三十杯め お出かけをしなさい
俺たちは「ポーション造りの家」に行った。やっておきたいことがあった。
中では10人くらいのドワーフ達が真剣な表情でドリップケトルを使ってポーションを作っていた。エリクサーの製造も順調に進んでいた。
「笑う陽炎のトリフィック」がいた。「親指の先くらいの大きさのガラス瓶を30個くらい用意できるか」と俺は言った。
「何に使う?」
「エリクサーを入れる。簡単に開けられる蓋も付けてほしい。蓋は一個だけ赤くしてくれ」
「わかった」
「それから革でこういうものを作ってほしい」俺は図を描いて見せた。「作れるか」
「任せろ」
「じゃ、できたらバルグリムの家に持ってきてくれ」
俺はバルグリムの家に行った。玄関でバルグリムは出迎えてくれた。
「おお、カフィ殿。酒豪殿に狂戦士の姐御も。揃って何用じゃ?」
「エスプレッソマシンを貸してくれ」
「む?アレを作るのか?」
バルグリムはロブスを見た。この前、ロブスのせいで全身に怪我をして家じゅうをめちゃくちゃにされたのだ。警戒して当然だろう。
「ロブス、暴れるなよ」
「ぎろり」とリベリーがロブスをにらんだ。ロブスは身を縮めていた。
俺たちはバルグリムの居間に入った。この前壊された機械類はあらかた修理され、元の場所に置かれていた。俺は乾燥済みのヒラミ草を出し、臼で挽いて粉を作り、カートリッジに入れてバルグリムに渡した。バルグリムがエスプレッソマシンを作動させた。そこにトリフィックが来た。「できたぞ」と言って、革のベルトとたくさんのガラス瓶を渡された。中にエリクサーが充填されていた。一つだけ赤い蓋の瓶があり、それは空だった。
ガラス瓶を一つ持ち上げ、「強化の魔法を付与したから簡単なことでは割れない」とトリフィックが言った。
「気が利くな。ありがたい」
革ベルトは、西部劇のガンマンが使うような、幅広の弾薬帯だった。入れるのは弾丸ではない。俺は弾薬帯のスロットにガラス瓶を装着していった。30個のガラス瓶が革ベルトの上に並んだ。
「バルグリム、こいつに強化ポーションを入れてくれ」
俺は赤い蓋の瓶をバルグリムに渡した。バルグリムはエスプレッソマシンを開き、できた抽出液を赤い蓋の瓶に入れた。俺はその瓶も弾薬帯に装着した。そしてロブスの首に斜めにかけた。
「いいか、ロブス。お前の周りではなぜか殺傷事件が頻繁に起きる。そこで、エリクサーの入った瓶をお前に預ける。万が一の時に手遅れにならないように。そして、この赤い蓋の瓶は強化ポーションだ。お前がこれを飲んでいいのは、絶対絶命のピンチの時だけだ。それ以外では絶対に飲むな。わかったか?」
「わかったにゃ、ボス」
「もしこの言いつけに背いたら……」と俺は言った。「リベリーに折檻してもらう」
「ひぃ!」
「わかったか?」
「わ、わかったにゃ。絶対言いつけは守るにゃ」
「そんな大切なものをアホ虎猫に持たすことはない。妾が持てばよかろう」とリベリーが言った。
「さっきも言ったが、トラブルはたいていこいつの周りで起きる。こいつに持たせておくのいいだろう。それに」と俺は言った。「お前の服装に似合わないだろ、この弾薬帯は」
「妾のこーでぃねえとにまで気を遣ってくれておったのか、わが愛しの夫は。それは気づかんかった。……いいぞ、虎猫が持てばよい」
「あの……」
「いたのか、スナ師匠」
「はい、ずっといました。そのエリクサー、わたしにも少し分けていただけないでしょうか」
「おお、いいぞ。余ってるしな」
俺はスナに6本の瓶を渡した。スナはそれを自分のアイテムボックスにしまった。
その時。
