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三十四杯め 聖騎士に出会いなさい

ゴブリンの集落の一番奥に、その小屋はあった。

「こちらです」といってフラペチーノが入り口のよしずを上げた。中にむしろが敷いてあり、小柄なゴブリンが仰向けになって寝ていた。あまり動かさない方がいいかとも思ったが、小屋が小さく、中に入れなかったためフラペチーノに頼んでそのゴブリンをむしろごと外に出してもらった。

俺はそのゴブリンを観察した。唇は乾き、痩せ細っていた。まずは体力の回復が必要そうだった。

「ロブス、エリクサーを」

ロブスが革ベルトからエリクサーの瓶を取り、蓋を開け、ゴブリンの口に液体を流し込んだ。ゴブリンの体が薄い光で包まれ、ゴブリンはうっすらと目を開けた。

「聞こえるか」と俺が言うと、ゴブリンはかすかにうなずいた。「俺はカフィ。ゴブリン化の呪いを解く力を持っている」

それを聞き、ゴブリンの目に、意志の渦が生じた。

「……呪いを、解く?」しわがれた声だった。

「ああ」

「この呪いは死ぬまで解けない。そう教わった」

「実例もいるぞ」と言って俺はリベリーを抱き寄せた。「闇魔導士バジラ・イグニフェリオスにゴブリンにされたが、こうして元に戻った」

「バジラ・イグニフェリオスだと?」ゴブリンの声に力がこもった。「あやつの名が出るということは、ゴブリンにされたというのも本当なのだろう。信じてよいのか?」

「ああ。何なら証拠を見せてやろうか」

俺はアイテムボックスから岩狸(ロックラクーン)を出した。さんざん実験に使ってしまったのとは別の個体だ。あのかわいそうな奴は呪い無効を取得してしまったので、もう使えないのだ。

俺は岩狸(ロックラクーン)をテイムし、ゴブ化した。

「なんと、タヌキがゴブリンに」

「じゃ、戻すぞ。解除!」俺はステータス画面を開き、ゴブ化したタヌキの説明欄にあった[状態異常:呪い]をゴミ箱に捨てた。ゴブリンがタヌキに戻った。

「おお!死なずとも解ける呪いだったのか!私は人間に戻れるのか!」

「ああ、だが人間に戻すには、あんたを一度テイムしなければならない。すぐにテイムも解除するがな」

「……テイムされるのはイヤだ。人が人を強制的に従えるなど、あってはならんことだ」

「そうか。テイムされずにゴブリンとして一生を終えるか、テイムされて人間に戻るか、お前の選択次第だ」

「すまん。理想を語っている場合ではなかった。私はどうあっても人間に戻りたい」

「よし。では、テイムを受け容れる印として頭を下げてくれるか」

フラペチーノが手を貸し、ゴブリンはむしろから起き上がり、俺に向かって頭を下げた。

「テイム」

ゴブリンの体が光った。俺はステータス画面を開け「状態異常:呪い」をゴミ箱に入れた。ゴブリンの体が光り、人間になった。俺はテイムを解除した。そこにいたのは20代後半の女だった。裸だった。白い肌が目に刺さった。俺は後ろを向いた。俺が旅を続けているのは女の裸を見るためではなく、コーヒーを飲むためなのだ。俺はアイテムボックスから毒噛蜘蛛(アイトビト・スピナ)を出した。「蜘蛛よ、お前の糸でこいつの肌を隠せ」

しゅるしゅるしゅる、と糸の音がした。

「すまん。いらぬ手間をかけたな」と女が言った。振り向くと、胸から太腿のあたりまで、白い糸で覆われていた。肩と太腿があらわになったその姿は、バブル期のボディコンのようだった。女は片膝をつき、胸に手を当てて言った。ノーパン・ミニスカで片膝をつくのはやめた方がいいと思う。

「私はフィラ・ウィタラート、王宮で剣術指南をしていた者だ。訳あって闇魔導士バジラ・イグニフェリオスにゴブリンにされ、この地で生き恥をさらしていた。人間に戻していただき、心よりの御礼を申しあげる」

