7杯め 鍛冶の街でならず者に狙われなさい
ゴブリンの集落にテントを張って寝たが、問題は起きなかった。
(ご主人さま、朝です)
アラビカに起こされてテントの外に出ると、昨日テイムした炎虎のロブスが寝そべっていた。
「おはようロブス。魔物は来なかったみたいだな」
(ここはミィの縄張りだ。よほどの間抜けでもない限り、近寄ってくるやつはいねぇよ)
その時、ロブスの腹が鳴った。
(それよりもメシにしてくれよ。腹が減った)
(アラビカも朝食にするのがよいと愚考します)
俺はアイテムボックスから魔導コンロを出した。
「昨日アラビカがさばいてくれた肉を食ってみよう」
白猪の肉を薄く切り、フライパンで炒め、塩やこしょうのようなスパイスで味付けをした。
アラビカとロブスには肉だけを大量に出した。俺はパンにはさんで食べた。うまかった。
(おいしいです!止まりません!)
(うまいな!)
食うだけ食ってアラビカとロブスはお腹を膨らませていた。だんだんとこの光景も見慣れてきた。
俺は紅茶を淹れた。アラビカの分はお湯で薄めた。カフェインを摂取できるのはありがたい。頭痛を防ぐことができる。ドリップの練習にもなる。
しかし。
コーヒーが飲みたい。
食後の一杯がないのがさみしすぎる。
北を見ると、雪をかぶった山脈の稜線が青く、朝日に照らされていた。
あそこに行こう。一杯のコーヒーのために。
テントや魔導コンロを片付け、俺たちは出発した。
(乗んな)とロブスが言った。
「いいのか」
(人間を乗せるのは気に食わねぇが、カフィが歩くよりは速くていいだろ)
俺はロブスの背に乗った。
「もう体はだいじょうぶなのか?」
(あれだけ肉を食って一晩寝たんだ。心配ないさ)
アラビカは歩いていた。
(おい、ゴブリンの娘。どうしてもって言うんなら乗せてやるぜ?)
(アラビカは歩きます。魔物を警戒するにはその方がいいですし、虎に下げる頭は持っておりませんので)
(ミィのことを虎って言うな!)
(では私のこともアラビカと呼びなさい)
「……仲良くしろよ」
道中、アラビカとロブスがいろいろな魔物を狩ったり、アラビカが薬草を摘んだりしながら、俺たちは森の中を進んでいった。
河原があると、ロブスは寝そべって毛づくろいし、アラビカは魔物を解体し、俺は紅茶を淹れたり、素振りをしたりした。
大豆を炒って石臼で挽いてみた。コーヒー豆が手に入った時の予行演習だ。粉の粗さは中挽きで、ちょうどよかった。俺は湯を沸かし、ドリッパーに布をセットし、大豆の粉を入れた。ドリップケトルで湯を注ぎ始めた。
(お、なんかいい匂いがしてるぜ)と言ってロブスが寄ってきた。アラビカも魔物を解体する手を休め近寄ってきた。
「これは実験だ。飲むためのものじゃないぞ」
(いいから飲ませてくれよ)
(ご主人さまの作ったものなら、アラビカも飲んでみたいです」
俺は3つのカップに大豆の粉をドリップした液体を注ぎわけた。ロブスが口を付けた。
(まずくはねぇけどうまくもねぇな)とロブスが言った。
「だから言ったじゃないか」
(なんだか懐かしい味がします)湯気の立つカップを両手で持ち、アラビカが言った。(幼い頃、ばあやが飲ませてくれたスープに似ています。……うっ!)