(そろそろあたしにもエサをおくれよ、飼い主殿)と、アイテムボックスの中にいるラテから念話が飛んできた。第5階層でテイムした死屍地龍だ。(あたしは迷宮のヌシだった。好きなときに好きなだけ食べていた。今は飼い主殿、あんたのしもべさ。エサの面倒くらい見ておくれよ)
「わかった、ラテ。しかしずっとアイテムボックスの中にいて腹が減るものなのか?」
「減るにゃ!」とロブスが言った。「ミィも肉が食いたいにゃ!」
「じゃ、狩りにでも行くか」と俺は言った。
ドワーフの里の正門まで、「笑う陽炎のトリフィック」が案内してくれた。大きな扉があった。トリフィックは、扉の横にある石盤を操作した。
「カフィ殿を登録した。帰りは、外の石盤に手を置けば扉が開く」
扉が開いた。外に出てみると、人が一人通れるくらいの大きさの扉になっており、木々で巧妙にカモフラージュされていた。
俺たちは森の中を歩き、塩湖の前についた。そこから森の中に一本の道があった。俺とロブスが作った道だ。
「あの河原に行こう」
俺はルアックに頼んで、風魔法で森の中を高速移動した。
「負けないにゃ!」と言ってロブスもついてきた。リベリーは俺の裾につかまっていた。
俺たちは河原についた。
「各自、狩りをしてきていいぞ。お昼になったらここに集合」
「カフィ殿の護衛はどうするのじゃ?」
俺はアイテムボックスからラテを出した。右前足のない、腹に大きな傷跡のある、巨大なティラノサウルスが出現した。森の木々から鳥がいっせいに飛び立った。ラテは足をたたんで腹ばいになり、目を閉じた。
「よっしゃ、行ってくるにゃ!」ロブスは一目散に森の中に駆けこんでいった。
「妾も少し体を動かすとしようかの」リベリーは背中に龍の羽根を生やすと、ロブスとは違う方向に飛んでいった。翼だけ龍化できるのか。あの技は初めて見た。
「お前はどうする、ルアック」
(ルアックはパパといっしょにいる。いてあげる)
「お前も行ってこいよ。気晴らしになるぞ」
(……パパがそう言うなら)
ルアックは俺の目とサングラスのあいだから飛び出て、宙を飛んでいった。
さて。
俺はアイテムボックスから寝椅子を取り出した。バルグリムが貸してくれたものだ。
俺も昼寝でもするか。
俺は目を閉じた。いや。何か忘れている。そうか、あれだ。
「スナ師匠、いるか?」
「ずっと横にいましたよ」
「寝椅子、使うか?」俺はアイテムボックスからもう一つの寝椅子を出した。
「喜んで、と言いたいところですが、カフィさんと並んで寝椅子など使っていたら、カフィさんの妻たちに殺されてしまいます」
「なぜ複数形なんだ。あんたを殺せる奴なんか……いたな」
「はい、死ぬかと思いました」
「気配を消しておけば気づかれないだろ」
「それもそうですね、では失礼して」そう言って、スナは、寝椅子に寝転んでいる俺の腹の上に寝転んだ。
「スナ師匠」
「なんでしょう」
「俺の記憶違いでなければ、あんたは男には興味がなかったはずなんだが」
「たしかにわたしのパートナーは女性です。ですが男に興味がないと言った覚えはありません。性別の違いに興味がないだけです」スナは、俺の腹の上でそう言った。「それに、わたしだって、時には人肌が恋しくなるんです」
「だったら婚約者のもとに帰ればいいだろう。剣術も教えてもらったし、もう俺たちといっしょにいることはないんだ」
「地上への道案内の仕事が残っています。それに」とスナは言った。「カフィさんたちといっしょにいると、いろいろ貴重なものが手に入りますし」
「エリクサーとかか?」
「はい。いるのかいないのかわからないようなわたしですが、わたしも冒険者のはしくれです。お宝を手に入れるチャンスをみすみす逃したりはしません」
