五十八杯め 群れを処理しなさい
頭上で響く「ずがーん」「ばこーん」という音がだいぶ近くに聞こえていた。
地面に倒れた俺を、カフェオーレが覗き込んだ。白地に黒と赤のメッシュが入った髪が、俺の頬に触れた。
「おぬし、生命の焔が消えかけておるぞ」
「え?また?」
「黒い痣が顔全体に広がっておる」とカフェオーレが言った。
「カフィ殿!」
「ボス!」
「ご主人さま」
リベリー、ロブス、アラビカが駆け寄ってきた。
俺はステータス画面を開いた。
HP├■───────────┤6
スキル欄を見ると[状態異常:闇龍の呪い]はなかった。しかしゴミ箱から黒いオーラが噴出していた。
「ゴミ箱に捨てた闇龍の呪いがゴミ箱から溢れている」と俺は言った。
「すごいにゃ、闇龍の呪い」とロブスが言った。
「カフェオーレ、吸い取ってくれないか」と俺が言ったら、ルアックが俺の目から飛び出してきて、俺の口に吸い付いた。
ちうぅぅぅ……。きゅぽん!
ルアックが口を拭い、「ごちそうさま」と言った。
「おい」と俺は言った。「俺はカフェオーレに頼んだんだ」
「次はルアックの番」
「……百歩譲ってお前に頼んだとして、お前、さっき手で黒い霧を吸ってただろ」
「吸った」
「口に吸い付く必要はなかったはずだ」
「新しい子には負けない」と、古代中国の女帝のような服を着た幼女は宙にふわふわと浮きながら言った。「これでまたエネルギー満タン。ルアックは戦える」
「ボス、黒い痣が消えたにゃ」とロブスが言った。そしてエリクサーの瓶の蓋を開け俺の口に突っ込んだ。俺はむせながら中身を飲みほした。
HP├■───────────┤8
「あんまり増えないな」
「お疲れなのじゃよ、カフィ殿」とリベリーが言った。「闇龍の封印門に潜ってすぐにこの事態じゃろ。気張りすぎじゃ」
「リベリーたちは何の相談をしていたんだ」
「戦いのふぉーめーしょんじゃ。ババ様……ではない、かふぇおーれを中心に、我ら龍種がどう戦うか相談しておったのじゃ」
「それなんだが」と俺は言った。「次の戦いは、俺とルアック、それからロブスは手だけ参加、その3名で臨みたい」
「なぜじゃ!」とリベリーが言った。「このような大事な戦いになぜ生涯の伴侶たる妾が参加できんのじゃ!おかしいじゃろ」
「お前とアラビカは妊婦だからダメ」
「妾とひよこ丸のことを気にかけてくれているのじゃな。わかったのじゃ。……ロブスはええのか」
「ロブスにも本当は参加してほしくない。だが闇龍の呪いを闇龍人たちから切り離す役目が必要だ。だから妥協案として手だけ参加だ」
「わかったにゃ」
「アラビカはご主人さまと戦います!戦わせてください!」
「ダメだ。アイテムボックスの中で待ってろ」
「ご主人さま!」
「正妻への返り咲きを狙うアラビカさんは何としてもパパに功績を見せたいのでしょう。でも、アラビカさんはすでにフライナ・フラインヴァルグの生命力を吸い取り弱体化させた。その功績で充分」とルアックが言った。「ここでジタバタすると、かえってパパを困らせる。それはパパの妻にあるまじきこと」
「むぅ……」アラビカは大人しくなり、アイテムボックスの中に入っていった。
「ルアックがパパを守る」とルアックが言った。「パパ、外に出たらアレを出して」
「アレとは」
「大きな岩の板」
「魔断岩か」
「そう、それ」
「あの岩なら魔力を通さないから、岩の影に隠れながら作戦ができるな。いいじゃないか、ルアック」
「てへへ、えらい?」
「えらいぞ」俺はルアックの頭をなでた。
「我らはどうしたらいい?」とドラグゼドルが言った。
「俺のアイテムボックスの中にいてくれ」と俺は言った。「正直に言わせてもらえれば、ドラグゼルとグルオガは戦力にならないだろう。カフェオーレもその状態じゃ戦うのは無理だ」
「ぐっ」グルオガが唇を噛んだ。「龍種の拙者が足手まといになるとは……」
