1杯め コーヒーを探しなさい
コーヒーを淹れていたら、異世界に召喚されてしまった。
至高の一杯を淹れているところだったのに。
白い光に包まれ、気づいたら魔法陣の上にいた。俺は手にドリップケトルを持ったまま、あたりを見渡した。「ドリップケトル」というのは注ぎ口が細くなった薬缶だ。
中世のお城の謁見の間みたいな場所だった。正面に王さまらしき人が座っていた。その横にいるのは王妃だろう。魔法陣の周りには魔導士っぽい恰好をした人が数人いた。
「国王様、召喚に成功いたしました」魔導士っぽい恰好をした人の一人が言った。
「おお、でかしたぞ」と王さまが言った。どことなく棒読みっぽい。目がトロンとしていた。
「召喚されし者よ、どうかこの国の危機を救ってほしい」と王さまが言った。
危機とか言われても。
俺はコーヒーが飲みたいだけだ。面倒ごとに巻き込まないでほしい。
俺は王さまの言葉を無視してステータス画面を開き、自分のステータスを見た。
ステータス画面の一番上に生命力の横バーがあり、「100」と表示されていた。
ステータス画面の右上に「アイテムボックス」というアイコンがあった。タップすると、画面に宝箱の絵が表れた。「所持品や生き物を収納可能」という説明が書いてあった。ドリップケトルを見ながら「収納」と言ったら、ドリップケトルが宝箱の絵に吸い込まれた。宝箱の絵の横にドリップボトルの絵が表れていた。
「隣国の横暴は目にあまるものがあり……」
王さまはしゃべり続けていたが、俺は聞いていなかった。
ステータス画面の下の方には属性欄があった。
「俺のジョブはテイマーか」
召喚特典のスキルというやつだろう。もし選べるなら、バリスタがよかったのだが。
「テイマー」という文字をタップしたら説明が出た。
テイマー:
・魔物等を飼いならし、使役することができる。
・視界に入っていれば、一度の詠唱で複数対象をテイム可能。
・相手の魂の高潔さが自分を上回る場合、上回った分だけ生命力を削られる。
・ただし、相手を力でねじ伏せた場合や、相手がテイムされることに同意した場合はこの限りではない。
・魂の下劣なる者をテイムすると、自分の魂が汚染される。
・対象者をゴミ箱アイコンにドラッグアンドドロップすることでテイムが解除される。
説明が長い。いちいち読んでいられない。試してみるのが一番だ。
「テイム」
俺は試しに王さまをテイムしてみた。王さまの体が光で包まれた。
「ひざまづけ」と命令すると、王さまは俺の前で土下座した。
「そこまでやれとは言っていないぞ」
しかし、うまくいったらしい。テイムは人間にも効くことがわかった。
ステータス画面を見ると……
HP├■■■■■■■■■■■■┤100
ノーダメージだった。
俺はもう一度ステータス画面の説明を読んだ。
・相手の魂の高潔さが自分を上回る場合、上回った分だけ生命力を削られる。
俺の生命力が減っていないということは、王さまの魂が俺より高潔でなかったということだ。
魔導士たちが土下座した王を見て驚愕していた。
さっき、王さまに話しかけてた魔導士っぽい奴が、あわてて俺に魔法をかけようとした。
「テイム」
俺は全員をテイムした。その途端に吐き気に襲われた。体の中からかきむしられるような、吐き気を伴う不快感が沸いてきた。ステータス画面の説明に、
・魂の下劣なる者をテイムすると、自分の魂が汚染される。
と書いてあったが、これが「魂の汚染」か。
ひどい二日酔いの五十倍くらい不快だ。
ステータス画面の一番下に「眷属」という項目が追加されていた。
眷属:
・国王 シェセル5世(趣味:こびへつらわれること)[状態異常:洗脳されている][状態異常:テイムト]
・王妃 ザッカーラ(趣味:ぜいたくざんまい)[状態異常:洗脳されている][状態異常:テイムト]
・魔導士長 スネフェル・イグニフェリオス:闇魔導士。フライナ・フラインヴァルグの忠実なるしもべ。(趣味:王族を傀儡として操る)[スキル:洗脳][状態異常:テイムト]
・魔導士A (趣味:弱い者いじめ)[状態異常:テイムト]
・魔導士B(趣味:言葉の暴力)[状態異常:テイムト]
・魔導士C(趣味:のぞき)[状態異常:テイムト]
「眷属」の欄にはテイムした対象が表示されるらしい。
趣味まで表示されるとか、ツッコミどころはあったが、気にしないことにした。俺はコーヒーが飲みたいだけなのだ。それ以外のことはどうでもいい。
[スキル:洗脳]という文字からどす黒いオーラが出ていた。右下にゴミ箱アイコンがあったので、俺は反射的に[スキル:洗脳]という文字をゴミ箱アイコンにドロップアンドドラッグした。
