十四杯め 死屍森大蛇をテイムしなさい
俺たちはアジトにしている洞窟に戻った。長時間飛び続けたリベリーは丸くなって寝ていた。
俺は料理の準備を始めた。リベリーのパワーアップが優先事項だった。
俺はステータス画面を開いてリベリーの説明を見た。
リベリー:
・龍種から退化した青飛竜の雌。高潔なる魂の持ち主。竜族の姫。闇魔導士バジラ・イグニフェリオスの呪いにより、ゴブリン化された。呪いは解除されたが、呪いによる身体変化のために魔力を大量に消費した。「趣味:なぞかけ」[スキル:氷魔法、飛翔、毒耐性、念話、気配操作][状態異常:テイムト]
氷瀑魔法が氷魔法になり、ブレス、人化、ウロコの服がスキルから消えていた。
精の付くものを食わしてやろう。
魔導コンロの上にフライパンを置き、たっぷりの油に薄切りにしたニンニクを入れ、油にニンニクの香りが移ったところで赤角鹿 の赤身肉を焼き始めた。狩りは定期的にしているし、アラビカが肉をさばいてくれるので、材料はいくらでもある。
(くんかくんか。いい香りです)
(ミィたちにも食わせろー!)
そういえばこいつらも戦闘したばかりだ。腹が減っているだろう。アラビカとロブスをアイテムボックスから出した。リベリーも匂いを嗅ぎつけて目を開けた。
「さあ、どんどん食え」
俺は次々に鹿肉を焼いていった。
「アチ、ウマ!」
「アラビカはみでぃあむがおいしいと愚考します」
等と言っている。
(のう、カフィ殿)とリベリーが言った。(街で買った、あの赤い粉をかけてくれんかの)
「唐辛子か。いいぞ」
俺は皿に乗った鹿ステーキにささっと唐辛子の粉をかけた。
「どうだ?」
(これじゃ、この味なのじゃー!)と言ってばくばく食べ始めた。
「辛くないか?」
(もっとなのじゃー!)
俺は唐辛子の粉をリベリーの肉に追加でかけた。
その様子をアラビカとロブスが見ていた。
(ミィにもくれよ)
(アラビカも試してみるのです)
俺は少量の唐辛子を二人のステーキ肉にかけた。
「アラビカはこのくらいなら食べられますが、ない方が好きです」
「うえー、なんだよこれ、毒じゃねぇか」
(では妾がもらうぞよ)と言って、リベリーがロブスの皿から肉をパクっと食べた。
みんなの腹が満ちた。リベリーは青飛竜のままだった。一度でうまくいくとは思っていなかった。地道に続けていこう。
ご飯が済んだら反省会だ。食休みをしたいところだが、闇魔導士は待ってはくれない。
「やっぱ強かったな、あのジジイ」とロブスが言った。「いくら切り裂いても、次から次に防御壁を展開してきたぞ」
「アラビカの剣技も通用しませんでした。悔しいです」
(龍種になった妾のブレスさえもしのぎおった)
「あいてむぼっくすに隠れたのはよかったんじゃねぇか」とロブスが言った。
「あれは奥の手だ。ああいう手練れ相手に何度も使える技じゃない」と俺は言った。
「確かに、今回はあやつが早々に立ち去ってくれたから助かりましたが、あの場に居座られたら出るに出られなかったと愚考します」
「あいてむぼっくすの中にいるとカフィは寝ちまうからな。ミィたちまで眠ったら一巻の終わりだぜ」
(あいてむぼっくすは空間魔法なのじゃろ?龍種のブレス並の攻撃だと、空間ごと削り取られる)
うーん、とみんなでうなった。
「やっぱり付け焼刃は通用しないか」なにしろ酔った勢いでたまたま生まれた技だ。
(そうでもなかろう?ロブスよ、おぬしあいてむぼっくすの中で生体エネルギー体になったカフィ殿をぶん殴ったそうではないか)
「おう、カフィが寝やがったからな。ミィの虎パンチで起こしてやったぜ」
(そういうことができるなら、あいてむぼっくすから出す時に位置を変えることも可能なのではないか)
「ほう」
俺はアラビカとロブスをアイテムボックスにしまった。
「ロブス、アラビカを思い切り遠くに放り投げてくれ」とアイテムボックスの中に話しかけた。
(ちょ、ちょ、ご主人さま、何を?)
(わかったぜ、そりゃ!)
(えー!)
