五十九杯め コーヒーを探しなさい
その爆発は、成層圏から観測できるほどの規模だった。地表のすべてを吹き飛ばし、地下にあった巨大な壷を露わにした。それは闇龍を封印していた半径500メートルの、魔断岩でできた壷だった。爆風に煽られ、その巨大な壷がゴロゴロと転がった。
俺は真っ白な光に包まれていた。これがあの世か、と思った。もはや肉体を失い、魂だけの存在となってしまったのだろうと思った。そして、リベリーや、ロブスや、アラビカや、ルアックといっしょにコーヒーを飲みたかったな、と思った。魂だけになっても、コーヒーを飲む方法があるだろうか。その時──
誰かの手が俺の手に触れた。リベリーの手だった。「カフィ殿……」リベリーの下腹部で、真っ白な光が光っていた。
胎内の子は皆、無垢と混沌の王……
誰かの声がそう言った。
どくん。
胎慟だ。
それは一つではなかった。リベリーの胎内から一つ、地面に寝かされていたロブスの胎内から二つ、アイテムボックスの中から一つ。
合計4つの強い波動が生じていた。
俺のそばに、リベリー、ロブス、カフェオーレ、ルアック、セステルがいた。俺たちの周りを球形の白い結界が囲んでいた。その外側では、真っ黒な闇の呪いの爆風と黒い炎が吹き荒れていた。
「子らが、守ってくれたというのか……」とカフェオーレが言った。
(胎児の持つ、純粋な防衛本能のなせる業なのだと、賢明にして懸命なアラビカは考えます)と、アイテムボックスの中のアラビカが言った。
やがて、結界の外の爆風は収まっていき、静寂が訪れた。結界が消えた。俺たちは巨大なクレーターの真ん中に立っていた。爆風の余波の風が、俺たちの髪や服を揺らしていた。
「終わった、のか……」
俺は立っていられなくなり地面に倒れかけた。その体をリベリーが支えてくれた。
「るーたんもつかれた」と言ってルアックが俺の目の中に入っていった。
「……にゃ?」と言ってロブスが目を覚ました。
「ご無事で何より、ババ様、いえ、カフェオーレ様」セステルはカフェオーレに後ろから抱きつき、白ベースに黒と赤のメッシュが入った髪の毛の匂いを嗅いでいた。
「我ワレは始源の龍じゃ。くんかくんかするでない」と言ってカフェオーレはすっと身を離した。
「とりあえず龍御殿を出すか?」と俺は言った。「ここならまっ平だし」
「クレーターの底は水はけが悪いのじゃ」とリベリーが言った。
「それもそうだな。移動するか」
「ボスはミィが運ぶにゃ」といってロブスが俺をお姫様抱っこした。
「おい、やめろ!」
「行くにゃ!」
ロブスを先頭にして、みんながクレーターの斜面を駆けのぼった。
「遠くに壷が見えるにゃ!」ロブスが俺を抱えたまま全力疾走した。リベリー、カフェオーレ、セステルは背中に翼を生やし、その後を追った。巨大な壷の脇に広大な更地があった。
「ここならよさそうじゃな」とリベリーが言った。俺は龍御殿をアイテムボックスから出した。アラビカを出した。アラビカは俺に抱きついてきた。ドラグゼドルとグルオガ、ヒルダも出した。御殿の中から出てきた竜人たちと手を取り合って互いの無事を喜んでいた。
その時、「転移魔法陣が作動したようじゃ」とカフェオーレが言った。龍御殿に入り、天守閣に行くと、そこに、迷宮内にあるドワーフの里の里長である轟雷のバルグリム、ゴブリン集落のまとめ役のフラペチーノに加え、聖騎士フィラ・ウィタラート、王城騎士団長ミカス・ド・ラーカイルがいた。フィラは、なぜか蜘蛛の糸で作った白いボディコンを着ていた。
「お前ら、どうした?」
「どうもこうもないわい!」とバルグリムが言った。「迷宮の魔核が『世界の終焉を検知した。早く竜の里に行け』と言うからあわてて来たんじゃ」
「もう終わったようだな!」とフィラが言った。「もっと早く来ればよかったが、誤差の範囲内だな!」そして「姫君!」と言ってアラビカに駆け寄り、アラビカの体をまさぐっていた。「ちょ、こんなところで王宮に伝わる百合秘奥義を試すのはマナー違反です、フィラ師匠」と言ってアラビカは必死にフィラの手を食い止めていた。「それにもう姫君ではありません。アラビカはアラビカです」
「なんと!お名前が変わられたのですな、アラビカ様!」と言ってフィラはアラビカを押し倒した。
「アラビカ、お前は妊婦なんだ。ほどほどにな」
「ご主人さま~!」
「ご無事で何よりです、救世主殿」とラーカイルが言った。「お役に立てず申し訳ない」
「久しぶりだな。……お前も来たのか、フラペチーノ」
「はい、マスターのことが心配で……。お加減が悪いのですか?」
