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五十六杯め いったん逃げなさい

ババ様と闇龍が一つになって生まれた白と黒の少女、カフェオーレ。その頭は俺の足元に転がっていた。


その胴体は、首から黒い霧を大量に放射し続けていた。黒い霧は、ごうごうと音を立てて太い奔流となり、まっすぐ天に昇っていた。天に昇る途中で細く枝分かれし、翼を広げて宙に浮かぶ闇龍人たちに流れ込んでいた。闇龍人たちは「グガガガ……」とうめきながら、その力を体内に取り込み、狂戦士(バーサーカー)と化していった。その数500。その一体一体が、かつて俺たちを絶望の淵に追いやったフライナ・フラインヴァルグと同等の邪気を放っていた。


やばい。


俺の本能がそう告げていた。闇龍人たちが覚醒する前に、みんなを避難させないといけない。そして、その前にあの黒い霧を止めなければならない。


俺と同じことを考えていたのだろう。「ババ様!」と叫んで、ドラグゼドルが、カフェオーレの首から噴き出す黒い霧を手で押さえようとした。しかし、ドラグゼドルの全身があっという間に真っ黒に染まり、ドラグゼドルは地面に倒れた。


「収納!」俺はドラグゼドルをアイテムボックスにしまった。


振り向くと、リベリー、ロブス、アラビカが倒れていた。首筋まで黒い(あざ)に覆われ、その痣は広がっていた。おれはとっさに3人もアイテムボックスに入れた。


「ルアック、手伝ってくれ!」と俺は言った。横にいたルアックを見ると──


両手を広げ、カフェオーレの胴体が噴出する黒い霧を手から吸い取っていた。

「お前、そんなことしてだいじょうぶなのか?」

「ルアックは死霊王(レイス)。アンデッドの頂点にして()()()()()()()」古代中国の女帝のような格好をした幼女が言った。「闇龍の悪意等、ただのおやつ。いくらでも食べられる」

ルアックはそう言ったが、ルアックの手は真っ黒に染まっていた。


上空では闇龍人たちが黒い霧を吸い込み体内に力を溜めていた。


まずは、カフェオーレの吐き出す黒い霧をなんとかしなくてはならない。アイテムボックスにしまってしまおうかと思ったが、アイテムボックスにはリベリーたちが入っている。黒い霧を止めてからでなければ、リベリーたちに危険が及ぶかもしれない。


蓋が必要だ。


俺は足元にあったカフェオーレの頭を拾い、黒い霧を吹きだす首に押し付けた。勢いよく水が出ている水道の蛇口を手で押さえた時のように、黒い霧が飛び散り、俺の手が真っ黒になった。


亡骸従属(リーク・スカルコーネ)!」


亡骸従属(リーク・スカルコーネ)は死体をテイムするスキルだ。うまくいくかわからなかった。賭けだった。賭けてみる価値はあると思った。その結果、


カフェオーレの首と頭はつながった。よし!


しかし黒い霧の噴出は完全には収まりきらなかった。


その時。


(カフィ殿、(わらわ)を出してたもれ)という弱々しい念話がアイテムボックスから聞こえた。

「リベリー、意識が戻ったのか」

(早く)

「わかった」

俺は相手からリベリーを出した。リベリーは顔の半分まで黒い痣に覆われていた。リベリーは手を伸ばした。その指の先端が光り、高濃度の氷魔法が解き放たれた。頭と首の隙間から黒い霧を噴出するカフェオーレを氷漬けにした。


カフェオーレが氷塊の中に封じ込められた。その氷塊は、水晶でできた透明な棺みたいだった。黒い霧は完全に止まっていた。

「きれいなのができたな、リベリー」

「妾にも、げいじゅつてきせんすはあるのじゃ……」そう言って倒れたリベリーを俺は受け止め、アイテムボックスにしまった。そして、氷塊に封じ込められたカフェオーレも収納した。


お次は。


「ルアック、龍御殿(リンドハイム)を持ち上げられるか?」


龍御殿(リンドハイム)にいる飛竜(ワイバーン)の赤ちゃん、若を死なすわけにはいかない。そして竜人たちがいる。近習(きんじゅ)のヒルダをはじめ、みんな俺たちによくしてくれた人たちだ。見捨ててはいけない。


