二十五杯め ドワーフと同盟を結びなさい
俺たちは森の中に入った。しばらく歩くと、先頭にいた斧を持ったドワーフ、「轟雷のバルグリム」が立ち止まり、茂みの奥に手を伸ばした。外から見えない形で石盤があり、バルグリムが石盤に手を置くと、地面が割れ、階段が現れた。
「ずいぶんと用心深いんだな」と俺が言うと「これは非常用の裏門じゃ。正門はもっと立派じゃぞ」とバルグリムが言った。するとすぐ後ろにいたドワーフがバルグリムに耳打ちをした。
「これ、バルグリムよ、それは部外者には教えないことにしたではないか」
「そうじゃ、こやつらが敵ではないと決まったわけではないぞ」ともう一人のドワーフが耳打ちをした。
「そうだったな。がっはっは、忘れておったわい」
内緒話のつもりらしいが、声がでかいので丸聞こえだった。
階段を降りていくと大きな扉があった。バルグリムが扉の横の石盤に手を置くと、扉が開いた。扉の先には大きな空間が広がっていた。
「大空洞じゃ」
自然の地形を利用し、段々畑のように岩を整え、建物が並んでいた。多くの建物から赤い光が見え、金属を叩く音が響いていた。
銅でできた巨大な筒が何本もあり、パイプでつながれていた。
「これは何だ」
「蒸留器じゃ。酒を造っている」
少し歩くと、ステンレスのような材質の樽が並び、パイプでつながれていた。
「これは何だ」
「これも蒸留器じゃ。酒を造っている」
その先には大きな建物があり、中から独特の甘い香りが漂ってきた。
「これは?」
「発酵所じゃ。大麦と麹でもろみを作っておる」
「ほとんど酒関連の施設じゃないか」
「この階層は居住区じゃ。当り前じゃろ」
(これは……腐敗臭!)そう言って俺の目からルアックが出てきた。古代中国の女帝が着るような服を着た幼女が浮いているのを見て、ドワーフ達が驚いていた。
「目から出てくるとは面妖な……。死霊、いや、死霊王か」
「地龍を見せられた後じゃから、あまり驚かんが、それにしてものう……」
「パパ」とルアックが言った。「ルアックは、この腐敗臭に興味がある」
「発酵の香りとか、言い方があるだろ」
ルアックは発酵所に入っていった。
「勝手に入ってはいかんぞ」入り口から中を覗き込みながらバルグリムが言った。「叱られるぞい」
「ちょっと何だい、あんたは?」と中にいた、頭に白い布を巻き、マスクをし、前掛けをして、手袋をはめた大柄のドワーフの女性がルアックに言った。大きな金属製のたらいの中に白っぽいドロドロしたものが入っていて、長い棒でかき混ぜているところだった。その横には白い粉の山があった。「ここは関係者以外立ち入り禁止だよ。雑菌が入ると酒の味が落ちるからね」
「心配しないでいい。ルアックは無菌。今の話、興味深い。雑菌の話。もっと」
「あ?温度調整をうまくやらないと雑菌が繁殖して雑味が出ちまうんだよ。わかったらとっとと出ていっておくれ。仕事の邪魔だよ」
ルアックは振り向き、入り口から覗いていたドワーフ達を見た。
「ドワーフども。うまい酒、飲んでみたいか」
「え?」ごくり、という、誰かが唾を飲みこむ音がした。
「うまい酒。ルアックが手伝う」
「ちょっと、あんた何勝手に……」
どさどさどさっと音がして、ドワーフ達が入り口から建物の中に重なって倒れ込んできた。
「「「「「飲みたい!」」」」」皆、目が輝いていた。
「入ってくるなって言っただろ、この呑み助どもが!」
ドワーフの女が入り口に近づくと、入れ違いにすーっとルアックが移動し、金属製のたらいの前に浮いた。そして言った。
「私は死霊王。アンデッドの頂点にして腐敗の王。酵母ども、ひれ伏せ」
たらいの中でどうひれ伏すのだろうと思っていたら、(ははぁっ!)という声が聞こえたような気がした。
「酵母ども、麦の粉の甘みをすべて酒精に変えよ。いうことを聞かなければ、殺す」
(ひぃぃっ!)という声が聞こえたような気がした。
「そして雑菌どもを一匹残らず殺せ。皆殺し」
(ははぁっ!)