俺はロブスにお姫様抱っこされていたのだった。
「いや、だいじょうぶだ。ロブス、下ろしてくれ」
地面に立つと、多少ふらついたが、一人で立つことができた。ロブスがエリクサーの瓶の蓋を開け、俺の口に突っ込んだ。エリクサーは「神代の奇跡の薬」だったはずだが、また栄養ドリンク代わりにしてしまった。
「さて、こうなってくるとスナ師匠がいないのがちょっとさみしいな」と俺が言うと、
「さっきから目の前にいるじゃありませんか」とスナが言った。
「ああ、いたのか、スナ師匠」
「いるのかいないのかわからないようなわたしですが、いちおう王城の街クナルグスブルグの冒険者ギルドのギルドマスターですからね。世界の一大事と聞いて飛んできました」
「ギルドマスター?そんなに偉かったのか」
「あれ、言いませんでしたっけ?」
「あれ、聞いてたっけ?」
「フライナ・フラインヴァルグはどうなったのでしょうか」とスナが言った。
「ああ」と言って、俺はアイテムボックスからフライナ・フラインヴァルグを出した。
白いタキシードを着た細長い鯉のぼりのような形をしたバズーカ砲が出てきた。砲身の先の部分はフライナの顔だった。大きく丸く開いた口が銃口になっていた。それを見て、ロブスが笑い転げた。
「こやつをどうなさるおつもりですか」とラーカイルが言った。
「どうするって……。どうするかな」と俺は言った。
「殺してください」とフライナが言った。口がうまく動かないので「殺ひてくだはい」と聞こえた。「このような姿で生き恥をさらすくらいなら死んだ方がましです」
「俺はただ、コーヒーが飲みたいだけだ。人殺しはしない」と俺は言った。
「こーひー、ですか。まったく、理解不能です。個人的で卑小な営みですね」とフライナが言った。
「こーひーとは、苦く、美しく、甘く、酸っぱく、尊いものなのじゃ。妾も早く飲んでみたいのじゃ」とリベリーが言った。
「賢明にして懸命なアラビカは思うのですが、誰にバカにされようとも、ムダと言われようとも、いくら時間を費やしても飽きることがない何かを持っている人がほんとうに高潔なのではないでしょうか」
「ふふ……。まったく、これだから高潔なる魂の持ち主と関わり合いにはなりたくないのです。好きなことばっかりして、小生の邪魔ばかりして」
「お前はどうしたいんだ」
「は?」
「お前のやりたいことは何だ」
「小生のやりたいこと、ですか」バズーカ砲の目に、青空が映った。「かつては世界を分類し、消毒済みの世界を作ることが小生の望みでした。しかし、神の呪いがなくなり、闇の呪いがなくなった今、したいことは何もありません。殺してほしい、というのが唯一の望みです」
「そうか」
俺はフライナをアイテムボックスにしまった。そしてスキル欄にあった[状態異常:人体改造]をゴミ箱に入れた。アイテムボックスからフライナを出すと──
人間の形に戻っていた。フライナは驚いた顔で自分の手を見た。
「小生は、人間に戻れたのですか……」
「これでもまだ死にたいか」
「小生のしたいことは……」
フライナの目が遠くを見た。
「母親の墓参りがしたいです」
「あったじゃないか、したいこと」と俺は言った。「行きたいならさっさと行け」
「お待ちください、救世主殿」とラーカイルが言った。「この者は王家を意のままに操ろうとした極悪人です。法の裁きを受けるべきかと」
「こいつのスキルは全部はぎ取った」と俺は言った。「今はただの無害な男だ。好きにさせてやってもいいんじゃないか」
だが。
「罪の償いはします。法の裁きも受けます」とフライナは言った。「だが、その前に一度、母の墓参りをさせてほしいのです」
「よろしいですか、救世主殿」
「好きにしろ」
ラーカイルは、フライナを後ろ手に縛った。「スナ殿、あれ?どこに行かれました?」
「さっきから目の前に」
「ああ、失礼しました。護衛のお役目、よろしくお願いしますよ」
そう言って、3人は転移魔法陣の上に乗った。フライナは、ちらっと俺を見て、ふっと笑みを浮かべた。そして3人は光に包まれ、その姿は見えなくなった。
「フィラはいっしょに行かなくてよかったのか」
「私の任務は竜の里の復興支援だ」とフィラは言って、俺の前で膝をついた。「我らが姫君、アラビカ様をお守りいただいたこと、アルバフォリア王国を代表して御礼もうしあげる!」
「お前、だいじなところが丸見えにゃ」とロブスが言った。
「ん?」フィラは蜘蛛の糸でできたミニスカートをまくり、中を確認した。「これは失礼した。履いていなかった」
「パンツ履いてるか履いてないかくらい気づけにゃ」
