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四十七杯め その頃○○では

その頃、王城の街(クナルグスブルグ)の王宮内では、誰も彼もが忙しく働いていた。

「王妃ザッカーラよ、余の指輪印を知らぬか。隣国への書状をしたためたいのだが」

「上から二段目の引き出しの中ですよ、陛下」


国王シェセル5世は来る日も来る日も会議に出たり、決裁すべき書類にハンコを押したり、忙しい日々を送っていた。睡眠時間を削りがちになっており、王妃ザッカーラに心配されていたが、上級ポーションを飲むことでしのいでいた。多忙を極めていたが、それは同時に、これまでの人生で味わったことのない、充実した日々だった。


フライナ・フラインヴァルグの手下である魔導士スネフェルの洗脳から自由になった後の王国は、かつてないほどに栄えていた。冒険者は強くなり、貿易が盛んになり、死亡率が低下し、識字率が向上した。民もまた忙しそうだったが、幸せそうな顔をしていた。奴隷ビジネスの根幹となっていた人さらい組織は壊滅し、孤児院を中心にそれまで互いにいがみあっていた獣人種、エルフ種、ドワーフ種、ヒト族が手を取り合うようになった。上級ポーションの普及により、今まではあきらめるしかなかった病気やケガが治るようになった。


それらはすべて、一人の男の行為の結果だった。


王は書類に判を押す手を止め、王城の窓から空を見た。王妃が寄り添った。そして「救世主カフィ様がここにいてくださったなら」と口をそろえて言うのだった。


* * * * *


その頃、王城の中庭にある鍛錬上では、居並ぶ騎士たちの前で、王城騎士団長ミカス・ド・ラーカイルと聖騎士にして王宮指南役のフィラ・ウィタラートが木剣を交えていた。騎士たちに戦いの見本を見せるための模擬戦だった。

ラーカイルは、鈍く銀色に光る甲冑を身につけていた。一方のフィラは、首と肩を丸出しにして、太腿もあらわな、白いボディコン服を着ていた。

「……フィラ殿。今更だが、ほんとうにその服でやるのか」

「無論だ。これはゴブリンになっていた私が人間に戻った時、救世主カフィ殿から賜った服なのだ。蜘蛛糸でできているから動きやすいし、防御力も高い」

「露出が多い気がするが」

「細かいことは気にするな。誤差の範囲内だ。……いざ、参る!」

そして二人は剣を交えた。5分もしないうちに、木剣はボロボロになった。聖騎士フィラ・ウィタートは剣を捨てた。そして、後ろ回し蹴りがラーカイルの後頭部にさく裂した。ラーカイルの頭から兜が吹っ飛んだ。

その様子を騎士たちが見ていた。騎士たちはびっくりし、そして顔が赤くなっていた。後ろ回し蹴りの格好のまま、片足で立っていたフィラのそばに、顔を赤くした女性の騎士が近づいて、フィラの足を降ろし、まくれあがっていたスカートを引っ張った。

「おお、気がきくな!」そう言ったフィラの耳元に女性騎士が耳打ちをした。

「何!この私がパンツを履いていないだと?そんなことがあるわけ……」フィラはせっかく女性騎士が引っ張ってくれたスカートをまくりあげた。「これは失礼した。履いていなかった」


地面に倒れていたラーカイルも、騎士たちも唖然とした顔をしていた。


「気にしないでほしい。誤差の範囲内だ」とフィラは言った。パンツの有無を誤差というのはおおざっぱすぎる。誰もがそう思ったが口に出して言う者はいなかった。


フィラはラーカイルに手を伸ばした。ラーカイルがその手を取って立ち上がった。

「私の負けだ、フィラ殿」

「救世主殿がくださった服のおかげだ」

フィラとラーカイルは、空を見上げた。そして「救世主カフィ殿がここにいてくださったなら」と口をそろえて言うのだった。


* * * * *


その頃、王城の街(クナルグスブルグ)の冒険者ギルドでは、スナ・ウィーバが迷宮から持ち帰った情報を受け、エリクサーの量産体制を整えることが決定され、活気にあふれていた。冒険者たちも意気揚々としていた。上級ポーションの普及により、冒険者全体のレベルが底上げされた。よりリスクの高い行動を取れるようになった。未踏破迷宮(ダンジョン)の踏破が続き、それにより神代の武具(アーティファクト)の取得が相次いだ。これまで一桁しかいなかったS級冒険者が100人にまで増えた。かつて解体主任だったメイドンは、今やギルドマスター代行となっていた。冒険者を引退したあと、長年冒険者ギルドに勤めてきたが、冒険者ギルドがこれほどの活況に包まれるのを見たのは初めてだった。