アラビカが頭を押さえた。
「どうした、だいじょうぶか」
(ただの頭痛です。すぐに収まります。ご主人さまが名前を付けてくださってから、時々このようなことが起きるのです)
「このようなこと?」
(記憶です。ゴブリンだったアラビカが見たことのはずのない風景が記憶としてよみがえるのです)
アラビカは、カップを持ったまま、淋しい顔で地面を見ていた。
(アラビカはおかしくなってしまったのでしょうか)
(時々なら問題ねぇんじゃねぇの)とロブスが言った。
「まあ、そうだな」と俺は言った。「少し休んだらどうだ?」
(いえ、頭痛はもう収まりました。だいじょうぶです)そう言ってアラビカは魔物の解体を再開した。
夜は岩場にテントを張った。アラビカの狩猟魔法、気配遮断と、ロブスが周囲の木々にマーキングしてくれるおかげで、寄ってくる魔物はいなかった。
王城の街を出てから三日目。
武器屋のドワーフのおやじは、次の街である「鍛冶の街グリドガルド」まで一週間かかると言っていたが、街の外壁が見えてきた。ロブスに乗って移動しているおかげだろう。
門番の姿が目視できたところで、俺はロブスから降りて、アラビカとロブスをアイテムボックスにしまい、門まで歩いた。門番に冒険者ギルドのギルドカードを見せると、すんなりと通してくれた。
「鍛冶の街」というだけあって、街に入ると、あちこちから金属を叩く音が聞こえてきた。
包丁が並んでいる店があったので、いろいろなサイズの包丁を買った。その場でアイテムボックスに入れた。視線を感じたので振り向くと、髭の男と目があった。男は路地に消えた。怪しいやつだ。しかし気にすまい。この世界でコーヒーが飲めれば俺はそれでいいのだ。俺は店の主人に「魔物の解体に使える道具はあるか?」と聞いた。「それならもう少し歩いたところに専門店がある」と教えてくれた。
俺はその店に行き、ハンマーと鋸を買った。血抜きに便利だというので肉をぶら下げるためのコート掛けのようなものを買った。肉を縛っておくための縄も買った。ツノや牙を折り取るための穴の開いた道具も買った。それらもアイテムボックスにしまった。
屋台を巡って買えるだけの肉料理を買った。
買ったものは全部アイテムボックスにしまった。
さて。街でやるべきことはだいたいしてしまった。
今日はこの街に泊まってもいいが……。
北を見ると山脈が見えた。
もうこの街を出てしまおうか。
少しでも早く、コーヒー豆にたどりつくために。
そう思った時、後ろからいきなり伸びてきた手に、布で口を覆われた。腕を後ろに取られ、路地に引き込まれた。
腕を縛られ、地面に放り出された。二人の男が俺を見下ろしていた。
「こいつですぜ、アイテムボックス持ちは」
「でかした、奴隷として商人に売れば金になるぜ」
油断した。こういう輩がいることも想定しておくべきだった。
「弱そうなやつで助かりましたな」
「丸腰で歩き回るとは、さらってくれと言ってるようなもんだぜ」
こうなったら街中だが止むを得まい。
俺はアイテムボックスを開き、顎でアラビカをタップした。
革ベルトに剣を二本つるした、緑色の肌の少女が現れた。
組み伏せられている俺を見てアラビカの顔が険しくなった。
(貴様ら、その汚い足をご主人さまからどけろ!)
男たちはアラビカの姿を見て驚いていた。
「いきなりゴブリンが現れたぞ。いや、ハイゴブリンか」
「こいつ、召喚士か!」
不正解である。召喚したのではなく、アイテムボックスから魔物を出しただけだ。
しかし今はそれはどうでもいい。
アラビカは剣に手をかけた。
殺すのはまずい。面倒ごとになる。
「殺すな、無力化しろ!」
(どの程度でしょうか)
程度と聞いて、俺はコーヒー豆の挽き方を連想した。
「細挽きはダメだ。中挽きでも中身が出てしまう。粗挽きでいい」
(あ、粗挽き?)
「気絶させろ」
(仰せとあらば)
アラビカは剣から手を離した。
「俺たちを相手に手加減だと?」
「思い知らせてくれるぜ」
男たちが剣を抜いた。
(万死に値するクズ虫ども!ご主人さまの恩情に感謝するがよい!)
