四十一杯め 宴会をしなさい
歓迎の宴が始まった。会場は畳敷きの広い部屋だった。たくさんの人がいて、各自の前に、肉料理や魚料理がのった膳が並べられていた。俺は座布団の上にあぐらをかいて座った。俺の右にはリベリー、左にロブスがいた。リベリーは正座していたが、ロブスはあぐらをかき、ひたすらに料理をたいらげていた。浴衣の裾がまくれあがり、虎柄のパンツが丸見えだった。
ロブスのパンツを、俺の向かいにすわっている武人、グルオガが凝視していた。ここに着いた時、俺に向かってブレスを放ち、ルアックの鏡防返呪で跳ね返され、心臓を貫かれた男だ。ロブスにプロポーズしていたが、あえなく玉砕していた。
「グルオガ兄さま……」リベリーが冷ややかな目で見ていた。グルオガはあわてて目を逸らし、「見ていない、拙者は何も見ていないぞ、青姫」と言った。
「りべりーです、グルオガ兄さま」と言ってリベリーはグルオガに酒をついだ。「うむ」と言って、グルオガは酒を飲みほした。
すでに面識のあるドラグゼドル、グルオガ、近習のヒルダ以外の者たちは、俺たちを見て、ひそひそと話していた。
「あまりいい感じではないな」と俺は言った。
「無理もなかろう。竜の里に外部から人が来ること等、絶えてなかったのじゃ」とリベリーが言った。
「ボスのさんぐらすが珍しいだけにゃ」とロブスが言った。
龍の里の長であるドラグゼドルが、グルオガの横に座っていた。和服の似合う、顎髭の男だ。「お前も飲むか、リベリー」ドラグゼドルは徳利をリベリーに向けた。
「ご遠慮申します」とリベリーは言った。
「酒好きのお前が飲まぬとは、珍しいな」
「妾はにんしんちゅうなので、酒は控えております」
「そうであったな。代わりに飲め、婿殿」と言ってドラグゼドルは俺に徳利を向けた。俺は盃を空け、ドラグゼドルの酌を受けた。日本酒そっくりの酒だった。すっきりしていて、よい香りがあった。日本酒なら大吟醸だ。
「うまい酒だ。原料は米か?」と俺は言った。
「ほう、よくわかるな」
「俺の故郷にもあったからな」
「おぬし、異世界から来たそうじゃな」
「耳が早いな。そのとおりだ」
「異世界とはどのようなところか」
「コーヒーがある」と俺は言った。「この世界で、俺はまだコーヒーを見つけていない」
「こーひーとは何じゃ」
「赤い実の中に豆があり、それを煎じて飲むものだ。覚醒効果がある」
「それはチタの実ではないのか」
「ちがう。チタの実なら持っている」
「そうか。では心当たりがないな」
着物姿の女性、セステルが「米の飯にござりまする」と言って、お盆に乗った茶碗を配り始めた。
「セステルよ、今宵は歓迎の宴じゃ。お前もゆるりとするがよい」
「そうじゃ、セステル姉さま、妾の惚気を聞いてたもれ」とリベリーが言った。
「青姫、いや、リベリーよ、よくぞ戻ってきた。話はまた聞かせておくれ。父上、某のお役目は台所を守ること。某に戦場から離れよとおっしゃるのか」
「好きにせよ」
(ぱぱ ごはんのにおいがする)と俺の目の中でルアックが言った。そして目とサングラスのあいだから出てきた。古代中国の女帝が着るような服を着た幼女が空中に出現し、ドラグゼドル、グルオガ、セステルがぎょっとした顔をした。グルオガは腰の剣に手を伸ばした。
「死霊王、だと?」
「ルアックだ」と俺は紹介した。「俺の仲間だ」
ルアックは俺の膝の上に座った。ぼーっとした顔をしていた。そして俺の盃に入っていた酒を飲んだ。
「こら、未成年は酒を飲むな」と俺は言った。
「るあっく なんびゃくねんもいきてるからだいじょうぶ おさけものめる ぱぱのおよめさんにもなれる」
グルオガが「おぬし、青姫やロブス殿だけではあきたらず、このような幼女にまで手を出しておったのか」と言った。
「やめてくれ。手など出していない」と俺は言った。
「時間の問題じゃろ」とリベリーが言った。
「そうそう。こーひーにしか興味がないような顔して、ヤる時にはヤっちまうんだ、ミィたちのボスは」とロブスが言った。
