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三十七杯め フライナ・フラインヴァルグの回想②

世界のどこかにある城の居室のバルコニーに立ち、フライナ・フラインヴァルグは遠くを眺めていた。


世界は以前と比べ、より管理可能なものになっていた。しかし、自分自身が手をくだしてテイムできる者の人数には限りがあった。世界には数えきれないほどの人間がいた。


「フライナ様」そう呼ばれて振り向くと、そこに魔導士の服を着た男が立っていた。若き頃のバジラ・イグニフェリオスだった。


バジラ・イグニフェリオスが語ったのは奴隷ビジネスの話だった。フライナは天啓を受けたように感じた。奴隷ビジネスにより、世界を「搾取する者」と「搾取される者」に二分することができる。そのように分類された世界は、美しいものに思われた。「中間」という、分類不能なグレーゾーンがない世界を作りたいと思った。契約魔法による奴隷契約のおかげで、搾取する者は、「当然の権利を行使している」という物語で、罪悪感から解放される。搾取される側には「契約はあくまで自己責任」という物語を用意しよう。奴隷というラベルを貼られることで、人々は見なくていい夢を見ずに済む。


「実におもしろいですね、奴隷ビジネスというものは」とフライナは言った。「しかし非効率な面が多々見うけられます」


フライナは奴隷ビジネスをより洗練されたものに変えていった。奴隷たちは、バジラ・イグニフェリオスの開発した、微小な「雷魔法の魔石」を脊椎に埋め込まれた。契約魔法により奴隷となった者は、契約違反をすると、脊椎に仕込まれた魔石が発する電撃により、耐えがたい苦痛を味わった。そして、抗う気力を失い、労働力を提供する機械となった。人が管理可能な存在になるのはすばらしいことだった。死なない程度に痛めつけることによって、やはり人はきれいな心を取り戻すのだ、とフライナは思った。


奴隷ビジネスは、フライナに多大な富をもたらした。お金という数値がどんどん増えていくことにフライナは興奮を覚えた。「消毒済みの物語」をさらにたくさんの人に届けるためにはお金が必要だった。お金は、使えば使うほど増えていった。


あと一歩で国王も自分の手に落ちるだろう。フライナが「高潔なる魂の持ち主」に出会ったのはその頃だった。


フライナが最初に出会った「高潔なる魂の持ち主」は「小説家」だった。「小説家」は貴族の三男で、冒険小説を書くことに没頭していた。誰にも読まれるあてのない物語を、「小説家」は書き続けていた。それは、個人的で、卑小な行いだった。その姿は、フライナにはまったく理解不能だった。フライナは「ここにも整理整頓されていない人がいる」と思った。清浄な状態にしてあげたいと思い、彼に「消毒済みの物語」を提示した。

「もっとたくさんの人に読まれるような作品を書いたらどうでしょう」とフライナは提案した。「たとえば1万人の人に読まれる物語を書いたら、あなたは作家としての名声を得ることでしょう。お金と名誉が手に入りますよ」

「そういうことには興味がないのです」と「小説家」は言った。「ぼくはただ、自分が読みたい物語を書いているだけなので」


フライナには理解できなかった。「小説家」は、フライナが初めて会った「分類不能」な人物だった。


フライナはその後も手を変え品を変え、「小説家」に「消毒済みの物語」を提示したが、「小説家」はただただ、自分が読みたい冒険小説を書き続けていた。業を煮やしたフライナは、「小説家」を監禁し、死なない程度に痛めつけた。そして「小説家」の頭をつかみ、「テイム」と言った。その瞬間、崩れ落ちたのはフライナの方だった。驚いたことに、死なない程度に痛めつけたにもかかわらず、「小説家」をテイムすることができなかった。それどころ、あと少しで死んでしまうほど、生命力(HP)を削られてしまった。フライナは恐怖のあまり、「小説家」を殺してしまった。


