表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/59

四十九杯め 再会しなさい

俺は湯に浸かっていた。


隣にはリベリーがいた。ロブスはグルオガに誘われ、卓球をしに行った。勝負ごとの好きなロブスはグルオガの誘いを断らなかった。「死ぬまでにやりたい100のことが、また一つ叶う!」と言って喜んでいた。


ルアックはセステルといっしょに酒造りをしていた。みんなが「うまい!」といって自分の造った酒を飲んでくれるのが、よほどうれしかったらしい。


そんなわけで俺とリベリーは二人きりで湯に浸かっていた。すっかり混浴が解禁になってしまったようだが、気にすまい。異世界でコーヒーを飲むという野望の前では、すべては些事にすぎない。


俺とリベリーは、並んで湯に浸かり、岩山を眺めていた。霧はすっかり晴れていた。そして浮き岩はどこにも見当たらなかった。封印門に魔断岩(ガルバン・シュタイン)を載せ、ぴったりと蓋をしてしまったことで、竜の里は神秘のヴェールを失ってしまったようだった。


俺はリベリーを見た。湯けむりの中で、頬を上気させていた。髪をアップにしていたので、細いうなじが見えた。(はかな)ささえ感じさせるその横顔を、俺は美しいと思った。


「なんじゃ、そんなに見て」とリベリーは言った。

「きれいだ」と俺は素直に言った。

「……バカじゃな」リベリーは、湯の中で手を伸ばし、俺の手を握った。

「もし世界とお前を天秤にかけなければいけないなら、俺は世界ではなく、お前を選ぶ」と俺は言った。


それを聞いて「ズルいのじゃ、カフィ殿は」とリベリーは言った。「そんなことを言われたら、決意が揺らぐのじゃ」リベリーの目には涙が浮かんでいた。


あの封印門の中には、世界に厄災をもたらす闇龍が潜んでいる。闇に潜み、外に出せと暴れ狂っている。一つの大陸を沈ませ、世界の人口の9割を死滅させたという、巨大な力だ。その力の発する、闇と、拒絶と、恨みを押さえる蓋が必要だった。かといって、ぴったりと蓋をしてしまえば、ガス抜きができず、爆発してしまう。ババ様のいう「安全弁」になれる存在が必要だった。


ババ様は、自分が蓋になると言っているが、もはやその体はその役目を果たせなくなっていた。

リベリーは、自分が蓋になると言っている。


「龍種の妊娠期間はどれくらいなんだ」と俺は言った。ずっと気になっていたことだった。

「時計で測れる時間ではない」とリベリーは言った。「1年か、百年後か、はたまた明日か。時が満ちた時、龍の子は産まれるのじゃ」

「出産予定日がわからないと、いろいろ不便そうだな」と俺は言った。

「カフィ殿、ロブスに子の名を付けると約束したそうじゃな」

「ああ」

「この子の名付けも頼むのじゃ」

「ひよこ丸って名前があるだろ」

「それは胎児ねーむじゃ。ちゃんとした名を別に付けてほしいのじゃ」

「わかった。産まれてきたら顔を見て決める」

「楽しみじゃ」


世界に厄災をもたらさないため、一番現実性が高いのはリベリーが蓋になることだった。そして、その案を取る場合、子を産む時が来る、ということは、リベリーが蓋になる時が来ることを意味していた。蓋になれば、リベリーは龍の姿のまま自我を失い、闇龍の発する毒気をその身で中和し、冷気として放出する役目を担うことになる。そして長い時を経てその体は蝕まれ、寿命を削られ続ける。


俺はリベリーをそんな目に遭わせたくなかった。


ルアックは「蓋を開けて中に飛び込んで闇龍と話をすればいい」と言っていた。その道があるなら、それを選びたい。しかしそのためにどうすればいいのか、見当もつかなかった。ババ様に話を聞いてみたいが、ババ様は、エリクサーを飲んだとしても、長い時間話し続けることはできず、ほとんどの時間を布団の中で過ごしていた。


