いざ異世界へ①
「カイト、いよいよだ。電力のチャージが終われば、僕たちはこの世界から解き放たれる」
いつも冷静沈着、ともすれば人間らしい感情など無いのではないか、と勘違いしそうになるこの男。
俺と同い年にして、飛び級でアメリカ辺りの有名な大学を飛び級で12歳の頃には卒業した超が付く天才なのだが、今はガラにもなくワクワクとした表情だ。
まあ、気持ちはわからんでもないがな。
かくいう俺、越雄皆人もワクワクが止まらないのだから。
「はしゃぐのは結構だが、肝心な所でミスってくれるなよ。もしもミスったら、俺たち纏めて消し炭どころか細胞1つ残らないんだろ?」
「そうなったら、15歳の少年2人が無理心中、なんて見出しでニュースに乗る事だろう。まあ、成功するにせよ失敗するにせよ、僕たち2人の存在がこの世界から消失する事に変わりは無い。その後に僕たちが生きていようがいまいが、何も変わらないよ」
失敗されたらたまったもんじゃない、なんて口では言ったものの、そもそもが異世界に行くなんて話、普通なら実現できるはずもないし、誰かに言えば夢を見るのも大概にしろと言われる事だろう。
理論をつらつらと説明された所で、俺に理解できるだけの学は無いが、相棒たる女良紫苑に、不可能が無いという事だけは知っている。
「ま、それだけシオンに期待してるってこった。あとはまあ、野となれ山となれ、だけどな」
今日、俺たちはこのクソッタレな世界に別れを告げる。
異世界に行くという行為が、失敗して俺たちが消滅するだけなのか、本当に新しい世界での人生を迎えるものなのか、それを証明する事はできないし、調べる事もできない。
前例の無い実験だし、そもそもの話、誰かに語ろうと思った事も無いのだが。
「よし、電力も溜まったようだ。それではカイト、君がスイッチを押したまえ」
異世界に渡るためのエネルギー元となる、電力が必要量に足りた事を示すブザーが室内に鳴り響く。
あとはスイッチ1つで異世界へと旅立つ事ができるわけだが、なぜかシオンは俺にボタンを押すよう言ってきた。
「そこは開発者様がポチッとするんじゃねえのか?」
こういう大層な発明だなんだは、開発者が一番偉いと思うのだが。
「万が一にも、僕の研究に不備は無い。可能な限り実証実験はしたし、理論付けもした。けれど、前例の無い事をやるという事は、前提がそもそも違う可能性だってある。僕に限ってそんな事はあり得ないと言い切りたいけれど、もしかすると1ミクロンくらいの可能性で何かが間違っている可能性も否定できない。そこで、君の出番さ。生き汚い君の悪運を持ってすれば、いざ何かあっても僕たちは助かるだろうと思ってね」
こいつ、言うに事欠いて生き汚いとか、言いやがって。
まあ、俺の悪運がとんでもなく強いという事そのものは否定しねえけどよ。
「わーったよ。その代わり、何かトラブルが起きても文句言うんじゃねえぞ」
「その時は、僕たち2人で力を合わせて乗り切ればいい。今までだってそうしてきたし、これからもそうだろう? 僕の相棒」
相変わらず、全幅の信頼を寄せてくれるじゃないの。
そんなの、応えないワケにゃいかねえよな!
「それじゃ、押すぞ。覚悟を決めろよ、相棒」
「ああ」
赤いボタンを、右手の人差し指で押下。
直後、部屋の機材がうるさいくらいの音を立てて稼働を始める。
ところどころ、電気がバチバチしてたり明らかにおかしな音を出してる機械があるが、本当に大丈夫なんだろうな?
「前例の無い事を成し遂げるには、限界を越えなければね。それは人間だって機械だって変わらない」
俺が変に思ってたのを察したのか、シオンが説明を述べる。
要するに、これで正常って事らしいが、端から見てると不安でしか無い。
「そうそう、言い忘れていたけれど、この実験の成功と同時に、建物ごと僕たちは消滅する。成功であれ、失敗であれ、ね」
「おま、そういう事は先に……ッ!」
明らかな警告を示すであろうブザー音と共に、俺たちは眩い光に包まれた。
これが自分たちを消し炭すら残さずに消滅させるであろう滅びの光か、新たな世界に旅立つ門出の祝福の光か、この時の俺たちはまだ知らない。
…
……
………
「ん……生きてる、よな?」
光に包まれて、意識を失った所までは記憶が残っている。
意識が戻り、五体満足に身体が動く事を確認してから、意を決して目を開く。
どうやら仰向けに倒れていたようで、目を見開いた先には、ただ青空が広がっていた。
日本と何も変わらない、ただの青空。
そんな風に考えていたら、降り注ぐ陽光の先が変わった形状なのに気付く。
普通、太陽は丸い形で地上に光を送り込んでいるはずだが、なぜか雪だるまのような形をしたそれは、ともすれば少し暑いくらいの陽光を降り注がせている。
「シオン……? おい、シオン、起きろ!」
ゆっくりと身体の動きに異常が無い事を確認してから、上体を起こして、シオンの姿を探す。
すると、すぐ横に俺と同じく仰向けに倒れているのが確認できた。
意識は無いようだが、胸が上下に動いていて呼吸はしているので、とりあえず安心しながら身体を揺する。
軽く身体を揺すられて、いよいよシオンはゆっくりと目を開く。
「君は……誰だい?」
両目を開け、ゆっくりと起き上がったシオンは、俺を見て目を細める。
まさか、記憶が無い、のか?
「おいおい、冗談キツイぜ。エツオ・カイトと言えば、生き汚いお前の相棒だろ? メラ・シオンさんよ」
一時的に記憶が混濁していても、刺激があれば思い出す事もある、と何かで読んだ気がしたので、とりあえず俺の名前と相棒、という単語を出して様子を見る。
しかし、全くピンと来ないようで、首を傾げて胡乱な目でこちらを見ていた。
「おい、マジかよ……嘘だって言ってくれよ……俺1人じゃ、意味ねえじゃねえかよ……」
本当に記憶喪失だとしたら。
俺は1人でこの異世界っぽい場所で生きていかなければならない。
もちろん、記憶を失ったとはいえ、シオンを見捨てたりはしないが、俺だけが何も無いないなんて、あんまりじゃねえか。
「……っ、あはははは!」
あまりの絶望感に打ちひしがれていたら、横のシオンから噴き出したような声から爆笑が起こる。
色々と展開についていけないと思いつつも、四つん這いの態勢から頭を上げてみれば、腹を抱えて笑い死にしそうな勢いで爆笑しているシオンの姿があった。
一体何がどうなってる?
「ハァハァ……ああ、もう一生分笑った気がするよ。こうして君を騙せるのなら、僕の演技力も捨てたものじゃないね」
ひとしきり大爆笑して、呼吸を荒げながら、シオンはいつもの表情で立ち上がると、俺へと手を差し伸べる。
「実験は成功だ。行こうじゃないか。異世界の旅へ」
差し伸べられたシオンの手を取り、俺はゆっくりと立ち上がってから、握った手を放さずにガッチリと捕獲し、空いている方の手で渾身のグーパンを放つのだった。
1話目にしていきなり相棒をグーパンで殴る主人公、カイトくんでした。
これに関してはブラックすぎるジョークを飛ばすシオンが悪いのですが。




