二十六杯め 宴でスキルを獲得しなさい
「笑う陽炎のトリフィック」が入ったのは、発酵所の横にある建物だった。中に入ると、たくさんの蒸留釜が並ぶ中、ドワーフの女性、マルガレッタが床に手を付き、大声で泣いていた。その前には、ドワーフの老人が倒れていた。
「マルガレッタ、いったい、何があった?」とバルグリムが言った。
うわぁぁぁぁ……と泣き声を上げるばかりでマルガレッタは返事をしなかった。
「気高き石の守護者ダーヴォルン」が倒れていた老人を抱き起した。
「しっかりしろ、マルゼック爺さん」
マルゼックと呼ばれた老人が薄目を開けた。「わしは、もう、ダメじゃ……」そして、がっくりと首を垂れた。
老人の横には、コップが転がっていた。
この状況から考えつくことはただ一つ。蒸留された酒を飲み、老人が倒れた。マルガレッタは悲嘆に暮れている。
「ルアック、お前の仕業か」と俺は言った。
(そう、ドワーフどもは思い知るがいい)
「まだ息はあるか!」俺はアイテムボックスから上級ポーションを出した。そして老人に飲ませようとした時。
老人がぱちりと目を開け、「なんじゃこの酒はうまぁぁぁい、うますぎじゃ、うますぎてもうダメじゃ!」と叫んだ。目がらんらんと輝いていた。「一口飲んで、倒れちまったぞい!」
ようやく泣き止んだマルガレッタが「あたしゃ、こんなうまい酒は飲んだことがないよ。もういつ死んでもいいくらいだ」と言った。
「紛らわしいな」と俺は言った。「死んだかと思ったじゃないか」
マルガレッタはコップを配り、少しずつポットから液体を注いでいった。ドワーフ達は、そっとコップに口を付け、そして肩を震わせ始めた。
「……なんじゃ、これは!」
「魂が洗われていく」
「ヴァルハラの地に旅立った父に飲ませてやりたかった」
「言葉にならん」
ドワーフ達の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
バルグリムは「笑う陽炎のトリフィック」の肩に手を置き、「まさしく、里が始まって以来の大事件じゃった。知らせてくれてありがとうよ」と言った。「もう一杯……、いや、こんないい酒は、身を清め、祈りを捧げてからでなければもったいない」とバルグリムが言って、他のドワーフ達もうなずいていた。
俺も一口飲んでみた。ドワーフ達の反応が大げさとは思えないくらい上質の味がした。アルコール度数がかなり高めにもかかわらず、その液体は舌の上にさわやかに広がり、のどの奥に染み込んでいった。
ロブスはくんくんと匂いを嗅ぎ、「うえ。ミィはムリだ」と言った。
「では妾がもらっておいてやろう」と言ってロブスの分もリベリーがおいしそうに飲んだ。
「すごいぞ、ルアック」と俺は言った。「みんな大喜びだ」
(私は死霊王。アンデッドの頂点にして腐敗の王。このくらいできて当然)
すぐそばに大きな噴水があった。噴き出ていたのはお湯だった。ドワーフ達は兜を脱ぎ、服を脱ぎ、湯をかぶると石鹸で髪や髭を洗い始めた。人前で裸になることに抵抗を感じない文化らしい。
「おぬしらも入るがよい」
「よっしゃー」
ロブスが服を脱ぐと湯に飛び込もうとした。俺はロブスをつかまえ、座らせた。
「きれいに洗ってからだ。おい、前くらい隠せ」
郷に入っては郷に従え、だ。俺も服を脱ぎ、サングラスを外し、ロブスを洗ってやった。
「リベリーは入らないのか」
「妾の肌を見ていいのはカフィ殿だけじゃ」
「ルアックは?」
(お湯にかけられているのは浄化魔法。ルアックには毒。目に入れないで)
俺とロブスはドワーフ達といっしょに風呂に浸かった。
「しみる……」
洗濯機があるというので俺とロブスの服も洗ってもらった。
風呂から出るとタオルを貸してくれた。洗濯機で洗った服を、ロブスとリベリーが魔法で乾かしてくれた。
大空洞の真ん中に巨大な像が立っていた。祭壇に酒瓶が置かれた。こぎれいになり、湯気を立てているドワーフ達が並び、ひざまずいた。
「偉大なる神、ヴァル・ドゥルンよ
我らに火を与え、石を与え、槌を与えし至高の神よ
我らの一滴の感謝を受け取りたまえ」
俺たちもその後ろに立ち、祈りを捧げるドワーフ達を静かに見守った。
祈りを終えたバルグリムが目を開け、立ち上がった。そして、
「今度こそ、宴じゃ!」と叫んだ。
広場にテーブルが並び、料理が置かれた。
「できたての酒だよ!ありがたく飲みな!」と言って、マルガレッタがコップを配った。
「偉大なる神、ヴァル・ドゥルンに」盃を掲げ、バルグリムが言った。「そしてうまい酒と、生えてきた手足と、冒険者カフィに!ウラァ!」
「「「「「「「「「「「ウラァ!」」」」」」」」」」
