五十三杯め 潜る準備を進めなさい
俺は客間でリベリーとアラビカにエリクサー作りを教えていた。
このところ、ロブスはグルオガと卓球をして、ルアックはセステルと酒造りをしていた。俺とリベリーとアラビカは、風呂に入っていることが多かったが、そうそういつも風呂に入っているわけにもいかない。竜の里でもエリクサーを作れるようにしておきたいこともあって、エリクサー教室を開催することにしたのだった。
まずはヒラミ草の粉から上級ポーションを作る。アラビカは魔物解体を趣味にしているだけあって、手先が器用だった。ずっと俺のそばでドリップケトルの使い方を見てきたこともあり、何回かやったらすぐに上手になった。
リベリーは魔力が大きすぎるせいだと思うが、細かい魔力操作は苦手だ。そして手先も不器用だ。お湯を注ぎすぎて薄くなってしまったり、粉に均等に湯をかけることができなかったりした。リベリーはしゅんとしていた。
「気にするな、リベリー」と俺は言った。「人には向き不向きというものがある」
「くやしいのじゃ、カフィ殿。妾ももっと上手になりたいのじゃ」
アラビカは鼻歌を歌いながら上級ポーションを作っていた。そういえば、アラビカ用に買った魔物肉の解体セットは、マルメロ迷宮のゴブリン集落のゴブリンたちのところに置いてきてしまった。また街に行くことがあれば、揃えてやらなくては。
障子が開いた。そこにいたのは飛竜の赤ちゃん、旧称「エスプレッソ」だった。
「お、若」と俺は声をかけた。若は畳の上をとことこと歩き、俺の膝の上に乗った。
「きゅ」
「ほうほう」
「きゅきゅ」
「そうか」
「きゅきゅっきゅ!」
「そりゃいいな」としゃべっていたら、
「何をしゃべっておるのじゃ」とリベリーが言った。「テイムは解除したのじゃろ?なぜ会話できるのじゃ?」
「わからん」
若がグルオガの息子と分かった時点で、俺はこっそりテイムを解除した。自分の子がテイムされてるなんて嫌だろうと思ったからだ。テイムを解除した後も、なぜか俺には若の言っていることがわかった。
「おそらくテイム以外の魂のつながりができたのじゃろう。ずっとカフィ殿のアイテムボックスにおったのじゃ」とリベリーは言った。
廊下で足音がした。
「若よ、どこへ行ったのじゃ」と言ってやってきたのは、ババ様だった。ババ様はすっかり元気になり、一人で歩けるようになった。「おお、ここか、探したぞ」
ババ様を見ると、若は俺の膝から飛び上がり、ババ様に抱きついてその頬をぺろぺろとなめた。
「ははは、よさんか、元気じゃな、若は」
「元気そうだな、ババ様」と俺は言った。
「いきがいが見つかったからの。おー、よちよち、ええ子じゃ」
「ババ様は、元気になったからまた蓋をやる、とか言い出すと思っていたぞ」
「こんなにかわええ若がいるのに、今さら蓋に戻れるか」
「若は何歳なんだ」
「500歳じゃ」とリベリーが言った。「飛竜になって里を出たのが50年前じゃ。まだぴよぴよの赤ちゃんじゃな」
リベリーも目を細めて若を見ていた。「それにしても何で迷宮におったんじゃろうな」
「それなんだが」と俺は言った。「若によると、迷宮の上空を飛んでいた時に、おいしそうな匂いがした」
「ほう」
「ゴブリンたちが焼いていた肉の匂いだったらしい。迷宮にはフライナ・フラインヴァルグが開けた穴が開いていたから、その匂いが上空まで漂っていた。それで迷宮内に入ったはいいが、強い魔物にやられて大怪我を負ってしまったということだ」
「その時に妾が見つけたんじゃな」
「おぬしらには感謝じゃ」と腕の中の若をあやしながらババ様が言った。「この子を保護してくれたんじゃからの」
「ははは……」アイテムボックスに入れっぱなしで忘れていたんだが。「そうだ、ババ様。一つ教えてくれ」
