住してるわけじゃないから、どうしても宿代とかはかかってくるしな。
せめて金貨50枚くらいの貯蓄はしておきたい所だ。
『カイト、これからどうする?』
鍛冶屋を出て、街をぶらついていると、不意にシオンから声がかかった。
人がまばらに周囲にいるが、小声で話せば雑踏に紛れて目立たないだろう。
「とりあえずの生活基盤はできたけどまあ、しばらくは貯蓄じゃね?」
『そういう話じゃない。この街に留まるのか、他所へ行くのかだよ』
この街に留まるかどうか、か。
そこまで細かい事は考えていなかったな。
この街も別に居心地は悪くない。
元より人の往来が盛んなのか、よそ者に対しても特に偏見とか無いし。
ここ1ヵ月は生活基盤を作り上げるのに必死で、将来的な事を考える余裕も無かったから、改めて考えるのはアリかもしれん。
「ま、考えておくさ」
どのみちもうちょっと頑張って貯蓄しないといけない。
少なくともそれまでは、この街に留まる必要があるのだ。
だったら、特段急いで将来を考える事も無い。
「すまない、少しいいだろうか?」
予定よりも少しばかり収入が多かったので、何か食べ歩きでもしようか、なんて考えて街をぶらついていたら、背後から肩を捕まれて声をかけられた。
一応、人混みの中でスリをされたりしないように警戒していたはずなのだが、それをすり抜けられたようだ。
背後を取られたという事は、生殺与奪の権利が声をかけてきた相手にあるに等しい。
下手に刺激すべきではない、と判断し、俺は足を止めてからゆっくりと振り返る。
声だけで判断するのなら、若い少女から女性、といった所だろう。
やや声が低めだが、圧がある、といった感じではないので、多分地の声が低めなのだと推測。
「俺に用事か?」
振り返って相手を確認してみれば、思いの他身長の高い少女だった。
あの謎の少女よりも少し身長が大きい。
175センチくらいだろうか?
腰ほどまである黒髪をポニーテールにしていて、髪質はサラサラ。
多くの女性が羨むだろう。
顔立ちからして、年齢は俺と同世代くらい。
切れ長の目はキリッとした印象を受け、男っぽい口調からは男所帯で育ったような雰囲気を感じるな。
学生の制服っぽい恰好をしていて、やたらと胸部を強調するデザインが目を引く。
そして、その強調された胸部は相当な存在感を放っている。
うむ、デカい。
「いや、人を探していてな。カイト、という人物を探している」
俺の名前が出て、眼前の少女への警戒を大きく引き上げる。
この世界に来て、俺が名乗った相手は数えるくらいしかいないはず。
外部に伝わるような悪事を働いた記憶も無いし、指名手配、というわけではないんだろうが。
とはいえ、目の前の彼女が学生の制服っぽい恰好をしているのとは裏腹に、腰と背中に武器を帯びているのが気になる。
そして、その見た目は日本刀に酷似しており、黒髪なのも相まって、どこか日本人然としている気がするな。
背中には身の丈に近いくらいの大太刀、腰には右側に小太刀くらいの刀、左側には小太刀くらいの刀と普通の刀があり、恐ろしく殺意が高い装備だ。
「名前だけじゃわからんが……何のためにその人物を探してるんだ?」
暗に同姓同名の人もいるんじゃないの?
と聞き返してみれば、少女はさもありなん、と頷く。
別に俺がカイトと知って声をかけてきている、という感じではないっぽいか。
「学院長からの指示でな。カイトなる人物を連れて来てほしいと頼まれたのだ。生憎と、名前くらいしか手がかりが無いのだが、割と珍しい名だからな。この街に2人といないとは思う」
学院長。
連れて来てほしいという指示。
今の問答だけでも、かなりの情報がある。
少女は学院とやらの所属で、上からカイトという人物を探すよう指示を受けている、と。
そして、この世界ではカイトという名前は珍しい部類らしい。
「ほかに手がかりは無いのか? 見た目とか、色々あるだろ」
「性別が男、という程度しか情報が無くてな。あとは珍しい装束を着ているとの事だが……」
珍しい装束、という言葉で、俺は日本の頃の服を思い出す。
この街に着いた時点で結構ボロボロだったので、新しく服を買ってからは処分してしまったのだ。
今でこそこの世界の一般的な服に身を包んでいるが、考えてみればそれまでは結構目立っていたな。
「そうか。それじゃ力になれそうも無いな」
「やはりか……すまない。時間を取らせたな。私はこれから何日かこの街に滞在するから、もしカイトなる人物に心当たりがある事を思い出したら、訪ねてくれると嬉しい。もしも宿に不在の場合は言伝を頼んでくれると助かる。この街で一番大きな宿に滞在するのでな」
自分の滞在場所を俺に伝えると、少女はひらひらと手を振りながら去って行った。
この街で一番デカい宿に滞在できるとは、金持ちだな。
あそこ、一泊で金貨1枚とかするんだけど。
『もしかすると、狙われているのかもしれないね』
「だな。とりあえず、当分は工事現場の仕事だけで外出は控えるとするか」
変に出歩いて、人目の無い場所に行った瞬間に命を狙われる、というのが一番良くない。
だったら、街中で少しでも周囲の目があるようにした方が自分の身を守る事に繋がるはず。
何だか物騒な事になってきたかもしれないな、と考えながら、俺はぶらつく予定を中止して宿へと引き返すのだった。




