5杯め 旅に出なさい
俺は武具屋に行った。
「おう、また来たな」とドワーフのひげもじゃおやじが言った。
「旅に出る。必要なものを一式揃えてほしい」
「期間は?」
「次の街まで徒歩で行くつもりだ」
「方向は?」
「北に向かう」
「となると鍛冶の街、グリドガルドだな。普通に歩けば一週間だが、余裕を見て二週間分にしとくぜ」
「それでいい」
おやじが準備している間に、俺は武具を見て回った。
おやじが用意してくれたのは、
・テント、寝袋
・雨をしのぐための外套
・火、水の魔石
・魔導カンテラ
・着替え
・釣り竿
・携行食
・調味料セット
・食器類
・タオル
・敷物
などだった。
「これも」と言って、俺は革の鎧と木剣二本を指さした。
「全部で銀貨七枚だ」
七万円か。
「銀貨三枚分の火と水の魔石を足してくれ」
「あいよ」
俺は金貨一枚を支払い、品物をアイテムボックスにしまって店をあとにした。
大勢の人が王城から戻ってくるところだった。
「しかし救世主様ってのはすごいよな」
「王さまの危機を救っておいて、何も言わずに姿を消したっていうじゃないか」
「謙虚なんだろうねえ」
そんな会話が聞こえてきた。救世主様?世の中には立派な人がいるものだ。しかし俺には関係ない。俺はコーヒーが飲めればそれでいい。
俺は街中の屋台を周り、魔物肉で作った料理を買い占めた。アイテムボックスは料理のアイコンでいっぱいになっていた。
それでも使ったのは金貨二枚(二十万円)くらいだった。
これだけあれば足りるだろう。
俺は革の鎧を身につけた。
装備も整ったし出発だ。
* * * * *
「お、兄ちゃん。また会ったな」
北の門にいたのは、ナイフを貸してもらった門番だった。
「あんたか」
「ちょうどよかった。渡してぇものがあるんだ」門番は小屋に入り、戻ってきた。手には小さな袋があった。
「受け取ってくんな」
「なんだこれは」
「チタの実だ。噛んでると感覚が鋭くなるぞ」
「強化ポーションみたいなものか」
「そこまでじゃねえよ。ま、あんまり効果は期待するな。お守りみたいなもんだ」
「ありがたく受け取っておく」
俺は袋をポケットに入れた。
「ゴブリンの耳のことを女房に話したらよ、もらいすぎだからお礼をしなきゃダメだった言われたんだ」
「できた奥さんだな」
「だろ?自慢の女房だよ」
俺は門番に別れを告げ、北への道を歩き始めた。
山頂に雪をかぶった、青い色の山並みが遠くに見えた。あそこなら、きっと質のいいコーヒー豆が育っているはずだ。
俺は歩き続けた。
森に入る前に、アイテムボックスからアラビカを出した。緑色の肌の少女が俺の前に現れた。子ども用の服を着て、革の鎧を身につけ、革ベルトに剣を二本つるしていた。さっと周囲を確認すると、俺に向かって、あどけなさの残る顔で微笑みかけた。
(お出かけですか、ご主人さま)とアラビカは念話を飛ばしてきた。
「ああ、北に行く。森の中を通るから、周囲を警戒してほしい」
(承知しました)
俺はアイテムボックスから弓矢とこん棒を出した。
「必要な装備を選べ」
アラビカは弓矢を背負った。俺はこん棒をアイテムボックスにしまった。
「じゃ、行くか」
俺とアラビカは森の中に入っていった。
「そういえばアラビカ」と歩きながらアラビカに話しかけた。
(何でしょう、ご主人さま)
「アイテムボックスの中にいるとき、どんな感じなんだ?」
(どんな感じ、とおっしゃると?)