「そうか。……で、いつまでそこにいる気だ?」
「そこ、とは」
「俺の腹の上だ」
「ああ、失礼しました。ではこうしましょう」と言って、スナは俺の上で寝返りを打ち、うつぶせになった。
「腹と背を合わせるのもいいですが、腹と腹を合わせる方が密着感がありますね」
そう言ってスナは目を閉じ、寝息を立てはじめた。スナの吐く息で俺のシャツが湿った。
「なんだかな」
手のやり場に困ったので頭の下で手を組んだ。真上に青空が広がっていた。迷宮の中なのに、不思議な話だ。腹の上でスナが少し動いた。スナの体は温かかった。俺は目を閉じ、コーヒー豆のことを考えることにした。この世界のどこかにあるはずのコーヒー豆。俺がしたいのは、厄介ごとを増やすことじゃない。コーヒーを飲みたいだけなのだ。そんなことで、俺の上で眠る肉体を無視できるとは思わなかったが、意外にも、俺は寝ることができた。
「大漁だぜー!……にゃ!」という声で目が覚めた。スナはいつの間にかいなくなっていた。その辺にいて、気づかないだけかもしれないが。
目の前に白猪 や赤角鹿 がたくさん転がっていた。
ラテがよだれを垂らしながら、それらを見ていた。
「ラテに食わしていいか」と俺はロブスに聞いた。「いいにゃ!そのための狩りにゃ」とロブスが言った。
「じゃ、こいつとこいつはお前のエサだ。ラテ、食っていいぞ」
ラテは、白猪一匹と赤角鹿一匹を少し離れた場所に引きずっていき、食い始めた。
「リベリーとルアックはまだか」
「途中で会わなかったにゃ。……あ、ルアックが帰ってきたにゃ」
ルアックは、宙をふわふわと飛んでいた。その後ろに、巨大な牛型の魔物が、やはりふわふわと浮かんでいた。
「髭槌牛か、やるにゃあ」ロブスが感心した。
「どうやって運んでるんだ」と俺は言った。
「見えざる指。無属性魔法で力場操作してるだけ。スキルですらない」
「そうか。しかしでかいな」
ルアックは魔物を地面に下した。どすん、と音がした。髭槌牛は、近くで見ると象くらいありそうだった。
俺は念話でテイム済みのゴブリンたちを呼び出した。魔物の解体作業をさせるためだ。道具を渡しているとリベリーが帰ってきた。空から舞い降りて羽根を閉じた。手に魔物を抱えていた。
「それは何だ」
「野生の飛竜の子どもじゃ。魔物に襲われておったから保護したのじゃ」
その飛竜は、濃茶色がベースで、薄い黄土色の縞模様があった。体中傷だらけだった。上級ポーションをかけると傷が治った。しかし、ぐったりとしていた。
「名前を付けてやってくれんかの、カフィ殿。なぜこんなところに一人でおったのか、話を聞きたいのじゃ。この状態ならノーリスクでテイムできるじゃろ」
「わかった。テイム」飛竜の体が光った。「お前をエスプレッソと名付ける」バルグリムのエスプレッソマシンのことがとっさに思い浮かび、そう名付けた。体の色もエスプレッソっぽいし、ちょうどいいだろう。
エスプレッソという名を得た飛竜の子どもは「きゅう」と鳴くと、眠ってしまった。リベリーは「かわいいのう」と言って、エスプレッソを腕の中で揺らしていた。
「ママがママっぽいことしてる」とルアックが言った。「そんな子拾ってきて、ちゃんと飼えるの、ママ?」
「だいじょうぶじゃ。かわいいのお。自分の赤ちゃんが欲しくなるのお」そう言ってリベリーは俺を見た。俺は目を逸らした。
「ゴブリンたちよ、作業は進んでいるか」俺は解体作業をしているゴブリンたちに近づいた。
「照れんでもええのに。……おーよしよし」
ゴブリンの解体作業は順調に進んでいた。しかし……。
「仕上げが雑だな。この辺の筋はもう少し細かく取ってくれると食いやすいんだが」俺がそう言うと、ロブスが、