俺はアラビカをアイテムボックスから出した。いつもなら俺の目の前に出てくるのだが、今回は3メートルくらい離れたところに出てきた。
(くく、思ったとおりじゃ)
「いいじゃないか。これをうまく使えば敵の意表を突けるな。収納」俺はアラビカをアイテムボックスにしまった。「ロブス、今度はもっと遠くに投げてくれ」
「あいよ」
「ひどいです、ご主人さま~」
俺たちは実験を繰り返し、5メートルくらいなら離れていても狙った位置に移動できるようになった。
「エネルギー体の状態で力を使う等、魂に直接の負荷がかかるはずなんじゃがのお」とリベリーが不思議がった。
「炎の魔力を体の外に押し出す時の感覚と似てるからじゃねぇ?」とロブスが言った。「ま、ミィが天才だったってことだな、わっはっは」
(それにしても)とリベリーが言った。(あの呪いがヤバいのじゃ)
「ステータスも削られますが、何より精神を削られるのです」
「あれは勘弁してほしいぜ。カフィが戻してくれるからいいけどさ、カフィがやられたらおしまいじゃん」
闇魔導士バジラ・イグニフェリオスの呪いの魔法である。当たるとゴブリンにされてしまう。
「こっちが隙を見せると撃ってくる感じだったな」
(あれを何とかせん限り、勝機が見えんのじゃ)
「俺の亡骸従属がもうちょっと使えるスキルだったらよかったんだがな」
「それなんだけどさ」とロブスが言った。「カフィ、お前森大蛇の魔核持ってたよな」
「おお」
ロブスをテイムした時に陽動に使った。
「魔物の魔核って死体みたいなもんじゃねぇ?肉が走り出すんなら、魔核にあの魔法かけてみたらどうなんのかな?やべ、思い出したらさ、ぷっ、おかしくなってきたぜ、あは、あは、肉が、肉がよー、走ってたんだぜ。ぎゃははは」
と言って、笑い転げ始めた。
ダメ元でやってみるか。
アイテムボックスから森大蛇の魔核を出して手をかざし、「亡骸従属」と唱えた。
すると。
魔核から赤黒い光が出て渦を巻いた。その光が広がり、蛇の形になっていった。それが膨らんで、膨らんで、膨らんで──
頭が天井にぶつかるほどの大蛇になった。洞窟の天井の石が削れてぱらぱらと落ちてきた。
「ええー……」俺はびっくりしていた。
大蛇は赤黒いオーラを出しながら、舌をチロチロと出し入れしていた。眼窩は真っ黒で目玉がなかった。胴体の皮は破れ、ところどころ骨が見えていた。
「……大きいですね」
「ほら見ろ、ミィはいいことを言ったな!やっぱミィは天才だぜ!」
(魔核は魔物にとって魂と生命の本体じゃからのお。こうなってもおかしくはないか)
「名付けをしてあげるのがいいとアラビカは愚考します、ご主人さま」
はっ。
俺は頭を抱えた。これは難問だ。
ここまでの名付けは簡単だった。
アラビカ種。
ロブスタ種。
リベリカ種。
コーヒー豆原種の名前を元にしたからだ。
しかしコーヒー豆原種の名前は全部使ってしまった。
どうするか。
(死の腹を通り抜け
よみがえりしもの
その名は何か?)
とリベリーが言った。
なぞかけをしている場合ではないんだが、と思いつつ、ん?死の腹を通り抜け?
ジャコウネコの腹を通り抜け、その糞から回収される超高級なコーヒー豆があるじゃないか。
「死の腹を通り抜け、再び生を得たお前を……」
赤黒いオーラを発している蛇がその頭を下げた。俺はその鼻先に手を触れ、言った。
「ルアックと名付ける!」
大蛇の体を覆っていた赤黒いオーラが一層輝いた。
(なまえ つけてくれて るーたん うれしい)とルアックが念話で言った。妙に幼いしゃべり方だった。が、気にすまい。異世界でコーヒーを飲むという野望の前では、そして、愛しのドリップケトルを破壊した闇魔導士に復讐するという目的の前では、すべては些事にすぎない。
俺はステータス画面を開いた。アラビカ、ロブス、リベリーが覗きこんだ。
「このスキルはとても役に立つとアラビカは愚考します」
「ナイスアイディアを出したミィを敬うがいい!」
(これをごにょごにょして、ロブスがごにょごにょして)
「おお!それならあのジジイに一泡吹かせられるな!」
ぐふふふふ……と俺たちは悪代官のような笑みを浮かべた。
「そうと決まればフォーメーションの練習だ」
俺たちは再々戦に備え、特訓を始めたのだった。
* * * * *
特訓の日々は順調に続き、
首根っこ洗って待っていやがれ、闇魔導士バジラ・イグニフェリオスよ!