「お前、だいじなところが丸見えにゃ」とロブスが言った。それを聞いて、フィラは「ゴブリンでもパンツくらいは履いている」と言った。

「履いてないにゃ」

「ん?」フィラは蜘蛛の糸でできたミニスカートをまくり、中を確認した。「これは失礼した。履いていなかった」

「パンツ履いてるか履いてないかくらい気づけにゃ」

「気にしないでほしい。誤差の範囲内だ」とフィラは言った。

「パンツの有無を誤差というのはおおざっぱすぎるだろ。これでも羽織っておけ」俺はアイテムボックスから野宿用の敷き布を出してフィラに渡した。フィラは「かたじけない」と言って、それをポンチョのように肩にかけた。

「カフィ殿はうぶじゃのう」とリベリーが言った。「もはや女の裸なぞ、見慣れておろうに」

「そうだにゃ」とロブスも言った。「ミィは5回交尾したぞ」

「おい」

「にぎやかでよいことだ。カフィ殿はさぞ高名な魔導士なのであろう。寡聞にしてご尊名を存じなかったが、どこのご出身だ?」とフィラが言った。

「異世界だ」

「異世界?」

「異世界じゃと?」リベリーが言った。「初耳じゃの」

「ああ、聞かれなかったし、初めて言ったからな。俺はコーヒーが飲めればそれでいい。どこから来たかなど関係ない」

「まさか、禁忌である召喚魔法で召喚されたというのか」とフィラが言った。「バジラ・イグニフェリオスの弟、スネフェル・イグニフェリオスの仕業だな。……は!ということはカフィ殿は勇者なのか」

「違う」と俺は言った。「俺は勇者などではない」

「カフィ殿は、世界を救おうとしない救世主なのじゃ」とリベリーが誇らしげに言った。「そして我が愛しの(つま)じゃ」

「ミィはボスのペットにゃ。ペットの座は渡さないにゃ」

しかし、フィラは「伝説の勇者であれば解呪くらいできて当たり前か……」とつぶやいていた。そして「そうだ、闇魔導士バジラ・イグニフェリオスはどうなった?あの生ける厄災は?」

「ミィたちが倒してゴブリンにしてやったにゃ!」とロブスが言った。「ヴィアードヴァルトの森に放し飼いにしたにゃ。運がよければまだ生きてるし、運が悪けりゃ野垂れ死んでるにゃ」

「闇魔導士バジラ・イグニフェリオスを、ゴブリンにしてやった、だと?」フィラの肩が震えはじめた。「くっくっく、はっはっは、これは傑作だ!あの愚劣な男にはふさわしい末路だ!」

「俺たちはバジラ・イグニフェリオスには勝ったんだが、そいつの上司のフライナ・フラインヴァルグという奴にやられてこの迷宮に落ちてきたんだ」

「フライナ・フラインヴァルグのことはよく知っている。奴も王宮に出入りをしていたし、何度か個人的に話をしたこともある」

「ミィたちをひどい目に遭わせて、とんでもない野郎にゃ」

「妾の尻尾は奴の攻撃で千切れてしまったのじゃ」

「極悪非道な男っぽかったな」

「はて」とフィラが言った。「たしかに貴族や国を操るような非道の男だった。しかし私の印象では極悪ではない。ある意味純粋な、善意の人間だった」

「フライナ・フラインヴァルグが純粋な善意の人間だと?」と俺は言った。「にわかには信じられんな」

「ああ、あの男の話をするのは難しい。捕まえようとすれば手から逃げていく、タンポポの綿毛のような、捉えどころのない男だった。私が初めて会ったのは……」


そこまで言った時、フィラの腹が「ぐー」と鳴った。フィラの顔が真っ赤になった。

「ずっと仮死状態だったのじゃ。無理もなかろう」とリベリーが言った。

「メシにするにゃ!」とロブスが言った。

「そうだな、ドワーフの里に戻るか」

「ここで食べればいいにゃ!」

「ここで?まあ、それもありだな。よし、久しぶりに肉を焼くか」

「やったにゃ!」


俺は魔導コンロを出し、ゴブリンたちが解体してくれた肉を焼き始めた。

「フラペチーノ、作業に出ているゴブリンたちも呼んでやれ」

「了解です、マスター」


こうして即席のバーベキュー大会が始まった。定番となっている白猪(ホワイトボア)赤角鹿(レッドホーンディア) に加え、髭槌牛(ベアドハンマーブル)の肉も焼いた。丁寧に下処理がしてあり、どの肉もうまかった。