「なんじゃ」
「神とは何だ」
「藪から棒じゃの」とババ様が言った。「せっかく若と遊んでいい気分なのに、神の話なぞしとうないわ」
「気になってたんだよ」
「ふん。まあええか。教えてやろう」とババ様は言った。「神とは概念じゃ。意思と言ってもいい。そのようなものが、すっぽりとこの惑星を包み込んだ。300万年ほど前のことじゃ」
「見てきたように言うな」
「当たり前じゃ。我は始源の龍じゃったからな。当時から生きておった」
「そうなのか」
「神はヒトに、立って歩くことを教え、道具を与えた。火を与えた。それから考える力を与えた。そして言葉を教え、地を耕すことを教え、文字を教えた。我はただ静観していた。ヒトの力は弱く、我の領域を侵すこともなかったからじゃ」
「ヒト族の進化を促してきたのか。ヒト族にとっては恩人だな」
「神の導きにより、ヒトは増え、豊かになり、とうとう文明というものを作り上げた。リーキヤ大陸を中心に栄えたカテウカ文明じゃ」
「……」
「神がヒトに教えたことの本質は、ものごとを分けて考えるという力だった。その力を使って、ヒトは文明を築き、科学の力を用いて我が塒までやってきて、我を分析しようとした。絶対不可分であることが我の力の本質じゃ。分けられてはたまらない。ここにおいて、龍と神との戦いが始まった。神は我に切れ目を入れた。火炎龍や氷瀑龍が生まれた。我は神に対抗するため、自ら闇の部分を切り離した。そうして生まれたのが闇龍じゃ。今思えば愚かなことじゃった。我は闇龍を切り離したことで、自ら絶対不可分の力を手放してしまった。それが弱体化を招いた。闇龍の力は神を斥けた。神はこの星を去った。しかし神は自分の因子を置いていくことを忘れなかった。闇龍は制御不能となり、大陸を沈め、ヒトの多くを死に至らしめた。我は残された力で何とか闇龍を封印し、その封印門の管理者となった。闇龍の力は強大で、封印されてなお、闇龍は自分の因子を世界に蒔いた。その因子を持つものが闇龍人となったのじゃ」
「闇龍人……。フライナ・フラインヴァルグか」
「その者の話も聞いた。どうやら闇龍の因子と神の因子を、二つながらに持つ者らしいな」
「闇龍の因子だけではなく、神の因子も持っている?」
「おそらくな。その男は闇龍の破壊力と、神の分かつ力を兼ね備えておる」
「両方持ってるとどうなるんだ」
「わからん。二つの力を統合できれば、龍も神も超えるものとなろう。統合できなければ、塵に戻るだろう」
ババ様は「ふぅ」と息をついた。「話しすぎてちと疲れた。若よ、これからババと風呂に入るか」
「きゅきゅ?」
「ええぞ、ただし風呂の後じゃぞ」
ババ様は去っていった。
「どう思う、今の話」と俺はリベリーに行った。
「妾も知らん話じゃった」
「ああ、みんながいるところで聞けばよかった。フライナ・フラインヴァルグはほんとうに闇龍の因子と神の因子の両方を持つ者なのだろうか」
「さあの」
「まあ考えても仕方がないか」
「あやつが何者であろうと、妾はカフィ殿についていくだけじゃ」
リベリーはそう言って、俺の腕に寄り添った。リベリーの下腹部から「どくん」という波動が発せられた。「ひよこ丸もおとうちゃまが好きか?そうかそうか、ええ子じゃ」と言って腹をなでた。
俺はリベリーの体温を腕に感じながら、リベリーが腹をなでるのを見ていた。
「なんにせよ、ババ様が元気になってよかったのじゃ」とリベリーが言った。
「そうだな」と俺は言った。「ババ様が元気になって、里全体にも活気が出てきたな」
「まったくじゃ」
「以前は、こう言っちゃなんだが、竜の里は意思決定は遅いし、方向性も定まらないし、どこに中心があるのかわからなくて右往左往している感じだったが、ようやく筋道が見えてきた感じだ」
