いざ異世界へ②
「痛いじゃないか。お茶目なジョークだろう?」
とんでもないブラックジョークをかましたシオンは、殴られたのを防御した左腕をプラプラさせながら不満げにしている。
予備動作無しで速攻殴りかかったはずだが、即座に反応して防御してくるのはさすがとしか言いようが無い。
それはそれとしてやはりムカつくが。
「やっていいジョークの範疇を超えてんだっつーの。これで相手がお前じゃなかったら半殺しにしてんぞ?」
シオンだからこそグーパン1発で済ましてんだよこっちは。
「やれやれ、こんな状況だからこそ、余裕とユーモアが必要なんじゃないか。ところで、ここはどこだろうね?」
「俺が知るわけねえだろ。それこそ、人里離れた平原とかじゃね?」
とりあえず、異世界に来た。
雪だるまのような形の太陽がある辺り、それは間違い無いだろうが、俺たちがいるのは道など無い、野原のど真ん中である。
草の長さがそれほどでもないから、周辺の視界は良好だし、敵がいればすぐに気付けるだろう。
逆に言えば、見渡す限りの草原であり、それ以外の視覚情報が入って来ないという事なのだが。
「ふむ、早急に移動を開始すべきだね。とはいえ、向かうべき先が不明だから、行き当たりばったりにはなるけれど」
「ま、なるようにしかならんだろ。とりあえず、何かしら食料は確保しておきたいな。あとは身を隠す場所もか」
道具なんてものは一切無く、俺たちは着の身着のままではあるが、それでサバイバルをできないという理由にはならない。
というか、あるもので何とかしないと飢え死にしかねないので、やれる事をやるしかないのだ。
「どの方向に向かうかは君に任せるよ。僕が判断を下すには状況証拠が足りなさすぎるからね」
科学的根拠や何かしらの情報があれば、シオンに判断させるのが手っ取り早いのは確かである。
だが、こういった状況で、言うなれば勘に従うしかないようであれば、俺が判断を担うのがいつもの事だ。
異世界に来ようともそれは不変なんだな、と思いつつ、周囲をぐるりと見渡す。
やはり見渡す限りは草原で、これといって周辺に何かが見える事は無い。
「……こっちだな」
なんとなく、何かがありそうという感覚で、俺は進む方向を決めて歩き出す。
シオンも文句を言わずについてくる。
この際野宿をするのは全然問題なんて無いんだが、飲み水や食料、寝床なんかは確保したいから、夕方になる前くらいには目途を付けたい所だ。
…
……
………
「第一生物発見」
時間にしてどれくらい歩いただろうか。
ほぼ中天くらいだった太陽が西に落ちていき、夕焼けになる手前くらいの時間に、俺たちは1匹の鹿っぽい動物と相対していた。
とはいえ、その角は明らかに殺意が高く、何なら他の生物の血で汚れているであろう赤黒い色をしている辺り、血染め角の鹿、とでも言うべきだろうか。
体高だけでも俺と同じ(およそ180センチ)くらいで、角までを含めるのならもっとある。
相手はと言えば、こちらを威嚇するように角を向け、いつでも突進できるように前足で地面を掻いているので、もしかすると縄張り意識が強いのかもしれない。
「アイツ、食えると思うか?」
「基本的に僕たちのいた世界の鹿と身体の作りは変わらなさそうに見える。体が凄まじく大きい事を除けばね。身体が大きいという事は、それだけ長い期間を生き延びたという事だ。味についてはわからないけれど、毒を持つという事も無いだろう」
シオンの見立てでは、普通の鹿と同じだろう、との事なので、コイツが今日の飯に決定だな。
もう夜も近付いてきたし、仮に食べ切れなかったとしても、干し肉にしたりすればしばらく分の食料は気にしなくて良くなる。