「こんな重そうなものを持ち上げたことはないけど、やってみる、パパ」とルアックが言った。「闇龍の力を吸ったから、エネルギー満タン」


ルアックの見えざる指(インビジブル・タッチ)が膨れ上がり、龍御殿(リンドハイム)の建物と地面とのあいだに、ずぼっと刺さった。


「むぅぅぅぅっ!」ルアックが気合いを込めた。龍御殿(リンドハイム)の土台となっている岩に亀裂が入った。

「もう一息だ!がんばれ!」

「むぅっ!」ルアックはもう一段の気合いを入れた。しかし。


見えざる指(インビジブル・タッチ)はしぼんでしまった。

「ごめん、パパ。もう一息だったけど、ダメだった」

俺はルアックの頭をなでた。

「いや、お前はがんばった。……仕方ない。アレを使うか」

俺はアイテムボックスからロブスを出した。

「ミィの出番かにゃ?」とロブスがか細い声で言った。ロブスの顔も、黒い痣で覆われていた。

「これを借りるぞ」と言って、俺はロブスが肩からかけていた革ベルトから、赤い蓋の瓶を抜き取った。「出したり入れたりして、すまんな、ロブス」と言って、俺はロブスを収納した。そして赤い蓋の瓶をルアックに渡した。

「これって……」

「強化ポーションだ。1分間だけ、力を極限まで高めてくれる。上級ポーションが原料だからお前には毒かもしれない」

ルアックは瓶を透かして見た。

「変質して浄化成分はなくなってるからだいじょうぶ。でも、ロブ姉はこれを飲んでパパを襲ったんでしょ。ルアックもパパを殺して体を乗っ取るかもよ」

「俺はお前を信じる」

「ルアックに殺されるなら、パパは本望?」

「俺の本望はこの世界でコーヒーを飲むことだけだ」

「ぶれないね。パパ。嘘でもいいから『お前に殺されるなら本望だ』って言って欲しかった」とルアックは言った。「まあでもパパはパパだね。いいよ、やってみる」そう言ってルアックは赤い蓋を取り、瓶の中身を飲んだ。


ルアックの目が見開かれ、こめかみに血管が浮き出た。ルアックの背後から、巨大な見えざる指(インビジブル・タッチ)が出現した。その手が龍御殿(リンドハイム)の土台の岩を砕き──巨大な建物が持ち上がった。俺はすかさず建物に手を触れた。


「収納!」


龍御殿(リンドハイム)はアイテムボックスに収納された。


それと同時にルアックが崩れ落ちた。

「るーたん つかれた」

「よくやったぞ、ルアック」俺はルアックを抱きしめた。

「えへへ、うれしい」

そう言って、ルアックは俺の左目に入っていった。


撤収しよう。そう思って周りを見回した時、俺の目に、地面に倒れているゴブリンと白い筒が見えた。あのゴブリンが白い筒を使ってカフェオーレの首を吹き飛ばしたのだ。ここに放置しておくと危険だ。俺はゴブリンと白い筒もアイテムボックスに収納した。


上空を見ると、一体の闇龍人が、体をのけぞらせ、「ぐぎゃぁ!」と叫び、口からブレスを吐いた。そのブレスは岩山に当たり、一つの岩山がまるごと吹き飛んだ。赤い目が光っていた。他の闇龍人たちもブレスを吐き、手当たり次第に岩山を破壊し始めた。その破壊力は、フライナ・フラインヴァルグをも上回るものだった。そのブレスは、亜空間ごとアイテムボックスを吹き飛ばすだけの威力を持っていた。


俺は、覚醒効果のあるチタの実を出して齧り、自らアイテムボックスに入った。そして、亜空間でアイテムボックスを押し、全力疾走した。今までロブスにやってもらっていた仕事だ。しかしロブスが倒れた今、俺がやるしかなかった。

「なぜばなる!気合いと根性!ふんがぁっ!」


その時、意識体となっていた俺の目の前に赤い龍が現れた。

(ワレ)は龍の血。そなたの力となろう」

そう言って、赤い龍は光となって俺を包み、俺の意識体に染み込んでいった。


龍の血が身体になじんだ。


俺は猛スピードでアイテムボックスを押して、本能の赴くままに、安全な空間に向かって走り続けた。


気が付くと、俺は洞窟の中にいた。すでにアイテムボックスから出ていた。そこは炎攻撃無効を取得している俺でさえ熱さを感じるほどの場所だった。


頭上で「ずがーん」「ばこーん」という音が聞こえた。闇龍人たちが破壊の限りを尽くしているのだろう。その音は鈍く、遠くに聞こえた。ひとまず、危機を脱することができた。


俺の目の前に、真っ赤な水晶が落ちていた。


かつて、湯に浸かりながら、グルオガやルアックと交わした会話を思い出した。


~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

龍御殿(リンドハイム)自慢の天然温泉だ。1万年前の戦いで死んで地下深くに埋まった火炎龍の死体が源泉らしいぞ」

「パパならその子をテイムできる」

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


俺は、闇龍の悪意で真っ黒になった手を、その水晶にかざした。そして「亡骸従属(リーク・スカルコーネ)」と言った。


水晶は、赤い光を発した。まばゆく輝き、そして、龍の形となった。

(1万年にわたる我の眠りを覚ますお主は何者じゃ)と火炎龍が言った。

「俺はカフィ。コーヒーを求めて旅をする者だ」

(こーひーとは何か)

