表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/59

四十四杯め ゴブリンになった儂が迷宮で覚醒するまで

(わし)はバジラ、一匹のゴブリンじゃ。


儂はもともと人間じゃったが、ゴブリンとなった。


そのことを受け容れ、この迷宮内のゴブリン集落で、余生を静かに過ごすつもりじゃった。自我を取り戻したとはいえ、闇魔法を失い、何もかも失った儂は、何の力もない一匹のゴブリンとして生きていこうと思ったのじゃ。


研究者として野心に溢れていた儂が、なぜそのような、あきらめの境地に転じたのか。


ゴブリン集落のまとめ役であり、儂の命を救ったフラペチーノが儂にとてもよくしてくれたことが理由の一つじゃ。フラペチーノは儂を重用した。特にドワーフとの交渉は、儂に任されるようになった。他のゴブリンは、人間の言葉が使えなかった。「マスター」と呼ばれる存在にテイムされており、テイムされたゴブリン同士では念話により高度の意思疎通が可能なようだったが、ドワーフとの交渉には人間の言葉が必要だった。


初めてドワーフの里に招き入れられた日の感動を儂は忘れることができない。奴らは、儂が持っていったヒラミ草を使って上級ポーションを作り、上級ポーションを蒸留してエリクサーを作っておったのじゃ。これには儂もびっくりした。そして大いに研究者魂を刺激された。


もう一つの理由は、儂が、ゴブリンという存在に対して、見下すどころか、心のどこかで敬意を抱いていたことじゃ。


フラペチーノが(わし)にエリクサーを飲ませ、儂の自我が戻った時、儂が最初に考えたのは「こいつはハイゴブリンじゃな」ということだった。フラペチーノは、肌が緑色な以外は、人間のような見た目だった。儂ほどゴブリンの体や進化について詳しい者は他にはいない。人をゴブリンにする呪いの魔法を開発したほどだ。


ゴブリンとは、人間から()()した生物だ。儂はそう考えている。「進化」とは、性能が上がることだけを言うのではない。「思考能力」という、途方もない負担を脳にかける機能を省けば人はもっと幸せになれる。単性生殖が可能となれば、恋愛や男女の駆け引きなどという非効率的な行動をせずに済む。言うなれば、人間の能力から贅沢な部分をそぎ落とした「普及版」がゴブリンであり、それもまた進化の形の一つなのだ。儂に言わせれば、ゴブリンが人間の姿に近づいたハイゴブリンになるなど、退化以外の何物でもない。


人間とゴブリンの遺伝子は驚くほど共通している。だからこそ、ちょっとした魔法で人がゴブリンになったり、ゴブリンが人に戻ったり、ということが可能となる。


儂は、自分がゴブリンになったことで、本来の自分に近づけた、と思ったくらいじゃった。


何もかも失った儂は、一匹のゴブリンとして静かな余生を生きていくはずじゃった。


そのはずじゃった。


ある日、円形闘技場(コロッセオ)で、魔物同士が試合をすることになった。ドワーフとゴブリンが親睦を深めるためのアトラクションということじゃった。赤コーナーと青コーナーに髭槌牛(ベアドハンマーブル)がつながれていた。S級の魔物だ。どうやって捕まえたのかと思ったら「酒の妖精」という二つ名を持つ可憐な少女が捕まえてきたのだという。本当は第5階層にいる地龍(アースドラゴン)と戦わせたかったらしいが、連れてこられなかったので髭槌牛(ベアドハンマーブル)どうしの戦いにしたとのことじゃ。地龍(アースドラゴン)髭槌牛(ベアドハンマーブル)を戦わせようなど、とんでもないことを考える奴らじゃ。


儂はフラペチーノに連れられて髭槌牛(ベアドハンマーブル)の見学に行った。ドワーフの子どもたちもいっしょだった。そばで見る髭槌牛(ベアドハンマーブル)は見上げるほど大きかった。

