晴海埠頭19:00
静かな港の空気に、潮の香りが滲んでいた。
晴海埠頭に辿り着いたシンジたちの足取りは、思ったより軽かった。
誰もいない。
エロゾンビの姿も、鳴き声も、風すらも音を立てない。
ミラVANのドアが重たい音を立てて開いた瞬間、長いこもり空間からようやく解放された3人の身体が、空気に吸い込まれていくように動き出した。
シンジは顔をしかめて、車の天井を見上げた。
「うぇっ…すげえ匂いだな、やっぱ。爆淫香ってなに?肺に定着する匂いなのか?」
肺どころか魂にすらしみ込んだ淫靡な記憶が、鼻腔を逆流してくるようだった。
その傍らで、彩香がスッと距離をとる。
膝を開き、腰を落とし、静かに、しかし力強く四股を踏みはじめた。
「……おい、なにしてんだよ」
「ん?風通しよ。体中、爆淫香でベタついてたのよ。ミラVANの中じゃ蒸れすぎて、自分の体じゃないみたいだったんだから」
彩香の声はどこか澄んでいた。決して上機嫌ではないが、解放感が言葉の端々にこぼれている。
その隣に、すずもスカートを手で抑えながら並び立つ。
「……はぁぁぁああ、ひっさびさに空気が通るぅ……っ!スースーするけど気持ちいい〜」
彼女のシャツは、少し乱れていた。そう、彼女はシャツの下もスカスカなのだ。スカートがめくれれば、何もない。
「お前ら何してんだよ、なんか腹立ってきたわ……オレがちゃんと風通しチェックしてやろうか?上から下までくまなくよぉ?」
シンジがにやけながら言い寄るが、二人は完全に無視した。
四股。深い呼吸。海風と一体になるような動き。完全に“自分の世界”に入っている。
「……やれやれ、スカしてんな……」
シンジは仕方なく、自販機の前へ。
音を立ててガコン、ガコンと落ちてくるパンと缶コーヒー、ペットボトルの水。
彼なりに“気を利かせたつもり”のチョイスだった。
「ほらよ、おいコラー。軽く腹に入れとけー」
3人はミラVANの側面に背をもたれさせ、簡単な夕食を始めた。
スースーのスカスカ。無防備に開いた足元に風が吹き抜けるたび、どこか笑ってしまいそうな虚無感と、それでも生きているという実感が交差する。
「……このフレッシュポリ袋とも、もうすぐお別れなのね」
彩香の声は、海に沈む夕陽の色をしていた。
「ずっとこの爆淫香に付きまとわれてたけど……あたし、結構気に入ってたのかも。クセになるっていうか……」
すずが微笑む。目元が少し潤んでいた。
「なら持って帰るか?最後にオレが顔の前で“ブシュゥ”ってやってやるぞ。そしたら一生忘れねぇだろ?」
「アンタってほんっと、情緒ってもんが無いのね」
彩香はふっと、少し遠くを見る。
さっきまで冗談を言ってたはずなのに、急に静かになった。
「……思えば、今日の朝のことなのに、何日も前のことみたいね」
「んだよ、まだ朝だったのか?オレも何か月も一緒にいた気分だぜ」
「……あたし、最初はこの車、あんたから盗っただけのつもりだったのよ。それがまさか、追ってくるなんてね」
「オレをナメんなって。カネとメスの匂いだけは、誰よりも敏感なんだからよ」
「……本当に、最初は最低な奴って思ってた」
「今もじゃねえのかよ」
3人の間に、妙な静けさが流れた。
「……まさかさ、東京まで一緒に行くことになるなんて思ってなかった」
すずの言葉に、誰も否定はしない。
これまでの道のりに、嫌悪も笑いも、恐怖も、爆淫香も詰まりすぎていて、もう整理のしようがないのだ。
「オレは楽しかったぜ?正直言うと、最初はお前らのこと、“お召し上がり”する気満々だったけどな」
「……誰がアンタなんかに、食われるかっての」
彩香が、ふいに黙る。
――いま思えば、ブローカーを裏切って、このシンジという最低の男と車を並べて走った決断は、正解なのか間違いだったのか。
だが、命は助かった。そしてまだ終わっていない。
「そういえば、もうすぐ来る取引相手って……男なんでしょう?大丈夫なの?」
すずが口を開いた。
「爆淫香嗅いだらゾンビになっちゃうんじゃないの?」
「そう。だから、向こうにはガスマスクで来るように伝えてあるわ。プロなら、理解してるはずよ」
「それなら安心か。でも女が来れば一番なんだけどな。女はゾンビにならねえからさ」
シンジの目が、彩香の足元を見つめる。
