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四十杯め その頃、迷宮では

古傷を治療する場面があります。苦手な方はご注意ください。

フライナ・フラインヴァルグは、黒い渦の円盤に乗って、ヴィアードヴァルトの森の中を移動していた。迷宮に行き、聖騎士フィラ・ウィタラートをテイムし、できればドワーフたちを味方につけるためだった。


彼の頭の中は、以下のように整理されていた。


目的=消毒済みの世界を作る

目標=下記のとおり

1.役に立つもの(人間の世界)=分類して管理する。消毒対象であり、狭義の「世界」

└①貴族(搾取するもの)=テイムして消毒する

└②庶民(搾取されるもの)=奴隷にして消毒する


2.役に立たないもの(魔物の世界)=分類不要、忘却対象

└③龍=手を出してこない限り無視するが、対抗手段として勇者を準備しておく

└④ドワーフ=手を出してこない限り無視

└⑤高潔なる魂の持ち主=ゴブリン化して放置


①については、王宮内にいたすべての王族、貴族のテイムが解除されてしまっており、フライナ自身が再度手を下す必要があるが、生命力(HP)が回復するのを待つしかなかった。下手にテイムをすると、相手の魂の高潔度によっては、生命力(HP)を持っていかれてしまうからだ。

②については、冒険者カフィによって「人さらい→奴隷化」という仕組みを壊されてしまった。「雷魔法の魔石」を奴隷たちの脊椎に埋め込み、契約魔法により発動する仕組みをもう一度作り上げなければならない。そのためには、イグニフェリオス兄弟並の魔力を持つ者が必要だ。聖騎士フィラ・ウィタラートをその役に当てようと考えていた。

③の龍については、遺憾ながら保留だった。現状は「相互不可侵」と呼べる状況が成立している。手を出してきたら、対処するしかない。そのためにもその他の項目について、万全の状態にしておく必要がある。

④については、情報が足りなかった。そのための偵察だった。

⑤についても、聖騎士フィラ・ウィタラートにバジラ・イグニフェリオスの代わりにゴブリン化の呪いを授ける予定だった。


「消毒済みの世界を作る」という目的達成のためには、「1.役に立つもの(人間の世界)」を徹底的に管理し、消毒すればよいとフライナは考えていた。「2.役に立たないもの(魔物の世界)」は分類不要な、忘れてしまっていいもののはずだった。


しかし、そこが自分の甘いところだった、という反省がフライナにはあった。


闇に封印せし者は忘却を拒絶する。


自分が忘れたつもりになった「2.役に立たないもの(魔物の世界)」こそ、消毒が必要なものだったのだ。


自分の分類体系の不備が見つかったにも関わらず、フライナはワクワクとした気持ちを感じていた。「ワクワクする」等という、分類不能で計測不能な「不浄」な感情を、「消毒済みの物語」で置き換えることさえ忘れていた。


そのような気持ちを抱えて、ヴィアードヴァルトの森の中を移動していた。


「はて、迷宮の入り口はこの辺だったはずですが」


迷宮の探索は部下である闇魔導士バジラ・イグニフェリオスに任せており、自分で潜ったことはなかった。実は、マルメロ迷宮の創造主である天才魔導士イリヴルク・ガルドルウィタの人格コピーである魔核が、フライナへの嫌がらせの一環として、入り口の位置を変えていたのだが、それをフライナは知らなかった。


「この前開けた穴も塞がっていますね」


上空から攻撃魔法でまた穴を開けようかと思ったが、今のフライナにはそれだけの魔力がなかった。


フライナは、あちこちをうろうろして、ようやく迷宮の入り口を見つけ、中に入った。暗い洞窟の中、フライナの白いタキシードはひどく場違いだった。


第1階層は初心者向けでゴブリンやスライムが出ると聞いていたが、魔物には一匹も遭わなかった。それは迷宮の魔核による「死んだふり作戦」の一環だった。フライナはすぐに第2階層へ降りる階段を見つけた。


第2階層ではアンデッド系の魔物が出るはずだったが、一匹も遭わなかった。第3階層にも魔物はいなかった。第4階層には青空と森が広がっているはずだったが、そこにあったのは「何もない空間」だった。