「メイドンさん、これ、頼まれてた書類」といって受付嬢のアネッサがギルドマスターの部屋に来た。

「助かる、アネッサ」

「しっかしギルドマスターはいつ来てもいないね」

「あの人の隠密能力がなければこなせない任務は多いからな。……俺はちょっと茶でも飲もうと思ってるが飲んでくか?」

「そんな暇ないって。救世主様がゴブリンの耳を持ってきた頃が懐かしいよ」

「ああ、あの頃は暇だったな」

二人はギルドマスターの部屋の窓から空を見上げた。そして「救世主カフィ様がここにいてくださったなら」と口をそろえて言うのだった。


* * * * *


その頃、鍛治の街グリドガルドにある、獣人の経営するレストラン「栄福亭」では、大勢の人が集まっていた。服飾店を経営するエルフのカルマイアの顔も見えた。その場にいた多くの者は、人さらい犯罪結社である鈍色の仲買人(グレイ・ブローカーズ)が壊滅したことで人生を救われた者たちだった。一人の女性が前に進み出た。

「この度、グリドガルド王立孤児院の院長となりましたフォートラ・ベルボッドです」それはスナの婚約者の女性だった。

列席者が大きな拍手をした。

王城の街(クナルグスブルグ)出身の私が、なぜグリドガルドまでやってきて、孤児院の院長に選ばれたか、不思議に思う方がおられると思います。私は冒険者として長いあいだ生きてきました」フォートラはそう言って列席者の顔を見た。

「冒険者の仲間には、ヒト族もいれば、獣人、ドワーフ、エルフもいました。尻尾があったり、酒飲みだったり、耳が長かったりしましたが、彼らは皆、一人の個人でした。いったん種族の違いを乗り越えてしまえば、そこにあるのは個性の違いでした」


列席していた獣人、ドワーフ、エルフたちがうなずいた。皆、孤児院設立のために力を合わせて尽力した人々だった。


「その後、私は脚を失った元冒険者となりました。脚がないことで差別を受けたこともあります。人と違うことが、こんなにもつらいことなのか、と思ったこともあります。でも、私の脚がないことを個性として受け止めてくれる人たちもいました。私の婚約者であり、王城の街(クナルグスブルグ)の冒険者ギルドの()()()()()()()である、スナ・ウィーバはその一人です」


スナ・ウィーバは、マルメロ迷宮の踏破の証として得た財宝をすべて孤児院に寄付していた。それはスナとフォートラしか知らない秘密だった。


「赤目族の子どもも積極的に受け容れていきます。私は院長として、ここに集まる子どもたちが、種族の垣根を越え、互いに耳を傾け合い、個性を認め合える、そんな場所を作っていきたいと思います」


列席者が大きな拍手をした。


「私の脚がまた生えてきたのは、ある方のおかげです。その方は鈍色の仲買人(グレイ・ブローカーズ)壊滅のきっかけを作った方です。消えてしまった希望に、(あか)りをともしてくださった方です」


フォートラがグラスを持ち上げると、参列者たちもグラスを手にした。


「我々を一つにしてくれた、救世主カフィ様に乾杯!」

「「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」


グラスの触れる音が響いた。皆、窓の外の空を見ていた。そして「救世主カフィ様がここにいてくださったなら」と口をそろえて言うのだった。


* * * * *


その頃、王城の街(クナルグスブルグ)のガラス工房では、ドワーフの女がドリップケトルを作っていた。ガラス製のドリップケトルとドリッパーが王宮御用達(ごようたし)となり、一時期は目抜き通りに店を構えていたが、性に合わず、またこの工房に戻ってきていたのだった。

「まったく忙しいったらありゃしねえな」と、隣で鍛冶屋をしているドワーフのオヤジが顔を出して言った。「3日後までに蒸留器を100個作らなきゃいけねえ」

「冒険者ギルドからの依頼だろ。あたしもそうさ。『エリクサー特需』様々だね」

「息つく暇もねえや。……ま、やりがいはあるけどな」

「そうだね、これで救われる命が増えるってんなら、気合も入るってもんだ。……あの気前のいい兄ちゃんに感謝だ」

「お前ぇ、そんな呼び方すると(バチ)が当たるぞ」

「どういうことだい」

「今じゃ救世主カフィ様の銅像があちこちに建てられて、賽銭、献花だらけだってよ。銅像の尊顔を撫でるだけで幸せになれるって噂だ」

「へえ、じゃあ今度撫でに行くかい」

「そうだな。俺はまた本人に会いたいけどな」

「あたしもさ」

そして「救世主カフィ様がここにいてくださったなら」と口をそろえて言うのだった。


* * * * *


その頃、王城の街(クナルグスブルグ)の北門では、門番であるノルト・トールワルドが仕事を終えたところだった。手に包みを持ち、家路を急いだ。冒険者カフィがこの世界に来たばかりの頃、ゴブリンの耳をそぐためのナイフを貸し、チタの実を渡した男だ。