「だが、どう仕留める? こっちは丸腰だよ?」
「んなもん首でも折れば一発だろ。組み付いて締め殺したっていい。解体やらなんやらは仕留めてから考えようぜ?」
「やれやれ、君というやつは。けれど、これを逃すと食料にありつけるかも怪しい。協力して仕留めるとしようか」
手早く意思の統一を済ませ、俺たちは巨大鹿と向かい合う。
枝分かれし、恐ろしく硬くて鋭そうな角だ。
マトモに突進を受けたら一瞬で身体が穴あきになる事うけあいである。
わざわざ律儀に俺たちを待っていたとも思えないが、ちょうど俺たちが意思決定を終えた所で、巨大鹿は駆け出した。
ターゲットは、俺。
それを見るなりシオンは横に逃げ、俺はそのままジッと鹿を迎え撃つ構えを取る。
シオンが横に逃げた事でターゲットを変えたりするだろうか、と考えた俺の予想を裏切り、一直線にこちらへと突っ込んでくる巨大鹿。
鋭い角が俺を貫かんとする瞬間、その角を掴み、突進の勢いに押されながら靴底が地面を滑る。
「痛ってえな……けど、捕まえたぜ」
枝分かれした角が掠めた両腕からは僅かに出血しているが、命に関わる怪我でもないので、俺は構わず鹿の角を掴んで突進を止めようと踏ん張った。
しかし、そんな俺の狙いは成就する事もなく、巨大鹿は俺を軽々と跳ね上げた。
身体を襲う浮遊感。
けれど、掴んだ角は放さず、浮かされた勢いを利用して、身体の動きをコントロールすれば。
「よっしゃ、組み付いた! あとは俺が力尽きるか、お前が力尽きるか、根競べと行こうじゃないの」
巨大鹿の背に乗り、そのまま脚と両腕を使って巨大鹿の首にしがみつきつつ、全力で首を締め上げる。
いかに巨体であって、骨が頑丈で折れなかったとしても、ずっと首を圧迫されていれば血流は滞るし、呼吸だって苦しいだろう。
巨大鹿は暴れて俺を振り落とそうとするものの、振り落とされれば逃げられかねない。
意地と意地のぶつかり合いのような状況にあって、どちらがそれを制するのか。
「カイト、手伝おう」
初回の突進を避け、以降存在を眩ませていたシオンがひらりと巨大鹿の背に飛び乗り、俺と協力して巨大鹿を締め上げる。
相変わらず、抜け目の無いやつだ。
とはいえ、さすがに2人がかりで首を絞められたのが効いたのか、徐々に巨大鹿の暴れが小さくなり、やがてはゆっくりと崩れ落ちた。
その際に俺たちは地面に放り出されたものの、地面に横たわった巨大鹿は、ピクリとも動かない。
すぐに巨大鹿に近寄り、脈を取ってみれば、まだ生きてるようだが、意識は失っているようだ。
さすがに身体がデカいだけあってタフだな。
「ふう、相変わらずデタラメな治癒力だね」
「ま、これが取り柄みたいなもんだ」
シオンが言うように、巨大鹿の角を掴んだ際に付けられた両腕の傷は、既に跡形も無く消えている。
俺自身からすれば忌むべき体質ではあるが、こればかりは切っても切り離せない。
「近くに川があった。そこで解体しよう」
いつの間に、というツッコミは飲み込んで、シオンが見付けたという川の方へ、2人で協力して巨大鹿を引き摺っていく。
巨体に見合う重さだったが、どうにかこうにか川の方へと運び込めば、全身汗だくだ。
とりあえず、少し呼吸を整えないとな。
「「あっ」」
2人して呼吸を整えていたら、意識を取り戻した巨大鹿が即座に逃げ出してしまった。
獲物に逃げられ、俺たちはしばし呆然としてしまう。
「自然というのは、異世界でもままならない、ものだね」
「ホントにな……」
苦労した割に結果が伴わず、俺たち2人はがっくりとうなだれるのであった。