「すげぇ」「でけぇ」等と言って、ドワーフの子どもたちもあんぐりと口を開けて見ておった。子どもの一人が押されて転んだ。手に持っていた風船が手から離れた。それは「花火風船」じゃった。開会式の時の(にぎ)やかしとして配られたもので、一定の高度に達すると破裂して中から花火が飛び出すという代物じゃ。


花火風船は、円形闘技場(コロッセオ)の控室の天井に達し、そこで破裂して室内で花火が開いた。大きな音がした。それまで大人しくつながれていた髭槌牛(ベアドハンマーブル)が、その音を聞いて暴れだした。牛をつないでいた鎖が切れた。暴れ牛は儂らに向かって突進してきた。

「危ない!」

子どもたちの前に出たフラペチーノが弾き飛ばされ、壁に激突した。フラペチーノは冒険者で言えばA級の実力の持ち主じゃが、髭槌牛(ベアドハンマーブル)が相手ではどうすることもできなかった。暴れ牛が子どもたちに向かった。


その時、儂は本能的に暴れ牛に手を向け、魔力を集中させた。儂の闇魔法は、あの忌々しき冒険者カフィに奪い取られ、今では一匹の無力なゴブリンになっていたというのに。


近づく髭槌牛(ベアドハンマーブル)の光る眼と尖った角がやけにくっきりと見えた。


儂の体の(うち)から、今までに体験したことのない力が湧いてくるのを感じた。儂は攻撃魔法を暴れ牛に向かって放った。儂の手から黒い光線が迸り、次の瞬間──


髭槌牛(ベアドハンマーブル)は粉々に吹き飛んでいた。大きな控室の天井や壁に、べったりと血が飛び散っていた。


「え?」儂は自分でも驚いていた。何が起きたのか把握できていなかった。


暴れ牛に吹き飛ばされ、壁に激突して床に倒れていたフラペチーノがふらふらと立ち上がった。そして控室の中を見渡した。そして「どういうことだ、バジラ」と言った。


儂は、ああ、終わった、と思った。儂は化け物になってしまった。見せてはいけない力を見せてしまった。もうこの集落にはいられないと思った。「赤目族」とののしられ、村人から石を投げられた幼い日のことを思い出した。


フラペチーノは、儂に歩み寄った。そして儂の肩を掴み、「すごいじゃないか!」と言った。「こんな力を持っていたんだな」

「……」儂は何も言えなかった。フラペチーノは「すごいすごい」と喜んでいた。ドワーフの子どもたちは頭から血を浴びて、ただ茫然としていた。フラペチーノは「あ」と言って、顔色を変えた。「親睦会のアトラクション用の牛がいなくなってしまった、どうしよう」

「儂に任せるがよい」と儂は言った。普段なら、そんなことはぜったいに言わんじゃろう。しかしその時の儂は、高揚していた。全能感に包まれておった。儂は円形闘技場(コロッセオ)を出ると、気配察知によって髭槌牛(ベアドハンマーブル)の居場所を突き止め、その鼻面を殴りつけ、どちらが上かわからせた上で、円形闘技場(コロッセオ)まで引っ張ってきた。


その力は、儂が人間だった頃に使っていた闇魔法とは、まったく別ものの力じゃった。闇魔法はフライナ・フラインヴァルグから授けられた、いわば借り物の力じゃった。この新しく芽生えた力は、そもそも持っていた力が何かのきっかけで目覚めたような感じじゃった。