「狭いとか、周りに食い物がたくさんあるな、とか」
(感覚はありません。意識はかすかにあります。収納されるときは生体エネルギーに転換され、出されるときに再構成されているのだと愚考します)
「……むずかしい言葉を知っているんだな」
(なぜこのような言葉を知っているのか、アラビカにもわかりません。気がついたときにはゴブリンでしたし、ゴブリンの集落に学校があったわけでもないので)
「集落といえば、すまなかったな」と俺は言った。「お前に同胞を殺させてしまった」
(……いえ、それはいいのです)アラビカの表情が少し曇った。(いっしょに暮してきた仲間を殺めることに心が痛まなかったと言えば、それは嘘になります。でも、ほんとうのことを言えば、アラビカは、ゴブリンのくせに、ゴブリンに嫌悪感を覚えていました。たまたま能力が一番高かったので、群れの長を務めていましたが、それは同胞への愛からではなく、義務感からでした)
「俺のやったことは人でなしだ」
(そんなことはおっしゃらないでください。ご主人さまは人でなしなどではありません。ゴブリンたちを埋めた時、祈りを捧げてくださったではありませんか。それにご主人さまがほめてくださったとき、アラビカはほんとうにうれしかったのです。ご主人さまの命令こそがゴブリンの群れから、義務感から、アラビカを解放してくださったのです。そして、名を付けてくださったことに感謝しています。名を得たことで、アラビカの人生はほんとうに始まったのです)
アラビカはうるんだ瞳で俺を見上げていた。
「そうならいいんだが」と俺は言った。
その時。
ガサっという音がした。
喜びに包まれていたアラビカの表情が一変した。アラビカは剣を抜き、張り詰めた目で周囲を見た。
(お気を付けください。ここからは森の中心部で魔物が増えます)
その言葉のとおり、いろいろな魔物が襲いかかってきた。
一番多かったのは白い毛皮の首切り兎だった。ホーンラビットよりも一回り大きく、爪と牙で襲いかかってくる。
アラビカは難なく首切り兎の群れに対処した。見た目はあどけない少女だが、戦士としての腕前は本物だ。およそ半数を始末したところで首切り兎は逃げ出した。周りにはたくさんの死体が転がっていた。
胴体を真っ二つにされている死体が多かった。コーヒー豆の挽き方で言えば、中挽きといったところか。
「これは食えるのか」
(はい。なかなかの美味です)
俺は首切り兎の死体を片っ端からアイテムボックスに放り込んでいった。
その他にも、鹿型の魔物、タヌキのような魔物が現れた。アラビカは遠くの敵は弓矢で狙撃し、近くまで来た敵は剣で刺し殺した。
イノシシ型の魔物が出てきた。アラビカが、
(白猪です。こん棒を出してください)
というので、アイテムボックスからこん棒を出してアラビカに渡した。
アラビカは弓矢を地面に置き、こん棒を構えた。
「ピギャーッ!」といってまっすぐに突っ込んでくる白猪の鼻柱を、アラビカはこん棒でぶっ叩いた。腰の入った、ほれぼれとするようなフルスイングだった。野球なら場外ホームランだ。白猪は泡を吹いて倒れた。
(テイムしますか?)とアラビカが言った。
「え?」
(今ならノーリスクでテイムできますが?)
