8杯め 飛竜をテイムしなさい
俺たちは「鍛冶の街グリドガルド」を出て、森の中を歩いた。
俺のアイテムボックスの中は、魔物や処理済みの魔物肉、薬草でいっぱいになっていった。
街を出てすぐの河原でアラビカに包丁や解体道具を渡した。アラビカは喜び、これまで以上の速さで肉を処理していた。
(我が愛剣、切り裂く者も喜んでおります)
早速包丁に名前を付けたようだ。うっとりと包丁の刃を指でなでるアラビカの目つきは殺人鬼のようだった。
しかし気にするのはよそう。異世界でコーヒーを飲むという野望の前では、すべては些事にすぎない。
アラビカが肉を解体しているあいだ、俺はドリップケトルで紅茶を淹れたり、剣の鍛錬をしたりした。
炎虎のロブスは毛づくろいをしているか、寝ていた。
肉の解体が終わるとまた歩き始めた。
そんな毎日を過ごして五日が経った。
森が切れ、山が近づいてきた。
俺たちは岩山をよじ登り、平らな大きな岩の上にたどり着いた。
(ご主人さま、お気をつけください)
(これは飛竜の匂いだぜ)
アラビカとロブスは周囲を警戒した。そして、同時に後ろを向いた。
「おーい!」という声がした。
振り向くと、遠くから、馬に乗り、鎧を身につけた人間が何人か近づいてきていた。
厄介ごとの匂いがした。街中で魔物を出したことがバレたか。逃げるか?しかし目の前は断崖だ。逃げ場はなかった。
俺たちがよじ登った岩山を馬に乗ったまま駆け上がってきた。手練れのようだ。
「そこで止まれ!」と俺は叫んだ。「何者だ」
「怪しい者ではない」と先頭にいた男が言った。「我らは王城騎士団、私は団長のミカス・ド・ラーカイルだ」
「王城騎士団が何の用だ」
「王の命により、救世主カフィ様をお迎えにあがった」
王の命……。あの王さま、やはり逃げた俺を探していたか。隣国に攻め込むとか言っていたから、俺のテイムの力を武力として利用する気なのだろう。
しかし、「救世主」だと?
「どういうことだ」
「ぜひともカフィ様にもう一度お会いしたいと王が切望されているのです」とラーカイルは言った。
「俺は何もしていない」と言ったら、後ろにいた騎士たちが「うわさどおり謙虚なお方だ」と言っていた。
「善行をお隠しになりたいお気持ちは理解するが、どうか、ご同行願えないだろうか」とラーカイルが頭を下げた。
ん?何を言っている?
ラーカイルは、ふと、アラビカに目を留めた。「似ている。……いや、まさかな」
え?誰に?
そう思った時、
(ご主人さま、上です!)という念話がアラビカから飛んできた。
見上げると、青緑色の、翼の生えた恐竜のような魔物が俺たちのところに降りてくるところだった。ロブスは毛を逆立て、歯をむき出しにしてうなっていた。
(青飛竜です!)
青飛竜は、最後に大きく羽ばたくと、岩の地面に着地した。風圧で、足元の石ころが吹き飛んだ。
馬たちがいななき、騎士たちは抜刀した。それを団長であるラーカイルが制した。「よせ、剣などでどうにかなる相手ではない」
アラビカもロブスも、一歩も動けずにいた。
(アラビカは強くなりましたが、竜に挑むほどの力はないと愚考します)
(すげぇ威圧感だ。ちびりそうだぜ)
青飛竜は、金色に光る眼で俺たちを睥睨した。
(小さき者が妾の縄張りで何をしておるのじゃ)
念話が飛んできた。
「テイムしたわけでもないのに、念話ができるのか」
(竜種であれば、念話スキルを持っています)
竜の念話は、ラーカイルたちにも聞こえているようだった。
(話の通じねえ相手じゃないんだけどな)とロブスが言った。
話は通じるのか。ならば。
「俺はカフィ。俺たちはあの山を目指している」と俺は言った。
(あそこには何もないぞ。何を求めているのじゃ?)と竜が言った。
「苦く、美しく、甘く、酸っぱく、尊いものだ!」
(ほう?)と青飛竜が、細い瞳孔を開いて言った。(それはなぞかけか?)
