三十三杯め 反省会をしなさい
翌朝、目が覚めるとロブスはまだ寝ていた。
俺は部屋を出て、リベリーのいる部屋のドアをノックした。
「俺だ。リベリー、いるか?」
ドアが開いた。リベリーが少しだけ顔を出して「どうぞ」と言った。俺は部屋に入った。そしてリベリーと向き合う形で座った。
「どうした、その格好は?」と俺は言った。
リベリーは猫耳を付けていた。
「下剋上されたのじゃ。妾はペット枠じゃ」
「そんな枠はない」と俺は言った。「身体の調子はどうだ?」
「少し疲れておるが、心配ないのじゃ」
「目が腫れてるぞ」
「……泣けてきての」
「……」
「嫉妬しているわけではない。竜の里では第2夫人、第3夫人がいるのは当たり前じゃ。みんな仲良ぅしとった。カフィ殿がロブスも妻にしたいというなら反対はせん。じゃがな」リベリーは横を向いて言った。「カフィ殿が妾のいないところでロブスと抱き合っているのかと思ったら、泣けてきての。……いかん、また泣けてきた」
俺はリベリーを抱き寄せた。
「さみしいのじゃ。カフィ殿が、妾の知らない場所にいて、他の女を抱いていると思うと、妾の場所が狭くなるような、空気がすっと薄くなるような、地面がなくなってしまうような、そんな気がしてしまうのじゃ」
リベリーの肩は細かく震えていた。
「……コーヒーを飲むコツは、考えずに味わうことだ」と俺は言った。「何も考えず、鼻腔と、舌と、喉と、体全体で味わうことだ」
「なんじゃ、それは。なぞかけか?」と言ってリベリーは少し笑って涙を指でぬぐった。そして、俺の背中に手を回し、俺をぎゅっと抱きしめた。
「ふふ、温かいのじゃ。……そうじゃな。今、ここでこうしてカフィ殿といっしょにいることを楽しむとするかの。いない時のことをあれこれ考えるのではなく」
リベリーが頭を俺の胸にあずけてきた。俺はリベリーをしっかりと抱きしめた。リベリーが上を向き「おはようのちゅーがまだじゃったな」と言って俺にキスをした。俺はキスをしながら左手でリベリーの腰を抱き、右手で胸を触った。その手をそっと押し戻し、「お日様はもう昇っておるのじゃぞ」とリベリーは言った。
「迷宮内の、人工的な昼夜だけどな」
「……でも、ちょっとだけならいいのじゃ」
俺はリベリーの首筋にキスをした。
「ちょっとだけじゃぞ?」
そう言って、リベリーは帯をしゅるしゅるとほどいた。
「あの……」
「うわ、スナ師匠」
リベリーが慌てて帯を締めなおした。
「いるのかいないのかわからないようなわたしですが、そういうことをするのはわたしがいなくなってからにしてください」
「いつからいたんだ」
「ついさっき。リベリーさん、朝ご飯食べないかな、と思って呼びに来たんです」
「そうか、俺たちもすぐ行く」
「ごゆっくり」
俺とリベリーは20分くらい経ってから、1階の食堂に下りていった。食堂にはロブスとルアックもいた。ルアックはぼーっとしていた。
「交尾の匂いがするにゃ」とロブスが言った。「ミィもボスと5回交尾したにゃ!」
「おい、あんまりそういう話をするな」
俺はリベリーを見た。気にしている様子はなく、涼しい顔をしていた。
「全部ミィの負けだったにゃ。……その耳はどうしたにゃ?」
「ドワーフに作ってもらったのじゃ」とリベリーが言った。「これを付けているとカフィ殿がたいそうお喜びになるのじゃ」
「にゃ!」とロブスが毛を逆立てた。「だめにゃ!ペット枠はミィのものにゃ!」そしてリベリーの頭に手を伸ばして猫耳を取ろうとした。目にも留まらぬ攻防があり、最後はリベリーがロブスの両腕をがっしりと掴んだ。
「妾の方が実力はだんぜん上なのに、こんな虎猫に負けてカフィ殿を寝取られてしまうとは……」とリベリーは言った。「くやしいのじゃ」
「負けは負けにゃ」
「カフィ殿のあいてむぼっくすを使うなど卑怯な手を使いおって」
「戦いに卑怯もへったくれもないにゃ。使えるもんは何だって使うにゃ。ミィだってルアックに死の呪いをかけられたにゃ。ミィのが反則なら、あれも反則にゃ」
「ぐぬぬ」
二人が力比べをやめないので、おれはリベリーの頭からひょいと猫耳を取ってアイテムボックスにしまった。
「これは預かっておく」
「あ、ひどいのじゃ」
「破壊力がありすぎるからな。こういう武器はいざという時に取っておけ」
