五十七杯め 作戦会議をしなさい
その頃、「鍛冶の街グリドガルド」では、赤目族の青年が空を見上げていた。
幼い頃、両親は村人たちに袋叩きにされて殺された。それから一人で生きてきた。人さらい犯罪結社である鈍色の仲買人にさらわれたが、バジラ・イグニフェリオスの予備施設に送られる寸前に、「鍛冶の街グリドガルド」の冒険者ギルドのギルドマスター「高き頂のゴルデラス」率いる掃討部隊によって鈍色の仲買人のアジトが壊滅し、助け出されたのだった。
彼もまた「救世主カフィ」によって救われた一人だった。人生をやり直そうと苦戦しているところだった。赤目族への差別はなくならない。しかし、少しずつ、赤目族に対する刺すような目線がやわらいでいた。今日も、リンゴを買ったら、八百屋のおばさんが一つおまけしてくれた。今までにはなかったことだ。
青年が見上げていた空、そのとても高いところに、黒い霧のようなものが広がっていた。その霧から、すーっと一本、枝が伸びた。何かを探す触手のようだった。そして、その黒い霧の枝は青年の頭上まで伸びて、青年に向かってものすごい勢いで下降し、青年を直撃した。
「ぐがぁっ!」
青年はのけぞった。目が赤く光った。手に抱えた袋から、リンゴが転げ落ちた。
首の筋肉が膨らみ、胸筋が膨らみ、背筋が膨らみ、上腕が膨らんだ。背中から黒い翼が生えた。その姿を見て、人々は叫び声をあげて逃げた。
青年の中で、両親を殺された恨み、これまで自分が受けた差別に対する憎しみが膨れ上がった。それは自分では抑えることのできないものだった。青年は叫びながら真上を向いた。その口から、真っ黒なブレスが吐き出された。それは時空をも揺るがすほどの威力を持ち、街並みが歪んで見えるほどだった。
* * * * *
その頃、「鍛冶の街グリドガルド」の孤児院では、赤目族の子どもたちが、「ぐあぁっ」と言いながら、もだえ苦しんでいた。全身に血管が浮き出ていた。孤児院で暮らしている赤目族の子どもは全部で5人だった。その5人全員が床でのたうち回った。
「どうしたの?痛いの?」
院長であるフォートラ・ベルボッドが一人の子の肩に手を置いた。元A級冒険者にして、スナ・ウィーバの婚約者であり、上級ポーションによって失った両脚を取り戻した女性だ。彼女もまた、救世主カフィによって人生を救われた一人だった。
子どもがフォートラの手を跳ねのけた。フォートラは食器棚に激突し、中の皿やティーカップが割れた。フォートラの額が切れ、血が顔を伝った。
「院長!」
駆け寄った職員がフォートラの額にハンカチを当てた。
「一体何が……」
フォートラと職員は、のたうち回る子どもたちを見ているしかなかった。子どもたちの目が赤く光った。
* * * * *
その頃、竜の里の地下洞窟では──
地面に正方形が描かれていた。
ドラグゼドル、グルオガ、セステル、リベリーという、龍種4人が四角形の頂点に位置していた。その四角形の中央には、氷の結晶の中に横たわる白黒の少女、カフェオーレが寝かされていた。
頭上では「ずがーん」「ばこーん」という音が響いていた。
「これより還炎再胎の儀を始める」とドラグゼドルが言った。4人の龍種が正方形の辺に沿って手を広げた。手と手の間に青白い光が発生し、四角形の中心の上にも頂点が生じ、ピラミッド型の結界が生まれた。
火炎龍が(では、参る)と言って、一度洞窟の天井まで上昇し、そして蛇のような体を伸ばしてピラミッドの頂点から結界の中に入った。火炎龍が身体にまとう焔のオーラが氷を溶かし、火炎龍はエネルギー体となってカフェオーレの胸の中に吸い込まれていった。
カフェオーレを包んでいた氷の結晶が溶け始めた。氷が完全に溶け切った時、カフェオーレが目を開けた。白い髪の毛に、黒だけではなく、赤いメッシュも入っていた。
火炎龍の進言どおり、俺たちはまず、カフェオーレを復活させることにしたのだった。
「成功じゃ!」とドラグゼドルが言った。結界が消えた。
