フレッシュ輸送業務の記憶
東名高速 23:20 浜松付近
4時間前に海老名サービスエリアを出発し、ミラVANは静かに浜松を通過中。夜の高速を進む車内は、わずかに振動しながら一定のリズムを刻んでいた。
後席で眠っていた彩香とすずが、同時に目を覚ます。
すず「……ん〜、今どのへん走ってるの?」
シンジ(運転席でハンドル握りながら)「ん?起きたか?今ちょうど浜松。あと少しで静岡県横断ってとこだ」
彩香「……うわ、ほんとに運転ずっとしてたんだ。ごめん、交代するよ?」
シンジ「あーいや、大丈夫。お前ペーパーだったろ?」
彩香「行きに運転したときちょっとは慣れたよ。てかそろそろ替わったほうがよくない?」
シンジ「いいって。お前らは後ろでスースーしてくれてりゃ、それでいい」
すず(目こすりながら)「なによそれ。じゃあさ、お礼にほら、ここからフレッシュエアー出しとくよ〜」
言いながら、冗談めかしてスカートを両手で扇ぐようにパタパタ。
シンジ「おぉー!?お前それ、ドライバー泣かせの大サービスじゃねぇか!眠気ぶっ飛ぶわ!」
彩香「すず、やめなよってば。そっち覗き込まれたらマジ事故るって」
すず(笑いながら)「ほらほら、空調代わりよ。シンジの集中力アップにはこれが一番でしょ?」
彩香「そういえばさ、あんたあのフレッシュ10袋を運ぶ仕事、どうやって受けたの?」
すず「そう!それ聞かせてってば。私らとあんたが出会うきっかけになったんだからさ」
シンジ「そう言えばそうだな」
シンジは軽く口の端を上げながら、思い出すように話し始める。
シンジ「あのときさ、実は他にも選択肢があったんだよ。たとえば——米国大統領の暗殺とか、国会議事堂に“C4”って書かれた謎の箱をポンって置くとか、シンガポールに得体の知れない小包を運ぶとかさ」
彩香(絶句しつつ)「えっ、それ…えっ?」
すず(心の声)《いやC4って名前がすでにアウト…》
シンジ「で、まあ報酬的には“大統領暗殺”が一番高かったけど、オレ的には、10袋の方が夢あったんだよなあ」
彩香(心の声)《普通は真っ先に大統領が選択肢から外れるよそれ…》
シンジ「そんで例のビルの奥の部屋を開けたわけ。野崎に言われたその部屋のドア。で、部屋のドア開けた瞬間にさ——もう、ヤベえんだって。空気がさ、“もわ〜”って来て」
すず「なにその擬音。“もわ〜”って」
シンジ「いやほんと、例えるなら…アロマと記憶が混ざったみたいな?扉開けた瞬間にちょっと閉めたもん」
彩香「で?その10袋には何が入ってたの?」
シンジ「中身か?それがすげえのよ。有名女優に、トップアイドル、人気モデルに女子アナ…」
すず「え、ほんとに?」
シンジ「いやまあ、野崎がそう言ってたって話な。袋に名前が書いてあったらしい。どれが誰のかは知らねえけど」
彩香「てかそれ、どうやってそんな数集めたの?もしかして……合法?」
シンジ「うん、うん。野崎曰く“合法”らしいぞ」
彩香(吹き出しながら)「アッハッハッハ!一番信用ならないわ!」
シンジ「でさ、そっからが地獄。野崎、用があるとかで奥の部屋に引っ込んじまって、残されたオレ一人。エレベーターも無いから、五階からこの車まで手運びで全部降ろしたわけ」
すず「えっ、一人で?」
シンジ「そうよ。一個ずつ抱えて運んでるときさ、袋の結び目から……匂いが漏れるのよ。ブスって」
彩香「想像以上にヤバい話だわそれ」
すず「ていうか、爆淫香ってさ、あれあんたが考えた名前なの?」
シンジ「あー、あれは、オレが考えたんじゃなくて、なっちゃんって女が命名したらしい。“どピンクエアー”の進化版らしいぜ」
すず「意味わかんないし、ピンクって色に謝りなさい」
シンジ「それがさ、全部積み終わってドア閉めてからまた開けたら……車内の空気がもう、異次元」
彩香「それ、天国のドア開けたってこと?」
シンジ「まさにそれ。ピンクの雲が見えた気がしたね。むせかえるほどに」
すず「で、出発したわけだ」
シンジ「まあな。でもな?野崎のやつ、ガソリン入れといてくれなかったのよ。残り5kmってとこで焦ってスタンド入って給油してたらさ——」
