三十二杯め 3回戦に進みなさい
えっちな場面があります。苦手な方はご注意ください。
迷宮内なのに空と森林が広がる第4階層の別名は「憩いの層」である。その中央にある円形闘技場は、「憩い」という牧歌的な響きとは無縁の、異様な興奮と喧騒に包まれていた。
これから始まる第2回戦、ロブスとリベリーの戦いを控え、観客席の興奮は最高潮に達していた。
「観衆のどよめきで、この巨大な円形闘技場が震えているかのようです。解説のカフィさん、第2戦の注目ポイントは、どんなところになるでしょうか」と、実況役のスナが言った。
「実力的には、完全にリベリー選手が格上です。魔力量、攻撃力、防御力、どれをとってもリベリー選手が上回っています。加えて、ロブス選手には、折檻の恐怖を植え付けられていますので、精神面でもロブス選手が圧倒的に不利です」
「なるほど。リベリー選手に死角なし、と」
「ええ。ですが、リベリー選手は、フライナ・フラインヴァルグとの一戦で尻尾が千切れるほどの深手を負いました。また俺に血を分け与えたこともあり、そのあたりの影響が不安材料ではあります。さらに……」
「さらに?」
「龍種に進化して日が浅いこともあり、その力を活かしきれる戦い方を身につけていないような気がします」
「そういったリベリー選手に対して、ロブス選手はどういう戦いを展開するでしょうか」
「普通に考えれば奇襲攻撃を中心とした短期戦でしょうね。ポーションを活用した長期戦という選択肢もあり得ますが、圧倒的な魔力量を持つリベリー選手を相手に、その選択は取りづらいところです」
「わっかりました。では選手入場です」
さっき出場したロブスは一度、控室に引っ込んでいた。
「赤コーナー、体重154パウンド、虎猫狂戦士にして心臓破り、ポーションベルトを持ち歩き、魂を打ち砕く女、ロブス選手ぅぅぅっ!」
ロブスはさっそうと円形闘技場のフィールドにその姿を現した。
「青コーナー、体重106パウンド、酒豪バトルのディフェンディングチャンピオン、鬼より怖い折檻ママ、救世主カフィの妻、リベリー選手ぅぅぅっ!」
リベリーは、しゃなり、しゃなりと優雅に登場した。ちなみに飛竜の赤ちゃん、エスプレッソは俺のアイテムボックスにあずかっている。
観客が総立ちになり、声をあげた。
ロブスとリベリーが円形闘技場の真ん中で向き合った。
「手前ぇら、目の球かっぽじってよく見やがれ!3、2、1、試合開始!」とスナが叫んだ。
カーン、とゴングが鳴った。と同時にリベリーが翼を広げ、飛びあがった。そして、「氷瀑魔法、重」と言った。次の瞬間、円形闘技場のフィールドと同じ広さで、厚さが20メートルくらいの氷の塊がリベリーの足元、つまりロブスの頭上に出現した。
「この氷の重さは25万トンじゃ。フィールドの形とそっくり同じに作ってある。虎猫よ、場外に逃げ、自ら負けを認めるがよい。さすれば命は助けてやろう」
圧倒的な量の氷を見上げ、ロブスはガタガタと震えていた。氷は少しずつ降下していた。
「これは……どういう攻撃でしょうか」
「フィールドと同じ形にあれだけの量の氷を生成するとは、とてもつもない魔力量です。ロブス選手に逃げ場はありません。あれだけの氷を落とされれば、ひとたまりもなくぺしゃんこでしょう」
「リベリー選手、初手から王者の風格を示した、というところですね」
リベリーは氷の上に立ち余裕の笑みを浮かべていた。「ほれ、早ぅ降参せい」
ロブスは、しかし、自分の真上にある氷を攻撃し始めた。「うりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃっ!」