……と、戦う意欲は満々だったが、その前にやることがあった。
アラビカとロブスをアイテムボックスにしまい、俺は青飛竜であるリベリーの背に乗った。リベリーには大量の肉を食わせていたが、まだ青飛竜のままだった。
「飛んでくれ、リベリー」
(りょうかいじゃ、カフィ殿)
リベリーが飛び立った。目指すのは、始まりの街、王城の街だ。
1時間くらいの飛行で外壁に囲まれた街が見えてきた。街の中央に王城がそびえ立っている。
壁から離れたところに着地してもらい、リベリーを収納し、俺は歩いていった。
「おお、兄ちゃん、久しぶりじゃねえか」と門番が言った。ゴブリンの耳をそぐためにナイフを借りた門番だ。「いけねぇ、今じゃ救世主カフィ様か。立派になったなあ」
「あんたもな」門番は新品の服を着ていた。
「新しい制服が支給されたんだ。給料も上がったんだぜ」門番は俺の肩を叩いた。「女房が喜んでなあ。王様が心を入れ替えてくれたのは、救世主様のおかげだって。おう、そうだ」と言って門番は門番小屋に行き、袋を持ってきた。「こいつを受け取ってくんな。女房からの感謝のしるしだ」
俺は袋を受け取り、中を開けた。干した木の実が入っていた。
「チタの実だ。こんなもんばっかりで悪いがよ」
「いや、助かる。役に立った」
この実のおかげでリベリーをテイムできたのだ。
「ちょっと待っててくれよ。あんたが来たことを上の者に報告しなきゃならねえから」
街に来るとこれが面倒だ。またギルドマスターが来ると思っていたら、
「お久しぶりです、救世主様!」と言って、立派な鎧を身につけた騎士がやってきた。どこかで見たことがある。
「お忘れですか、王城騎士団長のミカス・ド・ラーカイルです」
「ああ」
リベリーをテイムした時にいた奴だ。
「飛竜に乗って飛んでいかれるお姿を見て、私は直観したのです。救世主様は我らの手の中に収まる方ではない、と。救世主様の行動の自由を保証し、干渉しないように王に進言させていただきました。差し出がましい行い、どうかお許しください」
「頭を上げてくれ。助かった」
そうか、王さまが追いかけてこなくなったのはこの人のおかげなのか。
王さま。
アラビカの兄。
会いたいんじゃないか。
そう思った時、(アラビカはこの男を知っています)という声がアイテムボックスから聞こえた。
(そっか。この国の姫だったお前なら、王城騎士団長の顔くらい知ってて当然か。出てきてあいさつするか?)
(いえ、なりません!)アラビカの口調がきついので驚いた。(……そうか)
俺は門番に別れを告げ、ラーカイルに先導されて街に入っていった。たぶん一か月ぶりくらいだ。
街はきれいになっていた。道端の物乞いや酔っ払いがいなくなった。路地裏でカツアゲをしている奴らもいなくなった。街は活気にあふれ、人々の顔には笑顔があった。変われば変わるものだ。
「この辺でいい。世話になった」と俺はラーカイルに言った。
「御用がある時はいつでもお声がけください」と言って、ラーカイルは去っていった。
俺の目指す先はドワーフの店だった。
* * * * *
王城の街、北門の門番、ノルト・トールワルドは家に帰った。
「今帰ったぞ」
「あら、あんた、おかえり」
台所から声をかけたのは、妻のフリージョだった。
「今日、救世主様に会ったぞ」
「ほんとかい」と言って、エプロンで手を拭きながらフリージョが台所から出てきた。「ちゃんとお礼は言ったのかい?」
「ああ、もちろんだ。チタの実も受け取ってくれた」
「そりゃよかったよ」
「チタの実が役に立ったって言ってたな」
「今はチタの実くらいしかお渡しできないけど、がんばって救世主様をおもてなしできるくらいにはなりたいね」
「ああ、そうだな」
トールワルド家の裏庭には、チタの木がたくさん植わっていた。どの枝にも、赤い実がたくさんなっていた。その赤い木の実には、眠気を防ぎ、交感神経を興奮させる作用があった。
冒険者カフィはそれを知らない。
毎日10時、16時に投稿します。




