琴音とのアフター
キャバクラ ペペ 22:00
——神戸・北野坂の夜は蒸し暑く、街灯の下に照らされたシンジの影が、ビルの壁に長く伸びていた。
ペペの出入り口の向かい、ラブホテル街へ続く緩やかな坂道の手前で、シンジはネクタイをゆるめながらスマホをちらりと確認する。
シンジ(小声)「……琴音のやつ、本当に来るのか?」
肩で風を切るような表情で立っていたが、内心は嵐のようにざわついていた。時折、行き交うカップルの笑い声が耳に入り、シンジは焦燥を隠すようにポケットの中の札束を確かめる。資金はある。準備は整ってる。なのに心は妙に落ち着かない。
そんなときだった。
ヒールのコツコツという軽やかな音がアスファルトに跳ねる。
「シンジさーん! お待たせー!」
向こうから、ライトアップされたショーウィンドウを背に、琴音が小走りでやってきた。夜風に揺れる茶髪、ミニワンピのスリットから覗く脚、笑顔の奥にどこか艶が漂う。
シンジ(心の声)
《すげぇ、マジで来やがった……。この時が来た。オレの人生最大の目標達成が、今、現実味を帯びてる……!》
シンジは慌てて表情を整え、さりげなく左ひじを上げる。
琴音は当然のようにその腕に手を回し、しっかりと組んできた。
「今日は楽しかったぜ、琴音」
「私もだよー! シンジさん、誕生日覚えててくれたし、あんな高いボトル入れてくれて、ホント感激!」
その声には、明らかにいつもより距離の近いトーンが混じっている。琴音は酔ったように笑いながら、シンジの腕をぐっと掴んだ。
「おいおい……珍しく酔ってんのか?」
「うーん……今日はね、ちょっと酔っちゃったかもー……。でも、なんか……楽しくて……」
シンジ(心の声)
《え、ちょっと待て。これマジで……マジで行けるんじゃねえの? 北野坂、すぐそこだろ……ラブホ街……このまま連れてったら……》
脳内で鐘が鳴る。勝利の鐘なのか、緊張の警鐘なのか分からないまま、シンジは息を呑む。
「なぁ、ちょっと……休んでくか? その、別になんもしねえし。軽くな?」
琴音は意味ありげに目を細め、イタズラっぽく笑った。
「えー? シンジさん、ホントにぃ〜? 何もしないぃ〜?」
琴音(心の声)
《シンジ、あんな高いボトル入れてくれたし……今日くらい、ちょっと優しくしといてもいいかな……》
「し、しねえって……ただの休憩、休憩な」
——ふたりはそのまま、腕を組んで北野坂を上っていく。
煌々と輝くネオン、バリ風、ゴシック風、和風モダンまで乱立するラブホの看板。今夜だけはその全てがシンジのために用意された舞台のように見える。
「ねぇ、どこがいい?」
琴音が振り返って笑う。その顔はいつもよりちょっと無防備で、ちょっとだけ、やさしかった。
シンジ(心の声)
《マジかよ……これ……夢じゃねえよな……人生で初めて、プロじゃない女と……琴音と……オレ……》
「ここにしよっかなー!」
琴音は足早に進んで、あるホテルの入り口に立った。外観はラブホというより、少し洒落たブティックホテルに見える。
「ここ、可愛いんだよ。中もね、ブランコとかあって、面白いんだよぉー。何回か来たことあるの!」
「そ、そうか……じゃあ、そこにしようか……」
シンジ(心の声)
《え、ちょっ、ブランコ? そういう部屋ってこと? いやいや……オレどうすんの。足震えてきた……》
ふたりはホテルの自動ドアをくぐり、照明の落ちたロビーへ。壁にずらりと並ぶパネルの中から、琴音が躊躇なくひとつのボタンを押す。
「ここっ! この部屋にしよっ!」
ボタンが押されると、選ばれた部屋のパネルが消灯する。
ピッという音が鳴り、部屋が確保された。
シンジ(心の声)
《……琴音、マジだ。本気で今日、オレ……人生で初めて、女を……プロ以外の……》
シンジの喉は渇いていた。手は汗ばんでいる。だが、足は勝手に動く。まるで、これが運命だとでも言うように。
「よ、よし……行こうぜ……琴音……」
——
扉の向こうに待っているのは、夢か、現実か。
それとも——とんでもないオチか。
(つづく)




