四十二杯め ババ様に会いに行きなさい
歓迎の宴が終わり、俺たちは客間に戻った。布団が3つ並んで敷いてあった。ロブスは布団には入らず、部屋の隅で丸くなって寝てしまった。俺は真ん中の布団に入った。リベリーは左の布団に入ったが、すぐに俺の布団に入ってきた。
「くっついていると温かいの」とリベリーは言った。体をずらし、リベリーのスペースを作ってやると、俺の腕にリベリーは頭をのせた。俺の手がリベリーの肩に触れた。リベリーの肩は細かった。迷宮の中の円形闘技場で見た巨大な氷を思い出した。この華奢な体の中に、巨大な魔力が宿っているのは不思議だった。もっと不思議なのは、その胎内に別の命を宿していることだった。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、リベリーは俺の手をつかみ、そっと自分の下腹部に押し当てた。
「ほれ、ひよこ丸、お前のおとうちゃまの手じゃぞ」
「さすがにまだお腹を蹴ったりはしないんだろうな」と俺は言った。そのとたんに、どくん、という揺れを手に感じた。「何か動いたぞ」
「父親の魔力を感知して返事をしたのじゃろ。賢いな、ひよこ丸は」とリベリーは言った。
「この世界では、赤ん坊というのはそういうものなのか」と俺は言った。
「さあ、他の種族のことは知らんが、竜族の子はみなたくましいのじゃ」
「赤ん坊はどういう姿で生まれてくるんだ?」と俺は言った。「リベリーに最初にあった時、お前は青飛竜の姿をしていたが」
「人の形じゃよ」とリベリーは言った。「竜人は人の形で生まれ、人の形で育つ。その中で、特に魔力の強い、ごく一部の者だけが飛竜となり、外の世界に送り出されるのじゃ」
「今日の宴会にいた人たちは?」
「王族以外は竜人じゃ。竜にも、龍にもならず、ヒト族と比べ、寿命が少々長いだけの者たちじゃ。妾も王族の一人じゃが、父上やセステル姉さま、グルオガ兄さまと血がつながっておるわけではない」
「どういうことだ」
「飛竜となれるだけの魔力の強い者は王の養子となるのじゃ。王族の子は、外の世界に出される。それは、人の世界との接触を断ち、隔絶された龍の里が完全に孤立しないための知恵じゃ。飛竜として世界を旅し、経験を積んでいく。そして伴侶を見つけ、試練を乗り越えた者だけが龍種となれる。妾が龍種となれたのは、カフィ殿と出会い、ともに試練を乗り越えたからじゃ。ろまんちっくじゃろ?」
「肉を食ったせいだと思っていた。試練というのは闇魔導士バジラ・イグニフェリオスに殺されかけたことか」
「そうじゃ」
「セステルやグルオガも、伴侶と出会い、試練を乗り越えて龍種となってここに帰ってきたのか」
「そうじゃな。二人が里に帰ってきたのは、妾が飛竜となり里を留守にしていたあいだのことじゃから、詳しいことは知らぬが」
「グルオガは伴侶を失ったとか言っていたな」
「グルオガ兄さまも、伴侶に龍の血を与えたはずじゃ。龍の血を与えた者が簡単に死ぬとは思えん。何か事情があるのじゃろ」
「リベリーもせっかくの里帰りだ。家族との積もる話があるだろう」
「そうじゃな。機会があればというところじゃ。家族と言っても血はつながっておらんし、ほんとうの家族はとっくに死んでしもうたからな」
「竜人の寿命はどれくらいなんだ?」
「飛竜になれぬ普通の竜人は五百年くらいじゃ。飛竜のままじゃと二千年くらいかの」
「想像もできないが……。龍種になるとどれくらいなんだ?」
「さあな。世界の許す限り、と言われておる」
「俺は血をもらっただけだから、そんなには長生きしないんだろ?」
