2杯め ゴブリンをテイムしなさい
王城のそばに冒険者ギルドはあった。
街を歩きながら思ったが、人々の顔に活気がなく、犯罪も多そうだった。路地裏で恐喝をしている場面を何度か見た。物乞いや、昼間から酔いつぶれている奴らもたくさんいた。王族が洗脳されている国だ。治世に問題があるのだろう。この街からは早めに去った方がよさそうだ。
俺はコーヒーが飲みたいだけなのだ。
そのためにも、まずは金を稼ぐ必要がある。
冒険者ギルドの掲示板に野草摘みの依頼が貼ってあった。
それを剥がして受付に持っていった。
「依頼を受けるにはどうしたらいいんだ?」と俺は言った。
「初めてですか?」と受付嬢が言った。「まずはギルドに登録していただきます。登録料は銀貨一枚です」
「銀貨一枚か……」
さっき、街を歩きながら通貨価値を確認した。
金貨一枚 = 十万円
銀貨一枚 = 一万円
銅貨一枚 = 千円
鉄貨一枚 = 百円
というところだ。ギルド登録料はだいたい一万円ということになる。けっこう高いな。
「手持ちがないんだが」
受付嬢の目付きが変わった。受付嬢の中で俺の格付けが下がったのだろう。
「それだったら、登録なしで利用可能よ。ただし、買取額は通常の半額」
口調まで変わった。
「わかった」
俺は冒険者ギルドを出て、街の外壁にある門を通り、草原地帯に向かった。
森に入るとゴブリンの集落があった。群れがいたのでまとめてテイムした。人間をテイムしていた時のような不快感はなかった。野生動物に近い分だけ、魂がきれいなのだろうか。
森の奥からもう一匹のゴブリンが出てきたのでテイムしたら、体から力が抜けていく感じがあり、眩暈がした。
俺はステータス画面を見た。
HP├■■■■■■─────┤50
生命力を削られていた。眷属爛の一番下を見た。
ゴブリンA:
ゴブリンコマンダーに進化間近の優秀な雌のゴブリン。高潔なる魂の持ち主。ゴブリンの集落では長を務めていた。(趣味:剣術の鍛錬)[スキル:狩猟魔法][状態異常:呪い]
と表示された。
「高潔なる魂の持ち主」だったせいで、生命力が減少したのか。
これでは魔物もうかつにテイムできない。今回は半分で済んだからいいが、下手をすると死んでしまう。
俺はテイムの説明をもう一度見た。
・相手の魂の高潔さが自分を上回る場合、上回った分だけ生命力を削られる。
・ただし、相手を力でねじ伏せた場合や、相手がテイムされることに同意した場合はこの限りではない。
いきなりテイムするのではなく、力でねじ伏せてからテイムすべきなのだろう。
しかし俺にはそんな力はない。
その他にも「状態異常:呪い」とか、ツッコミどころはあったが、気にしないことにした。俺はコーヒーが飲めればそれでいい。
俺はゴブリンたちを整列させ、依頼書の絵を見せた。
「この野草だ。これを取ってこい」
ゴブリンたちは「ぎいぃっ!」と言って散っていった。
俺は空を流れる雲を眺めていた。気持ちのいい天気だった。こういう日に野外でコーヒーが飲めたらいいのに。そうだ、野外でお湯を沸かすための機材も必要だ。リストに追加せねば。
①おいしい水
②コーヒー豆
③コーヒーミル
④ドリッパー
⑤ドリップケトル
⑥フィルターペーパー
⑦お気に入りのマグカップ
⑧野外でお湯を沸かす機材
そんなことを考えていたら、ゴブリンたちが戻ってきた。皆、手に野草を持っていた。俺はアイテムボックスに野草をしまった。アイコンの横に野草の名前と説明が出てきた。
「タフラシュ草五百束:擦り傷、切り傷、火傷に効能あり」
たくさんあるので、少し自分用に取っておこう。
ゴブリンAが持ってきた野草は違う種類だった。アイテムボックスにしまうと、アイコンの横に「ヒラミ草十束」と出た。その説明は──
ヒラミ草:
・タフラシュ草の上位互換。中級ポーションと同等の効果あり。たいていのケガを治癒する。
「すごいじゃないか」
俺は「ヒラミ草」を持ってきたゴブリンであるゴブリンAをなでた。なでられたゴブリンAは「ぎぎ!」と言ってうれしそうにしている。顔は醜悪だが、なかなかかわいいところもある。
しかし情を移してはいけない。俺がこれからすることを考えたら。
「こいつらを縛り、一列につなげ」と俺はゴブリンAに命令した。ゴブリンAは「ぎいぃっ!」と言って、集落に駆けていき、縄を持ってきた。そして、50匹くらいのゴブリンを縛り、縄でつないだ。動きに無駄がない。有能だ。
俺はゴブリンAに命じ、縛ったゴブリンの群れを引っ張らせた。
俺は門に向かって歩き、その後ろにゴブリンAに縄で引っ張られたゴブリンの列が続いた。
門のところで、門番が俺を止めた。
「街に生きた魔物を入れてはいかん!」と門番は言った。