ルアックはすーっと入り口に近づき、俺の目の中に入った。
「まったく、おふざけはよそでやっとくんな」
ドワーフの女は、白い粉をたらいに移し、混ぜ始めた。するとそのドロドロになったもろみが光を放ち始めた。
「なんだい、これは……」
そして、香りがあたりに充満した。
「……もう何十年もこの仕事をしているが、こんないい香りはかいだことがないよ」
「世界中のよい香りの果物を集めたような、それでいて、どこにも存在しない果実の香り」とバルグリムが言った。
「鼻の奥にかすかにナッツの香りを感じる。なんという香ばしさ」
「気品の奥底に艶めかしさすら感じさせる」
「かぐわしい……」
ドワーフ達は、頬を上気させ、うっとりとした表情になっていた。そして、
「マルガレッタ、早ぅ、そのもろみで酒を造ってくれ!」と叫んでいた。
マルガレッタと呼ばれたドワーフの女は、小皿にもろみを移し、味を見た。「これならすぐにでも蒸留釜に入れられるね。いったいどんな魔法を使えば、熟成もさせず、こんなもろみが作れるんだい」
(ルアックはただ、お願いしただけ)と俺の目の中でルアックが言った。
「脅迫の間違いだろ」と俺は言った。
俺たちは居住階層を抜け、下に降りていった。
「第2階層では主にミスリルを採掘しておる」とバルグリムが言った。
「バルグリムよ、それも部外者には教えてはいかん!」と横にいたドワーフが耳打ちをした。
「そうじゃった、がっはっは、忘れておった」
バルグリムは大きな建物に入っていった。その中の一室に通された。会議室のような部屋だった。
「さて、話を聞こうか。おぬしら、一体何者じゃ。なぜ地龍を従えておる。第5階層で何があった?」
「俺は冒険者カフィ。コーヒーを求めて旅する者だ」と俺は言った。
「カフィ殿はちまたでは救世主と呼ばれておるのじゃ」
「やめろ、リベリー。その呼び方は好きじゃない」
「よいではないか、照れなくても」
「俺には世界を救う気はない。コーヒーがあれば十分だ」
「世界を救おうとしない救世主、か。まるでなぞかけじゃな」
「こーひー?こーひーとはなんじゃ」とバルグリムが言った。
「苦く、美しく、甘く、酸っぱく、尊いものじゃ」とリベリーが言った。「妾も早く飲んでみたいものじゃ」
「苦く、美しく、甘く、酸っぱく、尊いもの?……それは酒か!」バルグリムのテンションが上がった。
「酒ではない」
「……そうか」バルグリムのテンションが下がった。
「この世界のどこにコーヒーがあるか知らないか」と俺は言った。「赤い実の中の豆を煎じて飲むものだ。覚醒効果がある」
「だったらチタの実じゃな」
「違う。チタの実なら持っている」
「ならわからん」
「そうか」
「おぬしら、なぜここに来た。なぜ地龍を従えておる」
「俺たちは旅の邪魔をする闇魔導士バジラ・イグニフェリオスを倒した。すると、そいつの親分のフライナ・フラインヴァルグという白い服を着た男が来て、戦って敗れ、この迷宮に落とされた。地龍がいたから戦ってテイムした」
「フライナ・フラインヴァルグ、じゃと?」
「知っているのか」
「知っているも何も」とバルグリムは言った。「儂らの敵じゃ」
「敵」と俺は言った。「あんな化け物と敵対するとは、正気ではないな」
「おぬしらこそ、あやつと戦ってよく命があったものよ。……地龍を倒すだけのことはあるな」とバルグリムは言った。「どうじゃ、儂らと手を組まんか」
「断る」と俺は言った。「俺の目的はコーヒーだ。面倒ごとはごめんだ。だが」
どうか、救おうとしないでください。
俺の頭の中で声が聞こえた。
「俺の行く道に立ちふさがるようなら容赦はしない。降りかかる火の粉はひねりつぶす」と俺は言った。
「次に会ったら、ぎったんぎったんにしてやるぜ!」とロブスが言った。
「カフィ殿の敵は妾の敵じゃ」とリベリーが言った。
(バカなパパ。でもバカでこそパパ)とルアックが言った。