それを聞いてリベリーの顔がぱあっと明るくなった。
「それを付けている妾が好きなんじゃな!」
「……そんなことより昨日の戦いだが」
「そんなこととはなんじゃ!」
「お前ら、拳で語り合うとか言っていたな。実際に戦ってみてどうだった?何かわかったか」
「リベリーの魔力量は反則にゃ。まともにやりあったら勝てないにゃ」
「ルアックとは直接やりあっておらんが、ロブスとの戦いを見る限り、思った以上にいろいろな技があったのじゃ。戦いに慣れておったの」
「るーたん ろぶねえに まけちった たましいをなぐれるとか すごすぎ」
「解説のカフィ殿はどう思ったのじゃ?」
「俺の意見は別にいいだろ」
「聞かせてほしいのじゃ」
「リベリー、俺がお前だったら、ロブスに場外に逃げるチャンスなど与えず、問答無用で氷漬けにしていただろう。いくらロブスがあの氷を溶かそうとしても、お前なら溶けるそばから氷を強化できるだろう。3分もそれを続けていれば、いくらロブスでも呼吸ができず、アウトになっていたはずだ」
「でも、そんなことをしてもロブスはあいてむぼっくすに飛ぶ技があるじゃろ」
「いや、ムリにゃ」とロブスが言った。「あの氷には魔力が込められていたにゃ。あれだけ分厚い氷の壁があったら、あいてむぼっくすにも入れないにゃ」
「お前はどうやってアイテムボックスに入ったんだ?」
「氷が落ちてくる直前にフィールドの端まで全力疾走したにゃ。最短距離でボスのあいてむぼっくすに飛び込んだにゃ」
「後で思ったんだが、亜空間にあるアイテムボックスに入った時点で場外という解釈もできた。物言いがついてもおかしくなかった」
「……それにゃ」
「自分でもわかってたのか。だからそんなにしおらしいんだな。勝ったくせに、勝ち誇ったような顔をしてないからおかしいと思っていたんだ」
「にゃはは……」
「ついでだから言うがロブス、第1戦でエリクサーを有効に使えば、もっと有利に戦いを進められただろう」
「回復に使ったにゃ」
「相手はアンデッド系の魔物だ。ポーションがダメージになる。たとえば口に含んだエリクサーを霧状に噴き出すとかすれば、かなり相手にとっては嫌な攻撃になったんじゃないか。お前ならそれくらいの奇策を使ってくると思ったがな」
「えげつないことを考えるにゃ。ボスは凶悪にゃ」
「それからルアック」
「はい ぱぱ」と言って、ルアックは俺の膝に乗ってきた。
「ん?重みを感じるぞ」
「るーたん じったいかできるの すごい?」
「実体化?すごいな」
「えへへ るーたんも ぱぱのおよめさんになるの」
「……」
「だからからだがひつようなの」
「……スナ師匠、いるか」
「さっきからここに」
「あの戦い、もしルアックが勝っていたらどうなっていたんだ」
「どう、とは?」
「賞品は、その、俺だったんだろ?」
「ああ、問題ないじゃないですか」
「いや、あるだろ。俺のことをパパと呼ぶ幼女と同じベッドで一夜を過ごすとか」
「血縁関係はないんでしょ?相手は何百年も生きている魔物ですよ?何の問題が?」
「いや、絵面的にというか」
「意外に気にしいですね。それより、ルアックさんに何かアドバイスがあったのでは?」
「ああ、そうだった。お前は見えざる指の使い方に改善の余地ありだ。あれはお前が大蛇の時に使っていた力だろう。どうやって使っていたんだ?」
「るーたん てきを ぐるぐるまきにしてた」
「それだ。第1戦で、ロブスをあの見えない蛇の力で締め上げて、体中の骨を折ってやればよかったんだ」
「ひぃ!」とロブスが言った。
「そうすればポーションも使えなくなるし、動きを止めることができたはずだ」
「わかった つぎは そうする」そう言ったルアックの重みが、だんだんとなくなっていった。
「どうした?」
「じったいかはつかれる」そう言ってルアックは俺の目に戻っていった。
「しかしカフィ殿」と、黙々と朝食を食べ、ナフキンで口を拭き終わったリベリーが言った。「昨日の解説を聞いていた時から感じていたのじゃが、おぬし、軍師でもないのに妾たちの戦いによくぞそこまで指南ができるの」
「余計なお世話だったか?」
「そうではないのじゃ。妾たちの能力や戦い方をよく理解してくれているのがうれしいのじゃ。妾たちのことが、なぜわかるのじゃ?」