宴が始まった。マルガレッタの配った酒を飲み、みな涙を流していた。「気高き石の守護者ダーヴォルン」の周りに人が集まっていた。生えてきた右腕を見せていた。俺の周りにもたくさんのドワーフ達がやってきて、生えてきた腕や足を見せ、感謝の言葉をくれた。ドワーフの料理は、塩分と油分が多めの肉料理だった。芋の付け合わせが非常に美味だった。ロブスもリベリーも、黙々と食べていた。
飲めや歌えやの騒ぎが続き、酔いが回ってきた頃、ドワーフの一人が言った。「上級ポーションがあるなら、あの遊びができるんじゃねえか?」
「おお、アレか」
「肝試しだ」
男たちがテーブルの上にコップを並べ、酒を注いでいった。
「何が始まるんだ」と聞いたら
「あんたもやるかい」と言って、テーブルの前に立たされた。5つのコップがあり、何かが入っていた。
「第5階層にいる毒噛蜘蛛の肝だ。猛毒だぜ」と隣にいたドワーフが言った。
「毒蜘蛛の肝?」
「おうよ。だから肝試しってえんだ。一番左のコップには一切れ。その隣には二切れ。だんだん増えていって、5つめのコップには5切れの肝が入っている。一口飲んだらすぐにポーション飲めよ。死んじまうからな」
「俺からいくぜ!」と反対側のテーブルにいたドワーフが言った。最初の一杯を一気飲みした。「がはっ!」口から血を吐いた。駆け寄ったドワーフがポーションを飲ませていた。
「ありゃ、へたくそだな。コツは、酒とポーションを両手に持って、少しずつ飲むことだ」
俺は一口飲んでみた。舌の先に痺れるような感覚があり、ポーションで口をゆすいだ。最後まで酒を飲み、底の方にあった肝をポーションで流し込んだ。
がはっ!胃が焼けるようだった。俺はあわててポーションを飲んだ。
「肝は食わなくていいからな」
「……早く言ってくれ」
俺は2杯め、3杯めと飲み続けた。だんだんと肝の味を心地よく感じるようになった。5杯めはポーションがいらないほどだった。俺はコップの中にあった毒蜘蛛の肝を全部口に放り込んだ。
「ピリピリしてうまいな」
「カフィ殿」とリベリーが言った。「毒の摂取と治療を繰り返したおかげで、毒無効が身についたようじゃな」
俺はステータス画面を開けた。スキル欄に「毒無効」が増えていた。
「すごいな、ドワーフの肝試しは。よい子はぜったいに真似しちゃダメなやつだけどな。……おっと」
ふらついた俺をリベリーが支えてくれた。
「すまん。しかしあれだけ強い酒を立て続けに飲んだわりには、まだ平気だな」
「酒精も毒みたいなものじゃから、ポーションが効くのじゃろ。ほどほどにの」
だんだん気分がよくなってきていた。
一人のドワーフが近づいてきて俺の肩を叩き、「旅のお方、話のタネに、何か術を見せてもらえんか」と言ってきた。周りにいたドワーフが「お、宴会芸か」「いいぞいいぞ」とはやし立てた。
ロブスが「頭ウサギを走らせろよ。ぜったい受けるぜ」と言った。
「お前が見たいだけだろ」
「じゃ、タヌキの手を生やす芸は?」
「手足が生えてきて喜んでる人の前でできるか!でもタヌキか。あれならできるかな」
俺は広場のステージにあがり、アイテムボックスから岩狸 を出してテイムした。そしてルアックに頼み、闇魔導士バジラ・イグニフェリオスの魔法「小鬼呪化」でゴブリンに変えてもらった。
「おお!どうなっておる。タヌキがゴブリンになりよった!」
俺は[状態異常:呪い]をゴミ箱に捨てた。ゴブリンが岩狸 に戻った。
ロブスが来て「戻すのはミィがやるぜ」と言った。
「ゴブ化!」「解除!」
「ゴブ化!」「解除!」
「ゴブ化!」「解除!」
タヌキがゴブリンになったり戻ったりするのを見てドワーフ達は笑い転げていた。どうやらツボにはまってくれたらしい。まあ、酔ってる時は何をやっても受ける。調子に乗って何度もやっていたら、だんだん魔法の効きが悪くなり、タヌキの下半身しかゴブリンにならなくなった。それを見てドワーフ達がまた爆笑した。そしてとうとう、まったくゴブ化しなくなったので、俺は岩狸 と手をつないでお辞儀をし、ステージを降りた。
「そのタヌキ、呪い無効になっておるな」とリベリーが言った。
「え?」
ステータス画面を開け、岩狸 の説明を見たら、スキルに[呪い無効]と書かれていた。
「呪いと解呪を繰り返すと呪い無効が手に入るのか」
「そういうことじゃろうな」
「じゃ、ミィにもやってくれよ」とロブスが言った。「タヌキだけずりぃぜ」
「わたしも欲しいです」とスナが言った。
「わ、いたのか、スナ師匠」
「ええ、ずっといました。いるのかいないのかわからないようなわたしですが、呪い無効は何としても手に入れたいスキルの一つです。それがあれば、地龍との戦いで、パーティメンバーたちも死なずに済んだかもしれません」