「妾の血の一番濃いところを与えたのじゃ。妾と同じくらい長生きしてもらわんと困る」とリベリーは言った。「添い遂げると言ったじゃろ」
「実感が湧かないな。長生きといえばババ様の話が出ていたな。ババ様は何歳なんだ」
「わからん。少なくとも神との戦争があった1万年前には生きておったそうじゃ」
「ババ様はどこにいるんだ?」
「里の地下深くじゃ。……会うつもりなのか、カフィ殿」
「まあな」
「父上も言っておったが、何百年もしゃべっておらんそうじゃ。あまり期待せん方がええじゃろ」
「そうだな」
「……のう、カフィ殿」リベリーが身体を動かし、俺に抱きついて言った。「したいのじゃろ?」
「ん?妊娠初期だ。ダメにきまってるだろ」
「ちょっとだけなら……」
その時、どくん、という揺れを再び手に感じた。
「ほら、お前の腹の中でひよこ丸もダメと言っている」俺は布団を出て、リベリーが入っていた布団に移動した。
「寝るぞ」
「そっちの布団は寒かろう?こっちに戻ってきてもいいんじゃぞ?」
「お前も寝ろ」
「……わかったのじゃ。うぶで堅物のカフィ殿に戻ってしまったのじゃ。つまらんのじゃ」
「そうだにゃ、風呂くらい覗いてもいいにゃ」と部屋の隅から声がした。
「ロブス、起きたのか」
「むにゃ」
「寝言か」
しばらくするとロブスの寝息が聞こえてきた。俺は目を閉じた。隣の布団でもぞもぞと動く音が聞こえた。
「もう寝たかの?カフィ殿」
「……」俺は返事をしなかった。
しばらくもぞもぞ音がしていたが、やがてリベリーの寝息が聞こえてきた。俺は目を開けて天井を見た。暗さに目が慣れて、天井の模様がうっすらと見えた。月明かりが障子を照らしていた。白く光る障子の上を、薄い影が移動していった。ふわふわと影は移動していった。昼に見た浮き岩だろうと思った。
浮き岩。
「なぜ浮いておるのか、なぜ存在しておるのか、誰も知らぬ」とリベリーは言っていた。
薄い影が障子の端まで移動し、消えていった。別の影が現れてふわふわと移動した。流れていく影たちを見ているうちに、俺はいつの間にか寝てしまった。
朝起きると、ロブスが俺の布団に入っていた。リベリーの布団は空だった。
「ボス、おはようにゃ」
俺が布団を抜け出すと、ロブスがあくびをしながらいった。
「昨日のメシはうまかったにゃ。ミィはお魚というものを初めて食べたにゃ」
「お前は森育ちだったな」
「お魚が好きになったにゃ」
「失礼します」と声がして障子がするすると開いた。近習のヒルダがいた。「お食事のご用意が整ってございます」
ヒルダは俺とロブスを個室に案内した。畳敷きではなく、四人掛けのテーブルと椅子があった。エプロンをつけたリベリーがたくさん段のある台車を押しながら入ってきて、テーブルに食事を並べていった。ルアックが俺の目とサングラスのあいだから出てきて、俺の膝の上に座った。そして「食事の準備をするのは女だけ?男尊女卑?今時ありえない」と言った。
「お、だいぶ表情がしっかりしてきたな」と俺は言った。
「昨日の温泉とお酒造りがよかった」とルアックは言った。
「セステル姉さまに料理を教わっておったのじゃ」とリベリーが言った。「童の頃は台所に入れてもらえず、飛竜になってからは当然料理などできず、こうしてようやく人の形を取れるようになり、料理をさせてもらえたのじゃ」
「これ、お魚か?」とロブスが言った。椅子の上でぴょんぴょん腰を浮かしていた。
「サバの切り身じゃ。うまいぞ」と茶碗にご飯を盛りながらリベリーが言った。
「「「「いただきます!」」」」といって俺たちは朝ご飯を食べた。並んでいたものは、ごはんの入った茶碗、味噌汁、サバの切り身、お新香、ノリだった。どれもおいしくいただいた。