迷宮の魔核は、フライナのために専用通路を用意していた。それは、冒険者スナと聖騎士フィラを、フライナと出会わさずに、無事に地上に出すためだった。


* * * * *


「スナ殿」とフィラは言った。「いるか?」

二人がいたのは第2階層の洞窟だった。魔物には遭遇しなかったが、ずっと歩き通しだったため、休憩のため腰を下ろしたところだった。

「はい、いるのかいないのかわからないようなわたしですが、ちゃんといますよ」

「そうか。それで、何で私の腹の上に乗っているんだ?」

「わたしだって、時には人肌が恋しくなるんです」

「そうか。言っておくが、私は王宮指南役だ」

「こういうのはきらいですか?」

「王家の人間は、いつなんどき、政略結婚の道具として他国にいかされるかわからん。他国の王子や姫をとりこにするため、幼少期から床上手になるための秘儀を仕込まれる」

「はあ」

「王宮指南役として、姫に四十八手を仕込んだのは、何を隠そうこの私だ」

「なるほど。これはうかつでした。私は蛇のお腹の上に寝そべってしまったのですね」

「試してみるか、王宮に伝わる百合秘奥義を」

「望むところです」

二人の女性がくんづほぐれつをし始めた。そんなことをしている場合ではないのにそんなことをしてしまうのは、迷宮に備わったキャラ強化の機能のせいかもしれなかった。


その頃、そのすぐわきの通路をフライナは移動していた。魔力さえ万全であれば、フライナはスナとフィラに気づけたかもしれない。しかし、迷宮の分厚い壁に阻まれ、フライナは何も気づくことなく、迷宮の奥に向かっていった。


迷宮の森に、一匹のゴブリンがふらふらと入っていった。もしフライナがそのゴブリンを見つけ鑑定したなら、


ゴブリンB:

・ゴブリンの雄。(趣味:人体改造)[状態異常:呪い]


という情報を得ただろう。そして、そのゴブリンが誰であるか、わかったことだろう。


ゴブリンBは死にかけていた。フライナ・フラインヴァルグが迷宮の天井を破壊した時、その爆発に巻き込まれ、迷宮に落ちたのだった。全身を強く打った。死なない方がおかしかった。死なずに済んだのは、迷宮の魔核が、爆発に巻き込まれた小さな生命を救うため、地面を変形させ、ふわっと受け止めたからだった。


頭から血を流しているゴブリンBを見つけたのは、まだ子どものゴブリンだった。ゴブリンの子どもは集落に行き、まとめ役であるフラペチーノといっしょにゴブリンBのところに戻ってきた。フラペチーノは手に小さな瓶を持っていた。それはエリクサーの瓶だった。フラペチーノはゴブリンBにエリクサーを飲ませた。ゴブリンBの体が光り、傷が消えていった。

「私はフラペチーノ。マスターより、名付けの権能を授かっています」とフラペチーノは言った。「望むなら、名前を授けましょう」

「いや、いらない」とゴブリンBは言った。「私のことはバジラと呼んでほしい」

「わかりました、バジラ。おや、君の瞳は黒かったのに、赤くなっていますね。エリクサーの影響でしょうか」

「エリクサー……。そんなものがあるのか」

「ええ、偉大なマスターの作ったものです。バジラが助かったのも、エリクサーのおかげですよ」

「おもしろい」

フラペチーノはバジラを連れて集落に戻っていった。


フライナは、壁一枚隔てられたところにいた。しかし、フライナの計画にとって、必要不可欠な人物がすぐそばにいることにフライナは気づかなかった。たまたま解呪の指輪をはめていて、それを使えばそのゴブリンを人間に戻せる状態にあったにもかかわらず。


第4階層で、フライナは途方に暮れていた。ドワーフの里を見つけることができなかった。そして「魔物にも遭わないし、どうやらこの迷宮は死んでしまったようですね。ドワーフ達も迷宮の崩壊に巻き込まれてしまったのでしょう」と結論付けた。「あの男、カフィを亡き者とするための攻撃が、裏目に出てしまったようです。まったく高潔なる魂の持ち主に関わるとロクなことになりません」


フライナは意気消沈していた。迷宮に来る時のワクワクした気持ちはどこかに行ってしまっていた。「策を練り直さねばなりませんね。こうなってわかりましたが、バジラ・イグニフェリオスを失ったのは、ほんとうに痛手でした……」


バジラ・イグニフェリオス。


「!」


フライナの脳裏にひらめきが訪れた。「ひらめき」などというあいまいなものは、フライナにとって唾棄すべきものであったはずだが、それに気づくにはフライナは疲れすぎていた。「バジラ・イグニフェリオスの予備施設(ハイムシュタッド)に行けば、なにか手がかりが見つかるかもしれません。バジラはあそこで何やら手の込んだ実験をしていたようですから」


フライナは第4階層を後にした。やることが見つかり、すこしだけ高揚感が復活していた。


その頃、スナとフィラは迷宮の出口にいた。フライナに会うことなく、無事に脱出できたのは、迷宮の魔核の嫌がらせのおかげだったが二人はそれを知らなかった。


二人は手をつないでいたが、迷宮を出たとたんに魔法が切れたかのようにつないでいた手を離した。

「行こう」

「はい」

といって、森を歩いた。二人が目指しているのは王城の街(クナルグスブルグ)だ。森の中には魔物がいる。スナは気配を消してやり過ごしたが、フィラは一匹ずつ丁寧に対処していた。