「アイテムボックスの中が安全とは言い切れないが、ここだってもうすぐ戦場になりそうだ。どこかに逃がしてやりたいがもう世界には安全な場所なんてないのかもしれない」
「某は?」
「セステルは予備兵力として待機してくれ。戦況次第では出てもらう。ただ、あんたは前に出て戦うタイプじゃないだろ」
「よくご存じで」
「サポート役をお願いしたい」
「承知つかまつった」
頭上の破壊音がもう間近に迫り、洞窟の天井からパラパラと岩の破片が落ちてきた。
「カフィ殿」と言ってリベリーが抱きついてきた。「どうぞご無事で」
アラビカもくっついてきた。「ご主人さま、これが終わったら、賢明にして懸命なアラビカをたくさんかわいがってください」
「くるにゃ!」とロブスが叫んだ。
「収納!」
その場に残ったのは俺とルアックだけだった。
天井が崩落した。
巨大な岩の破片が降り注いだ。俺は翼を開き、破片を避け、上昇した。避けきれない破片はルアックが防御壁で角度を変えていなしたり、攻撃魔法で破壊した。
外に出た。俺は魔断岩を出した。ルアックの見えざる指が岩を支えた。岩の影から周りを見た。
見渡す限り、地表には何もなくなっていた。周りには岩山があったはずだが、きれいに更地になっていた。俺が見渡しているあいだにも、上空から闇龍人のブレスが降り注いでいた。
「ロブス、とりあえず近くの奴から剣で闇龍の呪いを引っ張り出してくれ。ルアックは黒い霧を吸い取れるだけ吸い取ってくれ」
「(了解!)」
戦闘開始だ!と思ったら。
ごちん。
ロブスが魔断岩の裏側に当たり、目を回していた。
「どうした!」
「ボスが岩から出てくれないと、岩が邪魔で外に出られないにゃ」
「あ……」
「女子会」の時に、ロブスがリベリーの魔力が籠もった厚い氷を飛び越えてアイテムボックスに入れなかったことを思い出した。魔力を通さない障壁があると、ロブスは亜空間を自由に移動できないのだ。
「じゃ、俺が顔を出すしかないな。ロブス、アイテムボックスへ」
ロブスがアイテムボックスに飛び込んだ。俺は岩影から顔を出し、「今だ!」と叫んだ。ロブスが一番手前の闇龍人の女性の背後から剣を突き出し、闇龍の呪いを引きずり出した。岩影からルアックが手を伸ばし、それを吸い込んだ。闇龍人の翼が消え、地面に落ちていった。俺はセステルをアイテムボックスから出して「回収してくれ」と頼んだ。セステルの背に黒い翼が生え、女性が落下する直前に抱きかかえ、闇龍人たちのブレスの合間を縫って岩影に戻ってきた。俺は女性をアイテムボックスに収納した。うまくいった。闇龍人たちは、怒りに任せ我を失っていたため、俺たちの存在を気にかける余裕がなかった。
「ロブス、いるか」
(戻ってるにゃ)
「じゃ、次」俺は岩の反対側に移動し顔を出し、「今だ」と言った。ロブスが、今度は男性の闇龍人の背後から剣を出し、闇龍の呪いを引っ張りだした。またルアックが吸収した。落ちた男性はセステルが回収した。
こうして俺たちは、次々と闇龍人たちを無力化していった。これは楽勝か?そう思って魔断岩から顔を出した途端、闇龍人のブレスが俺の顔に向かって飛んでくるのが見えた。俺を狙ったわけではなく、たまたまだったのだろう。しかし慌てる俺ではなかった。「ふ、俺には『スナ流暗殺術』がある!」俺は顔の前にアイテムボックスの扉を開いた。真正面からの攻撃なら、ルアックのサポートがなくても対処できる。闇龍人のブレスがアイテムボックスの扉に吸い込まれていった。「やはり楽勝か」しかし、アイテムボックスの中から(うぎゃー)(父上!)という声が聞こえてきた。ドラグゼドルとグルオガの声だった。「どうした!」と俺が言うと(急にブレスが来て父上が!)とグルオガが言った。アイテムボックスの中にいたロブスが(下半身がなくなったくらいで騒ぐにゃ!ほれ、エリクサーにゃ)と言った。(おお!下半身が生えてきた。……父上、丸出しではないか!)アイテムボックス内ではエネルギー体になっているはずだが、治療はうまくいったらしい。さすがロブスだ。しかし「スナ流暗殺術」を使ってアイテムボックス内に被害が出てしまうとは……。スナ流暗殺術はこの戦いでは封印するしかない。