「お前らな」と俺は言ったが、事実なので言い返せなかった。
「おぬし、一体何人の女を囲っておる」とグルオガが言った。
「もう一人いるにゃ」とロブスが言った。「アラビカっていうにゃ。敵にさらわれたからここにはいないけど、ボスは救うつもりにゃ」
その名前を聞いて、俺は軽いショックを受けた。迷宮で、その名はなぜか口にされなくなっていた。しかし、ロブスは軽々と口にした。竜の里に来て、その名を口にするのが解禁になったとでもいうかのように。
「ロブス」俺は気を取り直していった。「アラビカのことは救わない。それがあいつを救う一番の近道だ」
ルアックが俺の膝の上から手を伸ばし、セステルの配った茶碗を持ち上げた。
「ぱぱ ごはんでおさけ つくっていい?」とルアックが言った。
「あとでな。俺たちのために開いてくれた宴会の途中でそういうことするのはお行儀よくないぞ」
しかし、
「酵母さんたち 麹さんたち このおこめをおいしいおさけにして ざっきんはみなごろし」と言ってルアックが茶碗に手をかざすと、茶碗の中の米がどぶろくになってしまった。
「かぐわしい」とセステルが言った。「某も長年酒を造ってまいりましたが、このような香りの酒は初めてにござりまする。ちと失礼」そう言って、俺の前にあった茶碗に手を伸ばし、どぶろくを一口飲んだ。「なんと!」セステルは目を見開いた。「このようなうまいどぶろくを飲んだことがない。これを濾して酒にしたら、一体どのような酒になるのか……」
セステルはうっとりした顔をしていた。そして「ルアック殿、こちらへ!」と言って、ルアックをどこかに連れて行ってしまった。
一通り、料理をたいらげたところで、「そろそろ闇龍人について教えてたもれ、父上」とリベリーが言った。ドラグゼドルが座りなおした。俺も正座して話を聞くことにした。
「まず言っておくが、我はもう千年以上もこの里を出ておらん。外の世界を知らぬ者の言葉として受け取ってほしい」
そんな前置きで始まった話は──
1万年前、龍人はヒト族やドワーフとともに「神」と戦争をした。その時、英雄として活躍したのが闇魔法を使う「闇龍」だった。龍人たちは「神」を斥けることに成功した。しかし、英雄となった闇龍は、その大きすぎる力のあまり、自我を維持できなくなり、世界にとっての厄災となってしまった。闇龍の暴走により、大陸が一つ海に沈み、世界の人口の9割が死滅したという。
「神との戦いか。迷宮の魔核から聞いた話と合致するな」と俺は言った。
「神と戦う戦士を育成するために迷宮を作り、竜の里にドワーフが武器を供給したという話じゃった」とリベリーが言った。
「それにしても神とは何だ」
「天に住む者たちということ以外は、何もわからん」とドラグゼドルは言った。「ババ様なら何か知っているかもしれんが……」
「ババ様はお元気なのでしょうか」とリベリーが言った。
「それもわからん。もう何百年も口を閉ざしたままじゃ」
「その後、闇龍はどうなったんだ?」と俺は言った。
ドラグゼドルは話を続けた。
龍人たちは、闇龍を封印した。封印されてなお、闇龍は自分の因子を世界に蒔いた。その因子を持つものは「闇龍人」となった。闇龍人の特徴は赤い瞳だ。闇龍人たちは、ある条件を満たす時、先祖返りして、大きな魔力を発揮した。それは世界のありようを変えるほどの魔法だった。闇龍人の力を恐れ、人々は闇龍人を弾圧した。闇龍人は差別の対象となった。通常はふつうの力しか持たない闇龍人たちは、耐え忍ぶしかなかった。蓄積された怒りと恨みは、先祖返りの闇龍人を生み出すエネルギーともなった。
「俺たちを迷宮に突き落とした白い男、フライナ・フラインヴァルグの瞳も赤かった。そして奴は尋常ならざる魔法を使った」と俺は言った。
「妾のウロコを破り、尻尾をちぎり、迷宮に穴を開けるほどの魔法じゃった」とリベリーが言った。