帰宅すると台所にいた妻のフリージョに「お土産だ」と言って、ガラス製のドリップケトルとドリッパーを渡した。

「あら、これって今流行の……」

「おう、救世主カフィ様プロデュースの()()()()()()()()()()()()だ」

「欲しかったんだよ。ありがとね」

「いいってことよ。お()ぇには世話かけてるからな」

「高かったろ?」

「たいしたことはねえ。給料も上がったしな」

「救世主カフィ様にはほんと、感謝しかないね」

フリージョはそう言いながら、チタの実の赤い果実を指で裂き、中から種を取り出していた。

「なにやってんだ?」

「種だけにした方が風味がいいって、ドルマーさんの奥さんに教わったんだよ」

「ふーん」

「そうだ、この種を焙って粉にして煎じてみたらどうかね。どりっぱーも買ってもらったことだし」

「いいんじゃねえか」


その種には、眠気を防ぎ、交感神経を興奮させる作用があった。冒険者カフィーは、王城の街(クナルグスブルグ)の片隅で、そのような試みが行われていることを知らなかった。


門番ノルト・トールワルドは制服を脱いだ。最近支給された、新しい制服だった。

「いい暮らしになったもんだ」

「まったくだね」

そして「救世主カフィ様がここにいてくださったなら」と口をそろえて言うのだった。


* * * * *


その頃、世界のどこかにあるフライナ・フラインヴァルグの居城では、スナ・ウィーバが首をかしげていた。

「いるのかいないのかわからないようなわたしですが、これは一体何なのでしょうか」


スナ・ウィーバが王城の街(クナルグスブルグ)の冒険者ギルドのギルドマスターであることを知る者は少ない。別に隠しているわけではない。存在感が薄いので、聞いた人がすぐに彼女自身の存在を忘れてしまうのだ。


スナは王じきじきの依頼をこなしているところだった。それは「フライナ・フラインヴァルグの本拠地」を探せ、という非常に難易度の高い依頼だった。それは世界に一人しかいないSSS級の冒険者であるスナ・ウィーバにしか遂行できない任務だった。同行者を連れていくことはできない。同行者がいると、彼女の最大の武器である「隠密行動」ができなくなってしまうからだ。


スナは気配を消し、フライナ・フラインヴァルグの足跡を丹念に辿っていった。切れそうになる細い糸をたぐり、ようやくフライナ・フラインヴァルグの居城を発見したのだ。彼女の探索をあまさず記せば、それだけで一冊の本になるだろう。それくらいの厳しい冒険だった。


そして今、スナ・ウィーバが見下ろしていたものは──

白い棺桶だった。


周りに人の気配がないことを確かめた上で、蓋を開けた。そこにあったのは、全身を鉄で覆われた女性像だった。触れてみると、ひんやりとしており、生命は感じられなかった。スナは、その女性像を「作りもの」であると認定した。そして首をかしげ、「いるのかいないのかわからないようなわたしですが、これは一体何なのでしょうか」と言ったのだった。


その女性像は非常に美しかった。気品とエロスを同時に体現した理想の姿だった。どことなく見覚えがある気がしたが、表情を持たない鉄の皮膚はその人物に匿名性を帯びさせていた。恋人の性別を問わないスナ・ウィーバにとって、非常に魅力的だった。もっとあからさまに言えば、性的にそそられた。スナ・ウィーバには、性的に奔放なところがあった。自分の性欲に忠実に行動するところがあった。隠密行動という自分の任務よりも、自分の性欲を優先する女だった。そしてどうしてもそれが欲しくなった。こっそり持って帰って自分のベッドに置いて、あんなことやこんなことをしてみたくなった。


「いるのかいないのかわからないようなわたしですので、これを一つくらい、持っていってもバレないでしょう」と言って、棺桶ごとその女性像をアイテムボックスにしまいこんだ。


生き物を入れると死んでしまうアイテムボックスに。


彼女は「救世主カフィ様がここにいてくださったなら」とは言わなかった。音もなく気配を消すと、その姿は見えなくなった。


* * * * *


その頃、予備施設(ハイムシュタッド)では、フライナ・フラインヴァルグとバジラ・イグニフェリオスが鉢合わせしていた。



毎日10時、16時に投稿します。

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