「苦く、美しく、甘く、酸っぱく、尊いものだ」と俺は言った。

(なぞかけか)と火炎龍は言った。(……道を探す者よ。我に何を求める)


俺はカフェオーレの入った巨大な氷の結晶をアイテムボックスから出した。


(これは、始源の龍、我が本体ではないか)と火炎龍が言った。

「闇龍と一体化したが、首を飛ばされ、悪意を放出した。その悪意を吸収した闇龍人たちが、上で暴れている」

(なんと!世界の終焉(ヴェラルトスク)の再来か)

「どうすればいい?」

(まずは始源の龍を復活させることじゃ)

「できるのか。首を飛ばされているんだぞ」

(龍とは、世界とともに、時間とともに生きる存在。ただの生き物ではない。ましてや始源の龍ともなれば……。ぬ、おぬし、生命の焔が消えかけておるぞ)

「え?」


俺はステータス画面を開いた。


HP├■───────────┤7


「黒い痣が顔を覆おうとしておる」と火炎龍が言った。


スキル欄を見ると[状態異常:闇龍の呪い]があった。急いでゴミ箱に捨てた。黒かった俺の手が元に戻った。俺はアイテムボックスからエリクサーを出して飲んだ。吐き気も痛みも感じなかった。痛覚無効の効果なのだろうが、死にかけていてもアラームが鳴らないというのは考えものだ。


「ふむ、生命の焔の揺らぎが消えた。助かったようじゃな」


ひらめいたことがあった。


アイテムボックスをタップし、リベリーをタップすると説明が出た。[状態異常:闇龍の呪い]があったので、ゴミ箱に捨てた。リベリーをアイテムボックスから出した。リベリーの顔の黒い痣が消えていた。

「カフィ殿!」リベリーが驚いた顔をしていた。「妾は一体……」

「よかった!」俺はリベリーを抱きしめた。「元に戻ったんだな」

俺はリベリーにエリクサーを飲ませた。そして「リベリー、お前が横にいると俺は安心できるんだ」と言った。

リベリーは、ちゅ、と俺に口づけをした。そして「みんなのことも治してやるがええ」と言った。


俺はステータス画面を操作し、ロブス、アラビカ、ドラグゼドルの「闇龍の呪い」をゴミ箱に捨てた。


リベリーが倒れた時、何で思いつかなかったんだろう、と思った。あの時だって、こうやってリベリーをアイテムボックスに入れてステータス画面を開いていれば、リベリーの呪いを解除できたはずなのに。


こういうことを思いついてくれるのは今までロブスの役目だった。俺は、俺の力をよくわかっていなかったのだ、と思った。


ロブス、アラビカ、ドラグゼドル、グルオガ、セステルをアイテムボックスから出してエリクサーを飲ませた。


その間も、頭上で「ずがーん」「ばこーん」という音が響いていた。


龍御殿(リンドハイム)はどうなった?」とドラグゼドルが言った。「竜の里の者たちは?」

「父上」とセステルが言った。「里は、更地になっていることでございましょう」

くっ、とグルオガが唇を噛んだ。

「心配するな」と俺は言った。「龍御殿(リンドハイム)は俺のアイテムボックスの中だ」

「おお!そのようなことが可能なのか」

「ルアックの見えざる指(インビジブル・タッチ)で持ち上げた」

「さすが酒の妖精様」セステルが胸の前で手を合わせた。


俺はステータス画面を開け、アイテムボックスをタップし、リストの中から龍御殿(リンドハイム)をタップした。すると、その中にいた人々の名前がずらりと並んだ。俺は近習のヒルダと飛竜(ワイバーン)の赤ちゃんである若をアイテムボックスから出した。若はきょろきょろしていた。ババ様を探しているのだろう。

「ヒルダ、無事であったか」

「ああ、お館様!」と言ってヒルダがドラグゼドルに抱きついた。

「え、そういう関係だったの?」と俺は言った。

「ボスはにぶいにゃ。ミィは気づいていたにゃ」とロブスが言った。「二人から交尾の匂いがしてたにゃ」

ドラグゼドルとヒルダの顔が赤くなった。

(それがし)も知っていたのでございます」とセステルが言った。グルオガは「ぐぬぬ、父上まで!うらやましい!」と言っていた。


こんなたいへんな時なのに、みんないつもどおりだった。それがとても頼もしかった。


この世界に召喚されるまで、俺はずっと一人でコーヒーを淹れていた。コーヒーさえあれば幸せだと思っていた。


でもこっちに来て、いろいろな人たちと出会った。さっき、一人きりで逃げなきゃいけなくなり、心細かった。どれだけ今まで自分が多くの人に助けられてきたかが分かった。


俺はみんなの顔を見て、仲間のありがたみを実感した。

毎日10時、16時に投稿します。

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