「そうだな。……コーヒー豆は、豆によって個性が異なる。豆の個性によって焙煎の仕方を変え、粉の挽き方を変え、湯温を変え、抽出時間を変える。どうやったらおいしいコーヒーになるのか、たくさん考えて、たくさん試すことが必要なんだ。俺はずっとそういう訓練をしてきた。だからじゃないかな」
「ほんとうにこーひーが好きなんじゃな」
「せっかくいい豆と出会えたんだ。うまいコーヒーに仕上げたいじゃないか」
「にゃ?」ロブスが不安そうな顔をした。「ミィたち、いつかボスにこーひーにされて飲まれるのか?」
「そんなわけがあるか。もののたとえだ」
「安心したにゃ」ロブスはホッとした表情を浮かべた。
「お前たちはもっと強くなれる」と俺は言った。「強くなってくれ」
「くく、望むところじゃ」
「ミィも最強のペットを目指すにゃ!」
「そうだ、それでいい。お前らは俺の駒だ。俺をコーヒーのもとに連れていけ」
「ボスが悪ぶってるにゃ」とロブスが言った。「不器用な愛情表現にゃ」
「不器用とかいうな」
「ミィは何を言っても許されるにゃ。ペットだから」そう言って、ロブスはぴょんと俺の膝の上に乗った。そして「パンくずがついてるにゃ」と言って、おれの唇をぺろっとなめた。
「あ、こら、ロブス!」とリベリーが叫んだ。「しつけが必要なようじゃな!」ロブスとリベリーは、俺の膝の上で領土争いを始めた。
そこにバルグリムがやってきた。「なんじゃ、朝っぱらからイチャつきおってからに」俺の両ひざにリベリーとロブスが乗っていた。「早速じゃが、頼みがある。ついてきてくれるか」
バルグリムに先導され、俺たちが向かった先は、円形闘技場だった。入り口で、ゴブリンたちをまとめているフラペチーノに出迎えられた。フラペチーノには、ドワーフ達の調査に協力するように命じてあった。
「長年この迷宮に住んでいる儂らでさえ、この円形闘技場の存在を知らなかった。昨日の戦いの後、儂らはゴブリンたちに手伝ってもらい、この円形闘技場を調べた。そして見つけたのじゃ」
俺たちは円形闘技場の控えの間に入った。そこは、地龍であるラテが入っても余裕なほどの大きさだった。そこにそれはあった。
「オリハルコン製の兜じゃ」とバルグリムが言った。控えの間の片隅にそれは置いてあった。西洋の甲冑の鉄兜のような形をして、頭頂部にトサカのような突起があった。そしてそれは巨大だった。
「地龍用と推測しておる。付けてみてはもらえまいか」
俺はアイテムボックスからラテを出した。
「ルアック、おつかれのところすまないが、お仕事だ」
ルアックが俺の目から出てきた。
「なーに ぱぱ」
「お前の見えざる指で、あの兜をラテにかぶせてやってほしい」
「うん いいよ」
ルアックが巨大な兜の前に立ち、手をかざした。見えない手が、ふわりと兜を持ち上げた。そして、その兜は、まるであつらえたかのようにラテの頭部に収まった。顎紐があった。
「ラテ、ちょっとかがんでくれるか」
俺は顎紐のベルトをちょうどいい位置に調整した。
濃鉄色の兜をかぶったティラノサウルスは、より凶暴に見えた。
「思った通りじゃ。これならあれを砕けるかもしれん」とバルグリムは言った。
フラペチーノが近寄ってきた。
「マスター、少々よろしいでしょうか」
「どうした、フラペチーノ」
「ドワーフたちに聞いたのですが、マスターにはゴブリン化の呪いを解く力がおありだとか。ほんとうでしょうか」
「ああ」
「そうですか。……実は、ゴブリンの集落に、ずっと仮死状態になっているゴブリンがいるのです」
「仮死状態?」
「はい。1年ほど前、この森で倒れているのを見つけ、保護していました。介抱すると元気になり、ゴブリンとして暮らしていたのですが、ある日、頭を抱えて気絶してしまいました。目覚めた時、人間の言葉を話し始めました。何を言っているかさっぱりわかりませんでした。我々と意思の疎通ができないことがわかると、突如心を閉ざし、仮死状態になってしまったのです」
「人間の言葉を話したのか」
「はい。おそらくゴブリン化の呪いをかけられてゴブリンになった人間ではないかと推測します」
「会ってみよう。バルグリム、あんたはどうする」
「儂も行くぞい」
フラペチーノに案内され、俺たちはゴブリンの集落に向かった。
毎日10時、16時に投稿します。