え、なぞかけ?
(ご主人さま、竜種はたいへんになぞかけを好みます。ですが……)
(竜のなぞかけに答えらたら、願いを叶えてくれるらしいぜ)
ふむ。
俺は青飛竜の翼を見た。
これを利用しない手はないな。
「翼ある者よ、俺がお前のなぞかけに答えてやろうではないか」
(ご主人さま!答えを間違えれば、即、殺されます!)
え?そうなのか。
それを先に言ってほしかった。
(カフィが殺されればミィも解放されるから、悪い話ではないな)
(ロブス!ご主人さまの眷属の身でありながら、何ということを言うのですか!)
俺はこんなところで死ぬ気はない。
(準備はいいか、小さき者よ)
こうなったら後戻りはできない。
「いつでもいい」と俺は言った。
竜は、金色の目を光らせて言った。
(私は生まれた瞬間から死に始め
誰も逆らえず
誰よりも速い。
しかし私は形を持たない
私は誰だ)
これは聞いたことがある。答えは何だった?
……。
あと少しで思い出せそうなんだが。
(どうした、カフィという名の小さき者よ。答えないのか)
そうだ。
俺はアイテムボックスから「チタの実」を出した。最初の街で門番がくれたものだ。知覚が鋭くなると言っていた。脳の働きを加速してくれるかもしれない。
俺はチタの実を袋から出して噛んだ。
不思議な食感だ。
…………あれ?
………アレ?
……ナンカ、気持チイイ。
チタの実を噛んでいるうちに、俺はハイになってきた。
ぴきーん!
俺は答えを思い出した。
「時間だ」
俺がそう言うと、竜の口が開き、ニタリと笑ったように見えた。
「……とでも言うと思ったか」と俺は言った。青飛竜の笑顔が固まった。
「生まれた瞬間から死に始める。つまり、豆を挽いた瞬間から、香りは逃げ始める。コーヒーの香りには誰も逆らえない。そしてその香りは誰よりも何よりも早く、俺の鼻腔に届き、俺の脳を予感で満たす。形を持たないだと?コーヒーを至高の一杯たらしめるのは、香りであり、余韻であり、コーヒーを飲むという体験そのものだ。だから答えは」
俺は目の前の青飛竜を指さして言った。
「コーヒーの香りだ!」
青飛竜は唖然としていた。
アラビカもロブスも、騎士たちもびっくりした顔をしていた。
やがて青飛竜の「くっくっく」という笑いが聞こえてきた。
(カフィという名の小さき者よ
もしお前が答えを当てようとするだけの者であれば
お前を餌として食ってやるつもりだった
しかし
お前は妾の問いの答えを見つけた上
妾の問いを作りかえた
気に入った
お前の願いを一つ聞いてやろう)
竜が俺に顔を近づけてきた。
俺は言った。
「では、俺の眷属になってくれないか」
(……ほう?)と言って青飛竜の目が大きく開かれた。(願いを聞いてやるとは言ったが、そのようなことを口にするとは、身の程をわきまえておらんと見える)
青飛竜の威圧が強まった。馬が泡を吹いて倒れた。騎士たちも立っていられず、膝をついた。
アラビカが俺の前に出ようとした。俺はそれを手で制した。
「ただで、とは言わん」と俺は言った。「これを食ってみろ」
俺は地面に、「鍛冶の街グリドガルド」の屋台で買った料理を並べていった。
できたての料理の香りが辺りを包んだ。
(こ、これは!)
青飛竜がよだれを垂らして料理を見ていた。
「食ってみろ」
(言っておくが、妾に毒などきかんぞ。毒耐性のスキルがあるのでな)
「毒なんか入れるか」
青飛竜は料理を食い始めた。
(なんということじゃ!これは美味なり!)
アラビカとロブスがそれを見ながらよだれを垂らしていた。
青飛竜は、あっという間に料理をたいらげてしまった。
(もっと欲しいのじゃ、もっと!)
「まだたくさんあるぞ。しかし」と俺は言った。「続きはお前を眷属にしてからだ」
(ぐぐぐ……)と青飛竜は空になった皿を見た。
(わかった!眷属にでも何にでもするがよい!)