「こんなの、やりすごせばいいんですよ」とスナは言った。

「魔物め、我が愛刀切り裂く風(スカーヴェイプ)の餌食となれ!」

フィラは、ドワーフにもらったミスリル製の剣を試したくて仕方がないのだった。


ようやく森を抜け、王城の街(クナルグスブルグ)にたどり着いた。スナは冒険者カードをもっていたのですんなり通してもらえたが、フィラはゴブリンにされた時、すべての所持品を失っていた。ドワーフの服を着たフィラは、どう見ても不審者だった。「私は王宮指南役、聖騎士のフィラ・ウィタラートだ」と名乗ったが通してもらえなかった。「すまぬが王宮に使いを出してくれ。迎えが来るまで待たせてもらおう」とフィラは言った。「スナ殿、先に行ってくれ。世話になったな」

「では、フィラさんもお元気で」二人とも、少し頬が赤かった。迷宮の中でした、あんなことやこんなことを思い出したからである。


スナは冒険者ギルドに行く前に、婚約者であるフォートラ・ベルボッドの家に立ち寄ることにした。

「まあ、スナ!」突然自室に入ってきたスナを見て、フォートラはベッドから体を起こした。

「ただいま、フォートラ」スナは軽くキスをした。迷宮から帰ってきたばかりの服で、フォートラのネグリジェを汚したくなかった。

「思ったより早かったのね」とフォートラは言った。「まずはシャワーでも浴びてらっしゃい」

「その前に、お土産があるんだ」と言ってスナはアイテムボックスから瓶を出した。

「珍しいわね、あなたが帰って早々求めてこないなんて」とフォートラは言った。「どこかで発散してきたのかな?」

「一刻も早く、これを見せたくてね」と、何食わぬ顔でスナは言った。

スナが取り出したのは上級ポーションの瓶だった。「見てて」

スナはアイテムボックスから剣を出した。そして、いきなり自分の左腕を切り落とした。

「!」フォートラはギョッとした。自分の婚約者がおかしくなってしまったのだと思った。しかし声はあげなかった。彼女もまた、百戦錬磨の冒険者だった。

「ちょっと持ってて」と言って、スナは自分の腕を床から拾い上げ、フォートラに渡した。その腕は、まだ温かかった。

スナはフォートラが掲げた腕に自分の上腕部を合わせ、つなぎめに上級ポーションをかけた。つなぎ目が光り、傷がふさがっていった。スナは上級ポーションを口にも入れた。腕の光が収まった。スナは左腕を握ったり開いたりした。

「ね、すごいでしょ」

「ね、じゃないわよ」とフォートラは言った。「なんでこんな馬鹿な真似をしたの?」

「こうでもしないと、これからわたしがやることにびっくりすると思ったから」とスナは言った。「いるのかいないのかわからないようなわたしだけど、それくらいの気づかいはできるんだよ」

そう言ってスナは、アイテムボックスからロープを出した。フォートラを抱き上げると、ベッドから寝具を蹴り落とした。「じっとしててね」フォートラはあっという間にベッドに縛り付けられた。そしてフォートラのネグリジェの裾を臍のあたりまでまくり上げた。下着と、膝から下のない両脚が露わになった。両脚はベッドからはみ出す位置にあった。スナはフォートラの口にさるぐつわを噛ませた。

「古傷を治すにはこうするしかないんだ。痛かったらごめんね」

そう言うが早いか、スナは剣でフォートラの両脚の膝のあたりを切った。

「!!」激痛が走ったが、さるぐつわを噛まされていたので叫ぶことができなかった。

スナはフォートラの脚にタオルを当て、脚の断面に上級ポーションをかけた。傷口が光った。

「さあ、飲んで」

スナはさるぐつわを外し、フォートラに上級ポーションを飲ませた。そして──


「やった!生えてきた!」とスナが言った。フォートラは恐る恐る自分の脚を見た。膝から骨が生え、血管や筋肉が骨に沿って生まれ、皮膚で覆われていった。スナはフォートラを縛っていたロープをほどいた。

「立てる、フォートラ?」

フォートラは、ベッドから足を降ろした。スナが手を持った。そして引っ張り上げた。フォートラは立った。歩こうとしてふらつき、スナに抱きついた。

「フォートラが、歩いた!」

二人は抱き合った。そして床に落とされた寝具の上でからまりあった。


「じゃ、冒険者ギルドに行ってくるよ」とスナは言って部屋を出ていった。フォートラは服を着た。膝丈のスカートを履くのは久しぶりだった。魔物との戦いで傷だらけだったはずの脚が、すべすべになっていた。フォートラは暗くなるまで、そのすべすべの脚をなでていた。

毎日10時、16時に投稿します。

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