十六杯め 勝ちたいなら復活した龍に死んでもらいなさい
「いやー、大漁大漁」と言いながらロブスとルアックが帰ってきた。
俺たちはゴブリンの集落のそばにある河原に来ていた。
(るーたんも がんばったよ)
ルアックは擬態を解いて姿を見せており、その背中にたくさんの魔物が載せられていた。落とさないようにそろり、そろりと動いていた。
「えらいぞ」
俺はルアックをほめた。ルアックは(えへへ うれしい)と言って喜んでいた。それを聞いて俺もなごんだ。見た目は赤黒いオーラを漂わせている大蛇なのだが、俺の中でルアックに対する父性本能のようなものが芽生え始めていた。
いいのか?
ま、気にすまい。異世界でコーヒーを飲むという野望の前では、すべては些事にすぎない。
アラビカはロブスが狩ってきた魔物を解体し始めた。
「我が愛剣、断頭せし者よ、あわれなる生贄たちの血を吸うがよい」
そう言って、百匹くらいの首切り兎の首を、鉈で次々に落とし始めた。頬には血飛沫が付き、アブない人の目になっていた。鉈にそんな名前を付けるのはどうかと思うし、首切り兎の首を断頭せし者という名前の鉈で切り落とすというのも皮肉なのか何なのか、いずれにしても、アラビカは通常営業に戻っていた。いいことだ。
首切り兎の首が百個積みあがったところでロブスが「こいつらにアレやってくれよ」と俺に言った。
おれは首の山に手をかざし「亡骸従属」と言った。すると、頭部だけのウサギから足が生え、その辺をうじゃうじゃと走り回り始めた。それを見て、ロブスが死ぬほど笑い転げていた。
「収納」
収拾がつかないので、俺は首切り兎の首を収納した。
俺は紅茶を淹れる練習をしようと思ったが、茶葉がもう残り少なかった。代わりに、アイテムボックスの中にあったタフラシュ草を出した。
「ロブス、お前の火魔法でこいつを乾かせるか?」
「いいぜ」
(妾も手伝おう)とリベリーが言った。
俺は大きなザルの上にタフラシュ草を並べた。ロブスが炎を出し、リベリーが風を送った。
「リベリーは風が出せるのか」と俺が言ったら(当然じゃ。飛翔魔法は風魔法の上位互換じゃからの)と言っていた。
最初は少し焦がしたが、やがて、ちょうどいい温度と風量がわかり、大量の干し薬草ができた。おれは石臼でパリパリに乾いたタフラシュ草を砕き、粉にした。
そして湯を沸かし、ドリップケトルとドリッパーを使って煎じてみた。
「おい、アラビカ、ちょっと飲んでみるか」とアラビカにも声をかけた。「ご主人さまのお呼びとあらば」とアラビカは鉈を置いてやってきた。
カップ3つと皿2つにタフラシュ草の煎じ汁を注ぎ分けた。
恐る恐る口を付けてみた。ほお?!
「少しとろみがあって甘い味がするな」とロブスが言った。
「乾燥させて粉末にしたことにより、中級ポーションと同程度の魔力濃度になったとアラビカは愚考します」
(もっと欲しいのじゃ)
「ルアック、お前は飲まないのか」
(るーたん ぞんびだから ぽーしょんはどくになる)
「そうか」
俺は今度はタフラシュ草ではなく、その上位互換であるヒラミ草をアイテムボックスから出した。ロブスとリベリーに干し薬草にしてもらい、石臼で挽いて粉にして、ドリッパーに入れた。できた煎じ汁をリベリーの皿に入れた。
「飲んでみろ」
リベリーは、舌を使って煎じ汁を飲みほした。すると──
リベリーの体が光り始めた。これはもしかすると、と思っていたら、
(カフィ殿、見ないでたもれ)
というので、俺は後ろを向いた。
(はあぁぁーん)という艶めかしい声が聞こえた。やっぱりそうか。
「もうええぞ」という声に振り向いてみると、そこには青い着物を着た、黒髪で金色の目をした妖艶美女が立っていた。
俺はステータス画面で念のためリベリーのスキルを確認した。龍種に戻っており、ブレスや氷瀑魔法も元に戻っていた。毒耐性が毒無効になり、呪い無効が追加されていた。
「よし」
「復活、おめでとうございます、リベリー」
(りべりーおねーたん よかったね)
「ようやっとこの姿に戻れたのじゃ」とリベリーは言った。「カフィー殿、あいてむぼっくすから妾のペンダントやら指輪やら出してたもれ」
俺は黒瑪瑙のペンダントと指輪、ルビーのかんざしを渡した。リベリーはそれらを身につけるとくるりと回り、「完全復活じゃ」と言った。
「しっかしすげぇ効き目だな。薬草を乾かして粉にして汁にしただけで」とロブスが言った。
