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十五杯め ガラス製ドリップケトルを手に入れなさい

「いらっしゃい」とひげもじゃのドワーフのオヤジが言った。「ん?前にも来たことがあるな。……あ!あんた、救世主様か」

「これを直してほしいんだが」と言って、俺はドリップケトルと取れてしまった注ぎ口をアイテムボックスから出した。


オヤジは爪でドリップケトルを叩いた。


「鉄じゃねえな」

「ステンレスだ」

「ちょっと待ってな」


オヤジは皮手袋と色眼鏡を付け、先が細くなった筒を出した。


「こいつは火魔法を収束して高熱にする魔道具だ」


シュー、という音がして、筒の先から青い炎が出た。溶接機みたいだった。


その炎を注ぎ口の根元に当てると、チリチリと音がした。


「お、いけそうだぜ」とオヤジが言った。「ちょっと不格好になっちまうかもしれねぇが、構わねえか」

「実用上問題がなければそれでいい」と俺は言った。

「よし」と言ってオヤジは溶接を始めた。一分もかからず「こんなもんだろ」と言った。俺はドリップケトルを受け取った。がっちりと固定されていた。

「いい出来だ。いくらだ?」

「このくらいただでいいよ。あんたは前にいろいろ買ってくれたし、何しろ救世主様だからな」

「いや、そういうわけにはいかんだろ」


などと押し問答をしていたら、奥からドワーフの女性が出てきた。前にガラスで漏斗型のドリッパーを作ってくれた人だ。


「何騒いでんのさ。あら、あんたは気前のいいお兄さんじゃないか」

「救世主様だぞ」とオヤジが言った。

「え、まじ?」と女性が言った。「人相書きと全然似てないじゃないか」

「黒髪のアイテムボックス持ちと来ればすぐにわかりそうなもんじゃねえか」


え、人相書きが出回っているのか。やだな。


「なんだい、それは?」ドリップケトルを見て女性が言った。「湯沸かしだ。今、直したところだ」

「ふーん。あたしも見ていいかい」

「ああ」


女性はドリップケトルをいろいろな角度から見た。「おもしろい形だね。ガラスで作ってみてもいいかい」

「構わないが、どうしてだ」と俺は聞いた。

「おもしろいもんを見たら作ってみたくなるじゃないか」と女性は言った。

「職人魂ってやつだな」とオヤジが言った。


俺たちはガラス工房に移動した。


女性は棒の先にガラスの原料を付け、釜に入れた。真っ赤に溶けたガラスの形を器用に整えていった。取っ手と注ぎ口も作って、オヤジが使っていたのと同じ溶接機で接着した。


「どうだい?」


ちゃんとお湯の通る穴も開いている。


「いいじゃないか」

「ガラスの方が熱伝導率が低いから、沸かしたお湯が冷めにくいよ」

「冬によさそうだ。火にかけても問題ないのか」

「熱耐性の魔法を付与してあるからね。ちょっと使ってみておくれよ」と女性が言うので、俺はアイテムボックスからお茶の葉や、ドリップの道具一式を出してお茶を淹れた。

「うめぇな、このお茶」

「なるほど、注ぎ口が細いから茶葉の開き具合に合わせて湯を注げるんだね」


オヤジも女性も紅茶を飲みながら感心していた。


「俺にこのガラスドリッパーを譲ってくれないか」と俺は言った。「いくらだ?」

「お代はいいよ。その代わり」と女性は言った。「これ、あたしがたくさん作って売ってもいいかい?」

「構わない」と俺は言った。「もう一つ作れるか?その分は金を払う」

「ほんとならこっちがアイディア料を払わないといけないくらいだ」女性はそう言って、あっという間にもう一つ、ガラス製のドリップケトルを作った。さっきより手際がよくなっていた。あっという間に量産しそうだ。