「ババ様が乗り気になったおかげで、封印門の中に飛び込む計画が一気に現実化したのじゃ」
「ババ様はまさに竜の里の中心点だな」
「ババ様が元気になったのは若のおかげだけではない」とリベリーが言った。「唐辛子料理もヒットじゃった」
若をアイテムボックスから出した時、俺はアイテムボックスの中身の棚卸をした。その中に、「鍛治の街グリドガルド」でリベリーにおねだりされて買った唐辛子の粉があるのを見つけた。ニンニクや精肉済みの赤角鹿、白猪といっしょに台所にいたセステルに持っていって料理してもらった。そうしたらそれまで食が細かったババ様が「うまいうまい」と肉を食うようになった。そしてみるみるうちに元気になったのだ。
アラビカが「全部できました!」と言った。俺はできのいい上級ポーションを蒸留器に入れ、火の魔石をセットした。小一時間もすればエリクサーができているだろう。
「賢明にして懸命なアラビカは、風呂に行こうと思います」と言って、アラビカは部屋を出ていった。
「妾も」と言って出ていこうとしたリベリーに「リベリー、お前は補習だ」と俺は言った。
「えー?」リベリーは不服そうな顔をした。「向き不向きがあると言っておったじゃろ」
「うまくなりたいと言ったのはお前だろ、リベリー。不向きだからと言って、できなくていいわけじゃない。ドリップケトルを上手に使えるようになるまで練習につきあってやるから」
「厳しいけど、やさしいのじゃ」
「ドリップケトルで湯を注ぐのは、魔力操作に似ているとロブスが言っていた。お前もパワーだけじゃなくて、繊細な魔力コントロールができた方がいい。そのための訓練だ」
「妾はどうせおおざっぱなのじゃ」
「これはお前が生き残れる確率を上げるための訓練だと思え。俺といっしょに長生きしてくれるんだろ?」
「そんなこと言われたら、やるしかないのじゃ」とリベリーは言った。「手取り足取り教えてたもれ、我が愛しの夫よ」
こんな風にして、俺たちはそれぞれのやり方で、封印門の中に入る日のための訓練を重ねていた。
ババ様から封印門についてのレクチャーを受けた。封印門の本体は、半径500メートルくらいの巨大な壷なのだという。中身は3階層に分かれている。闇龍はすでに実体を失っており、最下層に魔核が沈んでいるということだった。そこまでたどり着き、俺が亡骸従属でテイムし、実体化させ、大人しくさせる、というのが作戦の骨子だった。
万が一の時のための脱出方法も検討した。一番単純なのは、腰に縄をつけて潜り、いざとなったら引き上げてもらう、というものだった。縄を引く役はドラグゼドルに決まった。
その理由は、「龍度」にあった。
ある日、集合がかかり、天守閣に集まった。ドラグゼドルの手に魔道具が握られていた。血圧計みたいな魔道具だった。
「これから龍度を測る」とドラグゼドルが言った。
「龍度?なんだそれは」と俺は言った。
ドラグゼドルは長々と説明を始めたが、要するに「龍っぽさ」の度合いであり、それが高いほど、封印門の中で荒れ狂う闇龍の悪意に耐えられる、という話だった。一人ずつ、龍度計に手を置いた。
結果は──
リベリー 10
俺 10
セステル 8
ロブス 8
グルオガ 5
ドラグゼドル 4
アラビカ 2
ルアック 0
だった。ドラグゼドルの値が低いのは、地下に埋まっている火炎龍の死体から異常な熱が放出されるという災害が発生したことがあり、それの対処のために力を使ってしまったからだという。
問題はアラビカだった。「2」という値は、封印門の中に入るには低すぎた。
「聖騎士魔法に精通しているのはアラビカです。アラビカが行かなければ話になりません」とアラビカは言った。「多少の無理は覚悟の上です」
「多少の無理ではない」とドラグゼドルが言った。「数分と持たず、悪意の渦に巻かれて魂が消滅してしまうだろう」