少女がむくり、と起き上がった。そして「儂は少しのあいだ、死んでおったようじゃな」と言った。そして上を見た。「ずがーん」「ばこーん」という音が聞こえていた。「だいぶ闇龍の力を失ってしまったようじゃ。上にいる連中に吸われたか」
飛竜の赤ちゃん、若がぴょんと飛んで、カフェオーレの後頭部にしがみついた。「おお、若!元気じゃったか」
「その声、ほんとうにババ様なんだな」とグルオガが言った。
「某好みの容貌になったのでございます」と言って、セステルがエロい笑みを浮かべていた。
「我はもはやババ様ではない。かふぇおーれという名をカフィ殿にもらったのじゃ。これからはそう呼ぶがよい」とカフェオーレが言った。
「あーあ」とロブスが言った。「ボスに名付けられた女はボスの女になる運命にゃ」
「ご主人さま!」とアラビカが悲痛な声を出した。「せっかく戻ってこれたのに、賢明にして懸命なアラビカの出番がまた減ってしまうのでしょうか!」
「お前は何の心配をしてるんだ」
頭上の「ずがーん」「ばこーん」という音がだんだん近づいてきていた。
「あまり時間もないようだ」と俺は言った。「あの500体の闇龍人を無力化したい。どうすればできる?」
「無力化じゃと?」とカフェオーレが言った。「殺すことさえ難しい者たちを生かすつもりか」
「俺がしたいのは人殺しじゃない。コーヒーを飲むことだ」と俺は言った。「小さな子どももいるんだ。何とか助けてやりたいじゃないか」
「おぬしの気持ち、わからんでもない」とカフェオーレが言った。「しかし、悪意の闇が、奴らの中にもともとあった憎しみや恨みを増幅させる。その憎しみや恨みが世界に向かい世界を壊そうとしておる。悪意の闇を切り離さない限り、奴らが元に戻ることはない。悪意の闇を切り離せるのは、神が持っていた分離の力だけじゃ」
「始源の龍であるお前から火炎龍や氷瀑龍を切り離した力か」
「そうじゃ」
「ボスが全員あいてむぼっくすに入れればいいにゃ」とロブスが言った。「そうすりゃ、闇龍の呪いをごみばこに捨てられるにゃ」
「その作戦はいけそうだな。しかし問題はどうやって奴らに近づくかだ」と俺は言った。「やつらは、アイテムボックスごと亜空間を吹き飛ばすようなブレスを四方八方にぶっぱなし続けている。うかつには近づけない」
「遠隔からテイムしてはどうでしょう」とアラビカが言った。「攻撃をやめるように命じた上でなら、あいてむぼっくすに収納できます」
「テイムするのはいいが、高潔なる魂の持ち主がいたら、生命力を削られる。今、俺の生命力は減ってるから、最悪死ぬ」と俺は言った。
「そうでした」
「あ!」とロブスが言った。「あいてむぼっくすに、あの黒い爺が入ってるにゃ」
「ほんとか」
「ほんとにゃ。ほら」
そう言ってロブスがアイテムボックスから取り出したのは──ゴブリンだった。左胸に穴が開いていた。
「俺が回収したゴブリンじゃないか。こいつがバジラ・イグニフェリオスだというのか」
「そうにゃ。もう死んでるにゃ」
「バジラ・イグニフェリオスが死んだ……」アラビカが、一歩ゴブリンの死体に近づいて言った。「ヴィアードヴァルトの森に放逐したはず。なぜ……」
「詮索は後だ」と俺は言った。ゴブリンの死体をアイテムボックスにしまい、ステータス画面を開いた。アイテムボックスの中に「フライナ・フラインヴァルグ」という項目があった。
「フライナ・フラインヴァルグの説明の中に[状態異常:神の呪い]という項目があるぞ」
「何?」とカフェオーレが言った。
俺はその項目をタップした。「物事を分類し、魂を分割する力、と書かれている」
「何じゃと……。その力こそ、我から火炎龍や氷瀑龍を分離した力じゃ。その力があれば……」
「上で暴れている闇龍人から闇龍の呪いを分離できるんだな」と俺は言った。
「その力、アラビカにいただけないでしょうか」とアラビカが言った。
「アラビカ、お前も妊婦なんだから無理するな」
「出番が欲しくて言っているわけではないのです。闇龍に対抗する力なのであれば、聖騎士魔法に精通しているアラビカが適任なのです」
