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二十八杯め 結婚しなさい

目を開けたら──リベリーの顔が見えた。


「お、おお……」


きれいな顔に、ほつれた髪が落ちていた。顔色は青く、やつれて見えた。


俺はベッドに寝ていた。リベリーはベッドの脇に座り、俺の手を握っていた。


「よかった、ほんとうによかった……」そう言うと、リベリーは気を失い、床に倒れた。

「おい、リベリー」起きようとしたが、力が入らず起きられなかった。全身に筋肉痛があった。

「ようやく起きたのね、パパ」と言って目からルアックが出てきた。「パパが死んだらその体、ルアックが乗っ取れたのに」


ルアックは、ふわふわと浮きながらリベリーの脇に手を入れ、リベリーを隣のベッドに運んだ。リベリーは、疲れの見える顔に安心の色を浮かべ、眠っていた。


「ここはどこだ?」

「迎賓館。ドワーフ達がパパをここまで運んできた」

「俺は何で寝てたんだ?なんかすごいことがあって……あっ!」

俺は自分の胸に手を当てた。着せられていた寝間着の胸をはだけ、胸を見た。裂傷のような傷跡がうっすらと見えたが、穴は開いてなかった。

「……ロブスはどうしてる?」

「別の部屋。パパの心臓を握りつぶしたあと、ママに無力化された。ロブ姉は正気に戻ってから、気の毒なくらいオロオロしてた」

「どうして俺はまだ生きてるんだ?心臓を握りつぶされたと思ったんだが」

「エリクサー」

「え?」

「万能薬。ドワーフが持ってた」

「そんなもんがあるのか。さすがドワーフだな」

「そうじゃない。作らせたのはパパ」

「ん?」

「上級ポーションを蒸留したらエリクサーになった」


その時、「着替え持ってきたよ」と言ってドワーフの女が服やタオルの入った籠を持って部屋に入ってきた。俺と目が合った。

「あんた、気が付いたのかい?」

「ああ」

「ちょっと待ってな!バルグリムを呼んでくるよ!」そう言って籠を投げだすと部屋から出ていった。


バルグリムが来た。若いドワーフ、トリフィックに身体を支えられていた。

「おお、カフィ殿!」バルグリムは俺のベッドの脇に立った。「よくぞあの世から戻ってきたな!」

「心配かけたようだな。あんたこそだいじょうぶか。ロブスに吹き飛ばされてただろ」

「背骨と肋骨と骨盤と頭蓋骨が折れたが、上級ポーションのおかげでピンピンしとる」

「すまんな。あの部屋にあった機械類も壊してしまった」

「あんなもん、修理すれば済むことじゃわい」

「修理といえば、俺の心臓を治してくれたそうだな。礼を言う」

「エリクサーか?礼などいらん。カフィ殿の指示で造ったものじゃ」

「ほんの思いつきだったんだがな」

「儂も話を聞いて驚いた。あんたも悪運が強いの。あれがなければ今頃カフィ殿はあの世行きじゃ」

そう言ってバルグリムはがっはっは、と笑った。

「あんたの家のエスプレッソマシンで抽出した液体は何だったんだ?」と俺は言った。

「一時的に知力、体力を爆発的に増加させるものらしい。恐怖心をなくさせ、戦いに駆り立てる作用もあるようじゃ」

「強化ポーションか。持続時間は?」

「1分といったところじゃな。それが過ぎると、筋肉痛で立っていられなくなる」

「目の前にどうしても倒したい敵がいる時の、短期決戦に使えそうだが、時間切れになった時のリスクが大きい、か……」


ドアが開いた。立っていたはロブスだった。

「あの……、入ってもいいか?」ロブスは虎耳を垂らし、猫背になっていた。尻尾も垂れていた。いつも自信満々のロブスが、そんな風になっているのを初めて見た。しょんぼりした様子で上目遣いに俺を見た。

「いいぞ」俺がそう言うと、ロブスは急に泣き出した。「う゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛、ごめ゛ん゛な゛ざい゛!」