「だったらこいつらにも名前を付けるといいにゃ。話が通じればもっと細かい作業もできるようになるにゃ」と言った。
「ゴブリンは100体くらいいるからな。たいへんだぞ」
「全部ボスがやる必要ないにゃ。代表者を選んで、そいつに名付けもやらせればいいにゃ」
「そうか」
俺は一番体格のいいゴブリンを呼んだ。
「お前をシングル ベンティ キャラメル アーモンド ヘーゼルナッツ モカ ホワイトモカ ツーパーセント チョコチップ エキストラホイップ キャラメルソース チョコソース ジェリー バニラクリームフラペチーノと名付ける」
「ぎぃ!」
俺が名付けた途端、そのゴブリンはハイゴブリンに進化した。肌が緑色な以外は、人間のような見た目になった。
「お前は自分の名前を適当に分け与えろ」
「承知いたしました、マスター。このシングル ベンティ キャラメル アーモンド ヘーゼルナッツ モカ ホワイトモカ ツーパーセント チョコチップ エキストラホイップ キャラメルソース チョコソース ジェリー バニラクリームフラペチーノ、仰せの通りに役をこなしてみせましょう」
シングル ベンティ キャラメル アーモンド ヘーゼルナッツ モカ ホワイトモカ ツーパーセント チョコチップ エキストラホイップ キャラメルソース チョコソース ジェリー バニラクリームフラペチーノ、略してフラペチーノは、ゴブリンを一列に並ばせると、名付けを開始した。
「お前の名はシングル」「ぎぃ!」
「お前の名はベンティ」「ぎぃ!」
「お前の名はキャラメル」「ぎぃ!」
……
「お前の名はツーパーセントシングルバニラクリーム」「ぎぃ!」
フラペチーノはすべてのゴブリンに名付けを終えた。フラペチーノ以外のゴブリンはゴブリンコマンダーに進化していた。俺はゴブリンたちに、解体作業をやる上での注意事項を伝えた。それ以降の作業は見違えるようにスムースになった。
「パパ、ルアック暇」とルアックが言った。「飽きてきた」
「おい、フラペチーノ」現場監督をしていたフラペチーノを俺は呼んだ。
「何でしょう、マスター」
「このあたりでおもしろい場所はないか」
「おもしろい場所ですか」
「古代遺跡とか」
「ああ、それでしたらうってつけの場所があります。こちらへ」
俺たちはフラペチーノに案内され森の中を歩いた。
「こちらです」
そこにあったのは、大きな円形闘技場だった。観客席はすり鉢状になっていた。フィールドは石で覆われていた。ところどころ草が生えていたが、まだ十分に使えそうだった。
「魔法を通さない堅牢な岩石、魔断岩でできており、いかなる魔法攻撃でも破壊できません」
「なんでこんなものが森の中にあるんだ」
「疑問に思われるのはごもっともですが、あいにく答えを持ち合わせておりません」とフラペチーノが言った。「なにぶん迷宮ですので、とお答えするのが関の山です」
「魔法を通さない岩をどうやって加工したんにゃ?」とロブスが言った。
「それも不明です。神代の遺物と呼ぶしかない代物です」
「よい場所じゃな」とリベリーが言った。片手でエスプレッソを抱っこし、一本の指で、野球場でいえばスコアボードのあたりを指さした。指先から龍のブレスが迸った。ごがーん!とものすごい音がして、衝撃波がフィールド上の土をすべて吹き飛ばした。土ぼこりがおさまった。円形闘技場には傷一つついていなかった。
「気にいったのじゃ」とリベリーが言った。「ここで女子会をするのじゃ」
このようにして円形闘技場で女子会が開催されることとなった。
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