二十杯め どっちが強いかはっきりさせなさい
迷宮案内人、スナ・ウィーバは岩壁に叩きつけられ、地面に落ちた。その肩に、ロブスの爪で切り裂かれた4本の裂傷ができていた。ロブスは毛を逆立て、スナがアイテムボックスから出した虎柄の敷物をサッと拾い、抱きかかえた。そしてなおも、スナを威嚇した。
「落ち着け、ロブス」と俺は言った。俺の眠気は吹き飛んでいた。
俺はタフラシュ草の煎じ汁を出してスナの肩にかけた。「すなまい。痛むか?」傷が消えていった。「もうだいじょうぶです」とスナが言った。
俺はロブスの肩を掴んで言った。「なんであんなことをしたんだ」
ロブスは俺の手を振り払い、虎柄の敷物をスナに突き出した。「これをどこで手に入れた!」
「それは……。わたしの婚約者からもらったものです」とスナは言った。「彼女が倒した炎虎の毛皮です」
彼女?と思っていたら、「女同士のカップルか」とリベリーが言った。「よいではないか」
ロブスは敷物を握って震えていた。そして、
「この毛皮はミィの母ちゃんのものだ」と言った。「今すぐそいつをここに連れてこい。仇を取ってやる!」
「それはムリです」とスナは言った。「彼女は両足を失い、出歩けないのですから」
スナが冒険者になったばかりの頃、スナの婚約者はすでにAランクのソロ冒険者だった。スナを気に入ったスナの婚約者はスナとパーティを組んだ。冒険者ギルドの依頼により、ヴィアードヴァルトの森にできたオークの集落の偵察任務をしていた時に、ロブスの母親である炎虎と出会ったのだという。
「わたしもその場にいました。とても強い炎虎でした。わたしは何もできませんでした。激戦の末、わたしの婚約者は炎虎にとどめを刺しましたが、自らも両足を焼かれ、腿から下がなくなっていました」
「……強かったのか」とロブスが言った。
「え?」
「ミィの母ちゃんは強かったのか」
「はい。とても」
「……そうか」ロブスの逆立っていた毛が収まっていった。「悪かったな、乱暴して。おい、カフィ」ロブスが俺に敷物を放った。「そいつをお前のあいてむぼっくすにしまっておいてくれ」
「ちょっと待て。これはスナの……」
「墓を作ってやりたいんだ、母ちゃんの」
「それはお前の都合だろ」と俺は言った。「スナ、これはお前にとっても大切なものなんだろ?」
「そうです」
「ロブスの言うとおりにしていいのか?」
「……この場がそれで収まるなら」
「それじゃダメだ。スナの気持ちはどうなんだ。ちゃんと言ってくれなきゃわからないじゃないか。これから互いに背中を預け合う仲間なんだから」
「ちょっと待てよ、カフィ」とロブスが言った。「なんでこいつの肩を持つんだよ。ミィよりこいつが大事なのか?」
「何言ってんだ、そうじゃない。スナの気持ちを確かめたいんだ」
「ふん、気に食わねぇ。やっぱりヒト族はヒト族の方がだいじなんだな」
「怒るぞ、ロブス!」と俺は言った。「ロブス、お前には感謝してる。お前がいなければフライナ・フラインヴァルグから逃げきれず、俺たちはみんな死んでいただろう。お前は俺のだいじな仲間だ。でもな、だからって何でもお前の思い通りになるわけじゃないんだ。わかってくれよ」
「わかりたくないね」
「あの……」とスナが言った。「いるのかいないのかわからないようなわたしですが、その敷物は返してほしいです」
「返すも何も、この毛皮との付き合いはミィの方が長いんだぞ」
「わたしの婚約者は、その毛側をとても大切にしていました。自分の足を焼いた誇り高き炎虎の記念として」スナはロブスに言った。「わたしにその毛皮を託した時、彼女は言いました。大切な時、大切な人のために使ってほしい、と。皆さんにとって、カフィさんは大切な人で、とても疲れてるみたいだったので、使ってほしいと思ったのです」