「しかしこんな立派な朝飯までいただいて申し訳ないな。居候になった気分だ」
「気にする必要はないのじゃ、カフィ殿。エリクサーを渡したし、ルアックの作った酒が大好評での。セステル姉さまをはじめ、皆喜んでおったよ。このようにうまい酒をふるまわれ、何をお返ししてよいかわからん、とか言ってな」とリベリーが言った。「それに皆、カフィ殿を歓迎したいのじゃ」
「ルアック、よかったな」と俺は膝の上のルアックに言った。ルアックは「ふん」と言ったが、まんざらでもなさそうな顔をしていた。
「カフィ殿、この後どうするのじゃ?」
「ババ様のところに行ってみたい」と俺は言った。
「そうじゃな。部屋で待っていてたもれ。妾も片づけがすんだらすぐ行く」
「るーたん、酒造りしたい」とルアックが言った。
「ええぞ、セステル姉さまも喜ぶじゃろ。ついてまいれ」リベリーは台車を押し、部屋から出ていった。ルアックもふわふわと浮きながらその後ろについていった。
俺とロブスは客間に戻った。布団はもう片付けられていた。ロブスは部屋の隅で丸くなって寝た。俺は廊下に出て浮き岩を眺めた。しばらくするとリベリーが里長であるドラグゼドルといっしょに戻ってきた。
「我も行く」とドラグゼドルは言った。
俺たちはドラグゼドルに先導され、龍御殿の長い廊下を歩いた。水墨画のような、霧がかった岩山の合間を浮き岩がゆっくりと移動していた。廊下の一番奥に下に降りる階段があった。その階段は石でできていた。日本庭園のような、岩が配置され、きれいに筋のついた砂利の中に灌木の植えられた場所を通った。濃い霧が漂っていた。その先に墓地があった。霧の中、たくさんの墓標が見えたが、墓標に名は刻まれていなかった。
「我らは時とともに生き、名を残さずに死んでいく」とドラグゼドルが言った。
山道に入った。道は下り坂だった。霧が濃くなっていった。その霧には重さがあった。右側は崖、左側は岩肌だった。岩と岩の隙間には水がにじんでいた。
しばらく行くと、目の前に切り立った崖があり、そこに巨大な龍の透かし彫りが彫られていた。しかしそれは英雄的な姿ではなかった。翼をたたみ、眼を伏せ、牙を地に預けた姿だった。
「我ら龍種の心の中には、世界に顔向けできぬような、後ろ暗い気持ちがあるのだ」とドラグゼドルが言った。「我ら龍種が人里から遠く離れた龍御殿に引きこもっているのは、そのせいやもしれぬ」
霧がさらに濃くなった。巨大な生き物の胎内であるかのように、霧には呼吸と脈動が感じられた。
両側が高い壁のようになった渓谷に入った。谷間を下っていった。霧は濃くなり、誘うように、脈打っていた。俺の意識はその脈動にシンクロし始めて……
ばしん!
と殴られた。
「ボス、しっかりするにゃ!」とロブスが言った。
「俺はどうなっていたんだ」
「エネルギー体になって霧に吸い込まれそうになっていたにゃ」
「そうか、助かった」
気を引き締めなければならない。と思ったら、リベリーが手をつないできた。
「ミィも!」と言って、ロブスが反対側の手をつないだ。
3人で手をつないで歩く姿が、ドラグゼドルにどう映るのか気になったが、ドラグゼドルは特に気にしている様子もなかった。速くもなく、遅くもない歩調で先頭を歩き続けた。道はなおも下っていた。いつの間にか、螺旋階段のような場所をくだっていた。もはや山中の渓谷ではなく、洞窟の中のようだった。
風が吹いていた。
風が霧を揺らしていた。
どれくらい歩いたのかわからなくなったころ、俺たちはそこにたどり着いていた。
ババ様のいる巨大な空洞に。
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