きっかけは何だったのか。


エリクサーじゃ。それしか考えられん。そう思った時、儂の頭に思い浮かんだのは、予備施設(ハイムシュタッド)に残してきた赤目族たちのことじゃった。


その話をするには、まずは儂のこれまでの人生について話さねばなるまいの。


儂と弟のスネフェルの両親は、何の力のない赤目族じゃった。他の村人たちからさんざん差別されたあげく、リンチされて殺された。儂ら兄弟にも特別な力はなかった。儂は、自分たちが迫害されるのは、赤い目のせいだと考えていた。そして目の色を変えるための実験を始めた。儂が科学者として目覚めたのはあの時じゃった。動物や弟を実験台にして、目の色を変える実験を進めた。実験のための資金が必要だった。儂は犯罪者ギルドに出入りするようになった。赤目族の若者が金を稼ぐには、それしか手段がなかった。コソ泥、恐喝、山賊、強盗、なんでもやった。貴族の館に入り、書庫を(あさ)り、魔導書があれば盗んだ。犯罪者ギルドにいれば、人体実験の素材には事欠かなかった。しかし、赤目を変える魔法はまだ見つけられていなかった。やがて儂は、人さらい犯罪結社である「鈍色の仲買人(グレイ・ブローカーズ)」の幹部にまでのし上がった。それは出世であると同時に、絶え間ないストレスの日々だった。「赤目族のくせにいい気になりやがって」という目にさらされ、いつ殺されて地位を奪われるかわからないような状況だった。


その時出会ったのがフライナ・フラインヴァルグじゃった。あの男も赤目族だった。あの男は奴隷ビジネスに異常な関心を示した。「これこそ美しい世界のために必要なものです!」と言って感激していた。


あの男は闇魔術の力を儂と弟に授けた。スキルを人に分け与えることのできるスキルを持っていた。どういう仕組みになっているのか、あの男を一度解剖してみたいもんじゃ。儂は闇魔法を使い、自分とスネフェルの目を黒くした。洗脳魔法を身につけた弟は王宮の王族や貴族たちの管理をすることになった。儂は、奴隷たちの背骨に雷の魔石を埋め込んでコントロールする実験を進めた。敵をゴブリンに変える呪いを開発したりした。王宮にあった古文書を見て、赤目族が闇龍人と呼ばれていることを知った。闇龍人の中には先祖返りして、大きな力をふるう者がいる。フライナ・フラインヴァルグはまさしく先祖返りした闇龍人じゃった。儂は赤目族をさらってきては、特別な力を発揮する戦士にならないか、人体実験を繰り返した。その拠点が予備施設(ハイムシュタッド)じゃ。しかし、それらの戦士を活性化するには、封印された闇龍の力を開放することが必要らしい。研究は手詰まりじゃった。


しかしじゃ。


儂の中の闇龍人の血が、エリクサーによって目覚めたのなら、エリクサーを与えれば、予備施設(ハイムシュタッド)にいる被検体たちもまた闇龍人の血に目覚めるのではないか。


そう思いついたら、いてもたってもいられなくなった。一ゴブリンとして静かな余生を過ごそうなどという諦念が吹き飛んでしまった。


儂の人生は、ここから始まるのじゃ。そう思った。


フライナ・フラインヴァルグに仕えていた頃の儂は、豊富な研究資金もあり、やりたい研究もできて、人生の絶頂期じゃった。しかしそれは、やりたくもない仕事をやらされる日々じゃった。


忌々しい冒険者カフィに呪いの魔法を跳ね返され、ゴブリンにされた時の記憶が儂にはある。ゴブリンにされた時、儂は闇魔法も奪われた。その時、儂が思ったのは「これで自由になれる」ということだった。無理やりに与えられた闇魔法の力で、やりたくもない仕事をする必要がなくなる。そう思ったのじゃ。


フラペチーノが儂にエリクサーを飲ませた時、儂の体に力がみなぎる感覚があった。あの時から儂の中の闇龍人の力は目覚めておったのじゃろう。髭槌牛(ベアドハンマーブル)が暴れたことで、その力を発動させることができた。それは、フライナ・フラインヴァルグが儂に与えた仮初(かりそ)めの力とは比べものにならないほどの力だった。本来の力が目覚めたのだ、と感じた。


儂は迷宮を出ることにした。フラペチーノたちに見送られ、ドワーフの作ってくれた蒸留器とヒラミ草の束の入った背嚢を背負い、儂は旅立った。


待っておれ、儂のかわいい被検体どもよ。今、力を授けに行ってやるからな。

毎日10時、16時に投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