「タフラシュ草もヒラミ草も、貼るだけで傷を治癒する効果のある薬草です。煎じて飲むという発想は、これまでにはありませんでした」
「そうなのか」
「ええ。タフラシュ草が中級ポーションに、ヒラミ草が上級ポーションになるなら、助かる命が増えるかもしれません」
「上級ポーション?」
「致命傷でも癒すことができます。首を切られたり、脳や心臓を潰されたりするとさすがに癒せませんが」
「そうか、じゃあ冒険者ギルドに作り方を教えてやるか」
「それがいいとアラビカは愚考します」
日はまだ高かった。
「今から行くか」
ロブスとリベリーにタフラシュ草の葉を多めに乾かしてもらった。何枚かは見本用に取っておき、残りで煎じ汁を作り、容器に入れた。ロブス以外をアイテムボックスにしまい、ロブスに背負われて王城の街に戻った。冒険者ギルドに買取係がいたので、乾燥させたタフラシュ草を見せ、作り方を実践して見せた。完成した煎じ汁を受付嬢が鑑定した。
「メイドンさん、ほんとうに中級ポーションになってるよ!」
「タフラシュ草が?もとの葉には初級ポーションの効力しかないんだぞ」
俺は口頭でもう一度作り方を説明し、それを受付嬢が紙に書いた。「絵が上手だな」と俺が言うと、なぜか受付嬢が顔を赤くした。ヒラミ草で同じことをすると上級ポーションが作れることも伝えた。その情報をどう扱うかは彼らに任せよう。
俺は街を出て、ロブスに背負われてゴブリンの集落に戻った。
リベリーにも出てきてもらい、俺はヒラミ草の煎じ汁を作り、ガラスのドリップケトルに入れておいた。
準備は万端だ。
しかし俺にはもう一つ、やらなければならないことが残っていた。
「なんじゃ、闇魔導士バジラ・イグニフェリオス対策か?」とリベリーが言った。
「そうだ。万が一に備えておくに越したことはないだろう」
「カフィ殿は心配性じゃのう。作戦は立てたし、妾が元に戻ったのじゃ。今度こそ負けることはあるまい」
「そのことなんだが、リベリー」と俺は言った。「次回の戦いでお前の出番はない」
「え、どういうことじゃ、カフィー殿」リベリーが困ったような笑みを浮かべた。「冗談じゃろ?な?……あ、なぞかけか?」
俺はそれには答えなかった。
「お前には」
俺はリベリーに手をかざした。
「死んでもらう」
そして。
リベリーの姿が、跡形もなく消えた。
「すまない、リベリー……」
* * * * *
俺、アラビカ、ロブスの前に闇魔導士バジラ・イグニフェリオスが立っていた。
リベリーが消えた後、俺はルアックをアイテムボックスに収納し、ロブスに背負われ、アラビカとともに、ヴィアードヴァルトの森の奥深くにあるゴブリン集落に行き、そこでロブスの最大火力の火炎魔法を天に向かって放ってもらった。そこに闇魔導士バジラ・イグニフェリオスが現れたのだった。
「儂を呼んだつもりか、冒険者カフィよ」
「そうだ。戦闘前の打ち上げ花火だ」
「お遊び気分でこの儂の前に立っているというのか?儂から二度も逃げのびたことはほめてやろう。しかし三度はないぞ」とバジラ・イグニフェリオスは言った。「おぬし、『転移』などといって儂を欺いたな?」
「何のことだ?」
「しらばっくれよって。自分のアイテムボックスに入って消えたふりをしただけじゃろ」
「!」
「顔に出ておるぞ、図星と見える」
バジラ・イグニフェリオスはニヤリと笑った。「小賢しいやつめ。だがそれも今日までだ。死んでもらう。地獄で我が弟スネフェルに詫びるがよい」
闇魔導士は杖を構えた。
「儂がゴブリンに変えた龍の娘はどうした」とバジラ・イグニフェリオスは言った。
「それをお前に教える必要はない」と俺は言った。
「おぬし、呪いを解く力を持っているのであろう?なぜ戦いに出てこない」
「……」俺は黙っていた。
「ふん。ゴブリンから戻すことはできても、龍種に戻すことはできなかったのであろう。それともテイムが解けてしまったのか?」
「お前には関係ない」
「まあよい。あの娘が出てこないなら好都合じゃ。今日はお前をゴブリンに変えてやる。そうすればもはや我が呪いを解けるものはいなくなる」
闇魔導士は、黒い光線を放ってきた。アラビカが俺を抱えて横に跳び、ロブスが炎をまとった爪で老魔導士に切りかかった。老魔導士は防護壁でそれを防いだ。