「そうなのか」
「騒乱罪や、ひどい場合は国家転覆罪に問われるぞ」
仕方がない。ここでやるか。
「悪いがナイフを貸してくれないか」と俺は言った。「こいつらを殺して耳をそぐ」
「ナイフくらい、ゴブリンだったら持ってるだろ」と門番が言った。
「そうか。お前、ナイフを持っているか」とゴブリンAに聞いたら、背中からナイフを抜いた。腰のベルトに鞘が付いていた。
「ボロボロだな」と門番が言った。「錆びてるし刃が欠けてるじゃないか。そんなナイフじゃ刺される方もたまったもんじゃない」
「そうか。じゃあやっぱりナイフを貸してくれ」と俺は門番に言った。
「貸してやらんこともないが、ただではなぁ」と門番は言った。
俺はアイテムボックスからタフラシュ草を1束出して「タフラシュ草だ。これでどうだ」と言った。
門番は「一束だけか?銅貨一枚にしかならんぞ」というので、俺はもう二束出した。「これだけしか手持ちがない」と俺は言った。嘘だ。ほんとうは売るほどある。銅貨三枚分=三千円と考えれば妥当な線だろう。
「タフラシュ草三束か。どうするかな」というので、俺は手を伸ばし、門番からタフラシュ草を取り返そうとした。「三束でダメならもう頼まない。ボロいナイフならあるんだ」
こいつ、面倒だからテイムしてやろうか。そう思ったら、
「わかったよ、ナイフを貸してやろう」と言って、門番はタフラシュ草をポケットにしまい、ナイフを貸してくれた。「悪く思うなよ。税金が高いせいで生活が苦しいんだ」と門番は言った。
俺は離れた場所に行き、ゴブリンAにナイフを渡した。「こいつらを殺して右耳をそげ」と命令した。ゴブリンAは少しだけ悲しそうな顔をしたが命令に従った。
ゴブリンAは、ゴブリンの胸にナイフを突き立て、耳をそいだ。せめて苦しませないように一息で殺そうとしているのが伝わってきた。
途中で門番が様子を見に来た。「あんた、テイマーかい?ゴブリンにゴブリンを殺させるとは、いい趣味してるぜ」
俺は肩をすくめることしかできなかった。
「見たことねぇ顔だ。よそ者かい?」
「ああ」
「悪いことは言わねぇ、こんな国からは出ていった方がいい」
「そのつもりだ」
門番はゴブリンAの仕事ぶりをしばらく眺め、持ち場に戻っていった。
ゴブリンAが殺戮と耳そぎを繰り返すのを見ながら、「人をテイムして金を奪うより、ひどいことをしているのではないか」という気がしてきた。しかし、ゴブリン討伐はこの世界の人間のルールにのっとった行いだ。人は善、魔物は悪。そんな価値観は人間のご都合でしかないが、どこかで割り切る必要がある。
ゴブリンAが「作業」を終えた。耳の山と、その何十倍も大きな死体の山ができていた。
「袋がないな」と俺は言った。「悪いが集落に戻って袋を取ってきてくれ。それから地面を掘る道具も」
ゴブリンAが森に走っていった。ふと、テイマーの能力は、テイムした対象が離れていても有効なのか、と気になった。範囲制限があるなら、ゴブリンAは戻ってこないだろう。
しかし、ゴブリンAはちゃんと戻ってきた。手には袋とシャベルを持っていた。
「よし。えらいぞ」と言って俺はゴブリンAの頭をなでた。ゴブリンAはうれしそうにした。「戻ってきて早々で悪いが、地面に穴を掘って、こいつらを埋めてくれ」
ゴブリンAが穴を掘り始めた。その間、俺はゴブリンの耳を袋に入れた。
「ぎぎっ!」
俺が耳でぱんぱんになったずだ袋をアイテムボックスに入れていると、ゴブリンAが俺のところに来た。
「どうした?」
ゴブリンAが手に光るものを握っていた。
「これは……。魔石ってやつか?」
水晶の原石のような、ぎざぎざした形をしていて、赤く光っていた。アイテムボックスに入れると、
「森大蛇の魔核。希少価値があり、高値で取引される」という説明が表示された。
「穴を掘ってる時に見つけたのか。お前はほんとうに有能だな」俺がほめるとゴブリンAはうれしそうだった。
ゴブリンAは穴を掘り続けた。巨大な穴ができあがると、ゴブリンAはゴブリンたちの遺体を穴に放り込んでいった。かなりの重労働だと思うが、ゴブリンAは手を休めることもなく、すべての遺体が穴に投じられ、土がかぶせられた。
俺は手を合わせ、ゴブリンたちの冥福を祈った。
ゴブリンAは、俺が命令したわけでもないのに、俺と同じように手を合わせていた。
俺が命を奪っておいて、祈りを捧げるなど、むしろ死んだゴブリンたちへの冒涜になるのかもしれない。
しかし俺は祈らずにはおられなかった。
こいつらは──
俺がコーヒーをまた飲むための、最初の礎となったのだから。
本日、13時、15時、17時、19時、21時に5話まで投稿します。




