いざ異世界へ⑥
「キミは、この世界の住人じゃないね。流れてきた……というわけでもなさそうだけど」
謎の少女は、訝しげな表情を浮かべつつも、俺がこの世界の住人でない、と確信を持って宣言した。
服装か、はたまたそれ以外の何かか。
その判断基準は全くもって不明だが、それが却って彼女が尋常ならざる存在という事を裏付けているように思う。
「俺たちは、自分の意思でこの世界に来た……最悪のスタートを切る形になっちまったけどな」
どこまでを見通されているか不明だが、どの道この世界の住人でないと把握されてしまっているのなら、別段隠し立てする必要も無いだろう。
そう思い、俺は謎の少女の問い掛けに応じる。
謎の少女は、感情の読めない表情を浮かべると、おとがいに手をあてて考え込む素振りを見せた。
「この場に気持ち悪い生物がいたと思うんだけど……それを倒したのは、キミ?」
状況からして、あの魚野郎の事を言っているのだろう。
壁の穴やらの状況証拠から、その結論を導き出したのなら、シオンに匹敵する頭脳の持ち主と言えるな。
ともあれ、事実を否定する意味も無いので、俺は無言で頷く。
「ふうん……キミが、ね」
俺の事を品定めするように、謎の少女は上から下まで視線を動かすと、俺の背後にあるシオンの遺体に目線を向けた。
「後ろで倒れてるのは、キミの連れ?」
「……ああ。大切な相棒だ」
シオンが死んでいる事に気付いているのかいないのか、その辺りは不明だが、謎の少女は改めて俺の顔を見る。
多分、ついさっきまで涙を流していたから、俺の目元は腫れぼったくなっているのだろう。
「……そっか」
俺の言葉でおおよそを察したのか、謎の少女は気まずそうに視線を彷徨わせた。
場に沈黙が満ちるが、彼女は何かを考えているようだ。
「まだ助かるよ。キミの連れ」
まだ助かる。
その言葉の意味する所に、俺は思わず目を剥く。
「どうやって!? 何をすればいい!?」
藁にも縋る思いで謎の少女に詰め寄ると、彼女は俺の勢いに驚いたのか、一歩後退る。
「落ち着いてってば。今すぐどうこうじゃないから」
まだ時間の猶予があるとわかり、俺は精神的に落ち着きを取り戻す。
「キミの連れだけど、肉体的には死んでる。けど、まだ魂は生きてるから、魂を入れる器さえあれば、延命はできる」
魂は生きている……?
幽霊がどうとか、そういう話か?
ハッキリ言って、彼女の言う事は要領を得ないが、シオンが助かる可能性があるのなら、俺は迷わずそれに賭ける。
とりあえず俺の残念なおつむで理解できるのは、シオンの魂を入れるための器とやらが必要、という事だけだ。
「問題は、その器なんだよね。生憎と、私の手持ちには、器になるような物が無い。キミが何か持っていれば、あとは私が何とかするよ」
シオンの魂を入れる器。
俺は、すぐに1つの物質が思い浮かび、ズボンのポケットを漁った。
あの、白く輝く金属塊である。
鎧が解けて消えて以降、どこに行ったかはわからないが、魚野郎が十全に扱いきれないと言っていたので、残っていれば使い道はありそうだ。
ズボンのポケットを漁っていたら、左側のポケットから探していた物が出てきたので、謎の少女に見せつけるように突き出す。
「これなら使えないか!?」
俺が取り出した物を見て、謎の少女は目を丸くする。
反応を見る限りでは、相当に珍しい物なのかもしれない。
「まさかこんな所で遺骸核にお目にかかるなんてね。けど、器しては充分すぎるくらいだよ。ちょっと貸して」
挑発的な笑みを浮かべつつ、謎の少女は俺に右手を差し出した。
そこに金属塊を渡せという事なのだろう。
俺は1も2も無く即座に彼女の手へ金属塊を乗せる。
どのみち、これで上手くいかないのならお手上げなのだ。
仮に騙されたとて後悔など無いし、俺に取れる手段など無い。
「……驚いた。随分すんなりと渡すんだね。遺骸核なんて、1つ売れば一生遊ぶのに困らないくらいの大金で取引されるのに」
とても意外そうな表情で、金属塊を受け取った謎の少女はシオンの方へと歩いていく。
遺骸核、だっけ?