「俺が倒したわけではないぞ」
(アラビカの行為の結果はご主人さまに帰属します)
なるほど。俺はステイタス画面を開き、属性欄の「テイマー」の項目をタップした。
テイマー:
・魔物等を飼いならし、使役することができる。
・視界に入っていれば、一度の詠唱で複数対象にテイム行使可能。
・相手の魂の高潔さが自分を上回る場合、上回った分だけ生命力を削られる。
・ただし、相手を力でねじ伏せた場合や、相手がテイムされることに同意した場合はこの限りではない。
・魂の下劣なる者をテイムすると、自分の魂が汚染される。
・対象者をゴミ箱アイコンにドラッグアンドドロップすることでテイムが解除される。
眷属が倒した場合でも、「相手を力でねじ伏せた場合」に該当するということなのだろう。俺は「魔物=食料」としか考えていなかったから、アラビカの提案は意外だったが、考えてみれば魔物をテイムするのがそもそものテイマーだ。
「戦力としてはどうなんだ?」
(見た通り、直線的な体当たりしかできません。囮に使うくらいでしょうか)
「肉としては?」
(美味です)
アラビカは、じゅるり、とよだれを垂らしそうになった。ごまかそうとしているが、俺は見ていた。
「じゃ、テイムはしない。とどめを刺せ」
アラビカは剣を白猪に突き立てた。白猪は絶命した。俺は白猪をアイテムボックスにしまった。
森の中を進みながら、薬草があるとアラビカは摘み取り、俺に渡してきた。
「ただでさえ魔物に警戒しながら歩いているんだ。そんなにがんばらなくてもいいぞ」
(いえ、これは狩猟種族としての本能のようなもので、手が勝手に動いてしまうのです)
時々休憩を挟み、水分補給をしながら森の中を歩いた。
「日が傾いてきたな」
(野営にはあの岩場が適していると、アラビカは愚考します)
俺たちは岩場を登り、ちょうどいいくぼみがあったのでそこにテントを張った。
アラビカが(気配遮断)と唱えると、テントが青く光った。
「それは何だ?」
(狩猟魔法の一つ気配遮断です。気配を消すことができます。獣型の魔物はここまで登ってこれませんが、鳥型の魔物が襲ってくる可能性がありますので)
「すごいな、アラビカは」
(ほめていただいてうれしいのですが、成人したゴブリンなら、誰でも使うことができます)
「そうなのか」
(ゴブリンは狩猟種族ですので)
俺はアイテムボックスから屋台で買った魔物肉の料理を出して並べた。
「好きに食っていいぞ」
(ありがとうございます。このような立派な食事をいただけるだけでも、アラビカは幸せ者です)
「おおげさだな」
アラビカは(おいしい、おいしい)と言って俺の出した料理をどんどん食べていた。
控え目な性格だと思っていたが、食欲には正直らしい。
肉を食べるたびにアラビカの体がふわっと光っていた。
「アラビカ、お前の体、光ってるぞ」と俺は言った。
(それは、ご主人さまのくださる食事がすばらしく美味であるためとアラビカは愚考します。食べているだけで体に力が満ちてきます)
「これまでは何を食べていたんだ?」
(主に生肉です。ゴブリンは火を使いません。また塩を使うこともありません。火を通し、塩気を足した肉がこんなに美味であるとは知りませんでした。このようなものを食べているから、ヒト族はゴブリンよりも魔力が強く、長命なのですね)
アラビカはそう言いながも料理を食べ続けた。
ようやく食べ終わり、(もう食べられません)と言ってお腹を押さえていた。お腹がぽっこりと膨らんでいた。
俺も腹が満ちた。
(森を抜けましたら、今日狩った魔物たちの血抜きをしたいのですが、よろしいでしょうか)お腹をさすりながらアラビカが言った。
「いいけど。魔物の解体までできるのか」
(はい。ゴブリンの集落では毎日のようにやっておりました。狩猟種族ということもありますが、アラビカは魔物の解体が性に合っているようです)
狩った魔物がすぐに食材になるのはいい。
「それは楽しみだ」
(アラビカも楽しみです)
「今日は早く寝て、日が登ると同時に出発しよう」
俺は寝袋を二つ出してテントの中に並べた。俺は寝袋に入った。アラビカは寝袋に入らず、テントの中で座っていた。
