三十八杯め 迷宮発明者とお話ししなさい
「やあやあやあ、ぼくの内部へようこそだ」と魔核が言った。
翡翠色の巨大な鉱石にズブズブと飲み込まれ、俺たちが吐き出されたのは、管理室とでも呼ぶべき場所だった。無数のモニターパネルに迷宮内の様子や数値らしきものが映し出されていた。
「かつてはここにぼくがいたんだ。ぼく、というか、ぼくのオリジナルとなる人物、このマルメロ迷宮の創造主である天才魔導士イリヴルク・ガルドルウィタ、と言った方が正確だけどね。ぼくは彼の人格のコピーにすぎないから」
正面のモニターパネルに、緑色の髪の少年の姿が映し出され、しゃべり始めた。
「あ、これが天才魔導士イリヴルク・ガルドルウィタの姿だよ。かわいい顔してるでしょ?」
「面妖な!」と聖騎士フィラ・ウィタラートが言った。「絵がしゃべっているぞ」
「ほんとうは立体映像でも出したいところだけど、今はこれで勘弁してほしい。迷宮としてのぼくは、今、わりとたいへんな状況なんだ。瀕死と言ってもいいくらいだ。迷宮が巨大な生き物だって話は知ってるよね」
「瀕死?どういうことだ」と俺は言った。
「まず、暗殺者ちゃんのパーティが魔物をたくさん殺した」
「ぎく!」とスナが言った。この部屋のどこかにいるのだろう。
「あ、気にしなくていいよ。それは迷宮にとっては想定内のことだから。ただ、殺された分の魔物を補充するために、けっこうな魔力を消費した。そして、迷宮の天井を巨大な攻撃魔法でぶち抜かれた。これは完全に想定外だ。修復のため、ほぼ、全魔力をそっちに回している」
「白い男、フライナ・フラインヴァルグの仕業じゃな」とリベリーが言った。「妾の尻尾をちぎるような攻撃じゃった」
「きわめつけはラスボスである地龍がやられちゃったことだ。これも迷宮としては想定内なんだけど、タイミングがね……」モニターパネルの中の少年、イリヴルク・ガルドルウィタがため息をついた。「ラスボスなしの迷宮なんてありえないから、補充しないといけないんだけど、これも簡単じゃないんだ」
「地面から勝手に生えてくるんじゃないにゃ?」とロブスが言った。
「そう簡単だったらよかったんだけど、龍クラスの魔物となるとそうもいかない。幼獣から大切に育てあげてラスボスにするんだ。めったに倒されるものじゃないからね。地龍の幼獣を何匹か育てていたんだけど、あの攻撃でみんなやられちゃったんだよ」
「あの攻撃って天井ぶち抜きのことか」
「そうさ。フライナ・フラインヴァルグだっけ?あの男には文句の一つも言ってやりたいよ」パネルの中で、イリヴルク・ガルドルウィタが眉間に皺を寄せた。「そこで相談なんだけど、カフィくん。君がテイムした地龍、返してもらえないかな。迷宮としてこんなお願いをするのは、まことに遺憾なんだけど」
「いいけど死んでるぞ」と俺は言った。「テイムを解除すれば死体に戻るだけだ」
「わかってる。テイムしたままにしておいてくれると助かる」
「いいのか、それで」
「あの子に『これからも迷宮のヌシとしてしっかり働け』とか命じておいてくれると助かる」
「あいつの持ってた死の呪いはどうしたらいいんだ」
「できたらそれも返してほしいな」
俺の目からルアックが出てきて「るーたん あれ あげない」と、ぼーっとした顔で言った。
「ということなんだが」と俺は言った。
「わかった、死の呪いは諦めよう。ぼくの方で別の呪いをみつくろっておこう。それから暗殺者ちゃんにもお願いが……。あれ?どこかに行っちゃった」
「ずっとここにいますよ」とスナが言った。俺のすぐ横にいた。
「ああ、いたね。地上に戻ったら、しばらくこの迷宮には冒険者が来ないようにしてもらえないかな。なにしろ今は迷宮の体をなしてないから」
「いいですよ。いるのかいないのかわからないようなわたしですが、そのくらいのお役には立ちましょう」
「そんな安請け合いしていいのか」と俺は言った。「冒険者ギルドを動かす話だろ?」
「これでも一応、冒険者ギルドでの発言権はあります。それにもともとわたしの任務は、長いあいだ誰も足を踏み入れていなかったこの迷宮の調査です。調査結果の一端として意見を言えば通りやすいでしょう」
「話しが早くて助かるよ。甘い物でもお出ししたいところだけど、あいにく手持ちがないんだ」
「ミィは甘い物もイケる口だにゃ」とロブスが言った。「ボス、腹が減ったにゃ」
「さっきさんざん肉を食ったばかりだろ」と俺は言った。
「獣人ちゃん、円形闘技場での試合、見てたよ」とパネルの中のイリヴルク・ガルドルウィタが言った。「見事な勝利だったね、おめでとう」
