陽炎モーテルとスースースカスカの朝
MOTOR INN 陽炎。時刻は午前8時。
窓の外には、薄曇りの朝陽がにじんでいる。昨夜までの濃密な時間が嘘のように、部屋には静寂とほのかな生活感が漂っていた。
ソファーには、バスローブ姿の男——シンジがふんぞり返っている。
まだ髪は寝癖が残っており、目の焦点もやや定まらない。だが顔には、どこか満足げな疲労と、微かな緊張があった。
ベッドからはすずの声が転がる。
「ねえ、シンジ。お腹すいた」
彼女はTシャツに、腰にくるりとタオルを巻いただけの出で立ち。足元はもちろん素足で、シーツに絡むように丸まっている。
スースースカスカとしか形容しようのない格好。
「そうねぇ」
彩香が言う。
「なんか買ってきてよ。私らにこの格好で外出ろって言うの?私らがどうなってもいいの?」
彼女もバスローブ姿ではあるが、昨夜からの乱れがどこか艶めかしい。
「いや……そうじゃねえけどさあ」
シンジはごまかすように鼻を掻く。下心と現実の折り合いがついていない。
「だったら、もう出ようよ。こんなとこいてもお腹すくし、スースースカスカだしさ」
すずはぶつぶつ言いながらタオルを結び直す。軽くほどけそうなほど緩い。
「ちょ、ちょっと待てって!」
シンジは焦る。今ここでチェックアウトなんて……そんなの、あまりにももったいない。
(心の声)
《おいおいオレ……もうちょっとだけ、コイツらとまったりしたいんだよ……。あわよくば、ベッドでごろごろとか……いちゃいちゃとか……》
心の奥に潜む“オス”の欲望が顔を覗かせる。
「分かったよ、分かったって。タクシーで買ってくるよ。食べ物な。ちょっと待ってろ」
「それならさぁ」彩香がにやりと笑う。「パンティとブラとスカートも買ってきてよ。さすがにこの格好は限界だし」
「……え?あ、ああ……」
(心の声)
《ちょ、せっかくオトナの自販機で選んだヤツ着てくれてんのによ……そんな、ねえ……》
シンジは内心で泣きながら部屋を飛び出した。
⸻
約40分後。部屋のドアが勢いよく開く。
「ほら!買って来たぞ!!」
コンビニ袋を両手に抱え、シンジが勝利の凱旋を果たす。
袋の中身は、サンドイッチ数種(ツナ・たまご・照り焼きチキン)、おにぎり4種(鮭・昆布・明太子・焼きたらこ)、紙パックのカフェラテ3本、ホットコーヒー3缶、スイーツ類(バスチー・ティラミス・いちごのモンブラン・濃厚プリン)、スナック菓子(ポテトチップス・塩バターせんべい)、さらにカップ麺(担々麺・シーフード・味噌味)と万能ティッシュ。
食いしん坊バンザイのラインナップ。
「うわぁー!やるじゃん!」
すずが真っ先に袋に飛びつき、たまごサンドを手に取る。
「これは見直したわ、シンジ」
彩香もバスチーを見て目を輝かせている。
だが。
「で?パンティとブラとスカートは?」
彩香が、甘い声で詰める。
「え、いや、その……ま、まだイオンとか開いてねぇし、コンビニに女物の下着とかねぇって!ちゃんと見たけど無かったから!ホントだって!な?な!だから昨夜買ったアレ着てくれよ、頼むって!」
声が裏返っていた。
(おさらい)
昨夜、モーテルの「大人の自販機」で手に入れた愛の織布は、パンティ(ひも状で中心に穴)、ブラ(ワイヤーだけでカップなし)、スカート(セーラー服型ミニすぎる超ミニ)。
「……あんたそれ、絶対自分が見たいだけでしょ?」
すずがジト目で睨む。
「ち、違うって!心配してんだよ、オレは!お前らがスースースカスカって嫌がってたから!」
必死の釈明。
二人は顔を見合わせてから、揃ってため息をついた。
「……ほら、下向きなさい」
彩香が冷たく言う。
「え?」
「着替えるから。顔上げたら殺すから」
「え、マジで?……分かった、分かったって!」
シンジはくるりと背を向けるが、頬が緩むのは止められない。
(心の声)
《ま、マジで?マジで着替えるのか?しかもオレの目の前で……?うはっ……これ、もう感謝の正座するしかないヤツだろ……》
衣擦れの音。タオルの落ちる音。Tシャツを整える音。
シンジは全神経を耳に集中しながら、手のひらを膝に当てて正座していた。
数分後——
「……着替えたわよ」
彩香の声。
シンジがそっと振り返ると、そこには……Tシャツに超ミニスカ姿の二人がいた。
“見えてない”が、“透けてる”とはまた別の領域。
その下にあるはずの下着は、機能性ゼロの愛の織布——爆淫香を放つ可能性のある、危険な布切れ。
「ちょっと……これ、全然スースースカスカしてるじゃないの!」
すずがスカートを押さえながら叫ぶ。
「っていうか、この下着……機能どころか、防御力ゼロよ!なにこれ!?」
「そ、それはだな……男女の仲を深めるために、こう……開発された特別仕様で……」
「……飯、食べよ」
彩香が、もう諦めたとばかりに言った。
「お、おう!そうだな、飯だ飯!」
シンジはテンションを切り替えて手を叩く。
「お前ら、ベッドで食えよ!オレは床に座るからよ!」
「いやいや、ダメ」
すずが即答。
「どうせ、スカートの中覗こうとしてんでしょ?立って食べて」
「お、おい、マジかよ……オレが買って来たのに……」
文句を言いかけたが、二人は無視してもぐもぐ食べ始めた。
シンジはしぶしぶ立ったまま、紙パックのカフェラテを啜る。
目の前には、超ミニスカから伸びる、真っ白でスベスベな足。
自然と目線が吸い寄せられ……
(心の声)
《や、やべえ……硬くなりそうだ……お、おちつけ、Tシャツでも見てろ……》
しかし——
(心の声)
《え……!?うそだろ……上もやばい……。あの機能ゼロブラのせいで……うわ……ポッチ立ってんじゃねえか……これ、マジでシャラポワ級……っつーか、どっちも!?》
「ちょっと、あんた何モジモジしてんのよ?」
すずが訝しむ。
「い、いや、なんでもねぇ、なんでもねぇよ!!」
大汗をかきながら顔をそらすシンジ。
(心の声)
《うっし……今日って、最高の日なんじゃねぇか……ゴリ押ししてよかった……。くっくっく……》
——こうして、シンジの“楽しい一日”が幕を開けた。




