シャワー室の密談とタオルの行方
MORTOR INN 陽炎 23:15──
コインランドリーの機械が回る音を背に、シンジは部屋へと戻ってきた。空調の効いたモーテルの一室には、既にバスローブ姿の彩香がドレッサーの椅子に腰を下ろし、照明の光を受けてサラリと濡れた髪を束ねている。ベッドにはすずが横になっていて、Tシャツ一枚の状態で布団にくるまりながら、顔だけをひょっこり覗かせていた。
「なあお前ら、先にシャワー浴びろよ」
シンジはタオルを片手に部屋の中央で立ち止まった。
「タオルは2枚しかねえしさ。オレが拭いたあとのなんて、イヤだろ?」
その言葉に、彩香とすずが一瞬だけ顔を見合わせる。どちらも無言のまま、微妙な笑みを浮かべた。
「じゃあ、先に入ろっか」
彩香が立ち上がり、バスローブの裾を軽く整える。
「ちょっとシンジ、向こう向いてなさいよ!」
すずがベッドから身を起こしながら声を張る。タオルがはだけないように手で押さえつつ、警戒心のこもった瞳で睨む。
「分かった分かった、見てねえよ…」
シンジは肩をすくめて、窓の方へと身体を向けた。内心では、どこまで見えるかのギリギリラインを攻めたい気持ちをグッと堪えている。
背後で布団の音と足音が重なり、すずがタオルを巻き直しながら彩香と連れ立って浴室へ向かう。
浴室の扉が閉まった瞬間、シンジはそっと歩み寄り、扉越しに耳を澄ませる。
「ねぇ彩香、あのフレッシュの匂い…落ちるかな?」
シャワーの音に混じって、すずの不安げな声が響く。
「うーん、一日中あの爆淫香の中にいたしね。たぶん数週間は残るんじゃない?」
彩香の答えは冗談めいているが、どこか現実味を帯びていた。
「今このままクラブ行ったら、男たちが列つくわよ」
「列だけじゃ済まないかも。『告発の行方』のジョディフォスターみたいになるわ」
「いやよ、そんなの」
ふたりのくすくす笑う声が、蒸気に包まれた密室から漏れてくる。
シンジの口元が緩む。
「フヒヒ…オレなら列の先頭だぜ…いや、先頭っていうか……単独犯だな」
自分でも何言ってるか分からなくなってるが、それでも耳は浴室の声を逃さない。
やがてシャワー音が止まり、足音が脱衣所へ移る。バスタオルで体を拭く衣擦れの音が、シンジの妄想をますます刺激する。
「ちょっとシンジ、そっちに行くから向こう向いてなさい!」
今度は彩香の声。若干の湿り気を帯びた、湯上がりの色香を感じさせるトーン。
「チェッ…なんだよ、またかよ。分かりましたよ」
シンジはまたも窓の方へ身体を向け、目を閉じて自制するふりをする。だが耳だけは全開。脱衣所の扉が開き、微かな音とともに誰かがベッドへ移動する。
「いいわよ」
すずの声が、ふいに響いた。
シンジがゆっくりと振り返ると、すずは既にベッドの布団の中に潜っており、顔だけがひょっこり出ている。髪は濡れたままで、頬がほんのり赤い。
一方の彩香は椅子に戻っており、腰までの長い髪を指先で梳きながら、乾いた視線でシンジを見やっている。手にした未使用のバスタオルを、無言で投げて寄越す。
「お?あれ、バスタオル使わなかったのか?2枚あったろ?」
シンジがタオルを受け取りながら訊ねる。
「どうせアンタ、私が拭いたバスタオル嗅ぎまくるんでしょ?」
すずがベッドから小さく言い放つ。
「彩香と二人で一枚使ったから、アンタは新品を使いなさいっての」
「そ、そんなことするわけねえじゃねえか…人聞きの悪いこと言うなよ」
慌てて否定しながらも、目は泳いでいる。
(クソ…察しが良すぎんだよ、こいつら…楽しみにしてたのによ……)
心の中では泣いていた。二人の濡れた香りのするタオルを味わう未来が絶たれた悲しみは、彼にとって深かった。
シンジはTシャツを脱ぎ、タオルを片手にバスルームへ向かう。その足取りはどこか重たく、同時に妙な高揚を帯びていた。
なにせ、ほんの数分前まで彩香とすずが裸で立っていた空間。フレッシュガスの残り香が、今なお天井に漂っている気がしてならない。
浴室の扉が閉まり、湯が勢いよく流れ出す。シンジの目はぼんやりと天井を見上げながら、独りごちる。
「はぁ…まったくよぉ…なんて夜だよ……」
──静けさの中に、シャワーの音と、シンジのささやかな幻想だけが流れていた。