相当に貴重なモンらしいが、シオンの命に比べりゃどうって事は無い。
「俺にできる事はもう無いからな。アンタを信じる以外の方法が無えんだ」
シオンの命が助かるなら、謎の少女が誰だとか、遺骸核とやらは何なのかとか、些細な疑問はどうだっていいんだ。
俺のそんな思いを知ってか知らずか、謎の少女はシオンの遺体の傍らにしゃがみこむと、ちょうど心臓の辺りに遺骸核とやらを置く。
「魂の移転」
シオンの胸元に置いた遺骸核に、謎の少女が手を翳し、何かの言葉を呟く。
すると、彼女の全身から深紅のオーラが沸き上がり、それが遺骸核へと流れ込んでいくように見えた。
これはもしかして、俗に言う魔法だとか魔術とかいうものだろうか。
異世界の定番ではあるが、こうして目の当たりにすると、不思議でしょうがないな。
「……すげえ」
たっぷりと遺骸核に深紅のオーラを流し込んでから、謎の少女はその場を少し離れる。
すると、遺骸核が白い輝きを纏いながらもひとりでに浮かび上がり、白い光が線となって、糸のようにシオンの胸元へと伸びていくではないか。
ゆっくと白い光の糸を伸ばして、シオンの心臓辺りと繋がった遺骸核は、クルクルと回転を始めていく。
そこから徐々に光の糸が太くなっていき、やがてシオンの胸部から丸い玉が浮かび上がる。
あの丸い玉が、シオンの魂という事だろう。
やがて、遺骸核とシオンの魂は、お互いを探すように絡み合っていき、最後には白く輝く遺骸核だけが残された。
遺骸核は、シオンの魂をその内に受け入れた後、ゆっくりと俺の方へ飛んで来る。
相棒の魂が入っているそれに、俺は右手を伸ばす。
「へえ……随分と適合率が高いんだね」
横から謎の少女の声がしたが、俺は気にせず遺骸核を掴む。
すると、遺骸核は俺の手の中で強い光を放ち、その質感を変えて行く。
眩しさに、思わず空いている左手で視界を遮ってしまう。
数分くらい、輝きは収まらなかった。
輝きが収まってから、視界を遮っていた左手をどかすと、右手の中にあるはずの遺骸核は細いチェーンのネックレスへと、その姿を変えている。
「形が……変わった?」
眼前で起きた現象に理解が及ばず、俺は右手のネックレスを目の前にぶら下げてみた。
ネックレスのトップ部分は、細い四角柱状となっていて、その中心部には、ダイヤモンドのような透き通った石が埋まっている。
「うん。間違い無く、キミの連れはその石の中にいるよ。ついさっきまで消滅の危機に瀕してたから、今は意思疎通を取るのは難しいだろうけどね。けど、時間が経って力が回復すれば大丈夫。かかる時間は本人の回復力次第だけど、大体数日くらいで回復すると思うよ」
細かい理論は良くわからないが、とりあえずシオンは助かったと見ていいだろう。
意思疎通が取れるようになるには、数日を必要とするらしいが……ともあれ、知らず知らずのうちに全身を緊張させていたようで、全身にドッと疲労感がのしかかる。
けど、へたり込むよりも先に通すべき筋があるな。
「ありがとう。アンタのおかげで相棒は死なずに済んだ。見ず知らずの俺に、良くしてくれて、ホントに助かった」
自分ではどうする事もできなかったので、俺は全霊の感謝を込めて、謎の少女に大きく頭を下げた。
いっそ土下座をしてもいいくらいだが、さすがに自重しておく。
そもそも、こっちの世界に土下座があるかもわからないしな。
「気にしなくてもいいよ。私には私の思惑があるだけだし、正直な所を言うと、償いの意味もあるから」
謎の少女は少しばかり申し訳なさそうな表情を浮かべると、小さく首を横に振る。
思惑は置いておくとして、償いっていうのは一体……?
「私がもっと早くヤツらに気付いていれば、キミの連れが危険な目に遭う事も無かったからね。ヤツら、どんどん手口が狡猾になってる」
俺が疑問符を浮かべているのを察知したのか先回りして説明をしてくれた彼女からは、並々ならぬ強い意思を感じるが、その意思が何に基づくのかはわからない。
「ここから西にしばらく行けば、大きな街があるから、ひとまずはそこを目指すといいよ。機会があったらまた会う事もあると思うけど、その時は敵じゃない事を祈ってる。それじゃ」
結局、俺は大半の事が理解できなかったが、謎の少女がご丁寧に細部まで答えてくれるはずも無く。
気付けば、彼女は手品のように姿を消してしまうのだった。
謎の少女の正体は一体、何者なのか……?
今後を楽しみにして頂ければ幸いです。