「よし、じゃ頭を下げろ」
青飛竜が俺の前で頭を下げた。俺は青飛竜の額に手を置き、「テイム」と言った。
青飛竜の体が白い光で包まれた。
「お前をリベリーと名付ける」
光はさらに強まり、やがて収まった。
俺はアイテムボックスから、大量の料理を出して地面に並べた。
リベリーと名付けられた青飛竜は、幸せそうにもぐもぐと口を動かしていた。
(おいしいのじゃ~)
「誇り高き竜がエサに釣られていいのかよ」と俺は言った。
(わ、妾は餌付けされたわけではないのじゃ。おぬしと契約を結んだだけじゃ!……ま、そんなことはどうでもいいのじゃ。……むしゃむしゃ。おいしいのじゃ~)
(ご主人さま~)
(ミィにもくれよ~)
アラビカとロブスのための食事もアイテムボックスから出した。がっがっがっ……とアラビカとロブスは食い始めた。
ステイタス画面の眷属欄を見た。
リベリー:
・龍種に進化間近の青飛竜の雌。高潔なる魂の持ち主。竜族の姫。名付けられたことによりすべてのステイタスが大幅に向上。「趣味:なぞかけ」[スキル:氷魔法、飛翔、毒耐性、念話、気配察知][状態異常:テイムト]
氷魔法か。たまにはアイスコーヒーも悪くない。
竜族の姫?
……気にしないことにしよう。異世界でコーヒーを飲むという野望の前では、すべては些事にすぎない。
青飛竜、リベリーは岩の上に座り、(満腹じゃー)と言いながら、膨らんだお腹をさすっていた。
(のお、小さき者、いやカフィ殿」とリベリーが言った。「おぬしの言った、苦く、美しく、甘く、酸っぱく、尊いものとは何じゃ?)
「それこそ、俺が探し求めているもの、あの山にあるかもしれないもの。つまり、コーヒーの実だ」
(こーひーとは何かの?)
「それを知りたければ飲んでみるしかない」と俺は言った「俺を連れていけ、あの山へ!」
(くっくっく、誇り高き竜種を馬がわりにしようとはの。カフィ殿、乗るがいい)
俺は食事をたいらげたアラビカとロブスをアイテムボックスにしまい、リベリーの背に乗った。
(しっかりつかまっておくのじゃ。いざ!)
そう言って、リベリーは空に舞い上がった。
* * * * *
王城騎士団長、ミカス・ド・ラーカイルは、地面に尻を付けたまま、何も言えずにその光景を眺めていた。
自分の追ってきた救世主カフィ様が、青飛竜をテイムし、あまつさえ、その背中に乗って飛び去ってしまった。
周りでは、竜の威圧からようやく回復し、立ち上がった騎士たちが、馬の介抱をしていた。
「……ふっふっふ、はっはっは!」
急に笑い出した騎士団長を、騎士たちは驚いた顔で見た。
「団長、お気を確かに」
一人の騎士が駆け寄って、ラーカイルを起こした。
「気が触れてしまったわけではないぞ」とカーライルは言った。「見よ、救世主様が竜の背に乗って去っていかれる。飛竜をテイムできるテイマーなど、聞いたことがない。まことにあの方は、我らの手の中に収まる方ではないということだ」
ラーカイルと騎士たちは、飛び去っていく竜を、その姿が見えなくなるまで見つめていた。
「それにしても、あのハイゴブリン、姫騎士様によく似ておられた」とラーカイルはつぶやいた。
「団長、何かおっしゃいましたか」
「いや、何でもない。帰城するぞ」
「「「「「はっ!」」」」」
なお、青飛竜がその縄張りを離れたことにより、アルバフォリア王国と北方諸国との交易が再開され、王国に莫大な富と豊かな生活をもたらした。
冒険者カフィはそれを知らない。
* * * * *
空を飛ぶ竜の背の上で、冒険者カフィはだんだんと冷静になっていた。
「チタの実を食べて妙にハイになり、ノリと勢いで竜をテイムしてしまった。殺されてもおかしくなかったが、結果オーライだな。気にしないようにしよう。異世界でコーヒーを飲むという野望の前では、すべては些事にすぎないのだから」
毎日10時、16時に投稿します。




