6杯め 炎虎をテイムしなさい
俺たちは森の中を歩いた。
鹿型、ウサギ型、タヌキ型、猪型の魔物をアラビカが倒し、俺がアイテムボックスに入れた。昨日と同じことの繰り返しだった。
森の中に開けた場所があり、粗末な建物が並んでいた。いくつかの建物は焼けていた。
(ここはもともと、アラビカたちが住んでいた集落でした)
「どういうことだ」
(森のヌシが現れて、アラビカたちは追い払われてしまったのです)
「ヌシ……」
(ゴブリンが敵うはずのない、力の強い魔物です)アラビカはぐっと剣の柄を握った。
思うところがあるのだろう。
「そうだ、アラビカ。お願いがあるんだが」
(なんでしょう、ご主人さま)
「俺に剣術を教えてくれないか」
(剣術……。構いませんが、理由を教えていただけますか?)
「たとえばアラビカがアイテムボックスに入っている時に襲われることもあるだろう。そういう場合、アラビカをアイテムボックスから出す時間を稼ぐため、最初の一撃だけでも受け流せるようになっておきたいんだ」
(なるほど。そういうことでしたら)
俺は木剣を二本出して、一本をアラビカに渡した。アラビカは木剣の肌を指でなぞり、一振りした。びゅんっと鋭い音がした。
(まずは素振りです)
俺はアラビカの真似をして剣を振った。アラビカは俺の腰や足に木剣をそっと当て、姿勢を修正した。
「おお、剣を振りやすくなった」
(大切なのは姿勢です。その姿勢を維持できる筋肉をつけるため、素振りは毎日続けてください)
「そうするよ。これからも指導を頼む」
(アラビカがご主人さまに指導など、おこがましい限りですが、このアラビカ、粉骨砕身、身をなげうってご主人さまの剣の修行のために尽くします)
緑色の肌の少女は、剣を捧げ持ちしながらそんなことを言った。
その時。
草むらから大きな獣が飛び出してきた。元の世界の虎と同じ色や形だが、倍ほどの大きさがあり、耳の先や尻尾の先が赤くなっていた。
「魔物か!」
アラビカは木剣を投げ捨て、俺の前に立ち、両手に剣を構えた。
(炎虎、この森のヌシです!)
「森のヌシだと?」
(はい、アラビカたちをこの地から追いやった張本人です)
「どうする、逃げるか」
(かつては敵うはずのない強敵でしたが、ご主人さまに力を授けていただいた今のアラビカなら……)
「行けるのか。じゃ、やれ!」
(はい!)
アラビカは両手に剣を持ち、炎虎に突進した。
炎虎は炎の闘気を身にまとった。いくつもの火の玉が宙に生じ、アラビカに襲い掛かった。アラビカは火の玉を素早くかわし、さばききれない火の玉は剣で弾いた。
(火を使った中距離戦闘で相手を弱らせ、最後は爪と牙で仕留める戦闘スタイルです)とアラビカは念話を飛ばしてきた。戦闘中に念話を飛ばしてくるとは、まだ余裕があるということなのだろう。
あの炎のあの火力、コーヒー豆の焙煎に使えないだろうか。
ふとそんなことを考えてしまったが、今は戦闘中だ。
俺はアラビカの邪魔にならないように後ろに下がった。
アラビカは火の玉を簡単にさばいていたが、炎虎が隙を見せないので近づくことができずにいた。近づくと爪で攻撃される。陽動でもいいから俺にできることはないだろうか。俺はステイタス画面を開き、アイテムボックスの中を調べた。
「こいつを使うか」
俺は森大蛇の魔核を炎虎に向かって投げつけた。魔核は陽光を受けてキラキラと光りながら、きれいな放物線を描いて飛んでいった。
炎虎は、一瞬だけ、森大蛇の魔核に気を取られた。アラビカはその隙を逃さなかった。
(ナイスアシストです!)