俺はまたそっと顔を出した。一体だけ、他の闇龍人とは違う動きをしている個体がいた。8歳くらいの少年の闇龍人だった。彼は攻撃はせず、他の闇龍人から引きずり出された黒い霧を吸いこもうとしていた。大部分はルアックが吸い込んでいたが、その個体もかなりの量の黒い霧を吸い込んでいた。特異個体か?早めに始末した方がいいだろうか。そう思った時、ずがーん、と魔断岩の大盾にブレスが直撃し、俺は慌てて頭をひっこめた。あれの対処は後だ。まずは通常個体の数を減らすことに専念しよう。
三分の一くらいの始末を終えた時、俺の横にいたルアックが急に発火し、黒い炎に包まれた。巨大な魔断岩の板が一瞬倒れそうになった。
「ルアック?」
ルアックの見えざる指が板を押し戻した。
「食べすぎ……おぇ」
俺は急いでカフェオーレを出した。カフェオーレは、ルアックが俺にしたように、ルアックの口に吸い付いてルアックから闇龍の呪いを吸いだした。少女と幼女のキスシーンとなった。
「うひょ!」とセステルが叫んだが無視した。
「無茶はいかんぞ」口を離したカフェオーレが言って、舌で自分の唇をぺろりとなめた。
「無茶なんかしてないもん」とルアックが言った。「まだがんばれるよ、パパ」
「来たにゃ!」
カフェオーレを外に出した途端、闇龍人たちが、俺たちに向かってきた。俺はカフェオーレとルアック、魔断岩を収納し、自分もアイテムボックスに入り、攻撃が来ないところまで移動してルアックと魔断岩を出した。
(やつら、闇龍の匂いに引き付けられてるにゃ)とロブスが言った。
怒りに任せて移動もせずに手当たり次第に破壊するだけだった闇龍人たちが、だんだんと冷静になっていった。そして高速で飛び回りながら、ブレスを吐いた。
(これじゃ、背中を狙えないにゃ!)とロブスが言った。
(妾を出してたもれ、カフィ殿)とリベリーがアイテムボックスの中から言った。(危ないことはせんから)
俺はリベリーを出した。リベリーは闇龍人たちに手を向けた。そして「むん!」と気合いを入れると、その手から迸った冷気が一瞬で氷の網を作り、闇龍人たちを空中に固定した。
「どうじゃ、妾の魔力操作は?上達したじゃろ?どりっぷの練習の成果じゃ」
(これなら!)
ロブスは連続で剣を突き続け、50体ほどの闇龍人を無力化した。落ちてくる人々をセステルが次々に回収した。体を固定された闇龍人たちは体を震わせ全身に力を込めた。リベリーの氷の網が粉々に砕けた。
「もう一度じゃ!」
リベリーの氷の網が闇龍人たち捕らえた。ロブスがまた連続で無力化した。今度も50体ほどの闇龍人を無力化できた。一気にこのまま最後まで、と思ったが、だんだんと一度の氷の網で無力化できる人数が減ってきた。残り100体くらいになったところで、闇龍人たちが広がりすぎていて、氷の網にうまく捕まえられなくなった。
「我を出せ」とカフェオーレが言った。カフェオーレを出すと、散らばっていた闇龍人たちがカフェオーレめがけて集まってきた。
「今じゃ」
リベリーが氷の網を出した。さっきより太い網だった。密集していた闇龍人たちは身動きができなくなった。
(行くにゃ!)ロブスはアイテムボックスの扉を開けては閉め、開けては閉め、そのたびに剣を突きだし、闇龍人たちの闇の呪いを引っ張り出した。それをカフェオーレとルアックが吸い取った。
残りは最後の一体だった。それは、さっきから他の闇龍人の黒い霧を吸い込んでいた、8歳くらいの赤い目をした少年の闇龍人だった。その体からは、どす黒いオーラが噴き出ていた。
「お前で最後だ」と俺は言った。「ロブス、やれ」
(にゃ!)