そう言って、ベッドで体を起こしていた俺に抱きついた。「も゛う、じな゛い゛がら゛!ぜっだい゛、じな゛い゛がら゛!」

「泣くな」

「うっ、うっ、うっ、うっ」と言ってロブスは顔をあげた。涙と洟水(はなみず)でぐじゃぐじゃだった。

俺はタオルでロブスの顔を拭いてやった。

「ほら、ちーん」

ロブスがタオルの中に洟水(はなみず)を出した。まだ、ひっく、ひっく、としていた。俺はロブスの後頭部をなでた。

「ロブス、あれはお前だけが悪いんじゃない。あんなものを作った俺も悪いんだ。でもな、なんでもかんでもその辺にあるものを飲んだり食ったりするな。わかったか?」

「わがっだ」

ロブスが俺の目を見ながら言った。ロブスの目は、いつもより瞳が大きく、うるうるしていた。

「パパはロブ姉に甘すぎ」とルアックが言った。「たまたまエリクサーがあったからよかったけど、なければパパは死んでた」

それを聞いてロブスがまた「う゛わ゛ぁ゛ぁ゛」と泣き出した。

「そう言うなよ。ルアック」と俺は言った。「誰にだって失敗はあるじゃないか」

「それはそのとおり。でも取り返しのつかない失敗もある」とルアックは言った。「ルアックはそれを知ってる。一度死んだことがあるから。蛇だった頃に」


「カフィ殿……」そう言ってリベリーが目を開けた。俺に手を伸ばした。ベッドから落ち、震えながら、俺の方に這い上がってきた。そしてロブスを押しのけた。

「どくのじゃ、虎猫め。カフィ殿から離れておけと言ったではないか。誰の許しを得てここにおるのじゃ?」

「ひぃぃっ、ごめんなさい」と言ってロブスが俺のベッドからとびすさった。「もう、しないから!」

「よせよ、リベリー。俺がいいって言ったんだ」ロブスは部屋の隅で丸くなって震えていた。

「ロブ姉にはママが折檻した」とルアックが言った。「怖かった。エリクサーがもう一本必要だった」

「そうか……。だからそんなにフラフラなのか、リベリーは」と俺が言ったら「ちがう」とルアックが言った。「ママは自分の血をパパに飲ませた。飲ませ続けた。だから弱っている。エリクサーだけでも十分だったのに」

「そうなのか、リベリー」

「すまぬ、カフィ殿。勝手なことをした」とリベリーが言った。「カフィ殿を救いたい一心で、カフィ殿の気持ちも確かめず、やってしもうた。浅はかじゃったな」

「俺のためを思ってやってくれたんだろう?むしろ礼を言わせてくれ」

「礼などいらん。……その代わり、一つお願いがあるのじゃ」

「何だ、言ってみろ」

リベリーはもじもじし始めた。そして、きょろきょろと周りを見ながら、「こんなに人がいるところでは言えんのじゃ」と言った。

「恥ずかしいことなのか」

「恥ずかしいことではないが……」

「じゃあ言ってみろ」

リベリーは、消え入りそうな声で何か言った。

「悪い。聞こえなかった」

リベリーの顔が真っ赤になった。そして言った。

(わらわ)をカフィ殿の妻にしてほしいと言ったんじゃ!」

「妻?なんでだ」

「……龍は、一生に一度だけ、伴侶と決めた人に龍の血を分けることができるのじゃ。龍の血によって、龍の体と龍の寿命を得るのじゃ。妾はカフィ殿を伴侶と決めたのじゃ。だから一生カフィ殿についていくのじゃ!」

「却下だ」と俺は言った。その場にいたみんなが俺を非難するような目で見たが、そんなものに負ける俺ではない。「俺が求めているのはコーヒーだ。妻じゃない」

「……そう言うじゃろうと思ったよ」とリベリーは言った。顔は笑っていたが、目に涙が浮かんでいた。「ブレない男じゃな、カフィ殿は」


そのような俺たちのやり取りを、古代中国の女帝が着るような服を着た幼女がふわふわと宙に浮きながら、冷ややかに見ていた。そして「ママってダサいよね」と言い出した。

「ん?」リベリーが振り返った。

「今時、男に黙ってついていく女なんていないよ。そんな女、男の幻想の中にしかいないんだよ」

「妾はカフィ殿についていきたいだけじゃ。自分のしたいことをして何が悪い?連れ添いたいと思った人についていくことに、古いも新しいもなかろう」

「ついてきたいなら勝手についてくればいい」と俺は言った。「追い返したりはしない」

それを聞いて「回りくどい言い方じゃが」とバルグリムが言った。「承諾ということじゃな?」

「いや、そういう意味じゃ……」

「祝言じゃー!」とバルグリムが叫んだ。「酒じゃ、宴じゃー!」

「おい、お前ら飲みたいだけだろ」部屋から出ていくドワーフたちを止めようと俺は手を伸ばしたが、体が言うことを聞かず、ベッドから落ちそうになった。リベリーに身体をがしっと掴まれた。

「もう逃がさんぞ、カフィ殿」と言ってリベリーは笑った。「我が生涯をささげる(つま)よ!」リベリーは俺の唇に吸い付いてきた。

ルアックは宙に浮きながら、頬を赤らめていた。

ロブスは部屋の隅っこで丸くなっていたが、俺と目が合うと、親指を立てて力なく笑った。


俺はドワーフの里に来て以来、たくさんのものを得た。黒眼鏡、ミスリル製の剣をはじめとして、臼、毒無効、エリクサー、強化ポーションを得た。それだけではない。心臓を潰されたことで痛覚無効を得ていた。リベリーから龍の血をもらったことで、龍並みの寿命と皮膚の固さ、そして──