「……ぐ」ロブスは一歩後ずさった。「……お前の言うことはわかった。でも自分より弱い奴の言うことを聞くのは納得ならねぇ。ミィと勝負しろ!」
「なんでそうなるんだ」と俺は言った。しかしスナは「わかりました。その勝負、受けましょう」と言った。「ルールは?」
「そうだな、ヒラミ草の煎じ汁があるんだ。どっちかがどっちかの手か足を落としたら、それか、致命傷を与えたら勝ちってのはどうだ?命までは取らねぇから安心しな」
「わかりました」
「断ってもいいんだぞ、スナ」
「いいのです」
「リベリー、お前はどう思う」
「やらせてみればよかろう」
「止めないのかよ」
「カフィさんに一つ頼みがあります」とスナが言った。「その腰の剣を貸していただけませんか。わたしは短剣しか持っていませんので」
「普通の剣だぞ」
俺は剣を鞘ごとスナに渡した。スナは受け取って鞘から剣を抜き、刀身を指でなでた。「これを使わせていただきます。ロブスさん、構いませんか」
「ああ、いいぜ」
二人は3メートルほどの間合いを取って向き合った。
「じゃ、カフィ、合図を頼むぜ」
「ほんとうにやるのか、お前ら」
「お願いします」
「……用意、始め」俺は手を振り下ろした。
「隙だらけだぜ!」ロブスがスナに躍りかかった。スナは剣を鞘から抜き、そのまま鞘に戻した。
その途端。
「がはっ」
ロブスが血を吐き、地面に膝をついた。ロブスの腹から剣が突き出ていた。ロブスが何か言おうとしたが、口から血があふれてしゃべれなかった。
スナは刀身に布を当て、血を拭いながら鞘から抜いていった。ロブスの腹から突き出ていた剣が引っ込んでいった。
「お手当てを」とスナが言った。俺はロブスの腹の傷にヒラミ草の煎じ汁を注いだ。傷がふさがっていった。「ほら、少し飲んどけ」俺はロブスに煎じ汁を飲ませた。
ロブスは、ぼーっとした顔をしていたが、ハッと飛び起きてスナを指さし、「てめぇ、何しやがった」と言った。
スナは何も言わず、ロブスを見ていた。
「ロブスは、カフィ殿があの白き服を着た男に刺された場面を見ておらんかったな」とリベリーが言った。「見ておれば、少しは察しがついたかもしれんな」
「な、リベリーにはわかったのかよ!」
「あいてむぼっくすじゃろ?」とリベリーが言った。「鞘の入り口にあいてむぼっくすの入り口を開き、ロブスの背後の出口から出す。一つわからんのは、なぜその剣でロブスの体を貫けたか、じゃ。妾の血を飲み、ロブスの防御力はかなり上がったはずなんじゃが」
「それは……」とスナが口ごもった。
「手の内を全部明かすことはない」と俺は言った。「迷宮を出るまでは運命共同体だが、隠しておきたいことだってあるだろう」
「いえ、構いません。アイテムボックスを使ったのはリベリーさんのおっしゃるとおりです」とスナが言った。「刀身に切れ味増加の魔力付与を行いました。一時的なものですが」
「何だかわからねぇが、汚ぇ手を使いやがって!」とロブスが言った。「真正面から戦えば、ミィが負けることなんてないんだ」
「戦いに汚いも何もないだろ。勝った奴の勝ちだ」と俺は言った。
「もう一回勝負しろ!」とロブスが言った。「同じ手は食わねぇぞ」
「おいおい、ロブス。いいかげんに……」
「わたしはかまいません」とスナが言った。「今度は短剣を使います」
スナは俺に剣を返すと、腰に差してあった短剣を鞘から抜き、刀身をなでた。二人はまた間合いを取って向き合った。
「仕方ないな。……用意、始め」
ロブスはスナをにらんでいたが、スナはすっと視線を逸らし、上を見た。ロブスがつられて上を見た時──
ロブスの右腕が肘のところで切断され、毛皮一枚でぶら下がっていた。スナはいつの間にかロブスの真横に立っていた。
「ぎゃー!」ロブスが叫んだ。「なんじゃ、こりゃー!」
「そこまで!」と俺は叫んだ。
俺はロブスの腕の断面を合わせ、ヒラミ草の煎じ汁をかけた。