「まあ、そこまで言うなら。収納」アラビカをアイテムボックスにしまい、[状態異常:神の呪い]をアラビカにドラッグアンドドロップした。そしてアラビカをアイテムボックスから出した。
「どうだ?」
「んん?急に分類したくなってきました」とそこにいた人々を見まわした。「男と女に分ける?種族によって分ける?いいえ、そのような分け方は不完全です。完璧な分け方はこうです!」アラビカは俺の腕を取り、「①アラビカとご主人さま、②それ以外!」
「そんな分け方はない」と言って俺はアラビカをアイテムボックスにしまった。「じゃ、こうするか」俺は、[状態異常:神の呪い]をミスリル製の剣にドラッグアンドドロップした。アラビカと剣をアイテムボックスから出して、アラビカに剣を持たせた。
「実験するか。いつもすまないな、タヌキよ」
アイテムボックスから岩狸 を出してテイムした。
「あ、闇龍の呪いを付与するの忘れた」
タヌキをアイテムボックスにしまおうとしたら、「我に任せよ」と言ってカフェオーレがタヌキの頭に触った。その手から黒い霧が出てタヌキの中に入っていった。タヌキの目が赤く光り、体中の筋肉が膨張した。
「闇龍の呪いを付与できるのか」
「ああ、抜くこともできる」そう言ってカフェオーレはタヌキの頭に触った。黒い霧がカフェオーレの手の中に吸い込まれ、タヌキは元の姿に戻った。
「だったら、かふぇおーれが上の連中から黒い霧を抜いてまわればいいにゃ」とロブスが言った。「それが一番簡単にゃ」
「そうもいかん」とカフェオーレが言った。「我は闇龍と統合し、火炎龍も受け容れた。まだ魂が混ざり合っていない、不安定な状態じゃ。こんな状態では飛び回ることも、奴らの攻撃を受けることもできん。もし奴らの攻撃に当たれば、最悪、爆散して、この惑星ごと吹き飛ばしてしまうかもしれん」
「まじか」
「ではやはりアラビカの出番ですね!」アラビカが剣を捧げ持った。「聖騎士の力、お見せしましょう」
カフェオーレがふたたびタヌキに黒い霧を注入した。「ガーッ!」タヌキが狂戦士化した。
アラビカが剣を構えた。「我が愛刀、断悪離魂剣は、肉を切らずに魂を切り裂く」そう言って、タヌキの前に立った。次の瞬間、アラビカはタヌキの後ろにいた。タヌキの胴を斬り、剣を振り抜いた形で止まっていた。
タヌキの上半身が地面に落ち、下半身の断面から血が噴き出した。
「ロブス!」俺が叫ぶとロブスがタヌキの上半身と下半身を合わせ、エリクサーをかけた。タヌキが復活した。
「おい、肉を切らないんじゃなかったのか」
「あれ?」
「あれ、じゃない!」
「誤差の範囲内です」
「その口癖はお前のじゃない」
「ミィに任せるにゃ」と言ってロブスがアラビカの手から剣を奪った。
「あ、この虎猫め、何を……」
「かふぇおーれ、このタヌキに黒いやつを入れてくれにゃ」
カフェオーレが黒い霧を注入し、タヌキがまた狂戦士化した。ロブスがアイテムボックスの中に入った。タヌキの背後にアイテムボックスの扉が開き、そこから少しだけ突き出た剣先が、タヌキの背中のあたりを「ちょん」とこすった。すると、黒いもやもやとした塊がタヌキの体から引きはがされ、宙に浮いた。タヌキの体に戻ろうとした黒いもやを、カフェオーレが指から吸い取った。タヌキは無傷だった。
「にゃ」
「すごいな。どうやったんだ」
「魂の形をよく見て、ちょんとひっかけたにゃ」
「さすが、エネルギー体になっている俺を殴れるやつだ」
「くっ。悔しい!」アラビカは地団太を踏んだ。
「ゴブっ娘、お前も妊婦にゃ。一番ダメージの少ない戦い方を考えるにゃ」
ロブスとアラビカがこんなやりとりをしているのを見ながら、ふと、リベリーは何をしているのだろうと気になって振り向いてみたら、リベリーはドラグゼドル、グルオガ、セステルといっしょにしゃがみこみ、カフェオーレと話し込んでいた。
「おい、何の話をしてるんだ?」と言った時。
ぐらり。
俺は地面に倒れた。
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