「小説家」の死後、「小説家」の作品は広く読まれることになった。そして多くの追随者を生んだ。彼らもまた、フライナには理解不能な個人的で卑小な営みをする者たちだった。フライナは、追随者たちを監禁し、テイムしようとしたが、同じことが繰り返された。テイムできず、フライナは彼らを殺した。そして、彼らの書いていた作品が読まれ、追随者が増えた。


死体の処理は闇魔導士バジラ・イグニフェリオスに任せた。バジラ・イグニフェリオスは鑑定魔道具を使って死体を鑑定した。どの死体からも「高潔なる魂の持ち主」という鑑定結果が出た。フライナは何の冗談なのだろうと思った。個人的で卑小な趣味に走る者たちは、ただの役立たずではないのか。フライナは、少年の日に素材箱を「役に立つもの」と「役に立たないもの」の二つに分類したことを思い出した。「高潔なる魂の持ち主」は分類()()なのではなく、分類()()と考えることにした。そして、「役に立たないもの」の箱に入れて忘れてしまえばいいと思った。フライナの管理する美しい人間の世界ではなく、魔物しか住まない森に捨ててしまえばいい。こうして、フライナは「高潔なる魂の持ち主」と出会うと、闇魔導士バジラ・イグニフェリオスに頼んでゴブリンに変わる呪いをかけてもらい、ヴィアードヴァルトの森に放逐することにしたのだった。


フライナは、立ち向かってきた姫騎士や聖騎士を死なない程度に痛めつけてゴブリンに変え、ヴィアードヴァルトの森に放逐した。王家の者が持っていた「セラ・テイム」というテイムの上位互換の魔法も手に入れた。王家も掌握し、フライナの「世界を消毒済みにする」という計画は、弾みをつけて進展するはずだった。


あの者さえ、現れなければ。


王家を掌握したことにより、フライナは王家に伝わる禁忌魔法「勇者召喚」を手に入れた。闇魔導士バジラ・イグニフェリオスの弟、スネフェル・イグニフェリオスに研究させ、実行させた。


フライナにとって、大きな懸念事項があった。「龍種」の存在である。それは最強の種であり、理解不能な「混沌の王」だった。龍種は王城の街(クナルグスブルグ)から遠く隔てられた場所にいたため、フライナの視界には入っていなかった。龍とは、不要の存在であり、彼の分類の中では、「必要ないもの」の箱に入れられていた。しかし、フライナの目指す「消毒済みの世界」が拡張していけば、いずれその整った世界と龍の世界とが衝突することは明らかだった。もはや、龍種は無視しうるものではなく、排除すべき存在だった。


しかし龍種は最強の種である。一対一であれば龍さえ圧倒する力を得たフライナであったが、群れをなす龍種に対抗できるほどの実力はなかった。そして、混沌の王たる龍種には、何をしてくるかわからない怖さがあった。どうするか。


勇者である。勇者に龍種を倒させればいい。そのための勇者だ。


フライナにとって、勇者とは、不浄の象徴たる龍種を消毒してくれる存在だった。「消毒済みの世界」の部品となるべき存在だった。分類済みの役割を持つ、清浄な存在のはずだった。龍種を倒し、「消毒済みの世界」をより強固にしてくれるはずの存在だった。とりあえず隣国に攻め込ませ、腕試しをさせるつもりだった。


しかし。


あろうことか、召喚された者は、個人的で卑小な趣味の持ち主だった。勇者としての役割を担おうとせず、王の洗脳を解き、城内にいたすべての人間をテイムし、その後すぐに解除した。それによってフライナのテイムが上書きされ、無効にされた。()()()()()奴隷ビジネスの根幹であった人さらい犯罪結社、鈍色の仲買人(グレイ・ブローカーズ)を崩壊させ、闇魔導士バジラ・イグニフェリオスも倒してしまった。


