四十五杯め 蓋をしなさい
竜の里の近習であるヒルダに案内され、俺たちは廊下を急いだ。
「ドラグゼドル様は天守閣におられます」とヒルダは言った。
「天守閣というと、お城のてっぺんか?」と俺は言った。
「龍御殿の場合、天守閣は1階にあるのじゃ」とリベリーが言った。「最初に着いた転移魔法陣のある部屋じゃ。ドワーフの里から武器が転送されるという目的に使われておった部屋ゆえ、1階にないと運搬に不便なのじゃ」
天守閣に着くと、玉座にドラグゼドルが座っていた。右手に武人グルオガ、左手に台所番のセステルがいた。俺たちが転移してきた時と同じ配置だった。
「カフィ殿、いかがした」とドラグゼドルが言った。
「ドワーフの里から念話が飛んできた。途中で切れてしまったので内容は不明だが緊急事態らしい」
「緊急事態とな」
「ここなら転移魔法陣に近い。カフィ殿、フラペチーノに念話を飛ばしてみてたもれ。さっきより通信がよいはずじゃ」とリベリーが言った。
「わかった。……フラペチーノ、応答せよ」
(マスター!聞こえます!)
「何があった」
(白いタキシードの男が迷宮内に侵入しました。フライナ・フラインヴァルグと思われます)
「何だと、フライナ・フラインヴァルグが迷宮に?」周りで聞いている人のために、俺は念話の内容を実況中継することにした。リベリーとドラグゼドルが顔色を変えた。「それでどうなったんだ」
(迷宮の魔核、イリヴルク・ガルドルウィタの複製自我が機転をきかし、死んだふりをすることで追い払いました)
「追い払えたんだな。よし」
(今回は追い払えましたが、転移魔法陣を悪用される可能性はゼロではありません。どうか、ご注意ください。それが、先ほどの念話でお伝えしたかったことです)
「わかった。ご苦労だった」
通話終了。
「この転移魔法陣を悪用される可能性があるから気を付けろ、ということだった」
「どういうことだ」とドラグゼドルが言った。
「迷宮を攻略し、龍族の血を持つ者であれば、転移装置を使えるという話じゃった」とリベリーが言った。
「あいかわらず記憶力がいいな」
「カフィ殿に起きたことは全部妾が覚えているのじゃ」
「龍族の血を持つ者……」ドラグゼドルは顎髭をしごいた。「まさかとは思うが、闇龍人もその範疇に入るのやもしれぬな」
「この魔法陣は機能を止められるのか」
「破壊するしかなかろう」
「父上、そんな不確かな情報で祖先の遺したものを壊すのか?」とグルオガが言った。「拙者は反対だ」
「話を聞く限り、フライナ・フラインヴァルグは先祖返りした闇龍人じゃ。龍種といえど、攻め込まれたらただでは済まん」
「壊したら二度と再現できないんだ」とグルオガが言った。
ドラグゼドルとグルオガがにらみ合った。
「蓋をすればいいにゃ」とロブスが言った。
「蓋?」
「ボスのあいてむぼっくすにアレが入ってるにゃ」そう言ってロブスは俺のアイテムボックスに飛び込んだ。そして、「これにゃ」と言って引っ張り出したのは──
巨大な黒い岩の板、魔断岩だった。
「迷宮の魔核を隠していた岩か」と俺は言った。「よく覚えていたな」
「ミィが一番ボスのあいてむぼっくすに出入りしてるにゃ。引っ張り出すにゃ」と言って、ロブスは渾身の力を込めてアイテムボックスから魔断岩を引っ張り出そうとした。
「ロブス、無理するな。お前も妊婦だろ。ルアック」と俺は目の中にいるルアックに声をかけた。「ちょっと出てきてくれないか。あ、その前に」俺は声を細めた。「お前、ちゃんと服は着てるんだろうな」
(当たり前でしょ、パパ。気にしすぎ)
そう言って、俺の目とサングラスのあいだからルアックが出てきた。ちゃんと古代中国女帝風の服を着ていた。ルアックを見て、セステルが「酒の妖精様~」と言った。
「お前の見えざる指でこの岩を引っ張り出してくれないか」
「いいよ、パパ」
ルアックの力場操作魔法、見えざる指により魔断岩はアイテムボックスから引きずり出され、床の上にそっと置かれた。
「フラペチーノ、応答せよ」
しーん。
返事はなかった。
「魔力は遮断されているみたいだ」
「もし転移魔法陣で転移されてきたやつがいても、到着したとたんにぺちゃんこにゃ」とロブスが言った。
「それは怖いな。事故防止のため、連絡しておかないといかんな」俺はいったん魔断岩をアイテムボックスに戻し、フラペチーノに呼びかけた。
(お呼びですか、マスター)
「こっちの転移魔法陣は魔断岩で蓋をすることにした。くれぐれも誰かを送ってこないように迷宮の魔核に伝えておいてくれ」
(了解です、マスター)
俺はルアックに頼み、魔断岩をアイテムボックスから出して床の上に置いてもらった。
「不格好じゃが仕方がないな」とドラグゼドルが言った。
「これなら俺も文句はない」とグルオガが言った。
「ロブス、名案だったな」と言って、俺はロブスの喉のところをなでた。ロブスは「ぐるるる」と喉を鳴らして喜んだ。
「ミィは天才にゃ。岩で蓋をするくらい、思いつくにゃ」
蓋。
俺はその言葉をつい最近どこかで耳にした。
「魔断岩はもう一枚ある。これがあれば、ババ様のかわりに封印門の蓋にできるんじゃないか?」と俺は言った。