みんなで「うーむ……」とうなっていたら、
「エロちゅーがくせいの持ってる、龍のウロコの全身ぼでぃすーつを使えばいいにゃ」とロブスが言い出した。「風呂に入ったとき、ボスにその話をしてたにゃ」
「ああ、伴侶と交わる時に使った、ていうやつか」
「だめだ!」とグルオガが言った。「あれは妻との思い出の品だ。他の女に着せるわけにはいかん!」
「ほう?」とロブスが言った。そしてグルオガを部屋の隅に連れていった。
「お前、ミィの裸を想像しながら、シコシコぴゅっぴゅしてるにゃ」
「なぜそれを?!」
「匂いでわかるにゃ。一人交尾の匂いがお前の右手からしてるにゃ」
「……」
「最近ではアラビカの裸も想像してシコシコぴゅっぴゅしてるにゃ」
「……」
「これをドラグゼドルやセステルにバラされたくなかったら持ってくるにゃ」
「……はい」
グルオガは自室に戻り全身スーツを持ってきた。アラビカが別室で着替えた。黒くてピチピチの、肩や胸、膝にパッドのついたSFチックなスーツだった。
「ここが開くようになってるにゃ」と言って、股間のカバーをロブスが引っ張った。マジックテープが剥がれて、アラビカの大事な部分が丸見えになった。
「ぎゃー」アラビカが慌てて股間を隠した。「なぜこんなところが開くんですか」
「そのためのぼでぃすーつにゃ」とロブスが言った。アラビカがロブスに殴りかかった。
俺はアイテムボックスを使って瞬間移動して、グルオガの視線からアラビカを守った。ロブスのサポートなしで瞬間移動できたのは初めてだった。緊急事態になると思わぬ力を発揮できるものだ。しかし一歩遅かった。グルオガは鼻血を噴き出して倒れた。そして「死ぬまでにやりたい100のことが、また1つ、達成できた」と言った。
ロブスに邪魔されながらもアラビカは股間のカバーを閉じ、ロブスに蹴りを入れようとした。ロブスはバク転をして逃げた。
グルオガは起き上がるとアラビカの手を握り「拙者の伴侶となり、子をもうけてくれ!」と言った。
アラビカは、ロブスに逃げられたうっぷんをグルオガにぶつけた。爪先でグルオガの腹を蹴り上げた。そして「イヤです!」と叫んだ。「賢明にして懸命なアラビカのお胎には、ご主人さまの子どもが宿っているのです!」と言った。
えー……。
「聞いてないぞ」と俺は言った。
「たった今、わかりました」とアラビカが言った。「お腹の中で自分とは違う魔力を感知しました」
「アラビカさん、ずるい。次はルアックの番だったのに」とルアックが言った。
アラビカが龍度計に手を置いた。龍の全身ボディスーツを来たアラビカの龍度は8だった。こうして、一番龍度の低いドラグゼドルが封印門の外で縄を引っ張る役目を担うことになったのだった。
もう一つの脱出方法は、いざという時は、全員を俺のアイテムボックスに入れて、ロブスにアイテムボックスごと引っ張ってもらい、封印門の外に出る、という作戦だった。フライナ・フラインヴァルグに亜空間ごとアイテムボックスを吹き飛ばされそうになった時に使った作戦だ。
俺たちは役割分担も相談した。俺たちが潜ろうとしているのは、一つの大陸を沈ませ、世界の人口の9割を死滅させたという、巨大な力の中だ。何が起きるかわからない。正直、どれだけ対策をしても、全部が無駄になるかもしれない。それでも、俺たちはやるべきことをやろうとしていた。
来たるべき日のために。
そう。
俺たちはその日がいつか来るとは思っていた。俺はリベリーが出産するまでは猶予があると思っていた。しかし──
今日来るとは思っていなかった。
足元で、びしっ、という音がした。それははるか地下深くから聞こえてきた音だった。
そして、リベリーが倒れた。
毎日10時、16時に投稿します。




