これからの三人
東名高速・深夜0時50分。
浜名湖サービスエリア。
駐車場の一番端っこ、ポツンと停められたボロのミラVAN。
月明かりが車体を鈍く照らす。
わずかに開いた窓からは、例の“フレッシュガス”がほのかに漂い、あたりの空気と混ざり合いながら、じわじわと香気を拡散していた。
3人は車の外に出ていた。
眼前には、漆黒の浜名湖。
湖面は風に細かくさざめき、街灯の光が、遠く水面にリボンのように揺れている。
風がやや冷たい。
彩香とすずは、スースー&スカスカ状態のまま薄手の羽織り一枚。
寒さに思わず腕をさすりながら、並んで湖を見つめていた。
その隣に、少しだけ距離をあけてシンジ。
ほんのひとときの静寂。
だが、彩香が口を開いた。
「ねえ、シンジ。……これからどうするの? 神戸戻ってからさ」
声は静かだった。風にかき消されそうなくらい。
でも、芯があった。
シンジは煙草を取り出したが、火はつけずに指で転がすだけだった。
目は湖の向こうを見ていた。
「……そうだな。お前が前に言ってたやつか? “フレッシュでの事業”ってやつ」
曖昧な答え。だが、真剣でもあった。
言いながらも、どこかまだ踏ん切りがついていない。
そりゃそうだ。つい数日前まで、夜な夜なキャバクラ通いで女に振られてばかりの男が、今じゃフレッシュ長者。しかも女二人に囲まれて夜の湖畔。現実感なんてない。
彩香は、そんなシンジの横顔を見て、少し笑った。
「意外と悩むんだね、あんた」
「いや……悩むっつーかさ」
シンジはポケットから封筒を取り出して、ふと手元を見た。
「実は、オレ、お前らに10億渡そうと思ってんだ」
「……は?」
最初に声をあげたのは、すずだった。
眉をひそめて、完全に聞き間違いだろって顔。
「なに? 金に汚いあんたが、どうしたの? 調子でも悪いの?」
「いや、2.5億はオレに残るだろ。十分すぎる額だ。それにお前ら――ずっとスースースカスカで頑張ってたじゃねえか。……なんか、報いてやりてぇって思ったんだよな」
すずはしばらく沈黙していたが、やがて目を細めた。
「……あんた、ついにフレッシュで性格変わった?」
「いや、それは冗談だ。スースーとスカスカは査定基準に含まれねぇ」
シンジは片眉を上げて笑う。
「お前らが命張って手伝ってくれたから、成り立った取引だ。元々オレの取り分なんて100万ぽっちだったんだぞ? 250倍になってんだから、これでも多すぎるくらいだ」
彩香が、ちょっとだけ顔を赤らめた。
風が吹いたからか、言葉のせいかは分からない。
「私たちが……自分のパンティ出したり、買い出し行ったりしたから?」
「まあ、色々あったな」
シンジは照れたように頭をかく。
すずが、ちゃっかり口をはさむ。
「小銭には目の色変えるくせに、桁が増えると雑になるんだね」
「うるせえよ。オレだって感謝くらいするんだっての」
シンジは足元の砂利を蹴った。
ふと空を見上げる。月は雲間から顔を出していた。
「爆淫香工場でも作るか?」
ぼそりとつぶやいた。
「は?」
彩香とすずが、ほぼ同時に言った。
「マジだって。一人1億ずつ出資して、会社作って、プラント建てんの。で、爆淫香を量産してさ。百貨店とかに卸してさ、どこ行っても“あの匂い”だ」
すずの目がキラキラし始めた。
「海外にも輸出できるよ! “This is Japan’s essence!” って!」
「いやいや、ヤバすぎて、警察が鳥カゴ持って捜査に来るだろ」
「ちょっと、それオウムじゃん!」
「鳥だってムラムラするってば!」
3人が笑う。
彩香が腕を組みながら問う。
「で、どこに建設するのよ?」
「ポーアイとか良くね? 土地余ってるし、匂い出ても周り気にするやついねえし」
「ちゃんと脱臭設備つけてよ。匂いで訴えられたくないもん」
「製紙工場かよ」
「逆に“匂い出してます”って看板立てといた方が人集まりそう」
すずが自信満々に言った。
「精製は私がやるよ。見た目によらず、私リケジョだからね」
「頼もしいな」
「すずなら、爆淫液も抽出できるわ」
「当然。本命はそっちよ。香水にして売るの。名前は……“Fのしずく”とか」
シンジが呆れた顔で二人を見る。
「お前ら、商魂たくましすぎだろ……」
ふと、誰も喋らなくなる。
3人はまた、夜の浜名湖に目をやった。
風はまだ冷たく、湖の向こうに街の光がかすかに揺れている。
それぞれの胸の奥で、何かがゆっくりと形を取りつつあった。
シンジがふと口を開いた。
「じゃあ……そろそろ行くか?」
すずが振り向く。
「うん。……私、運転代わってあげるよ」
「大丈夫かよ。さっきまでスカスカで震えてたじゃねえか」
「スースーの方が運転に集中できるの」
「わけわからん……」
3人はゆっくりと車に乗り込む。
助手席に彩香、運転席にすず、後部座席にシンジ。
ミラVANは静かに、浜名湖のサービスエリアを後にした。
フレッシュエアーをたっぷりと染み込ませた車体が、月明かりの中を滑るように進んでいく。
明日という日が、彼らにどんな続きを用意しているのか――その匂いは、まだ誰にも分からなかった。