妻を得ることになったのだった。


そしてついでに卑屈になった虎猫も。


「へっへっへ、肩でもお揉みしやしょうか、カフィのだんな」と言って揉み手をしながらロブスが近づいてきた。


俺とリベリーは、大空洞(グレート・ホール)の真ん中に設置された特設ステージの上にいた。ドワーフが用意してくれた婚礼衣装を着て、二人並んで座っていた。


「あ、リベリーの姐御もおみ足なぞさすってさしあげやしょうか」


エリクサーを使わなければいけないほどの折檻を受けたと言っていたが、どんな仕打ちをされるとロブスがこんな風になってしまうんだろうか。


「パパは聞かない方がいい」とルアックが言った。「血も凍る、とは、まさにあのこと。私に血は流れてないけど」


「あの……」

「ああ、いたのか。スナ師匠」

「はい。一部始終、すぐそばで全部見てましたよ。いるのかいないのかわからないようなわたしですが、気になってることがあり……」

「何だ」

「剣の稽古はいつしますか?」

「ああ、すっかり忘れてた。アイテムボックスを使った攻撃のやり方を教えてくれるんだったな」

「はい。お忘れかもしれませんが、地龍アースドラゴンを倒した後にゲットした宝箱ももらってますし、ミスリル製の剣ももらってますので、何もしないでいると心苦しいのです」

「いろいろたてこんでたからな」

「たてこみすぎです」

「一刻も早く婚約者のところに戻りたいところすまないが、明日にでも教えてくれ」

「はい」

バルグリムがステージに上がってきた。そして「これより婚礼の儀を始める!」と大きな声で宣言した。俺とリベリーはバルグリムの前に立った。リベリーのかんざし、ペンダント、指輪が光っていた。俺が「鍛治の街グリドガルド」でリベリーにプレゼントしたものだ。

「ドワーフの古きしきたりに基づき、進めていくぞ。まず新郎、新婦に問う。

期待すると減り、

分け合うと増え、

一人で完成せず、

二人で不完全なまま続くものは何か?」

「お、なぞかけか?」とリベリーが嬉しそうに言った。「答えは結婚じゃ」

「答えはコーヒーだ」と俺は言った。「これはうまくできたと思った時ほど、うまくできていない。一人で飲むよりも二人で飲む方がおいしい。コーヒーの道は不完全なまま、ずっと続いていく」

俺の答えを無視してバルグリムは言った。

「結婚とは、重いアダマンタイト鉱石を二人で背負い、坑道をともに歩むようなもの。我らに火を与え、石を与え、槌を与えし偉大なる至高の神、ヴァル・ドゥルンの加護が、結婚する二人の上にあらんことを!」

そして盃を掲げ、「ウラァ!」と叫んだ。

「「「「「「「「「「「ウラァ!」」」」」」」」」」とドワーフ達が応じ、宴会が始まった。一度飲み始めれば、昨日の宴会とやることは変わりない。

「お前らこんなに毎日宴会してて暮らしが傾いたりしないのか」バルグリムに俺は聞いた。

「ここは迷宮の中じゃ。肉となる魔物はいくらでも取れるし、穀物も勝手に生えてくる。掘るべき鉱物はあり、酒もある。豊かなもんじゃ」

「それだけ聞くと理想郷のように聞こえるな」

「暮らしに困らず、毎日好きなことをしていられる。まさにドワーフにとっての理想郷じゃ」バルグリムの顔が曇った。「奴さえいなければ、な」

「フライナ・フラインヴァルグか。奴とのあいだに一体何があったんだ」

その時、「気高き石の守護者ダーヴォルン」等、顔見知りのドワーフ達がどやどやとステージの上にあがってきた。「酒豪の称号、この儂が取り戻してみせるぞ」と言ってリベリーと飲み比べを始めた。「返り討ちじゃ」と言ってリベリーもうれしそうに応じていた。


ドワーフ達は俺の肩を揉んでいるロブスを見て、「おお、あれが狂戦士(バーサーカー)の姐御か。噂とは違い、従順そうじゃの」「見た目に騙されてはいかん。次の瞬間、おぬしの心臓は潰されているじゃろう」「おそろしいことじゃ」と言っていた。


「おっと、婚礼の席じゃったな」とバルグリムが言った。「難しい話はまた今度じゃ。今日は楽しめ」そう言って飲み比べに参加した。


こうして夜は更けていき、俺はリベリーといっしょに、迎賓館の一室にいた。


誰がベッドメイクをしたのか知らないが、一つのベッドに枕が二つ並べてあった。


それはつまり。


初夜


ということだった。

毎日10時、16時に投稿します。

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