十杯め 作戦会議をしなさい
洞窟の中で、まず炎虎ロブスが目を覚ました。
(なんだ、ここは?ミィは何してたんだっけ……ハッ、奴はどこだ!)
ロブスは飛び起きて周りを見た。
「落ち着け、ロブス」と俺は言った。「ここは安全だ」
(カフィ……)
ロブスの逆立っていた毛が収まっていった。ロブスは地面に敷いた敷物の上に寝かされているアラビカを見た。
(気に食わねぇな。アラビカもやられたのか?)
「気を失っているだけだ」
ロブスはアラビカに近づき、その頬をぺろぺろとなめ始めた。
青飛竜のリベリーは、翼をたたみ、地面に寝そべっていた。
ロブスには「ここは安全だ」と言ったものの、いつまた老魔導士バジラ・イグニフェリオスが攻めてくるかわからない状況だった。
(珍しく不安そうな顔をしておるの、カフィ殿?)
薄目を開けてリベリーが言った。
「起きたのか、リベリー」と俺は言った。「奴がまた来るかもしれないと思うとな」
(この近くに奴の気配はない。あやつが竜種を超える気配察知能力を持っていたら話は別じゃが、当分ここは安全と考えていいじゃろう)
「そうか」
俺はアラビカを見た。地面で寝ていたアラビカが、ロブスの舌を避けるようにして寝返りを打った。
「ん……」
アラビカが目を覚ました。そして俺の顔を見た。
「ご主人さま……」
念話ではない声、空気を震わせる声が、俺の耳に届いた。
目の焦点が合っていなかったが、はっとした顔をして、
「ご主人さま!」と言って、俺に抱きつき、泣き始めた。
「アラビカは!アラビカは……!」
「落ち着け」
俺はアラビカの髪をなでた。アラビカは声をあげて泣いていた。
「うう、うわーん、うわーん……」
その声は洞窟の壁に反響した。
一国の姫が呪いの魔法によってゴブリンに姿を変えられ、それを思い出したところなのだ。
そりゃ、泣きたくもなるだろう。
異世界でコーヒーを飲むという野望の前では、すべては些事にすぎない。
そう思ってきた俺だったが、あの、闇魔導士バジラ・イグニフェリオスという奴には腹が立っていた。
アラビカが、声をあげて泣くのをやめた。まだ、すんっ、すんっ、と腹を痙攣させていたが、両手で涙を拭い、「お見苦しいところをお見せしましたが、アラビカはもうだいじょうぶです」といって笑った。
「泣きたいだけ泣けたか」
「はい。ご主人さまの胸で泣けて、アラビカは幸せです」
「そうか」と俺は言った。「じゃ、メシにするか」
俺はありったけの屋台メシを取り出して並べた。
「さあ食え!」
アラビカも、ロブスも、リベリーも、黙って串焼きや煮込み肉を食べ始めた。俺も地面にあぐらをかいて食べた。
みんな、口数が少なかったが、食っているうちに目がギラギラしてきた。闇魔導士バジラ・イグニフェリオスにいいようにやられてしまい、思うところがあるのだろう。アラビカとロブスとリベリーは、肉を飲み込む度に体が光っていた。
屋台メシが食いつくされたところで、俺は言った。
「作戦会議だ」
みんなはうなずいた。
「まずは情報を整理しよう。アラビカ、バジラ・イグニフェリオスについて知っていることを言ってくれ」と俺は言った。「つらい記憶かもしれないが、あいつのことを一番知っているのはお前だと思うから」
「はい、ご主人さま」とアラビカは言ったが、体が震えていた。
俺はアラビカを抱き上げて膝の上に乗せた。甘やかしすぎの気がしたが、まあよかろう。
「ご主人さまがこうしてくださるのは初めてのことだとアラビカは愚考します」アラビカの震えが止まった。「うれしいです」
アラビカは話し始めた。
「あの男は、この国を影から支配するため、弟である魔導士スネフェルを使い、先王シェセル4世を洗脳しました。王国の財産を研究資金にするためです。その企みに気づいた兄と私は、バジラ・イグニフェリオスに戦いを挑みましたが破れ、私はゴブリンに姿を変えられ、兄はスネフェルに洗脳されました。私が知っているのはそこまでです」
俺の膝の上にいるアラビカが俺の手をぎゅっと握った。
「ありがとう、アラビカ」
(次はミィが話すぜ)とロブスが言った。(あいつの防壁魔法は、触れると痺れ毒を食らい、意識を失う)
(あやつの攻撃は、妾のウロコを貫くほどの威力じゃ)とリベリーが言った。
「防御も攻撃も今の俺たちでは対処できない、か……」
アラビカが不安そうに俺を見上げた。
「このまま放っておいてくれたらいいんだが」
そうすれば、俺はコーヒーを探し求める旅を続けられる。
(それはないじゃろ、カフィ殿)とリベリーが言った。(おぬし、だいぶあやつに恨まれておるようじゃったからの)
(そうなのか、カフィ)とロブスが言った。
(ロブスよ、お前は気を失っておったから知らんじゃろうが、カフィ殿は老魔導士の弟の仇であるらしいぞ)
(そうか、やるな、カフィ)とロブスは感心していた。
「いや、心当たりがないんだが」と俺は言った。「……あっ」
(何か思い出した、カフィ殿?)
「そういえば召喚された時、魔導士がいて、そいつの洗脳スキルを消した覚えがある」
(ほう。スキルを消すとな)
「そいつをテイムしたらすごく気分が悪くなったんでな」
(スキルを消すとはどういうことじゃ?)