その男、カフィにまみえた時、本来であれば勇者が倒すべき龍種とともにいた。


そしてゴブリンに変え、「役に立たないもの」の箱に入れたはずの姫騎士まで、人間に戻っていた。


ありえない。


死なない程度に痛めつけるだけのつもりだったが、最終的には死に至るほどの攻撃をしてしまった。しかしあの者も「高潔なる魂の持ち主」なのだろう。奴らは殺しても殺しても湧いてくる。死なない程度に痛めつけて、ゴブリンに変えて森に放逐するのが一番だったが、それをできる闇魔導士バジラ・イグニフェリオスはもういなかった。


「高潔なる魂の持ち主」である姫騎士は、「消毒済み」にするつもりだったがそれもできず、自分の城の塔の中という、精神的な視界に入る場所に置きっぱなしになっている。分類不能なものが身近にあるのは、精神衛生上、非常によろしくない。いっそ、棺桶ごと森に捨ててしまおうかとも思ったが、それはただ、敵を利する行為だった。


手詰まりだった。作戦を根本的に練り直す必要がある。


「分類不要」の箱に、いろいろ詰め込みすぎたのがいけなかったのかもしれない。「分類不要」の箱の中身を安易に増やしすぎるのは、分類者にとって、ほめられた行為ではない。箱の中のものは、忘れた頃に甦って復讐をしてくる。穴の中に汚物を押し込み蓋をして「なかったこと」にしても、穴の中で汚物は臭みを増していく。箱の中をきれいに浄化した方がよいのかもしれない。ならば先手を打つのもありだ。


いっそ、ドワーフどもと手を組むか。フライナはそんなことも考えた。奴隷ビジネスをする中で、ドワーフも誘拐対象だった。しかし迷宮内に巣食うドワーフが、組織的に反抗してきたのだ。ドワーフの里は、「高潔なる魂の持ち主」の巣窟だった。彼らは好き勝手に生きていた。ヴィアードヴァルトの森の中に迷宮があることを奇貨として、フライナはドワーフには手を出さないことにした。分類不要のカテゴリーに入れ、忘れることにしたのだった。


ヴィアードヴァルトの森に放逐した聖騎士のことを思い出した。フィラ・ウィタラートとか言ったか、あの聖騎士は姫騎士の剣や魔法の師だったはずだ。セラ・テイムを使えるようになった今なら、言うことを聞かすことができるかもしれない。姫騎士には効かなかったが、すべての「高潔なる魂の持ち主」にセラ・テイムが効かないと決まったわけではない。聖騎士をうまく使えば、姫騎士に言うことを聞かすこともできるだろう。あの聖騎士は天才軍師と呼ばれていた。自分の片腕になってくれるだろう。今はゴブリンになっているが、王宮の宝物庫で見つけた解呪の指輪を持っていこう。


ついでにドワーフどもの様子も見てこよう。


ヴィアードヴァルトの森や、そこにある迷宮という「分類不要な、役に立たないものを入れておく箱」の中に飛び込み、箱の中を浄化する、というのはフライナにとって、新しい挑戦だった。それは、少なからず、生命力(HP)を失って意気消沈していたフライナの心をかきたてた。


ぱちん、と音をさせ、父ハルヴァルドと母ミルドリンの写し絵の入ったロケットの蓋を、フライナ・フラインヴァルグは閉じた。テーブルの上に、占い用のカードがあった。母の遺品だった。占い等信じないフライナだったが、何気なく、一番上の一枚をめくった。そのカードにはジョーカーの絵が描かれており、「闇に封印せし者は忘却を拒絶する」という言葉が書かれていた。フライナはカードを元に戻した。


椅子から立ち上がり、居室のドアを開いた。


小雨が降る、薄曇りの日だった。窓の外で雷が光り、うす暗い部屋を照らし出した。


雷鳴が響き、大粒の雨が降り出した。空は、にわかに分厚い雲に覆われていった。

毎日10時、16時に投稿します。

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