「にゃはは、余裕にゃ!」とロブスが言った。「でも、どうやって見たにゃ?」
「このパネル群を見てよ。迷宮の中で起きていることは全部お見通しだよ」
「そういえば、どうして迷宮の中に円形闘技場があるんだ」と俺は言った。
「それはね、このマルメロ迷宮が、強化をテーマとした迷宮だからだ」
「強化?」
「そう。第1階層は初心者向け。ゴブリンやスライムを倒しながらレベル上げができる。第2階層ではアンデッド系の魔物への対応を学べる。第3階層では精神干渉系のスキルを使う魔物に対応することで、心を強め、仲間との絆を高められる。第4階層ではラスボスに挑む前に英気を養うことができる。第5階層では地龍を倒す力があるか試される。円形闘技場は、第5階層に挑む前の力試しの場として作られた。腕自慢たちの血沸き肉躍る戦いが繰り広げられたんだ。君たちの戦いもすばらしかった」
「たしかに俺たちもこの迷宮でだいぶスキルアップしたし、みんなの力を円形闘技場で確かめることもできたな」
「君たちは正規ルートを使わなかったけどね」
「いきなり最下層だったからな」
「そうだね。でも、この迷宮はスキルを強めるだけじゃなく、キャラも強めるんだ。最後は人間力の勝負になることが多いからね。ドワーフはもっと酒を飲むようになり、人はもっと恋をするようになる」
「だからここのドワーフ達はみんな酒飲みなのか」と俺は言った。
「妾がカフィ殿を好きなのはもともとじゃ。この迷宮の力のせいではないのじゃ」とリベリーが言った。
「ミィはボスと5回交尾したぞ!」とロブスが言った。
「おい。いらないことを言うな。強化のための迷宮と言ったな。何のための強化だ」
「人は強くなりたいものだし、そのための試練を求めるものだろ?」とモニターパネルの中のイリヴルク・ガルドルウィタが言った。「でもそれは対外用の公式説明だ。実を言うと、この迷宮の目的は、1万年前にあった戦いでの戦士育成なんだ。この迷宮には隠し機能がある」
「隠し機能だと?」
「そう。君たちがいる、この迷宮の魔核は、ドワーフの里と竜の里を結ぶ、転移装置でもあるんだ」
それまで黙って話を聞いていたドワーフの里の長、バルグリムが「なんじゃと?!」と声をあげた。「そんな話は聞いたことがない!」
「無理もない。転移装置が使われていたのはもう1万年も前の話だ」
「1万年も生きているのか。なら、この世界のどこにコーヒーがあるか知らないか」と俺は言った。
「こーひー?」
「赤い実の中の豆を煎じて飲むものだ。覚醒効果がある」
「こーひーとは、苦く、美しく、甘く、酸っぱく、尊いものなのじゃ。妾も早く飲んでみたいのじゃ」
「それが見つからないと、代わりにミィたちが飲まれちゃうにゃ」
「そんなことは言っていない」
「赤い実で覚醒効果がある……」とモニターパネルの中のイリヴルク・ガルドルウィタが言った。「だったらチタの実だね」
「違う。チタの実なら持っている」
「じゃあ降参だ。ぼくにもわからない」
「そうか。話の腰を折って悪かった。1万年も前からあったんだな、この迷宮は。転移装置は何のために作られたんだ?」
「当時、神との戦争があった」
「え?」
「それまで敵対していたヒト族、ドワーフ、龍種は手を取り合い、神に抵抗した。ドワーフは龍種に武器を提供した。ヒト族のぼく、天才魔導士イリヴルク・ガルドルウィタは戦士を育成するための迷宮を作り、竜の里とドワーフの里のあいだで人材や武器の受け渡しができるように転送装置を作った。協力したおかげで、地上民であるヒト族、ドワーフ、龍種は神を斥けることができたんだ」
「神って何だ」
「神のことはぼくにもよくわからない。竜の里の長老にでも聞いてほしい。話を続けると、神を斥けた後、しばらくのあいだはヒト族、ドワーフ、龍種の協力関係が続いた。しかし長くは続かなかった。もともとヒト族やドワーフとソリの合わない龍種ははるか遠くの地に居を構え、人々とのかかわりをもたなくなった。そして転移装置は封印された。その封印を君たちが見事に破ってくれたわけだ」
「なぜじゃ?」とリベリーが言った。「なぜ転移装置は封印されたのじゃ?」
「龍族がそう望んだ。もう互いにかかわりにならぬように、と。しかしこの願いには但し書きがあった。迷宮を攻略し、龍族の血を持つ者であれば、転移装置を使っても構わない、と」モニターパネルの中のイリヴルク・ガルドルウィタはそこにいたみんなの顔を見た。「この中では、カフィくんと龍のお姉さんにその資格がありそうだ」