爆烈魔法が氷に食い込み、爆発させ、えぐっていった。しかしえぐられるそばから氷は再生していった。
「わからん奴じゃな。無駄じゃ」
巨大な氷は、ロブスの頭のすぐ上にまで降下していた。
「ミィが折檻恐怖から抜け出すには、これしかないんにゃ!」ロブスは氷への攻撃をやめなかった。「うりゃっ、うりゃっ!」
「キリがないの。では一瞬で終わらせてやるから覚悟せい。なに、すぐに生き返らせてやる」リベリーは翼を広げ、氷の上に手をかざし、「氷瀑魔法、墜!」
巨大な氷が、ずん!とフィールドに落ちた。
円形闘技場が静まり返った。観客席でドワーフ達が目を見開いていた。あの氷を食らって、ロブスが生きていられるわけがない。誰もがそう思った。しかし。
人々が見たのは、リベリーの背にミスリル製の剣が突き立てられ、その腹から飛び出している光景だった。
「これは!何が起きたのでしょうか!」
「ロブスは俺のアイテムボックスの中に飛び込み、アイテムボックスの中にしまってあった剣を取り、リベリーの背後から突き出した、ということなんでしょうが、信じられません。闘技場の真ん中からこの解説席まで100メートルは離れています。その距離があってなお、アイテムボックスを利用できたというのでしょうか。驚きです」
リベリーは、氷の上で震えていた。「……まだじゃ」と言って、自分の腹から突き出た剣を握ると、冷気でその剣を粉々にしてしまった。
「剣はもう一本あるにゃ!」という声がした。リベリーがつられて後ろを振り向いた時、ロブスの爪がリベリーの前からリベリーの胸を貫いた。
「がっ!」リベリーの口から血が噴き出した。
「龍の血!もったいにゃい!」ロブスがアイテムボックスから飛び出して、リベリーの口に吸い付いた。右手はリベリーの胸に埋まったままだった。
リベリーの唇に吸い付き、なめ回すロブスの顔が大写しになった。「えっちじゃー」と言って、観客席にいたドワーフの長、バルグリムは鼻血を出した。
リベリーは動けず、腕がだらんと下に垂れていた。巨大な氷が消え、その上に立っていたロブスは、右手をリベリーの胸から抜き、リベリーを抱きかかえて着地した。
「そこまで!」と俺は叫んだ。そして「エリクサーだ、ロブス!」と叫んだ。
「もうやってあるにゃ」と言って、ロブスは空の瓶を示した。ロブスはリベリーの着物の胸を広げ、胸についた血を舐めていた。その様子も掲示板に大映しになり、ドワーフ達は二人の艶めかしい様子に目を丸くしていた。
「勝者、ロブス!」と俺は声をあげた。
円形闘技場が大歓声に包まれた。
リベリーがロブスの腕の中で薄目を開けた。その目に涙が浮かんでいた。「くやしい……のじゃ」
「油断大敵にゃ」とロブスが言った。「これで折檻も怖くないにゃ」
リベリーは担架に乗せられ、ゴブリン達に連れられていった。入れ替わりにゴブリンたちがフィールドの中央に舞台を設置した。
「では、大番狂わせを演じた、ロブス選手にインタビューです!」とスナが言った。俺もその横にいた。ロブスが舞台に上がってきた。
「ロブス選手、おめでとうございます!」
「ありがとにゃ」
「ファンの皆さんに、何かひとことお願いします」
「応援してくださる皆さんのおかげにゃ」
「ずばり、勝因は何でしたか?」
「がんばったことにゃ」
「この喜びを誰に伝えたいですか?」
「死んだ母ちゃんにゃ。あ、母ちゃんがスナの婚約者に殺されたっていう話は内緒にゃ」
「……失礼しました。一瞬、絶句してしまいました。えー、では最後に一言お願いします」
「これからもよろしくにゃ!」
ロブスが手を振ると、観客席から大きな拍手が沸き起こった。
「では続いて賞品の授与です。カフィさん、お願いします」