「アンデッド系の魔物は呪いをかけてくることも多いからの。しかし」とリベリーが言った。「ゴブリン化の呪いを受けると、それまでに蓄積した経験値がすべて消えてしまうぞ。それでよいのか」
「そうなのか?」とロブスが言った。
「龍種に進化したリベリーはゴブリンにされて、解呪した時に青飛竜に戻った。お前はおそらく炎虎にまで戻るんじゃないか」
「それはいやだな。うーん……」ロブスは腕を組んで考えた。「手だけだったら?」
「手だけ?」
「手だけゴブリンにしてもらって、元に戻すっていうのを繰り返すのは?」
「ルアック、できそうか?」
(魔力量を調整すれば可能)
「実験したいところだが……」
「平気だって。万一炎虎に戻っても、肉食ってリベリーの血を飲めばいいんだから」
「そうか?じゃ、手だけゴブ化せよ。小鬼呪化」
ロブスの右手がゴブリンの緑色の細い手になった。「解除」俺は[状態異常:呪い]をゴミ箱に捨てた。ロブスの手が元に戻った。ステータス画面を見ると、ロブスのスキルはそのままだった。
「うまくいったみたいだな」
「だろ?ほら、繰り返し!」
ゴブ化、解除、ゴブ化、解除、ゴブ化……。ロブスの手が緑色になったり元に戻ったりした。「お、新しい芸か?」人だかりができ始めた。7回目くらいで手の先しかゴブ化しなくなった。9回目で完全に効かなくなった。ステータス画面を見たら、ロブスのスキル欄に[呪い無効]が追加されていた。
「よっしゃー」
「なんだなんだ」
「呪い無効にしてくれるんだとよ」
「じゃ、アンデッド系がうようよしてる第二階層でも安心だな。俺もやってもらおうかな」
「第三階層の魔物が使ってくる精神干渉をどうにかせんと、第二階層に行けんじゃろ」
「なあ、テイムって精神干渉系のスキルなんだよな」と俺はリベリーに聞いた。
「そうじゃが?」
「なら」
俺はまた岩狸 をアイテムボックスから出した。「今度は何をされるの?」という目で俺を見ていた。
「解除」俺は岩狸 にかけていたテイムを解除した。
「テイム」「解除」「テイム」「解除」「テイム」「解除」……。繰り返しているうちに、だんだん効きが悪くなってきた。下半身だけしかテイムできなくなってきた。そして最後にはまったくテイムできなくなり、俺に拳ほどの岩を飛ばし、攻撃してきた。ルアックが防御壁を出して全部防いでくれた。俺は岩狸 をアイテムボックスにしまった。アイテムボックスの岩狸 の説明を見るとスキル欄に「精神干渉無効」が追加されていた。
「なんでもありだな」とロブスが言った。「ミィにもくれよ、精神干渉無効」
「いいけど、一回テイムを解除しないといけないんだよな」と俺は言った。「お前、テイムを解除したら俺を殺そうとするんじゃなかったっけ?」
「気に食わねぇな。いつの話してんだよ」とロブスは言った。「それに、カフィのテイムなんて、もうあってないようなものだろ」
「え?どういうことだ?」
「テイムとは魂と魂のつながりじゃ」とリベリーが言った。「進化すれば魂の在り方が変わり、そのつながりは薄れる。妾もロブスも進化を繰り返しておる。もはや、テイムされていようがいまいが、何も変わらんじゃろ」
「そうなのか。どうりでお前ら、俺の言うことを聞かないわけだ」
「わかったかよ。じゃ早くやってくれよ」
「問題は他にもある。高潔なる魂の持ち主をテイムすると生命力を持っていかれ、下手すると死ぬ。相手を気絶させるか、相手の同意があれば別だがな」
「同意するぞ」
「なんか、気が進まないな」
「なんでだよ」
「お前は何をしでかすかわからんやつだからだ」
「じゃ、また手だけテイムすればいいじゃん」とロブスが言った。「手だけならさすがにノーリスクだろ」
「そんなことできるのか」
俺はロブスのテイムを解除した。何も起きなかった。
「な、言ったろ?」
「じゃ、行くぞ。手だけテイム!」俺はロブスの右手をテイムした。「グー!」ロブスが拳を握った。「チョキ!」ロブスがVサインを出した。「パー!」ロブスが手を開いた。生命力は減っていなかった。
「行けるな」
「テイム」「解除」「テイム」「解除」「テイム」「解除」……。繰り返しているうちに、だんだん効きが悪くなってきた。小指しか動かなくなり、最後には、ロブスも「精神干渉無効」を獲得した。
「儂にもくれ!」「儂もじゃ」「儂も!」「あたしも!」……
俺の前にはドワーフの列ができていた。ロブスに助手になってもらい、全員に呪い無効と精神干渉無効を授けた。ドワーフ達は皆、毒無効は取得済みだった。上級ポーションの瓶はいつの間にか空になって転がっていた。
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