「いや……、たとえばこんな風に」
俺はステイタス画面を出し、眷属欄の一番上にあったアラビカの「状態異常:呪い」をゴミ箱にドラッグアンドドロップした。
すると。
俺の膝の上にいたアラビカの体が光り、緑色だった肌が人間の肌の色に変わっていった。
「うわっ!」
「ご主人さま……!」
アラビカは俺の膝から立ち上がった。俺の前に立っていたのは、女児用の粗末な服の上に革の鎧を付け、剣を二本下げた人間の少女だった。
ロブスとリベリーは目を丸くしていた。
アラビカは自分の手や足を見て、顔に手を当てた。
「アラビカは、人間に戻れたのですね」そして俺の手を取って俺を立ち上がらせ、抱き着いてきた。
「うれしい……」
「お、おお……」
俺はどうしていいかわからなかった。
(こほん……。お取込み中悪いのじゃが)とリベリーが言った。(あやつに恨まれているおぬしだけではなく、妾や、アラビカのことも研究用の素材にするとかほざいておったわ)
「ぶっ倒すしかないってことか」
俺のコーヒーへの道を塞ごうとする奴は、なんぴとたりとも容赦しない。しかし……。
「しかし、あのジジイには隙がないぞ」
(あやつを攻略する方法があるかもしれぬ)
「ほんとか、リベリー」
俺は抱きついているアラビカの体をそっと外した。
(うむ。魔導士スネフェルとかいうやつをテイムしたら洗脳スキルを消すことができたのじゃろ?)
「そうだな、そういうことになるな」
(……あやつを、老魔導士バジラ・イグニフェリオスをテイムしてみてはどうだ?)
「え?」
(あやつをテイムしたら、あやつのスキルを消せるのではないか)
「あ」
それはありかもしれない。
「いや、でも、変な奴をテイムすると、すげぇ吐き気に襲われるんだよ」
俺はステイタス画面を開いた。テイマーの説明欄に
・魂の下劣なる者をテイムすると、自分の魂が汚染される
と書いてあった。
(テイムしてすぐにスキルを削除し、テイムを解除すればよいではないか)とリベリーが言った。
「それもそうだな」と俺は言った。「しかし、リベリー、お前はすごいな。よくそんなこと思いついたな」
(くくく、だてに長生きはしておらんよ)とリベリーは言った。(ま、うまくいくかわからんし、策の一つ程度に考えておくのがよかろう)
「そうだな。たしかにこの作戦だけに頼るのは危険だ。他にも手を考えておかなこう」
(だったらよ、やっぱパワーアップだろ)とロブスが言った。(ミィたちが単純に強くなれば、あの気に食わねぇクソジジイの攻撃だって防壁だって何とかなるんじゃねえか?)
「力押しか。単純だが、それだけに効果があるかもしれないな」
(だろ?)といって、ロブスは尻尾を振った。
「しかしパワーアップと言っても、どうすればいいんだ?修行でもするのか」
(んなもんいらねえよ)とロブスは言った。(メシをくれ!)
「え?さっき食べたばかりじゃないか」
(カフィの出す肉を進化するまで食い続けるんだ。そうすりゃ……ミィたちはもっと強くなれる!)
「そうか。……って、あ!」俺は気づいた。「アラビカの力はどうなったんだ?人間に戻って弱くなったんじゃ……」
「その心配には及びません、ご主人さま」とアラビカが言った。
俺はステイタス画面の眷属欄を見た。
アラビカ:
・ゴブリンクイーンに進化直前のハイゴブリンにして人間。高潔なる魂の持ち主。アルバフォリア王国の王女。現国王シェセル5世の妹。兄を補佐するため、姫騎士として育てられた。闇魔導士バジラ・イグニフェリオスの呪いによりゴブリンに姿を変えられていたが、イグニフェリオスと再会したことで記憶を取り戻した。イグニフェリオスの呪いがなくなり、ハイゴブリンの力を宿したまま人間に戻った。「趣味:剣術の鍛錬、ご主人さまの命令に従うこと」[スキル:聖騎士魔法、身体強化、狩猟魔法、念話][状態異常:テイムト]
「聖騎士魔法と身体強化が増えているな」
「はい、アラビカが人間のころにもともと持っていた力です。ご主人さまが人間に戻してくださったおかげで再び使えるようになりました。アラビカはずいぶん強くなりました。もっともっとご主人さまのお役に立てます」
アラビカが抱きついてきた。
アラビカの接触欲が急激に増してしまったようだ。俺が膝に乗せたりしたせいだろうか。……自分に呪いをかけた相手と再会したり、精神的にいろいろと大変な体験をした後だから仕方がないのかもしれない。
俺に抱きついていたアラビカを押しのけるように、俺とアラビカのあいだにロブスが頭をこじ入れてきた。
(メシにしようぜー!)
「そうだな」
屋台メシは全部出してしまったので、俺は魔導コンロを出して魔物肉を炒め始めた。まずはシンプルに塩味の白猪炒めだ。アラビカ、ロブス、リベリーはがつがつと食べ始めた。
「少し焦げて熱々のお肉は美味であるとアラビカは愚考します」
(ミィはこの肉汁が好きだぜ!)
(誇り高き竜種がカフィ殿の眷属になった甲斐があったのじゃ)
大量の肉を炒めたがどんどんなくなっていく。同じ味だと飽きるだろうから、味噌のような調味料を使った味に変えた。
赤角鹿の肉も大量にある。厚切り肉をミディアムレアにした。
「野生の味がいたします!」
(うまい!)
(血の滴る赤身肉がたまらんのじゃ!)
こうしてアラビカ、ロブス、リベリーのために際限なく肉を炒め続け──
最初に進化したのはロブスだった。
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