アラビカは地面を蹴って間合いを一気に詰めた。アラビカの剣が炎虎の首に突き刺さった。
「ギャウーン!」という声を出して、炎虎が地面に倒れた。俺は炎虎を見下ろしているアラビカに駆け寄った。
(まだ息があります。テイムしますか)とアラビカは言った。
「え、でも、こいつは死にかけているじゃないか」
(ヒラミ草をお持ちのはず)
「そうか」
俺はアイテムボックスからヒラミ草を出した。
ヒラミ草:
・タフラシュ草の上位互換。中級ポーションと同等の効果あり。たいていのケガを治癒する。
アラビカが炎虎の首から剣を抜き、ヒラミ草を傷口に押し当てるのと同時に、俺は「テイム」と唱えた。
炎虎の首の傷が青く光り、傷口がふさがっていった。
(この子にも名を与えるといいでしょう。念話で話せるようになります)
「名前か……」
アラビカと来たら、次もコーヒー豆の種類でいきたい。となるとロブスタ種だ。
「お前を、ロブスと名付ける」
名前を得て、「ロブス」となった炎虎の体が白く光った。ロブスは首を持ち上げようとしたが、血を失ったせいか、力が入らないようだった。
俺はステイタス画面を見た。
ロブス:
・獣人種に進化間近の炎虎の雌。高潔なる魂の持ち主。攻撃力が高い。爪を使った近接戦闘や奇襲攻撃を得意とする。親を冒険者に殺されたため、人間を憎んでいる。(趣味:毛づくろい)[スキル:火魔法、気配察知][状態異常:テイムト]
なにやら暗い過去があるようだが、気にしないことにしよう。異世界でコーヒーを飲むという野望の前では、すべては些事にすぎない。
(気に食わねぇが、やるな、人間)とロブスは言った。(あんなに激しい魔力に満ちた石を持ち歩いてるなんてよ。森大蛇が急に現れたと思ったじゃねえか)
「森大蛇の魔核だ」
(アラビカが見つけて、ご主人さまに進呈したのです!)アラビカが胸を張った。(貴様の高い気配察知能力がアダになったとアラビカは愚考します)
俺は地面に落ちていた魔核を拾い、アイテムボックスにしまった。
(気配が消えた!)
(ご主人さまはすごいのです。ロブスも敬いなさい)とアラビカが言った。
(ふん。ゴブリン風情がミィに指図をすんな。気に食わねぇ)
(生意気です。ご主人さまの眷属となったのはアラビカの方が先なのです。アラビカのことも敬いなさい)
(人間が邪魔さえしなければ、ゴブリンごときに遅れを取るミィじゃねぇんだ)
(ご主人さまを人間と呼ぶのはやめなさい)
(じゃ、何て呼ぶんだよ)
(ご主人さまか、せめてカフィ様と)
(んじゃカフィって呼ばせてもらうぜ。それでいいか、ゴブリンの娘?)
(ほんとうに生意気。ロブスを眷属にするようご主人さまにお勧めしたのはアラビカなのですよ)
(知ったことか)
(……!)
アラビカとロブスは、さらに一戦交えそうな雰囲気になった。
「お前たちはもう仲間同士だ。殺気をぶつけ合うのはよせ」と俺は言った。
(ご主人さま、失礼いたしました!でもアラビカのせいではないと愚考します。)
(ふん。ミィが悪いんじゃねぇ)と言ってロブスは顔をそむけた。(それより腹が減ったぜ)
「ちょっと早いがお昼にするか」と俺は言った。
壊れていないゴブリンの小屋があったので入ってみたが、狭いのと、匂いが酷かったこともあって、そこで食事を取るのはあきらめた。集落の中央の開けた場所に敷物を敷いて、アイテムボックスから出した料理を並べていった。
(何だ、このうまそうな食い物は!)と言ってロブスがよだれを垂らしていた。
(だらしがないのです、貴様は。よだれが垂れているではないですか)とアラビカが言ったが、言った途端にアラビカの口からもよだれが垂れた。
ロブスの分は、大きめの皿に入れた。
「食え」
アラビカとロブスに与えたのは魔物肉の串焼きやシチュー、ソテイなど、肉中心の食事だ。俺も同じものを食べた。
(おいしいです、ご主人さま!)
(うまいぜ、カフィ!隙をついて殺してやろうと思ってたが、肉を食ってからにしてやる)
むしゃむしゃと咀嚼し、飲み込むたびに体が光っている。ロブスは少しずつ体が大きくなってきている。
(至福の時間です……)
(もっとくれ!)