ロブスがその少年の背後から剣を突き出した。しかし、その剣は黒い霧に巻かれ、溶けてしまった。(ぎゃーっ!)というロブスの悲鳴がアイテムボックスから聞こえた。
ロブスをアイテムボックスから出すと、手が真っ黒な霧に包まれていた。
「カフェオーレ!」
カフェオーレがロブスに手をかざし、黒い霧を吸い取った。その時──
(自爆しなさい。すべてを消毒済みに!)という声がアイテムボックスから響いた。少年は無表情だったが、「承知しました、マエストロ」と言ってかすかな微笑みを浮かべた。その目に涙が浮かび、頬を伝った。
そして──目の前の少年の体が、目を開けていられないくらいに輝き、爆散した。
どうやったって避けきれないくらいの、至近距離での爆散だった。
* * * * *
その頃、「鍛冶の街グリドガルド」の孤児院では、5人の子どもが窓を破り、外に飛び出していた。5人の子どもの背中には黒い翼が生えていた。外に出ると、通り二つ分、離れたところで、天空に向かって強大なブレスが吐き出されていた。それは黒い光で空を染め、時空を揺るがしていた。5人の子どもたちはそちらに向かって飛んだ。
青年がブレスを吐き終わった時、5人の子どもたちが到着し、青年を囲んだ。青年は真っ赤に光る眼で子どもたちを見た。子どもたちは──
青年に近寄り、青年の手を握り、足にしがみついた。5人のうちの一人の女の子が言った。「さみしいの?」
「ぐがっ?」
青年は自我を失っていた。子どもたちを振り払おうとした。しかし、5人の子どもたちはぎゅっと力を入れて、青年を抑えた。
「さみしいなら、わたしたちがお話を聞くよ」
「わたしたちもさみしかったけど、せんせいやおともだちが話を聞いてくれたの」と別の女の子が言った。
「遊びたいならいっしょに遊ぼうよ」と男の子が言った。
「もう怖がらなくていいって、先生が教えてくれたんだ」一番年上の男の子が言った。
青年の体の力が抜けていった。しかし──
「ぐがぁっ!!」青年は渾身の力で子どもたちを払いのけた。子どもたちは振り払われ、地面に叩きつけられた。
「あっ!」
「痛っ!」
「手荒な真似はしたくなかったけどしょうがない」と年長の子が言った。そしてすばやく青年の後ろに回り込み、羽交い絞めにした。青年は必死に体を動かしたが、振りほどけなかった。
「今だ!」
「「「「おーっ!」」」」
子どもたちの拳が青年の腹や顎にめり込んだ。
「がはっ」
青年は気を失った。背中の翼がしゅるしゅると縮んだ。子どもたちの背中の翼も見えなくなった。
「これでよし」年長の少年が青年をおぶった。
街の人々は、呆気に取られてその一部始終を見ていた。一人が「グリドガルドの奇跡だ……」とつぶやいた。その声を皮切りに「街は救われた」「救世主だ」という声があちこちで聞かれた。「ちっ、暴れた赤目族を赤目族のガキどもが鎮圧しただけじゃねえか」と言った男がいたが、そばにいた女性に胸倉をつかまれ、「あんたの目はフシアナかい?あの子たちの神々しい様子を見なよ。まさに救世主じゃないか」といって論破されていた。
「ぼくたちは救世主などではありません」と年長の少年が言った。「ぼくたちはグリドガルド王立孤児院でお世話になっている、ただの孤児です。たいしたことはしていません」
「おお、謙虚だ」
「救世主カフィ様のようだ」
こうして街の人々は「救世主カフィの子ら」を口々に讃えた。この出来事の後、孤児院を応援する人が増え、ヒト族、ドワーフ、エルフ、獣人の垣根はますますなくなり、赤目族への差別も急速になくなっていった。
冒険者カフィはそのことを知らない。
毎日10時、16時に投稿します。