・魔導士長 スネフェル・イグニフェリオス(趣味:王族を傀儡として操る)[スキル:洗脳][状態異常:テイムト]
という表示が、
・魔導士長 スネフェル・イグニフェリオス(趣味:王族を傀儡として操る)[状態異常:テイムト]
に変わった。
吐き気が軽くなった。
魔導士長が王族を洗脳して傀儡にして操っていた、ということなのだろう。面倒ごとの匂いしかしない。関わりにならない方がいい。俺はコーヒーが飲みたいだけなのだ。
俺は魔導士長のスネフェルとかいうやつに「俺を元の世界に戻せ」と命令した。スネフェルは「それはできませぬ」と言った。「これは命令だぞ」と俺が言ったら、「呼ぶ魔法はあっても、返す魔法はないのです」とスネフェルは言った。
ないのか。
ないなら仕方がない。
「しばらく眠っていろ」
そう命令すると、その場にいた全員がその場に崩れ落ち、寝息を立てはじめた。
軽くなったとはいえ、不快感は残っていた。しかしこの場を無事に去るまではテイムを解除するわけにはいかない。
部屋を出ると、衛兵がいて、「何者だ!」と言うのでテイムして眠ってもらった。すれ違った貴族らしき連中も片っ端からテイムして眠らせた。
そんなことを繰り返し、王城の外に出た。
テイムした人数が増えた分だけ、吐き気が増した。
ステータス画面を開いたら、「眷属」の欄がけっこうな行数になっていた。五回くらいスワイプしてようやく最後まで見ることができた。
俺はふらつきながら歩いていった。
* * * * *
俺は王城のそばのレストランらしき店に入り、倒れ込むようにして席に着いた。
ここまで来たらもういいだろう。
レストランの席でステータス画面を開き、王さまや王妃など、王城でテイムした人々の名前を次々にゴミ箱アイコンにドラッグしていった。眷属欄がきれいに空っぽになり、不快感が消えた。
ようやく気分が晴れた。
人間をテイムするのは考えものだ。
俺はメニューを見た。紅茶はあったがコーヒーはなかった。
店員が近づいてきて「ご注文はお決まりですか?」と言った。
この国の金は一銭も持っていない。
「用事を思い出した」と言って、俺はその場を去った。
念のため、他にも三件、タイプのちがう飲食店を巡ってメニューを見てみたが、コーヒーはなかった。
ここは王城の城下町だ。この国でも都会のはずだ。そこにコーヒーがない、ということは、この国ではコーヒーが普及していない可能性が高い。
コーヒーがないとは、なんという文化度の低さだ。
一から自分で用意しないといけないのか。
街の噴水広場のベンチに座り、コーヒーを淹れるために必要なものを頭の中でリストアップした。
①おいしい水
②コーヒー豆
③コーヒーミル
④ドリッパー
⑤ドリップケトル
⑥フィルターペーパー
⑦お気に入りのマグカップ
①のおいしい水は大丈夫そうだ。最初に行った店で出された水を飲んだら、少しミネラル分を感じる軟水だった。コーヒーに最適だ。
さっき、パンを食っている人を見た。穀物を粉にするための石臼があるのだろう。ということは③コーヒーミルに転用可能だ。
④のドリッパーは、特注しないといけないかもしれない。漏斗型で、湯切りをよくするために斜めに切れ込みが入っていてほしい。ここに来る途中に「錬金術用品の店」があり、化学実験器具みたいなものが並んでいた。使えるものがあるかもしれない。
⑤ドリップケトルは持っている。
⑥フィルターペーパーは要検討だ。紙はあるようだが、高級品らしい。代替品を探す必要がありそうだ。俺はペーパー派だが、紙が難しければ布を使ってネルドリップにしてもいい。
⑦マグカップも問題ないだろう。陶磁器は雑貨屋で買うことができる。
おそらく、最大の問題は②のコーヒー豆だ。できれば標高の高い土地で栽培された豆がいい。俺が一番好きなコーヒー豆は、アフリカ最高峰のキリマンジャロで栽培された豆だ。寒暖差があるところで育った豆は、俺好みの酸味と香りになる。
もし簡単に見つからないようなら、たとえば、冒険者ギルドに捜索依頼を出すという手があるかもしれない。
1グラム単位で測れるはかりと、抽出時間を測るためのタイマーがあると便利だが、それらはなくても構わない。
いずれにしても──
「先立つものが必要だな」
どうやって金を稼ぐか。
テイムの能力を使って、人に金を差し出させることはできる。しかしそれでは犯罪だ。俺は犯罪をしたいのではない。コーヒーを飲みたいだけなのだ。
それに人をテイムした時に感じるあの不快感は、二度と体験したくない。
ではどうするか。
異世界で手っ取り早く金を稼ぐ方法といえば──
俺は冒険者ギルドに向かった。