俺はアイテムボックスから、百体の首切り兎 の頭部を出した。頭だけのウサギに足が生えていた。
「ウサギたちよ、あいつの首を刈ってこい!」と俺は命じた。
「なんと奇っ怪な!」
地面を走る頭だけのウサギたちが次々にバジラ・イグニフェリオスの首めがけて飛びついていった。麻痺効果のある防御壁が展開され、頭ウサギたちは、次々に地面に落ちていった。
「手ごたえがないな。何をたくらんでおる!」
「お次はこいつらだ」
俺は十頭の、皮を剥いだ白猪を突っ込ませた。その影に隠れ、アラビカがバジラ・イグニフェリオスに切りかかった。
「ぬるい!」と言って、アラビカが両手で繰り出す二刀を杖でさばいた。
俺は、ロブスを収納し、バジラ・イグニフェリオス|の背後に出現させた。頭ウサギ、白猪、アラビカの攻撃により、意識が前面に集中していた闇魔導士は、背後への対応が一瞬遅れた。
「もらった!」
ロブスの爪が闇魔導士の首を裂こうとした。闇魔導士は間一髪、その攻撃をよけたが、首にかけていた、紋章ペンダントの紐が切られ、ペンダントが地面に落ちた。精神干渉魔法から防護するためのペンダントだ。闇魔導士が拾うより早く、ロブスがそれを奪い、俺のもとに持ってきた。
「よくやった、ロブス!」
「ミィにかかればこんなもんさ!」
「観念しろ、ジジイ!」と俺は叫んだ。
頭ウサギたちは闇魔導士への攻撃を続けていた。
俺は闇魔導士を視界に入れ「テイム!」と叫び、「止まれ!」と命令した。
しかし。
闇魔導士は動きを止めなかった。
「なんだと?」
「ふぉっふぉっふぉっ。紋章ペンダントなぞ、ただのアクセサリーじゃ」闇魔導士はローブの胸をはだけた。胸にもたくさんの魔法陣が描かれていた。
「ご主人さま、直接触れることができれば精神に干渉できるはずです!」とアラビカが叫んだ。
「よし、アラビカ、俺を奴のもとまで連れていけ!ロブス、猪たち、ウサギたち、あいつに突っ込め!」と命令した。
闇魔導士がロブス、猪、ウサギたちの対応に追われている中、アラビカに抱えられた俺は闇魔導士に近づき、手を伸ばした。
闇魔導士が小さな声で詠唱し、杖が光り始めていた。
それを見た俺はアイテムボックスの中に入り、奴の背後に出現し手を伸ばした。
チェックメイトだ。
と思った時、闇魔導士が振り向いて俺に杖を向けた。
「芸がないな、それは虎娘の時に見た」
そして唱えた。
「小鬼呪化!」
闇魔導士の杖が光り、光が俺に向かって迸った。
* * * * *
後世の歴史家はこう綴っている。
薬草があり、葉を煎じて茶とする文化があり、傷を癒すポーションがあり、ケガを直す治癒師がいる世界で、なぜ薬草を煎じてポーションにする発想が生まれなかったのか。過去を振り返ってそのように問うことは簡単だ。
しかし薬草があり、傷を癒すポーションがあり、ケガを直す治癒師がいるからこそ、薬草を煎じてポーションにする発想が生まれなかったのだ、と。
タフラシュ草はもっとも手に入りやすい薬草であるが、その効果は限られていた。
ヒラミ草は中級ポーション並みの効果があったが、魔物がひしめく森の奥地にしか生えておらず入手が困難だった。
ポーションは、錬金術師が多大なる魔力を消費して作るため、高価だった。特に上級ポーションは、王家が数本所有するだけで、市場に出回ることはなかった。
治癒師のほとんどは上級者パーティに所属しており、街で見かけることはなかった。
その結果として、庶民にとって高度な医療を受けることは手の届かない高嶺の花であった。
そこに登場したのが、「カフィ式煎じ汁」だった。
タフラシュ草を干して粉末にして茶にするだけで、中級ポーションと同様の効果が得られた。これにより、乳児死亡率が大幅に低下した。また、時折発生する流行り病で死亡することがほとんどなくなった。
ヒラミ草を干して粉末にして茶にすると、上級ポーションと同様の効果が得られた。これにより、たとえば馬車に轢かれるなど、これまでであれば命を落とすような大事故であっても、助かる命が増えた。
人々は「さすが救世主様」「我が子の命を救ってくださりありがとうございます、カフィ様」と口々に称えた。人相書きを元に、救世主カフィ様の銅像が各地に建てられ、賽銭、献花があふれ、「その尊顔を撫でるだけで幸せになれる」などの民俗信仰が生まれた。
冒険者カフィはその話を知らない。
毎日10時、16時に投稿します。