「気にしないでほしい。誤差の範囲内だ」とフィラは言った。
その様子を、見た目は武人、中身は男子中学生のグルオガが見ていた。鼻血が出ていた。そして「俺の伴侶となってくれ!」と言ってフィラに向かってひざまずいた。「俺の伴侶はとうになくなってしもうた。拙者の伴侶となり、子をもうけてくれ!」
フィラはグルオガの後頭部に回し蹴りを入れた。グルオガは地面に転がったが「また見えた……」と嬉しそうだった。
「そうだ、フィラ。相談があるんだが」
「何だろうか、救世主殿」
「俺のアイテムボックスの中に500人ほどの赤目族が入っているんだが、どうすればいい?」
「ほう?竜の里さえよければ、復興支援に手を貸してほしいのだが」
「ババ様、じゃない、かふぇおーれ様、いかがする?」とドラグゼドルが言った。
「この里の長はおぬしじゃ、好きにするがええ」とカフェオーレは言った。「我は若と遊ぶのに忙しいのじゃ」
「フィラ殿。そのお申し出、ありがたく受け容れさせていただく」とドラグゼドルは言った。
「承った」
とまあ、こんな感じで旧交を温めたりしながら、通常運転に戻っていったのだが、最後に一個、未解決事項があった。
俺はゴブリンの死体をアイテムボックスから出した。
「こいつ、どうするかな」
「死体はテイムするにゃ」とロブスが言った。「そうすると、だいたい面白いことになるにゃ」
「えー……」と言いつつ俺は「亡骸従属」と言った。ゴブリンの死体が淡く光った。そして、「ぎぃ?」と言った。
「名を付けてやるにゃ」
「そいつの元の名はバジラでした」とフラペチーノが言った。
「新しい名を付けてやるといいにゃ」
「じゃ、デカフェにしよう。お前はカフェイン抜きのコーヒーと同じだ。悪意も魔法もなしで生きろ。お前は今日からデカフェだ」
デカフェと名付けられた死屍ゾンビゴブリンの体が白く光った。そして、
(名を付けてくださりありがとうございます、マスター!)と念話で言った。
「これからはフラペチーノの言うことをよく聞くんだぞ。励めよ」
(はい、マスター!)
デカフェはフラペチーノの手を引かれて転移魔法陣に乗り、消えていった。
「おもしろいことは起きなかったにゃ」
「ゲラゲラ笑い転げるようなことだけが、おもしろいことじゃないさ」
さて、懸念事項はなくなった。ようやく旅に戻れる。
「なあ、リベリー」
「なんじゃ、カフィ殿」
「ドワーフに聞いても、迷宮の魔核に聞いても、龍種に聞いても、コーヒーのことは知らなかった。この大陸にはコーヒーはない気がするんだが、別の大陸があるんだろ、この惑星には」
「あるのじゃ」
「連れていってくれるか?」
「もちろんじゃ。妾はカフィ殿の行くところ、どこにでもついていくだけじゃ」
リベリーが龍の姿になった。その金色の眼がキラリと光り、遠くを見た。はるか彼方にある大陸の姿を見定めるかのように。
(さ、乗るがええ)
ロブス、アラビカといっしょに、俺は龍化したリベリーの背に乗った。
「ルアック、みんなとしばしのお別れだ。お前も出てこい」
俺の目からルアックが出てきて俺の膝の上に座った。
「お前はどうする、カフェオーレ」
「我はここに残る。竜の里の再建があるし、若がここにおるのでな」
「わかった。じゃ、みんな達者でな」
「また戻ってこい。歓迎するぞ」とドラグゼドルが言った。
「おう。リベリー、出発だ」
龍の姿のリベリーが、長い首を曲げ、俺を見た。金色の眼が光った。
(目指していたものも性格も違うのに
いつのまにか同じ道を歩き
危ない時には背中を預け
同じ時に同じ空を見上げるものは
なーんじゃ)とリベリーが言った。
「答えはコーヒーだ」とは、俺は言わなかった。「答えは『旅の仲間』だ。リベリー、ロブス、アラビカ、ルアック、お前たちのことだ」
(正解!)
リベリーは翼を開き、翼をはばたかせた。その巨体がふわりと浮かび、空高く舞い上がった。
こうして俺は、ようやく、3人の妊婦と1人の死霊王といっしょに、コーヒーを探す旅に出ることができたのだった。
待ってろよ、コーヒー!
* * * * *
その頃、王城の街クナルグスブルグでは、チタの実の種を焙って粉にし、煎じて飲む飲み物が流行していた。その飲み物には眠気を防ぎ、交感神経を興奮させる作用があった。「カフィ式湯沸かし」を使って淹れるため、その飲み物は「カフィ式飲み物」と呼ばれた。やがてそれは大陸全土に広がり、「コーヒー」と呼ばれるようになった。
冒険者カフィは、そのことを知らない。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