(わらわ)のことを思うなら、どうか自分の道を歩んでくだされ、カフィ殿」とリベリーは言った。「それが妾を救う道にもなるのじゃから」


同じようなことを、どこかで誰かに言われた気がしたが、俺には思い出せなかった。


俺たちは湯からあがった。脱衣所で浴衣を着て、いっしょに男湯を出た。リベリーは客間に戻った。


俺は天守閣に行った。


フラペチーノと交信するためだった。フライナ・フラインヴァルグの動向が気になったし、ゴブリンやドワーフ達の様子も知りたかった。俺は転移魔法陣に蓋をしていた魔断岩(ガルバン・シュタイン)をアイテムボックスにしまった。


「応答せよ、フラペチーノ」

(あ、マスター!ちょうどよかったです)とフラペチーノが言った。

「どうした」

(マスターのお知り合いという方が訪ねてこられまして)

「知り合い?誰が来たんだ?」

「それが」


ぶちん。


突然交信が終了した。そして足元の転移魔法陣が光り始めた。ジェットコースターが落下を始めた時のような、ひゅん、とした感覚があった。


(ようこそ、強化と試練のテーマパーク、マルメロ迷宮へ)という声が聞こえた。(この迷宮では強化されるのはスキルだけではありません。あなたのキャラも強められます。ドワーフはもっと酒を飲むようになり、人はもっと恋をするようになる……。強化と試練のテーマパーク、マルメロ迷宮を存分にお楽しみください)


気が付くと、床に魔法陣の描かれた人工的な空間にいた。通路を歩いていくと、大きな洞窟があり、右前足が欠損し、腹に大きな縫い傷があり、頭にオリハルコン製の兜をかぶった巨大な死屍地龍(ゾンビアースドラゴン)がいた。

「よう、ラテ、元気にしてたか」

(飼い主殿、久しぶりだね。あたしはこの迷宮のヌシさ。元気でやってるよ)

俺はアイテムボックスから髭槌牛(ベアドハンマーブル)を出した。

(ふ、わかってるじゃないか、飼い主殿)

ラテは、むしゃむしゃと髭槌牛(ベアドハンマーブル)を食べ始めた。


洞窟の壁に四角い穴が開いた。入ってみると、そこは迷宮の魔核の管理室(コントロールルーム)だった。


「何が起きてる?」と俺は言った。

「久しぶりだね、カフィくん、あるいは」とモニターパネルの中のイリヴルク・ガルドルウィタが言った。「世界を救おうとしない救世主さん」

「転移魔法陣は一回しか使えなかったんじゃないのか」

「キミの知り合いが来て、スナちゃんといっしょに、迷宮の損傷個所にエリクサーを()いたんだ。『迷宮が生き物ならエリクサーが効くでしょう』とか言ってさ。おかげで魔力が回復したんだよ」

「なぜ俺を呼んだ」

「キミの知り合いに脅されたんだ。カフィくんを呼ばないと迷宮の魔核を叩き壊すって」

「そんな凶暴な知り合いは知らん。そいつは誰だ」

「行けばわかるさ」


俺は管理室(コントロールルーム)の床にズブズブと飲み込まれた。液体の中を通るような感覚があり、外に吐き出された。目の前に翡翠色の巨大な鉱石があった。そこはドワーフの里の最下層だった。そして振り向くと──


「ご主人さま!」と叫んで一人の女が抱きついてきた。


波打つ美しい金髪、青い目。

首と肩を強調した、白と青のドレス。

腰には剣を提げるための革ベルト。足元は短靴。


「鍛治の街グリドガルド」にある、エルフが経営する「カルマイア婦人服店」で服をあつらえた時と同じ服装だった。しかし、その時よりも何倍も美しく見えた。その女は──


アラビカだった。


アラビカは俺の唇に吸い付いてきた。俺はそのまま押し倒され、猛烈な勢いで、洞窟の中をごろごろと転げまわった。俺の浴衣の裾がはだけた。


アラビカの吐く息が熱かった。


「会いたかった、ご主人さま!」


そう言って、俺の上に馬乗りになっていたアラビカは金髪をかき上げて、また俺にキスをした。だんだんと俺も妙な気分になってきた。


「ここでしてください、ご主人さま」とアラビカは言った。「ロブスやリベリーとはしたのでしょう?ならば、賢明にして懸命なアラビカにも、同じようにしてください」そう言って、俺を見るアラビカの目はうるんでいた。