アラビカは拳で二人の男のみぞおちを「だんっ!」「だんっ!」と殴った。呻いてかがみ、露わになった二人の首の後ろを手刀で殴りつけた。二人の男は意識を失って地面に倒れた。俺はアイテムボックスから肉を縛るために買った縄を出した。アラビカは二人の男を後ろ手に縛った。無駄のない動きだった。
「よくやった。いい手際だ」
(おほめにあずかり光栄ですが、この程度の者はアラビカの敵ではありません)
「いや、助かった。……収納」
アラビカの姿が消えた。
俺はあたりを見渡した。アラビカによる制圧劇を見ていた者はいないようだったが、街中で魔物を出してしまったのだ。気配察知スキルを持つ冒険者が来ないとも限らない。
俺は、気を失って倒れている男二人を置いて、路地から出た。雑貨店のおやじと目が合い、「いらっしゃい!」と言われたが、そそくさと立ち去った。
さっきの奴らみたいな連中に絡まれるのは避けたい。丸腰だったのがよくなったみたいだ。腰に剣をぶら下げているだけでも、ああいうバカな奴らに対する抑止力になるだろう。俺は近場の武具店に行き、上級冒険者用の剣と腰に巻くベルトを買った。
これでほんとうにこの街に用はない。
俺は門に向かった。
* * * * *
「鍛冶の街グリドガルド」の冒険者ギルドの二階の一室。
ギルドマスターである「高き頂のゴルデラス」はドワーフだった。
目の前には縄で縛られた男が二人転がっていた。
「こやつらは、懸賞金がかかっていた犯罪者じゃな」
「はい、人さらいを繰り返していた極悪人、ハワースとミリッツです」秘書役の女性が言った。
「懸賞金額は?」
「金貨五十枚です」
「それだけの金を受け取らずに消えるとは……。目撃情報は?」
「こやつらの倒れていた路地から黒髪の男が出てきたのを雑貨店の店主が見ていました。包丁店、解体道具店、串焼き屋台にも立ち寄ったようです」
「黒髪の男?それはもしや……」
「高き頂のゴルデラス」は机の引き出しから書類を取り出した。さっき、簡易転移魔法陣によって届いたばかりのものだった。
「王城の街に現れたという救世主様ではないのか?」
「なるほど。救世主様なら、懸賞金を受け取らずに姿を消したのも理解できますね」
「救世主様は、謙虚で無欲なお方だというからな」
「すばらしい方です」
「こやつらを生かして捕らえたのも、儂らが情報を取れるように、なのじゃろ」
「まさに深慮」
ゴルデラスと秘書は、窓の外を見た。
「すぐに王城に連絡だ。それから街中に救世主カフィ様の似顔絵を配布するのじゃ。お引止めしてお礼を申し上げたい」
「はっ」
門番たちに「救世主カフィ様の似顔絵」が配布されたのは、カフィが「鍛冶の街グリドガルド」を去った後だった。
* * * * *
その後、「救世主カフィ様が捕えた二人の男たち」の取り調べが行われた。
拷問と司法取引により、二人の男は自白した。それは鈍色の仲買人という犯罪結社による組織的犯罪だった。
冒険者ギルドのギルドマスター、「高き頂のゴルデラス」は、衛兵や冒険者たちからなる掃討部隊を編成し、作戦を練った。
掃討作戦が実行に移された。
掃討部隊は人さらいのアジトを強襲し、歯向かってきたならず者たちの首を刎ね、多くの誘拐被害者たちが救い出された。特殊スキル持ちや、エルフ、獣人などの亜人を中心におよそ三百名の被害者たちが救出された。
「赤目族が一人しかいませんでした」と秘書が言った。「赤目族も鈍色の仲買人の誘拐対象だったのですが……」
「別のアジトがあるのかもしれん」とゴルデラスは言った。「誘拐者どもを皆殺しにしたのは軽率だったな」
「それは仕方のないことです。殺さずに捕らえられるほど、ヤワな敵ではありませんでした」
二人はアジトであった円形競技場の廃墟を見渡した。そこには、誘拐者たちの死体が転がっていた。
人さらい組織「鈍色の仲買人」はこうして壊滅した。
被害者たちには着替えと毛布、温かい食事が配られた。
知らせを受け、家族たちがやってきた。
「エミリア!」
「パパ!」
被害者とその家族たちは抱き合って再会を喜んだ。人さらい掃討作戦に参加した衛兵や冒険者たちも、もらい涙を浮かべた。
救世主様のことを口々に称えた。この出来事は美談として語り継がれ、救世主様の評判はますます高まった。
その話を、冒険者カフィは知らない。
毎日10時、16時に投稿します。