「腕の方向、合ってるよな?」
「怖いこと言うな!」
腕は無事にくっついたようだった。
「毛の部分が切りきれませんでした。今の勝負は無効でもかまいません」とスナが言った。
「きーっ」とロブスが叫んだ。「またあいてむぼっくすかよ、汚ぇぞ!」
「いえ、今回は使っていません」とスナが言った。「ただ、ロブスさんの目線を逸らせて、その隙に移動しただけです」
「な、に……?」
ロブスは茫然としていた。
「これでわかっただろ?ロブス、もうあきらめろよ」
「こんなのおかしい!もう一戦だ!」
結局、ロブスはその後3回戦い、左手、右足、左足を切り落とされ、3回ともスナに負けた。
「まだやるのか?」と俺は言った。「次は首しか残ってないぞ」
ロブスは反射的に自分の首を手で守った。「ミィは、ミィは、強くなったんだ……。こんな奴に負けるはずがないんだ。……バカヤロー!」
そう叫んで走り去ってしまった。俺は預かっていた虎柄の敷物をスナに返した。
「すまんな、付き合ってもらって。根は悪い奴じゃないんだが」
「いえ、ロブスさんのお気持ちもわかりますし」敷物をアイテムボックスにしまいながら、スナは言った。
「俺たちの道案内はイヤにならないか?」
「そこは仕事ですから」
「一刻も早く婚約者のところに戻って、足を治してやりたいんじゃないのか?俺たちは迷宮でレベル上げもしたいんだが」
「その気持ちがないと言えば嘘になります。また歩けるようになって喜ぶ姿を見たい。すごく見たい。手を取り合って喜びあいたい。でも、その機会をくれたカフィさんたちを放り出したりしたら、あの人に叱られます」
「そうか。すまない。助かる」
その時、ロブスから念話が飛んできた。
(カフィ、ちょっと来てくれ)
(お前、どこにいるんだ。あまり遠くまで行くなよ)
(やべぇよ。やべぇ奴がいるよ!)
(俺は体がまだ言うことを聞かない。今すぐ戻ってこい!)
ロブスが4つ足の全力疾走で戻ってきた。青い顔をして、耳が垂れ、体が震えていた。
「何があった?」
「バケモンだ」
「何?」
「地龍だよ!でかい横穴に潜んでやがった」
その名を聞いて、スナがビクっと反応した。「え、ここからかなり遠い場所にいたはずです」
スナは地図を出し、「ここが今いる蜘蛛の洞窟、地龍がいたのはここです」
ロブスは地図を見ながら、「たぶんこの辺だった」と指さした。俺たちの現在地と、地龍がいた場所の、ちょうど中間くらいの地点だった。
かなり切迫した状況だ。しかし。
「ちょっと寝てもいいか?限界なんだ」と俺は言った。
「ここも安全とは言い切れません」とスナが言った。「もう少しだけ我慢できませんか」
仕方がない。アレを使おう。俺はアイテムボックスから「チタの実」を出して噛んだ。……ナンカ、気持チイイ。ぴきーん!眠気すっきりだ!
「偵察しよう。リベリーは動けるか?」
「妾はまだ動けん」
「じゃ、アイテムボックスの中に入ってろ。ルアックもいったんアイテムボックスに入っとけ。ロブスは俺を背負って移動。スナはどうする?」
「走ります」
「じゃ、行くぞ」
俺たちは地龍のいる横穴を目指した。
「あそこだ!」とロブスが言った。周囲は真っ暗だった。
「悪いが何も見えん」と俺が言うと、「カフィさんは迷宮は初めてでしたね。これをお使いください」とスナの声がして手に小さな金属を握らされた。
「これは?」
「黒瞳環という魔道具です。指にはめると夜目が効くようになります」
俺はその指輪を指にはめた。周りの様子がくっきりと見えてきた。確かに横穴があった。俺たちは穴の中の様子をのぞき込んでみた。
そこにいたのはティラノサウルスそっくりの、巨大な龍、地龍だった。
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