「「「「え?」」」」ドラグゼドル、セステル、グルオガ、リベリーが俺を見た。
「魔断岩は、ババ様のかわりに封印門の蓋にできる」と俺はもう一度言った。「そうすればリベリーが蓋の役目を引き受ける必要もなくなる」
「カフィ殿、妾は覚悟を決めたのじゃ。妾のことは……」
「なるほど、魔断岩は魔力を遮断する」とドラグゼドルが言った。「これだけの厚さ、重さがあれば封印門の中で暴れる闇龍を抑えられるやもしれん」
「だが、どうやってババ様と岩を入れ替えるんだ?ババ様は自分では動けないんだ」とグルオガが言った。「あの巨大なババ様を持ち上げられるような力持ちは世界中探したって……」と言いかけて。
みんなが一斉に見たのは。
ルアックだった。
* * * * *
俺たちはババ様のいる空洞に来ていた。霧が渦を巻き、規則的に膨れたり縮んだりしていた。
霧の奥に巨大な龍がいた。地面に伏せ、目を閉じていた。体の大部分が黒いモヤに包まれていた。
冷気が地面の底から足を伝い、体を冷やした。
俺はルアックに頼み、魔断岩をアイテムボックスから出してもらった。ルアックは見えざる指でそれをババ様の横まで運び、体の脇にぴったりと付けた。
ドラグゼドル、セステル、グルオガが手と足を龍化させた。そして魔断岩の端に手をかけた。
「妾も手伝うのじゃ」
「ミィも」
「身重のおぬしらはそこで見ておれ」とドラグゼドルが言った。「我らにも、このくらいのことはさせてくれ」
リベリーとロブスはなおも手伝おうとした。「ドラグゼドルたちの気持ちを無駄にするな。あんまりわがままをいうとアイテムボックスにしまうぞ」と俺は言った。二人はようやく手をひっこめた。
「ルアック、俺が合図したらババ様の体を持ち上げてくれ」と俺は言った。「ドラグゼドル、セステル、グルオガ、準備はいいか」
「「「応」」」
「よし、じゃルアック、ババ様を持ち上げろ」
ルアックの見えざる指が巨大な龍をそっと抱え、斜めにした。封印門から猛烈な冷気が噴き出した。
「ぬ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!」とドラグゼドル、セステル、グルオガが魔断岩を押してずらし、封印門を塞いだ。塞がれた部分は全体の2割くらいだった。
「ルアック、もう一度だ」
見えざる指が巨大な龍を更に斜めにした。ドラグゼドル、セステル、グルオガが魔断岩を押し込んだ。封印門が半分くらい塞がれた。
「ルアック、もう一度」
見えざる指が、巨大な龍を持ち上げた。龍が寝返りを打った。ずーん、という音が響いた。ドラグゼドル、セステル、グルオガが、最後まで魔断岩を押し切り──
封印門は完全に塞がった。
「よっしゃ!」
足元の冷気が弱まった。渦巻いていた霧も薄くなっていった。
「よくやった、ルアック」
「つかれた」と言ってルアックは俺の目の中に帰っていった。
巨大な龍は仰向けになり、口を半開きにしていた。
「ロブス!」と俺は声をかけた。「にゃ!」とロブスが返事をした。
ロブスが革ベルトから瓶を取り出し、ババ様の口に注いだ。エリクサーだ。ババ様の体が光り、体を覆っていた黒いモヤが消えていった。灰色の龍の体があらわになった。その体は縮んでいき、灰色の和服を来た年配の女性の姿になった。
ドラグゼドルが女性を抱きかかえた。「カフィ殿」と言った。その目には涙が浮かんでいた。「1万年にわたる苦役より、ババ様を解放してくれたこと、そして我が娘、リベリーをもその苦役から救ってくれたこと、なんと感謝してよいのかもわからぬ。かたじけない」そう言って俺に頭を下げた。
「やめてくれ」と俺は言った。「俺は誰も救わない。世界も救わない。俺はただ、コーヒーを求めて旅をする男だ」
「かっこつけすぎじゃな、カフィ殿」とリベリーが言った。「でも妾からも礼を言うぞ。我が愛しの夫よ。大好きなのじゃ」そう言ってくっついてきた。
「ミィも!」と言ってロブスもくっついてきた。
その時。
どくん。
とリベリーの下腹部から波動が広がった。
「胎慟か」とドラグゼドルが言った。そして、その腕の中にいたババ様の口が開き、「胎内の子は皆、無垢と混沌の王」と言った。
「ババ様、気がつかれましたか」とドラグゼドルが言った。しかし、ババ様はそれ以上口を開かなかった。
「ひとまず戻ろう」とドラグゼドルが言った。
龍御殿に戻る途中、霧が来た時よりも薄れていた。墓地の前を通った時、ババ様が「我を戻せ」と言った。
「ババ様、安心されよ。ここにおられるカフィ殿のおかげで、ババ様は苦役から解放されたのじゃ」とドラグゼドルが言った。
ババ様は「我を戻せ」ともう一度言った。そしてまた口を閉じた。
龍御殿に戻り、ババ様は近習たちによって運ばれていった。それを見届け、「皆、疲れたであろう。風呂にでも浸かるがよい」とドラグゼドルは言った。近習の女性ヒルダが着替えとタオルを持ってきてくれた。
俺たちは風呂に向かった。セステルとグルオガもいっしょだった。
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