表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

84/101

モーターイン陽炎、二人と一人と二十億

―レインボーブリッジ 21:45―


夜の海を跨ぐようにして、レインボーブリッジをボロのミラVANが走っていた。エンジン音はややうなり気味で、かすかにベルトが鳴いている。だが、そんなことは気にならない。今、この小さな車の中にいる三人の心は、不思議な浮遊感に包まれていた。


東京の夜景が水面に映る。スカイツリーも遠くに見える。大都会の輝きが、フロントガラスの向こうで瞬いている。


「うわー、綺麗!」

助手席のすずが、少年みたいな声をあげて身を乗り出した。タオル一枚で巻いた腰が不安定に揺れて、Tシャツの下はふんわり空気が流れるだけの軽装。スースーして、なのに楽しそうだった。


「いっぺん通ってみたかったんだよね、レインボーブリッジ」

「私も。夢が叶ったわ」

後席から彩香の声。腰にはシンジのヨレたネルシャツが巻かれている。明らかに場違いな、その布きれが逆に今の旅路の特異さを際立たせていた。


「ははっ、良かったじゃねえか」

ハンドルを握るシンジの顔は珍しく柔らかい。「車内にはまだフレッシュガスが漂ってるしな。ムーディーだろ?」


すずは振り向いてニヤリとした。


「でもさあ、横にいるのがシンジってのがなぁ~…一気に現実味(笑)」


「ほんと。車もボロの軽だし」

彩香が追い打ちをかけてくる。


「うるせえな! 贅沢言ってんじゃねえよ! 空調効いてんだぞ、しかもフレッシュ仕様だぞ!」


とは言いつつも、誰も怒ってなかった。笑いながら言い合いができるようになった。午前中の敵意が信じられないくらい、今は空気がやわらかい。


レインボーブリッジの先に、街の光が広がる。ミラVANの後部には、ずっしりとしたカバンが20個。中にはそれぞれ現金1億円。合計で、1億円×20。つまり20億円。フレッシュで得た莫大な報酬。


「で……これからどうすんだ? もうこんな時間だしさ。お前ら、その格好じゃ表歩けねえだろ」


「なによ、あんたはどうするのよ?」

彩香が腕を組んで、前の席のシンジを睨むように言う。


「オレか? 昨夜、神戸出てから一睡もしてねえ。爆淫香吸ってたから眠くはなかったけど、流石にちょっと横になりたいわな……」


「私も。疲れたし……この格好で電車乗るとか無理……」

すずが不安そうに自分のタオルを握った。


「そりゃそうだ。下手すりゃ、ワレメがチラ見えだしな……」


「……」

「……」


瞬間、車内の空気が凍った。


「わ、悪かったって……! オレのためにスカートを出してくれたんだしな……ああ、そうだな、モーテル探すか。ああいうとこなら、人目に触れずチェックインできるしな?」


「……あんたとは別の部屋ね」


「そ、そりゃそうだろ! 当たり前! 常識だ!常識ってやつだ!」


***


ミラVANは首都高を降りて、繁華街を避けて郊外のモーテル街へ向かっていた。だが――


「ここも満室だわ……」

「週末だから仕方ないわね」


「……へぇ、週末は満室って、よく知ってんだな」

シンジはぼそりと呟いたが、それは聞こえていなかったようだ。いや、聞こえた上で、あえて無視されたのかもしれない。


あちこちのネオンが「満室」の文字を滲ませていたが、その中で、ひとつだけ違う光を放つものがあった。


「お、あそこ! 空室ありだってよ!」


ミラVANはそのまま駐車場へ入っていく。看板にはこう書かれていた。


“MOTOR INN 陽炎”


入り口には場末感漂うネオンと、色あせたヤシの木の絵。だが、背に腹は変えられない。


「……一室だけ空いてる……」

パネルを見て戻った戻ったシンジが、複雑な顔をして言った。


「どうするよ? もう他、空いてないかもしれねえぞ……」


「……アンタ、手ぇ出さないって約束する?」

すずが真っ直ぐシンジを見て言った。


「そ、そりゃそうだろ! 絶対出さない! 手も、サオも出さない!」


彩香はあきれたように息をついて、笑みとも呆れともつかない顔で言う。


「……すず、もういいじゃん。もし何かやってきたら、二人で殺せばいいだけでしょ」


「おう! そうしてくれ! アソコで窒息させてくれりゃあ、オレも本望だよ!」


二人の女は顔を見合わせて、またため息をついた。


「……陽炎、泊まるわよ。もう夜遅いし」


「了解。じゃあ、行くぞ――モーターイン陽炎へ、20億円と一緒に、チェックインだ!」


薄暗い街角。静けさとネオンのにじみが交差する中、ミラVANのテールランプが淡く光る。

その車内には、擦り切れた関係が、ほんの少しずつ、織り直されていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後までお読みいただきありがとうございました! ブクマ・ポイント評価お願いしまします!

私の作っている他の作品もお読みください!

のぞみとゆうの物語 ~ちょっとだけ本当の甘酸っぱい恋。こんな恋ができる学生の頃に戻りたい。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