「アラビカ、お前も寝ておけ」
(いえ、アラビカはここで見張りをします)
「気配は消してあるんだろ?」
(それはそうですが、ごくまれに気配遮断を上回る気配察知能力を持つものがおりますので)
「お前に倒れられたら俺は生きていけない」俺は寝袋から起き上がり、アラビカに言った。「旅はこれからも続くんだ。初日からがんばりすぎるのはよくない」
アラビカは遠くを見るような目をした。
(ご主人さまは、やさしすぎます)
「何を言ってるんだ。こんな人使いの荒い主人もいないだろ。早く寝ろ」
(……はい)
アラビカも寝袋に入った。
何かあったら飛び起きるつもりだったが、ぐっすりと寝てしまった。
(ご主人さま、夜明けです)
アラビカが俺をそっと揺すった。俺は寝袋から出てテントの外に出た。東の山脈の稜線が光っていた。
「きれいだな」
(はい)
俺たちは朝食を取った。朝食後、俺は紅茶を淹れた。水の魔石から水を出してドリップケトルに入れ、魔導コンロで湯を沸かした。コーヒードリッパーにフィルターペーパーがわりの布を入れ、紅茶の茶葉を入れた。沸騰後、少し冷ました湯をドリップケトルから注いだ。
三十秒蒸らした後、少しずつ湯を注いだ。
湯を注ぎながら、茶葉の上にいろいろな大きさの円を描いた。一円玉、十円玉、五百円玉のサイズだ。湯の細さも、1ミリ、3ミリ、5ミリと変えていった。
湯の微細なコントロールをするには、継続的な訓練が必要となる。元の世界では毎日やっていたし、この異世界でも腕を鈍らせるわけにはいかない。
すべては、コーヒー豆が手に入った時のためだ。
紅茶の専門家が見たら、きっととんでもない淹れ方に違いない。しかし問題はない。俺は紅茶の専門家ではない。コーヒーの専門家なのだから。
俺は紅茶を飲んでみた。苦い。しかしそれがいい。カフェインが脳に浸みていく。
「アラビカも飲むか」
(よろしいのですか)
俺はアイテムボックスからティーカップとソーサーを出し、紅茶を少し注ぎ、アラビカに渡した。
「飲め」
アラビカは一口飲み、べぇっと舌を出し、顔をしかめた。
「苦かったか」
(……茶葉を入れすぎです。半分、いえ、三分の一でよいかとアラビカは愚考します)
「そうか」
俺はアラビカのカップにお湯を足した。
(これならば)
アラビカは紅茶を飲み、音も立てずにカップをソーサーに置いた。
その所作は洗練されていた。
──不自然なほどに。
しかし気にするのはよそう。異世界でコーヒーを飲むという野望の前では、すべては些事にすぎない。
「早くコーヒーが飲みたいぜ」と俺は言った。
(こーひーとは何ですか?)
「苦く、美しく、甘く、酸っぱく、尊いものだ」と俺は言った。「俺の旅の目的だ」
(そんなにすばらしいものならば)とアラビカは言った。(アラビカも飲んでみたいです)
俺たちはテントを片付けた。
「行くか」
(はい)
昇っていく朝日が照らす中、俺とアラビカは岩場を下り、森の中に入っていった。
* * * * *
王城の街の冒険者ギルドは大騒ぎになっていた。
「まさか、あの兄ちゃんが救世主様だったとは……」
冒険者ギルドの解体主任、メイドンは、机に広げた紙の前で、頭を抱えていた。ギルドマスターから、救世主カフィ様の似顔絵を描くように命じられていた。
受付嬢アネッサは「救世主様にギルドカードをお作りしたのは私なのよ!」と言って興奮している。
「おい、アネッサ」
「なに、メイドンさん」
「救世主カフィ様の顔を覚えているか?」
「もちろん。夢にまで出てくるくらいよ」
「じゃ描いてくれ」
ペンを渡されたアネッサは、さらさらと紙に顔を描いた。薔薇の花を口にくわえた、目の中に星が飛んでいる、王子様のような顔だった。
「うまいな。けど、こんな顔だったか?」
「ええ、実物はもっと麗しかったけど」
「ま、これでいいか」
こうして、救世主カフィの似顔絵が、冒険者ギルドの簡易転移魔法陣によって世界各地の冒険者ギルドに配布された。
そのことを冒険者、カフィはまだ知らない。
続きは明日から毎日10時、16時に投稿します。