彩香「うん?」
シンジ「走り屋っぽいヤンキー集団が寄ってきてさ。“おい兄ちゃん、なんだこの空気……色っぺえな!”って」
すず・彩香「ブハハハハハッ!!!」
「それでさ、あのあともすっげえ大変だったんだぜ」
と、シンジが妙に得意げに口を開く。誰に頼まれたわけでもないのに、語りたくて仕方がないという顔だ。
「料金所のオッサンよ。あの野郎、匂いに釣られて、ブースから飛び出して来やがんの。
“これは…フレッシュ界の異端児…!”とか叫んでよ、俺、金払う暇もなかったからな」
すずが思わず吹き出す。
「何それ、やば!それってもうダイハード的展開じゃん!」
「いや、ダイハードにフレッシュの匂いとか出てこないし」と、後ろから彩香の冷静なツッコミが飛ぶ。
だが、シンジの語りは止まらない。まるで己の武勇伝がどれほど壮絶だったかを、眠い顔のすずに叩き込むかのように。
「名阪国道のあのオメガカーブな。あそこを走ってたら、トレーラー2台に挟まれてさ、完全に狙われてたわけ。まるでカーチェイス中のヒロインよ」
「うそでしょ!」とすずが身を乗り出す。
「マジだって。しかもな、窓ちょっと開けて、ちょろっとフレッシュエアー放出しただけで、後ろのトレーラー横転しやがったの」
「まさかの匂いで撃退!?」すずは目を輝かせていた。
「空気を武器にする男、シンジ…」と、彩香も思わず苦笑。
シンジは胸を張る。
「トレーラーかわしたら次は発情した大猪が道路に現れてな。
何頭いたか覚えちゃねえけど、一匹ずつこっちに突進して来んのよ。
あのときは流石に、あ、俺終わったわって思ったな」
「そんな展開ある!?」とすずが目を丸くし、彩香は一瞬、スマホを止めた。
「針テラスでトイレ行って帰ってきたらよ、この車にオス猿の群れがたかっててな。
なんかもう…心、折れそうだったわ。もうダメかと…思った、その朝だよ」
彩香がすかさずクールに言った。
「そこで…私たちに騙し取られるのね?」
すずも口元を緩めながら、「そっか、それで繋がったんだ!」と答えた。
その瞬間、シンジの目つきが一段と鋭くなる。
「忘れもしねえ…桑名市のギロチン工場。あの得体の知れねえ建物の前の信号で止まってたらな、お前らがオカマ掘って来やがったんだよ!」
すずが笑いながら肩をすくめる。
「あはは、だってアンタみたいな変態に、ピッタリじゃん?」
「俺、コツンってなんか当たったなー思ったらよ、すずがドアから出てきやがった。こいつかってすぐわかったけどな。オレ、うっかり外出ちゃったんだよ」
すずが悪戯っぽく笑う。
「そしたらアンタ、まんまと外に出てきちゃうんだもん。誘惑、大成功じゃん?」
「んで、その隙に――私がこの車乗ってっちゃったのよね。簡単だったわ」
と、彩香が優雅に締めた。後部座席から聞こえるその声は、まるで勝者の余韻を楽しむような響きだった。
「で、俺が慌てて彩香を追いかけようとしたら、すずはすずで、お前らの乗ってきた日産ノートで走り去ってくんだよ!駅まで歩いてよ、タクシー乗ってよ、突き止めたんだぜ。名古屋港まで!」
「え…なんでバレたの?あの時、あたしたち痕跡残してないよ?」と、すずが本気で驚いた顔をする。
シンジは鼻で笑った。
「甘く見んじゃねえよ。俺をな。オンナの匂いがあれば、地球の裏側からでも探し出せるんだ。
ましてや、あのミラVANには、フレッシュがパンパンに詰まったポリ袋が10もあったんだぜ?頭ん中のナビが勝手にルート設定してたわ。“目的地:名古屋港”ってな」
「……」一瞬、沈黙が落ちる。
「アンタ……下着泥棒専門の捜査官とかで雇われたら、めちゃくちゃ活躍しそう」
彩香がため息混じりに呆れながらも、その目にはうっすらと驚きの色が浮かんでいた。
すずも苦笑しつつ、シンジの横顔を見る。
「ほんとに……バカなんだか、すごいんだか、よくわかんない人だね、あんた」
彼女たちの視線に、シンジはどこ吹く風と、夜の東名をまっすぐ見据えたままニヤリと笑うだけだった。