「おぬしら気に入った!」とバルグリムが言った。「同盟成立ということでええかの?」
「構わん」と俺は言った。
「それなら宴じゃ!」
「「「「おおーっ!」」」」
「あの……」とスナが言った。
「ああ、いたのか、スナ師匠」
「さっきからずっといましたが」
「どうした?」
「商売の話をした方がいいのでは?」
「おお、上級ポーションの話じゃな」とバルグリムが言った。「どのぐらい融通してもらえるのじゃろうか。奴との決戦に備え、数を揃えておきたいところじゃ」
俺は机の上に瓶を並べていった。
「手持ちはこれだけだ。だが、ヒラミ草があれば作れる。見せた方が早いな」
俺は乾燥済みのヒラミ草を石臼で細かく砕き、ドリップケトルを使って抽出液を作った。
「これで完成だ」
「なんと!鑑定器を持ってこい!」
さっき、腕を生やしたドワーフ、「気高き石の守護者ダーヴォルン」が部屋を出ていき、すぐに戻ってきた。手には小型の機械が握られていた。
バルグリムがその機械に抽出液を垂らした。
「おお!まさしく上級ポーションじゃ!」
「落盤事故の犠牲者を減らせるぞ!」
「手や足を失った者を集めよ!早速治療じゃ!」
ドワーフ達は大騒ぎを始めた。
「……カフィ殿、しかしこのような貴重な情報を、やすやすと教えてもらったよかったのか」とバルグリムが言った。「値千金どころではない。対価を払える自信がないぞい」
「俺はドワーフの里に入ってみたかっただけだ。上級ポーションはそのためのエサだ」と俺は言った。
「見学するだけでいいと言うのか。それでは儂らの気が済まない。お礼をさせてくれ」
「じゃあ、黒眼鏡を作ってくれるか」と俺は言った。「俺の目を隠せるような」
「そのままでもよいではないか、カフィ殿」とリベリーが言った。「妾は好きじゃぞ」
「気色悪い!」とロブスが言った。「隠せ」
(おしゃれに目覚めるとは、パパのくせに生意気)
「めがねとは何じゃ」とバルグリムが言った。
俺は紙とペンを持ってきてもらい、絵を描いた。
「フレームは金属で、レンズはガラスに煤を付けてくれればいい」と俺は言った。
ドワーフ達は、頭を突き合わせて図面をのぞき込んでいた。
「つるの部分は軽くて丈夫なミスリルでどうじゃ」
「目のところは薄く削ったアノミア水晶がよかろう。認識阻害の効果を付与できる」
あっという間に製作方針が決まったようだ。
「ちょっと待っておれ」と言ってバルグリムは部屋から出ていき、五分も経たないうちに戻ってきた。
「これでどうじゃ」
青みがかった白銀色のフレームに、虹のような反射で向うの見えないレンズがはまったサングラスを手渡された。俺はそれをかけてみた。中からは外がよく見えた。
「まさに欲しかったものだ」と俺は言った。
ルアックが、サングラスのレンズと目のあいだから出てきて俺を見た。「パパ、バカみたい。でも似合ってる」と言った。
「他に欲しいものはあるか」とバルグリムは言った。
「丈夫で軽い剣がほしい」と俺は言った。
バルグリムは3本の剣を持ってきた。「ミスリル製の剣じゃ」
「3本ともいいのか」
「おう」
「スナ師匠も一本もらっておくか」
「いいんですか?」
「弟子が師匠よりいい剣を持っていると気が引けるからな」
「じゃ遠慮なく。……これにします」スナは1本ずつ鞘から抜いて振り、真ん中に置いてあった一番細身のものを選んだ。
俺は2本をアイテムボックスにしまった。
「それでは酒宴を……」とバルグリムが言いかけた時、まだ若いドワーフが血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「たいへんだ!バルグリム!」
「笑う陽炎のトリフィックよ。何があった?」
「いいから来てくれ!」
部屋を飛び出した「笑う陽炎のトリフィック」のあとを追って、俺たちは階段を登っていった。
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