「その男は、闇龍人の先祖返りとみて、まず間違いなかろう」とドラグゼドルは言った。
「あの男は、龍化した妾を見て『汚らわしい邪龍』と呼んでおった」とリベリーが言った。「龍種への深い憎しみを感じたのじゃ」
「その男が龍種を憎んでいるとしたら、我らにも責任があるかもしれぬ」とドラグゼドルが言った。
「どういうことだ?」
「我らの祖先が闇龍を封印し、その因子がばらまかれたことが、闇龍人の苦しみの始まりであり、その男の憎しみの遠因じゃ。我ら龍族は、闇龍との対話を避け、ここまで来てしまったのじゃ。……この話はこれくらいにさせてくれ。おぬしらの話を聞きたい。ここに来た経緯を教えてくれ」
俺は、異世界から召喚され、コーヒーを求める旅を続ける中で、王の洗脳を解き、そのために魔導士スネフェルが処刑され、奴隷組織が壊滅し、闇魔導士バジラ・イグニフェリオスを倒したことや、それらが結果としてフライナ・フラインヴァルグの計画の邪魔をしていたことを話した。そして迷宮内で地龍をテイムしたり、エリクサーを作ることに成功し、迷宮の魔核と出会い、資格あるものとして認められ、転移装置によって龍の里に来たことを告げた。
「ううむ……」ドラグゼドルは、顎髭を引っ張りながらうなった。「こーひーなどという、あるのかどうかもわからぬものを求め続けた結果、先祖返りの闇龍人にさえ対抗しうる存在になったというのか」
「俺は奴に対抗する気などない。しかし邪魔をするなら容赦はしない」
「世界の理から外れた存在じゃな、カフィ殿は」とドラグゼドルは言った。
「フィラも似たようなことを言っていたな」と俺は言った。パンチラ神聖騎士、フィラ・ウィタラート。スナとともに王城の街に帰っていった女だ。
「世界の外にある者だけが真に自由だ、じゃな」とリベリーが言った。
「よく覚えてたな」
「カフィ殿に関することは、なんでも覚えているのじゃ。妾の愛の証じゃ。のう、ひよこ丸」といってリベリーは自分の腹をなでた。
「なんだ、ひよこ丸というのは」
「胎児ねーむじゃ。カフィ殿と妾の愛の結晶の名じゃ。呼びかける時に便利なのじゃ」そういってリベリーは腹をなでた。
宴の会場に、和服姿の女性、セステルが入ってきた。右手でふわふわと浮いているルアックの手を引き、左手に大きな急須を持っていた。
「できた!できたのでございます!」セステルの目がうるんでいた。
セステルは俺とドラグゼドル、グルオガの盃に急須から液体を注いだ。その液体はうっすらと光を放っていた。俺はその液体を一口飲んだ。
「!」
「なんじゃこれは!」
「うまい!」
極上の日本酒だった。一口飲んだだけで魂が洗われるような、透明で、深遠で、香り高い酒だった。ドラグゼドルとグルオガは、頬を上気させ、うっとりとした表情になっていた。
「ルアック殿こそ酒の神」涙を流しながらセステルが言った。
「神はよせ。酒がまずくなる」とドラグゼドルが苦々しげに言った。「我ら祖先の敵じゃ」
「ドワーフの里で、ルアックは酒の妖精と呼ばれておったの」とリベリーが言った。「あちらでもルアックの作る酒は好評じゃった」
「ミィは狂戦士の姐御って呼ばれてて、リベリーは酒豪だったにゃ」
「酒の妖精様!まさにそれでございます!」抱きつこうとしたセステルの手をすり抜け、ルアックは俺の膝に乗った。
「ぱぱ るーたん えらい?」
「おお、えらいぞ。みんな喜んでる」
「えへへ やったあ。……るーたん つかれちった」と言ってルアックは俺の目の中に戻っていった。
セステルは、宴席にいた他の者たちにも酒を注いで回った。一口飲み、みな顔色を変えていた。そして俺たちのところに来て、口々に酒の礼を言った。みんな目をきらきらさせていた。うまい酒には人の垣根を下げる力があるらしい。
ここにコーヒーがあれば、もっとよかったのに。龍の里の者たちと飲み交わしながら、俺はそう思った。
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