「ちょっと待て!」と俺は上半身を起こした。「ほんとうにアラビカなんだな」

「はい!ご主人さまのことが好きで好きで仕方がない、ご主人さまのアラビカです!」そう言って抱きついてきた。

俺はアラビカを抱き返した。

「よく戻ってきたな」

「……はい」


俺たちはしばらくの間、何も言わず、ただ抱き合っていた。体温の交換が、空白の時間を埋めてくれるかのように。


「しかし、よくここまでたどり着けたな」

「スナさんが案内してくれたんです」

「そうか。……スナ師匠、いるか?」

「はい、さっきから目の前に」とスナは言った。「いるのかいないのかわからないようなわたしですので、もうしばらく気づかないでいてくれたら、姫の裸体が拝めたのに……」

「ん?」

「いや、けっこうたいへんでしたよ。フライナ・フラインヴァルグの居城からさらってきてここまで来るのは」

「フライナ・フラインヴァルグの居城?突き止めたのか」

「もぬけの殻でしたがね」

「奴は今どこに?」

「さあ。……詳しい話は姫から聞いてください。そろそろ帰らないとさすがに叱られます。王さまの依頼をそっちのけにして、この迷宮まで来ましたので」

「スナさん、お世話になりました」と言ってアラビカはスナの手を握った。

「乗りかけた船ってやつです。おっぱいの件は貸しにしておきますよ」


そう言って、スナは気配を消した。おっぱいの件?気にしないことにしよう。


「さ、邪魔者もいなくなりましたし、続きをしましょう」そう言ってアラビカが服を脱ぎ始めたので、慌てて止めた。

「なぜ止めるのです、ご主人さま?」と不思議そうにアラビカが言った。「ロブスやリベリーとはしたのでしょう?とても激しかったと聞いています。凍てつき、焼き尽くされるほどに」

「スナ師匠め、覗いてやがったな……」と俺は言った。「人には覗きをするなと言ったくせに」

「幽閉されているあいだ、アラビカは自分がどれだけご主人さまのことが大好きか、再認識したのです。熱い思いをしたためた『姫騎士からの手紙』は、原稿用紙換算で700枚を超える大作となりました。読んでいただけないのが残念です」そう言って服をまた脱ぎ始めた。「ここでするのです。さあ!」

「さあ、じゃない」と言って俺はアラビカの肩に手を置いた。「リベリーやロブスと、そういう関係になったのは、そういう雰囲気になったからだ」

「そういう雰囲気とは?」

「俺が死にかけて生き返った後だったり、ロブスが女子会で勝ったり、いろいろあったんだよ」

「その話はスナさんから聞きました」とアラビカは言った。「ロブスがご主人さまの心臓を貫いたり、ロブスがリベリーの心臓を貫いたりしたんですよね」

「そうだ」

「なるほど。賢明にして懸命なアラビカは理解しました。ご主人さまは、心臓が貫かれると性的に興奮する(たち)なのですね」

「そんな性癖はない」

「では、ご主人さま」とアラビカは俺に向き合って言った。「アラビカと戦ってください。アラビカが勝ったらお願いを一つ聞いてください」

「断る」

「なぜですか」

「お前と戦う理由がない」

「アラビカにはあります」その表情は真剣だった。「アラビカは、大好きなご主人さまから離れ、いっしょにいられなかった時間を埋めたいのです」


アラビカの目が俺をまっすぐに見ていた。


「話をしよう」と俺は言った。「竜の里の方も気になるが、それくらいの時間はあるだろう」

「では、私と語り合ってくださるのですね!」と言ってアラビカの顔がぱぁっと明るくなった。

「ああ、いいぞ」

「うれしい」

アラビカが手を差し出してきた。この場面で握手?と思ったが俺は握り返した。

「では始めましょう」と言って、アラビカはものすごい握力で俺の手を握り返してきた。「拳での語らいを!」


アラビカの上腕二頭筋が、ばん!と膨れ上がった。


「嘘でしょ?」

「やるって言いましたよね?」


こうして俺はアラビカと戦うことになった。

毎日10時、16時に投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