俺はその辺に並んでいたガラス製の器をあるだけ購入した。蓋がついているので、液体を保存するのに役にたちそうだ。


俺は修理済みのステンレス製ドリップケトルと、ガラス製ドリップケトル二個、購入したガラス容器をアイテムボックスにしまい、店を出た。


雑貨屋に行き、調味料を買い込んだ。リベリーのために唐辛子の粉も多めに買った。


(さすが妾のことをよくわかっておるのじゃ、カフィ殿)という声がアイテムボックスの中から聞こえた。


市場に行き、屋台の串焼きや肉料理を買い占めた。


(肉だ、肉だー!)とロブスがアイテムボックスの中で叫んでいた。

(いい におい るーたんも たべたーい)とルアックが言った。


しかし。


アラビカは静かだった。いつもなら、ロブスといっしょに騒ぐところなのに。


俺は北門を出て、少し歩いた。


「アラビカに大量のゴブリンの耳をそいでもらい、埋めてもらったのこのあたりだったな」と俺は言った。

(……はい)とアラビカは言った。


俺は森のそばまで歩いた。


「この辺でいいだろう」


アラビカ、ロブス、リベリー、ルアックをアイテムボックスから出した。そして屋台で買った串焼きや肉料理を出して食べさせた。みんな熱心に食べていたが、アラビカはいつもより食欲がないようだった。


「ロブスは狩りに行ってきてくれ」

「おう、任せとけ」

「リベリーはどうする?」

(妾は少し休みたいのじゃ。カフィ殿のあいてむぼっくすに戻してたもれ)

「わかった。収納。ルアックはどうする?」

(るーたんも かり したい)と見上げるほど大きな蛇であるルアックは、赤黒いオーラをまき散らしながら言った。

「お前が来ると獲物が逃げるぜ」とロブスが言った。

(えー けはいなら けせるよ)とルアックが言った。ルアックの赤黒いオーラが消え、そして、姿まで見えなくなった。

「「「「えっ?」」」」みんな驚いた。元気がなかったアラビカも驚いた。

「気配どころか、姿も消えてるじゃないか」

(るーたん すごい?)

「すごい」

(やったあ)

「じゃあルアックは、ロブスといっしょに狩りに行って、獲物を回収する役目をしてくれ」

(いいよお)


ロブスは森に向かって走っていった。ズルズルと地面を這う音がして、草地に、見えない大蛇が這った跡が伸びていった。


「リベリー」と俺は言った。「これからアラビカと話がしたい。しばらくのあいだ、聞き耳は立てないでくれるか?」

(あいわかったのじゃ)


通話終了。


俺はアラビカといっしょに歩いた。アラビカの足は森の中に向かった。森に入ってすぐのところにゴブリンの集落があった。並んで座れる切り株があったのでそこに腰を下ろした。


「二人だけでこうして話すのは久しぶりだな」

「はい。だいぶ所帯も大きくなりましたから」

「お前は王城の街(クナルグスブルグ)で生まれたんだな」

「……はい」

「闇魔導士バジラ・イグニフェリオスによってゴブリンに変えられたアラビカが捨てられた場所はこのへんか」

「……はい」と言ってアラビカは周囲を見た。「ここがヴィアードヴァルトの森です」

「ここに来るのはイヤか」

「いえ、それはありません」と、アラビカはきっぱりと言った。「ここでご主人さまに会い、アラビカの人生は再び回り出したのですから」

「そうか。兄である国王に会いたくはないか」

「それは……」とアラビカは言った。「よくわかりません」


アラビカは、集落の様子を眺めた。


「森のヌシである炎虎(バーニンタイガー)が南下してきたため、押しやられるようにアラビカたちはこの地まで移動しました」


足元に落ちていた、木の枝を糸で縛ったものをアラビカは拾い上げた。見ようによっては人形に見えなくもなかった。


「ゴブリンは単性生殖で群れを増やします。ご存じでしたか?」

「いや」

「ゴブリンは、雌であろうと、雄であろうと、成体になった後は、半年に一度、3匹から4匹の子どもを産みます。ゴブリンは、森の生態系の中では最弱の魔物です。普通の動物にさえ捕食されることのある、食物連鎖の最下層にいる生き物なのです。頻繁にたくさんの子を産むことで何とか群れを維持します」