「えーと何をすればいいのかな」と俺が言うと、スナは俺の手首にピンクのリボンを結んだ。そしてロブスの方に押し出した。
「賞品はカフィさんへの挑戦権です」
「えー、嘘でしょ。バトルなんて無理だよ、俺には」
「本当です。次なる戦いの場は……」と言って、スナは言葉を切った。観客席も静まり返っていた。
「ベッドの中!迎賓館の『初夜の間』です!」
* * * * *
第2回戦の後、本来はリベリーとルアックによる3位決定戦が行われるはずだったが、両者戦闘不能ということになり、お流れになった。俺たちはドワーフの里に戻った。観客たちは当然のように迎賓館に押し掛けたが、俺は「無観客」を主張した。当り前だ。
「ぱぱ るーたん すなさんと いくね」
スナがルアックを連れて行ってくれた。ロブスに魂を削られたルアックは、退行現象を起こしていた。
リベリーは迎賓館の別の部屋に寝かされていた。
俺はロブスといっしょに部屋に入った。心臓をつぶされた俺が運び込まれ、リベリーと一夜をともにした部屋だった。
俺の前で、もじもじしながらロブスが服を脱いでいた。俺も服を脱いだ。「やさしくしてにゃ?」と裸になったロブスが上目遣いで言った。
「なんでお前とこういうことをしないといけないんだ」と俺は言った。
「実はちょっと前から発情期だったにゃ」とロブスは言った。「あやうく、その辺のドワーフと交尾するところだったにゃ」
「それはイヤだ」と俺は言った。「その辺の男としたりするな」
「ミィもボスでよかったにゃ」
俺を見上げるロブスの目は、いつもより潤み、瞳孔が大きかった。
「ミィはうまい肉さえ食えたらそれでいいと思って生きてきたにゃ」
「だから俺についてきたんだろ」
「そうにゃ。でもそれだけじゃないにゃ」とロブスは言った。「ボスといっしょにいると楽しいにゃ。こんなにゲラゲラ笑いながら毎日を過ごすのは、母ちゃんが死んで以来、初めてにゃ」
そう言って、ロブスはそっと俺に抱きついてきた。その両腕の爪が光っていた。俺はリベリーから龍の血をもらい、俺の皮膚は龍並みの装甲になっているはずだが、リベリーの胸すら貫いたその爪だ。理性を失いやすい場面だ。無防備で抱き合うと、ズタズタにされてしまう可能性が高い。
俺はアイテムボックスから毒噛蜘蛛を出し、糸を出してもらった。ロブスの手を取り、片方ずつ糸でグルグル巻きにした。テーブルをひっかいてみたが、傷はついていなかった。
ロブスの口には牙があった。この牙で首筋にでも噛みつかれたらおおごとだ。おれは蜘蛛の糸で自分の首をグルグル巻きにした。
首を白い糸でグルグル巻きにした俺の前に、両腕をグルグル巻きにしたロブスがいた。なんともしまらない光景だが、命には代えられない。俺はロブスをベッドに寝かすと足を開き、その中に入っていった。
それは、龍であるリベリーと交わるのとは、まったく別の体験だった。
俺たちは二匹の獣となった。ただただ、森の中を駆け抜けていく二匹の獣だった。どちらが速く駆けられるか競い、心臓の鼓動がどんどん速くなっていった。駆けても駆けても森は続き、頭の中が真っ白になるくらい駆け続けて──
俺とロブスは同時に絶頂を迎えた。絶頂の時、ロブスは一瞬だけ、1500万度に達する高熱の焔を漏らした。俺の局部は黒焦げになった。ロブスに気づかれないように革帯からエリクサーを抜き出すと、局部にかけた。局部が再生した。
俺の下に、息を荒くしたロブスがいた。「すごかったにゃ。……ミィの負けにゃ」と言った。そして「もう一回戦、頼むにゃ」と言った。
こうして迎賓館の夜は更けていった。
俺は「炎攻撃無効」を獲得した。
毎日10時、16時に投稿します。