「お前、スースーしてるんだろ?オレが今すぐブリーフ脱いでやるから、それ穿けよ。吸湿性もあるぞ」
「……あんた本当に、一回死んでくれない?その汚らしいブリーフ穿くくらいなら、ノーパンで出家する方がマシよ」
「なにおぅ、善意を踏みにじりやがって……オレなりに気を遣ってんだぞ?」
「アンタのは気遣いじゃなくて、ただの下心」
すずのキレ味のあるツッコミが、潮風に乗って響く。
3人は言葉で殴り合いながら、それでも不思議なほど落ち着いていた。
19:20。
太陽は、ビルの影に完全に沈んだ。
取引相手が来るまで、あと40分。
空が、心なしか重たくなる。
港の空気が、何かを運んでくるような気配を含みはじめていた。
彩香がふと、目を細める。
すずが口元を引き結ぶ。
シンジは、パンの袋を潰しながら、顔だけ真面目だった。
――それぞれが、言葉にはしない「緊張」を、肌で感じはじめていた。
◾️◾️◾️◾️◾️
ここからは、
清楚系、松山弁コメンテーターなっちゃん
ピチピチ系、関西弁インフルエンサーカナちゃんの振り返り番組“なっちゃんカナちゃん”
カナちゃん「いや〜、来たね晴海埠頭!いきなりすんなり着いたやん!」
なっちゃん「あはは!脚本家さん、展開考えるの諦めたんちゃうか?『ここでエロゾンビが…』とか、無かったね今回!」
カナちゃん「久々の外気にみんなホッとしてたやんなあ。あのミラVAN、もう完全に空気“ブレンド”されとったしな。濃厚すぎて、密室毒ガス事件やでほんま!」
なっちゃん「わかるわー!で、彩香がさ、いきなり四股踏んでるやろ?」
カナちゃん「いやマジ笑った!しかも真顔でな!シンジが『何してんだ彩香?』言うたら…『風通しを良くしてんのよ』って!」
なっちゃん「そらそうよ、ずっとミラVAN座りっぱなしで、ピラピラが張り付いてんねんから!」
カナちゃん「“ピラピラ”て(笑)でも分かるで!あれ、下着が消滅してるから風がダイレクトにやって来るやつやな!」
なっちゃん「すずも並んで四股やで?『あー開放されるわー!』って!完全に魂のストレッチ!」
カナちゃん「もうその時点で、シンジとかどうでもええ!画面の隅っこで自販機に小銭突っ込んでるだけのオッサン!」
なっちゃん「しかも買ってきたんパンと水やろ?自販機のやつ!“夕食奢った気になってる感”ハンパなかったで!」
カナちゃん「あれでドヤ顔してんのがウケるわ!『おーいパン食べようぜ!』やないねん(笑)」
なっちゃん「でもさ、妙にしんみりしてて…。彩香もすずも、“もうすぐお別れやね…”みたいな空気出してさ」
カナちゃん「うん、あの歪み合ってた3人が、なんやかんやで仲間意識芽生えてきてるよな。バディ感あるもん」
なっちゃん「あの車内で命かけて一緒に爆淫香浴びてたら、そら絆もできるよ!あれはもう“芳香戦友”やで!」
カナちゃん「芳香戦友て何やねん(笑)でもな、シンジがまた空気壊すねんな。“爆淫香をブシュゥってやってやるから忘れねえだろ?”って!」
なっちゃん「何を!?何を噴霧しようとしてんの!?ホンマ空気読まんにも程があるわ!」
カナちゃん「すずもさすがに呆れてたよ。“アンタってほんとデリカシーないわ…”って言いながらも、ちょっと苦笑いやった」
なっちゃん「彩香もな、最初は『誰がアンタなんかに…』ってツンとしてたけど、言い切らずに黙り込んでんねん。これ、来てるね。感情が…!」
カナちゃん「でもって取引相手の話出た時よ。“男ならゾンビ化するから、ガスマスクして来るように言ってある”って!」
なっちゃん「ちゃんと対策してる!あの彩香が、あんなバイオハザード的状況で“ビジネス対応”してるのが笑えるやろ!」
カナちゃん「で、シンジのセリフ!『お前スースーしてんだろ?オレのブリーフ穿け』って!」
なっちゃん「誰が穿くねん!!あんなの穿いたら、むしろ感染広がるわ!!」
カナちゃん「彩香のツッコミが最高。“アンタ本当死んでくれない?”って言いながら、笑いこらえてるように見えたもん」
なっちゃん「すずも容赦なし!“好意じゃなくて興味なのよ!”ってな!もうビシッと決めてくれて気持ちええわ!」
カナちゃん「てことで、取引相手が来るまで、あと40分!ゾンビになるのか、金になるのか…ドキドキしてきたわ〜!」