「たしか、竜の里に行けば、フライナ・フラインヴァルグについて何かわかるかもしれないという話だったな」と俺は言った。
「そうじゃ。フライナ・フラインヴァルグはおそらく闇龍人じゃ。竜の里に行けば、奴を倒す手がかりが得られるかもしれん」
「俺の旅の目的はコーヒーだ」
「奴を倒さんかぎり、辿りつけんじゃろ」とリベリーが言った。「あれはまた襲ってくる」
「そうだな。……行ってみるか」
「転移装置の起動には莫大な魔力がいるんだ」とイリヴルク・ガルドルウィタが言った。「魔力はかつかつだけど、地龍を置いていくことにしてくれたからね。見返りも要求せず、ぼくのお願いを聞いてくれたカフィくんに免じて、片道分くらいなら、なんとか捻出できるよ」
「頼む。お前らはどうする」と俺は言った。「アイテムボックスに入れば連れていけると思うんだが」
「儂はここに残る」とバルグリムが言った。「里を留守にするわけにはいかんからな」
「わたしは迷宮を出て王城の街に戻ります。道案内の仕事はおしまいみたいですし、冒険者ギルドに行くというお役もいただきましたので」とスナが言った。
「そうか、世話になったな、スナ師匠」
「いえ、お世話になったのはこっちです。お宝もいっぱいもらいましたし」
「私も王城の街に戻る」とフィラが言った。そしてルアックをチラッと見た。「至高なるお方、我がお仕えすべき王のおそばにいたいのは山々だが、王宮に戻り、フライナ・フラインヴァルグの再来に備えねばならない」
「じゃ、ごいっしょしましょう」とスナが言った。「そうだ、カフィさん。フィラさんにも呪い無効と精神干渉無効を授けてくれませんか。途中の階層で呪いをもらったり、仲間同士で殺し合ったりするのは避けたいので」
「いいぞ。フィラ、手を出してくれ」
「こうか?」
「ゴブ化!」
「ぎゃー!」自分の手がゴブリンの手になったのを見て、フィラが絶叫した。「なんじゃ、こりゃ!」
「解除」
「ほっ……」フィラが安堵した。
「ゴブ化!」
「ぎゃー!」
「解除」
「ほっ……」
「ゴブ化!」
「ぎゃー!」
……
「呪い無効はこれでOKだな。次は精神干渉無効だな」
「まだ何かやるのか」フィラが怯えていた。
「手だけテイム。解除。手だけテイム。解除。手だけテイム。解除」
……
「精神干渉無効もOKだ。バルグリム、ドワーフの里に戻ったら、フィラが使う剣やら装備一式を用意しもらえるか」
「うむ」
「それから毒無効もよろしく」
「肝試しじゃな。あいわかった」
「ん?何やらわからんが、数々のご配慮、いたみいる」といってフィラが片膝をついた。ドワーフのスカートは人間にはけっこう裾が短いのだ。あまり膝をついたりしない方がいいと思う。
「上級ポーションとエリクサーも少し多めにもたせてやれ」
「わかった」
「何?上級ポーションにエリクサーだと?上級ポーションはまだしも、エリクサーなど、伝説級の薬品ではないか!」とフィラが言った。
「何言ってるにゃ。さっきお前も飲んだにゃ」
「いつだ?」
「仮死状態から目覚める時、飲ませてもらってたにゃ」
「何だと!」と言ってフィラは俺の足にすがりついた。「そんな貴重なものまで。聖騎士フィラ・ウィタラートは、どうやってカフィ殿にこのご恩を返せばいいのだ」
「離せ、大げさだな。上級ポーションもエリクサーも、わりと簡単に作れるようになったんだ。気にするな」
「……」フィラは絶句していた。そして笑い出した。「先ほどの呪いの解除といい、エリクサーの件といい、貴殿はまったく自由だな。昔、弟子に教えた言葉を思い出したよ。世界の外にある者だけが、真に自由だ。貴殿なら、フライナ・フラインヴァルグの作ろうとしている窮屈な世界の外に立ち、彼の者を打ち滅ぼすことができるだろう。期待しているぞ、勇者殿」
「俺は勇者じゃない」と俺は言った。「コーヒーが飲みたいだけの男だ」
リベリーがほほ笑んだ。ロブスも笑った。ルアックは俺の目の中に入った。俺はロブスをアイテムボックスにしまった。
「じゃあな、バルグリム、スナ師匠、フィラ。ちょっと竜の里まで行ってくる」
「達者での」
「お気をつけて、カフィさん」
「道の先でまた会おう、カフィ殿」
バルグリム、スナ、フィラの姿が消えた。そして管理室の壁に四角い穴が開いた。
「転移魔法陣はこっちだよ。龍のお姉さん、そして」とモニターパネルの中のイリヴルク・ガルドルウィタが言った。「世界を救おうとしない救世主さん」
俺はリベリーの手を取り、四角い穴に入っていった。
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