フィラが恐る恐る肉を口に入れた。「!」目が輝き、どんどん肉を平らげていった。食べ方は上品だったが、咀嚼スピードが尋常ならざる速さだった。


リベリーとロブスもしあわせそうに肉を食っていた。バルグリムが「うまい!酒が欲しいぞい」と言った。


ゴブリンたちもむしゃむしゃと肉を食っていた。食うごとに体が光っていた。すくすく進化してほしい。


「フラペチーノ、火魔法を使えるゴブリンはいるか?」

「はい、何匹か」

「料理を教えておこう」

「ゴブリンにできるでしょうか」

「塩を付けて焼くだけだ。それだけで、魔力や栄養の吸収がばつぐんによくなる」


石を積ませて簡易コンロを作り、火をおこさせ、平たい石の上に肉を載せて焼かせてみた。

「マスター!すばらしいです!」とフラペチーノがその肉を食って感激していた。

「バルグリム、こいつらが使えるように、焼き肉用の網を手配してもらえるか」

「応。しかし酒が欲しい」

「我慢しろよ」

(ぱぱ うすいおさけだったら るーたん ここでも つくれるの)俺の目の中でルアックが言った。

ゴブリンに命じて大きな鍋で皮をむいたイモを煮て、すりつぶさせた。リベリーが風魔法で冷ました。俺の目からルアックが出てきた。ぼーっとした表情をしていた。

「われは れいす ふはいのおう。麹さんたち おいものでんぷんを あまみに かえて。酵母さんたち おいものあまみ ぜんぶ 酒精にして 雑菌さんたちはぜんぶ ころして」

空気中に漂う麹菌と酵母が鍋の中に入っていった。鍋がうっすらと輝いた。

「おさけ できた」

鍋の中にあったのは、白濁した、イモのどぶろくだった。えもいわれない、甘い香りが漂っていた。

「味見じゃ」と言ってバルグリムがコップに入ったイモどぶろくを飲んだ。「うまーい!」と言ってがぶがぶ飲み始めた。

「妾も飲んでみようぞ」と言ってリベリーも飲み始めた。「酒精が薄いが、いけるのー」


フィラは、夢中になって肉を食っていた。ふと、顔をあげ、すぐそこに古代中国の女帝が着るような服を着た幼女がふわふわと浮いているのを見て顔色を変えた。

「この気配は……死霊王(レイス)だと?バカな、こんな森の中に!」

「フィラ、その子は……」

フィラはフォークを置くと、「こいつは死霊王(レイス)という恐ろしい魔物だ!命を吸われるぞ!皆、私の後ろへ!」と叫んだ。そして「我が聖騎士魔法を食らうがよい。神聖なる神よ、我にその力を貸したまえ、浄化(ヴィヒーナ)!」

フィラの手から白い光がほとばしり、ルアックに向かって飛んだ。

ルアックの鏡防返呪(シュピーゲルヴェンド)が展開され、白い光を跳ね返した。その光はフィラの胸を直撃した。

「ぐはっ!なんだこれは!気持ちがいい!私の中の偏見、醜い思い、偽善、優越感が消えていく……」

鏡防返呪(シュピーゲルヴェンド)は浄化魔法も弾き返せるんじゃの」とリベリーが言った。

「ぞんびとか れいすになるまえから ふつーのへびだったころからもってたから」とルアックがぼーっとした顔で言った。

「フィラ、この子はうちの娘なんだ。浄化しないでくれるか」と俺は言った。

自分の世界で陶酔していたフィラは、「はっ」として、ルアックを見て、「たいへん失礼した。今、私の目の曇りはぬぐいさられた。この方こそ至高なるお方、我がお仕えすべき王」と言って片膝を立てた。ノーパン・ミニスカでやってはいけないポーズだ。

「るーたん このひと こわい」

そう言ってルアックは俺の目の中に入っていった。


このようにして、俺たちは聖騎士フィラ・ウィタラートと出会った。

毎日10時、16時に投稿します。

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