「……」

「ゴブリンが単性生殖なおかげで、幸いなことに、ゴブリンの雄に抱かれるという辱めを受けたことはありませんが、出産は何度も何度も経験しています。ゴブリンのお産は軽いと言われていますが、それでも、身を引き裂かれるような痛みを何度も味わってきました」


アラビカは、木の枝の人形を、くるくると指で回していた。


「人間であった頃のアラビカは生娘でしたが、ゴブリンとして出産経験のあるアラビカは、処女と言えるのでしょうか。姫騎士として育てられてしまったせいで、『純潔』という価値観がアラビカの中では重すぎるほど重いものになってしまったと、アラビカは愚考します」


口調は明るかったが、それに反して、アラビカは顔は暗かった。


処女にして聖母。


そんなフレーズが浮かんできた。


そして。


俺はある一つの事実に思い当たった。


「お前に殺させたのは、お前の子どもたちだったのか」

「前にも言いましたが、それは気にしなくてもいいことなのです。自分の腹を痛めて産んだ子さえ、アラビカにとっては忌むべき魔物でした」


アラビカは木の枝の人形を指から離した。人形は地面に落ちた。かさっというかすかな音がしただけだった。


「ご主人さまのおかげでアラビカは人の姿に戻りましたが、そんなことを思うと、兄に合わせる顔がないような気もしてくるのです」


アラビカが俺の手を取り、俺の顔を見た。その顔は涙で濡れていた。


「こんな話をしたら、ご主人さまはアラビカを嫌いになりますか?」

「いや、アラビカはアラビカだろ?」と俺は言った。「たとえどんな過去があろうとも、お前がいてくれたから、俺はこの世界で生きのびてこれたんだ。それでいいじゃないか」


アラビカは指で涙をぬぐって言った。その顔に笑顔が戻っていた。


「ご主人さまはやさしすぎます」


俺はアラビカに向き合った。


「人間の姿に戻った今、お前には王城に戻り、王族として生きる道もある」と俺は言った。「もともとの名前に戻り、王を補佐して生きていく生き方だ。それがお前のあるべき道なんじゃないか?」


アラビカの顔から笑顔が消えた。


「ご主人さまはアラビカをお捨てになるつもりですか?他に強い眷属ができたから、もうアラビカは必要ないと?」

「そうじゃない」と俺は言った。「俺の目的が終わったら、俺はお前たち全員を解放するつもりだ。俺の眷属として一生を終えさせるつもりはない」

「アラビカは、たとえテイムされていないとしても、ご主人さまのそばを離れたくありません」とアラビカは言った。「元の名前など、ゴブリンにされた時に消えたのです。現国王の妹であり、姫騎士であった者は、あの時に死んだのです。ここにいるのはアラビカです。ご主人さまが名付けてくれたアラビカです」


そしてまたアラビカは泣き始めた。俺が手を広げると、俺の胸に顔をうずめた。


俺はアラビカが泣き止むまで、アラビカの肩を抱いていた。


それがアラビカの決意であるというなら、受け止めようじゃないか。


困ったな。


コーヒー以外にも、守っていかないといけないものができてしまったじゃないか。


* * * * *


「『カフィ式湯沸かし』が売っている店はここか」


立派な身なりの男女が、ドワーフの店を訪れた。


貴族たちのあいだで、「救世主様が発案なさった湯沸かし」があるという噂が広まった。貴族たちはこぞって「カフィ式湯沸かし」を買い求めた。


ドワーフのガラス職人、コナ・グラスウィーズルは、漏斗型のガラスドリッパーとセットでガラス製ドリップケトル「カフィ式湯沸かし」を販売した。布をフィルターにして茶葉をドリップする説明書付きだった。やがて手狭になった工房を拡張し、人を雇って大量生産するようになった。


後に王城の街(クナルグスブルグ)でコーヒーが大流行する下地となったのが、「カフィ式湯沸かし」の広範囲への普及であったが、冒険者カフィはそのことを知らなかった。

毎日10時、16時に投稿します。

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