アラビカもロブスも手と口が止まらない。戦闘の後だからだろうか。食料は十分すぎるほど持ってきたつもりだったが、この勢いだと足りなくなるかもしれない。
俺はアイテムボックスの中にある食材になりそうな魔物の数を勘定した。
首切り兎 25
白猪 10
赤角鹿 15
岩狸 12
アラビカとロブスはようやく食べ終わり、(満腹です!)(食った食った)と言ってくつろいでいる。お腹が見事に膨らんでいた。
「アラビカ、ここで肉をさばけるか?」
(できなくはありませんが、水のある場所の方がきれいに処理できます。少し歩いたところに河原があります。アラビカたちはいつもそこで魔物を解体していました)
「じゃ、その河原に行こう」
(ミィは腹がいっぱいで動きたくない。ここで待ってるから)
ロブスはそう言って寝そべって、舌先で毛づくろいを始めた。後ろ脚を開いて腹をなめている。
(血の匂いで魔物が集まってくることがあるので、見張りが必要です)
「ロブス、だいぶ血を失ったようだが、歩けるか?」
(ふん。メシを食ったからね)
ロブスはのっそりと立ち上がった。俺たちはアラビカに先導され、集落を出て森の中に入った。
河原に着くと、俺はアイテムボックスからとりあえず白猪 一匹を出した。
「とりあえずこいつを頼む」
(承知しました)
「ロブスは魔物が来ないか見張っていてくれ」
(気に食わねぇが、やってやるよ)
ロブスは一度立ち上がったが、その場に伏せ、目を閉じた。さっきの戦いで血を失ったダメージがやはり残っているのかもしれない。
アラビカは剣を抜き、白猪の腹を割いた。
(臓物はどうされますか?)
「食えるのか」
(ゴブリンの集落では食べていましたが、あまりおいしいものではありません)
「面倒でなければ食える状態にしてくれ」
(了解です)
アラビカは剣を器用に使い、白猪の皮をはぎ、四肢を外し、肉を部位ごとに分け、皿に載せていった。
「長剣だとやりづらいだろ」
(いえ、このような切れ味の鋭い道具を使うとむしろ作業がはかどります。それに、ご主人さまのくださった道具を使うのが、アラビカには何よりうれしいことなのです)
「次の街で包丁も買おう」
(助かります)
ロブスの鼻がひくひくと動いた。目を開け立ち上がり、うなり始めた。
犬くらいの大きさの動物の群れが森から河原に出てこようとしていた。
(あれは黒鬣犬という魔物です。血の匂いを嗅ぎつけてやってきたのだと愚考します)アラビカが念話を飛ばしてきた。
ロブスがのっそりと立ち上がった。そして、
グル゛ル゛ル゛ル゛ル゛グル゛ゥアッ!
と吠えた。
黒鬣犬たちは、びくっとして体を縮めると、すごすごと森に戻っていった。
「やるじゃないか、ロブス」
(黒鬣犬くらいの雑魚魔物、ミィの敵じゃないさ)
「さすが森のヌシだな」
(ふん)
ロブスはまた寝る態勢になったが、尻尾がひょこひょこと動いていた。ほめられたのがうれしかったらしい。
アラビカは白猪の解体を終えた。俺は山のように積みあがった肉をアイテムボックスにしまった。
(次をお願いします)
「まだ行けるのか」
(ようやく調子が出てきたところです。我が愛剣『魂を喰らう者』も、より多くの血を欲しておりますゆえ)
うっとりとした顔で、アラビカは血の付いた剣を眺めていた。
「アラビカ?」
(なんでしょう、ご主人さま……)
アラビカの目つきが変わっていた。
血に飢えた殺人鬼みたいな目をしていた。「高潔なる魂の持ち主」だったはずだが。
しかも愛剣「魂を喰らう者」?
その辺の店で買った剣だ。魔剣じゃないんだ。せめて食材をさばく者とかにしたらどうだ?
そう思ったが口には出さなかった。
人にはそれぞれ趣味というものがある。
そう、俺がコーヒーを愛するように。
俺はアイテムボックスから二匹目の白猪を出した。
アラビカの目が輝いた。
俺は紅茶を淹れてカフェインを補給した。それから木剣を出して素振りをした。ロブスは寝そべって毛づくろいをして、時々やってくる魔物を追い払った。アラビカは魔物を解体し続けた。
日が暮れたので、ゴブリンの集落に戻った。今日はここで野営しよう。
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