フレッシュの事業
晴海埠頭──21時ちょうど。
月明かりに照らされたトレーラーの中。薄暗いコンテナの内側にこもる爆淫香の余韻がまだ消えず、微かなフレッシュエアーが車内に残っている。
ミラVANのエンジンが、低く震えながら始動する。シンジが運転席に座り、ギアを慎重に入れようとしたそのときだった。
「ちょっと待って」
後方からヒールの音。ユアが歩いてくる。闇夜に映えるそのシルエットは、フレッシュガスすらかすむほどの色気と威厳をまとっていた。
「世話になったな」
シンジが軽く顎を引いて言う。
「こちらこそ、良い取引だったわ」
ユアは一歩近づき、目を細めた。
そして、彼女は後部座席に視線を移す。そこにはシャツとタオルを巻いた彩香とすず。スカートも下着も失った身体を隠すように座っていたが、ユアの視線は鋭い。
彩香が少し窓を開けた。
「ありがとう、ユア。おかげで、うまくいったわ」
彩香の声には疲れと、少しの誇らしさが混じっていた。
「また良いフレッシュが出たら、今度はここに直接電話してちょうだいね」
そう言って、ユアは名刺を差し出す。
彩香がそれを受け取り、そっと胸元にしまう。
「頼りにするわ」
その言葉は、取引相手というより、戦友へのそれに近かった。
だが、そこで終わりではない。
ユアは車に身を寄せ、彩香とすずにだけ聞こえるような声で、ひそひそと囁いた。
「気をつけてね。前屈みになる時。……見えてたわよ、具と……菊の門が」
──時が止まった。
「えっ!?」
彩香が顔を真っ赤に染め、咄嗟に脚をすぼめる。
「そ、そんな!? マジで!?」
すずも混乱しながら自分の腰元を抑えた。
二人が慌ててケンの方を振り返る。
「大丈夫。ケンは見てなかったわ」
ユアは微笑んだ。
「……あ、ありがとう」
「……気をつけるわ……」
どちらの頬も、火が点いたように赤い。
「じゃ、行くぞ」
シンジの無神経な声が、空気を切った。
ミラVANがゆっくりとトレーラーから降りる。その車体は現ナマ20億円を積んでおり、車高がわずかに沈んでいた。
埠頭を離れるその背を、ユアとケンが静かに見送る。
運転中のシンジがふと呟いた。
「さっきユア、何話してたんだ?」
「な、なんでもないわよ!」
彩香が顔を背けながら言う。
「そ、そうよ!あんたには関係ないの!」
すずも無理やり笑ってみせるが、耳まで赤い。
「なんだよ。顔が真っ赤だぞ?」
シンジがミラー越しに見て言うと──
「だから何でもないって言ってるでしょ!?」
彩香の語気が跳ねた。
車内が一瞬沈黙する。
彩香はすずの耳元に口を寄せ、こっそり話した。
「こいつ、金積むの手伝ってたから、見てないわよ」
「……よかった、あの男に見られてたら……人生、終了だわ」
すずが胸を撫で下ろす。
だが、当のシンジは気づかず、鼻歌まじりにハンドルを握っていた。
やがて、彩香の声が冷静に響いた。
「ねえ、シンジ。これだけの資金があれば、本格的に事業ができるわよ?」
「事業ぉ? そうだな。20億あるんだもんな。」
「そもそもあんた、あのフレッシュをどうやって手に入れたのよ?」
すずは不思議そうにシンジの顔を覗き込む。
「野崎が……依頼人から預かったらしいんだ。オレは詳しく知らないけど」
シンジはわずかに後悔を滲ませながら答える。
「じゃあ……野崎とその依頼人が仕入れ担当。私が取引を仕切って、あんたとすずが輸送を担当する。悪くない布陣じゃない?」
「ちょ、ちょっと待てよ……ほんとにそんなに上手くいくか?」
ハンドルを握る手に、ほんのり汗がにじむ。
「行けるわよ。信頼と実績の織布同盟に認められたんだもの。次は、こっちが仕掛ける番よ」
「面白そう!」
すずの瞳が輝く。
シンジの胸の奥に、じわりとした興奮が広がる。
──これが、オレの人生の転機かもしれない。
(シンジ心の声)
「これで……琴音をモノにできるか、おい……!」
ミラVANのテールランプが、深夜の晴海に赤く滲んでいた。
──次の一手は、野崎か。それとも……琴音か。




